クリスのインターンも早いもので三度目の日。前回ハヤテとともに行った先で事件に巻き込まれたクリスは、今日はいったいどんな目に合うのか、と少し緊張交じりに会社にやってきた。
そんなクリスが見たのは
「おらっ!きりきり走れ!馬車馬のごとく走れ!」
「今あなたは人間ではなく馬です。分かったらヒヒンと鳴きなさい」
「ヒヒ~ン!!ブルルル~!」
金髪の幼女二人を背中に乗せて四つん這いになって全力で馬に徹するハヤテの姿だった。
「……………」
「お、キネクリ、来たか」
ゴミを見るような目で見るクリスの視線に気付いたハヤテが顔を上げる。
「何やってんだよ……幼女にのられて喜ぶ趣味があるとかドン引きだぞ……」
「…キネクリキネクリ、そうじゃないよ…」
冷たい目でハヤテを見下ろすクリスにムラサキとマキとトーカが来る。
「確かにこの場面だけを見るとこの男がどうしようもなドМに見るけど、これにはいろいろと理由があるのよ」
「幼女に乗られて馬って呼ばれるっていったいどんな理由があるんですか?」
トーカの言葉に呆れたように言うクリス。
「お前が来た日にこいつが言ってたろ?ヨーロッパ圏を拠点に近年勢力を広げて一大企業になった会社の社長が孫娘を連れて日本に来るって」
「あぁ……そう言えばそんな話ありましたね」
マキの説明に思い出したようにクリスが言う。
「その孫娘たちだよ。この子たちのじいさんが大事な会談をしてる間の子守りってことであたしたちが面倒見てるんだが」
「…結構な重要人物の関係者だからね…粗相があっちゃいけないってことで機嫌を損ねないようにしてるんだよ…」
「おい!何をさっきからこそこそ話してる!」
「私たちを差し置いて話さなければいけないことがあるのですか?」
と、ムラサキたちに説明されていたクリスの脇から声が聞こえる。
見るとハヤテの四つん這いになったハヤテの背中に乗ったまま四人目の前まで来た幼女たち。
二人の顔をよく見れば雰囲気や髪形は違うが顔のつくりはそっくりでどうやら双子だと思われる。
「…いえ、彼女にもお嬢様たちのことを説明していたんです…」
と、ムラサキが代表して言う。
「…ご紹介します…うちにインターンで来ています、見習の雪音クリスです…」
「雪音クリス…です」
「さっき会ったメンバーにもクリスがいてややこしいでしょうから彼女のことは『キネクリ』と呼んであげてください」
「ちょっ!?」
「なるほどな。よろしくな、キネクリ!」
「よろしくです、キネクリ」
「………よろしく……(呼び捨てかよ)」
「何か言ったか?」
「い、いや!何も!」
ハヤテの言葉に文句を言おうとしたが、それに頷いた双子の幼女の言葉に返事をしたクリスはギロリとハヤテを睨む。が、気にした様子なくハヤテは笑っている。
「申し遅れました、私はジュスティーヌです」
「私はカロリーヌだ!」
「よ、よろしく…お願いします」
ジュスティーヌと名乗った三つ編みの少女とカロリーヌと名乗ったお団子状に纏めた少女、それぞれの顔を見ながらクリスが改めて頭を下げる。
「まあ今日だけの短い付き合いだがせいぜい私たちを退屈させるなよ!」
「何かあればすべておじい様に報告させていただき、しかるべき処分を下していただくので、あしからず」
「あ、ああ…わかっ――わかりました」
「いい返事だ。よし!紹介も済んだし私はのどが渇いた!何か飲み物を持って来い!」
「私にも持ってきなさい」
「は~い、オレンジジュースでいいでしょうか…?」
「ああ!」
「…では、少々お待ちください…」
頷いたカロリーヌとジュスティーヌに一礼してムラサキが給湯室へと向かう。
「おい!馬遊びは飽きた!何か他の遊びをするぞ!」
給湯室に向かったムラサキを尻目にカロリーヌは自分の乗っているハヤテを足蹴にしながら言う。
「では、今度はみんなできるような遊びはどうでしょうか?トランプとか」
「トランプ~!?」
「お気に召しませんか?」
提案に嫌そうに言うカロリーヌにハヤテが訊く。
「他のにしろ!トランプは嫌だ!」
「カロリーヌは得意ではありませんものね。兄弟たちでやってもいつもビリになって賭けているお菓子を巻き上げられて」
「はぁ!?べ、別に苦手じゃない!」
「フフッ、無理をしなくてもいいんですよ」
「無理なんかしていない!」
微笑むジュスティーヌにカロリーヌが叫ぶ。
「いいだろう!トランプやってやろうじゃないか!おいお前たち!手加減なんかするんじゃないぞ!ほら!やるぞ!」
ハヤテの背中から飛び降りソファーに向かうカロリーヌとそのあとを着いて行くジュスティーヌを見ながらクリスは漠然とした不安を感じるのだった。
〇
一方そのころ……
「さぁ!行くデスよ!遊園地!!」
「楽しみ…」
テンション高く叫ぶ切歌と叫びはしないものの興奮をにじませていつもより声を弾ませる調。
「そんな急がなくてもアトラクションは逃げないぞ」
「でも遊ぶ時間は減っちゃうよ!」
「響、走らなくてもバスの時間にはまだ余裕あるから」
二人をいさめる海斗だったが、その隣で同じくテンション高く叫ぶ響に未来も苦笑いでいさめる。
五人は先週でかけた際にハヤテからもらったタダ券を使うために遊園地へと向かう途中であった。
現在はIS学園から電車で最寄り駅まで来て、ここからはバスに乗り換える。
ハヤテからもらったタダ券は三枚だったため、先週は血で血を洗う白熱した争奪戦が繰り広げられたが、海斗から言われた残りの二人の代金を五人で割り勘にし、全員で行くという案に全員が同意した結果今日にいたるのである。
「遊園地に着いたらまず何に乗るデスか!?」
「メリーゴーランドにジェットコースター、コーヒーカップにフライングパイレーツにお化け屋敷。どれも迷う…」
「こういう時は最初に観覧車に乗って他のアトラクションの込み具合を高いところから確認するのがいいって聞いたぞ」
「じゃあ最初は観覧車だね!」
「でも観覧車って最後の締めって感じもするけど」
「なら最後にも乗ればいいデス!!」
未来の言葉に切歌が言いながら歩調を早める。
「ほら、早く行くデスよ!」
「こらこら、そんなに急ぐと転ぶ――」
微笑みながら海斗が注意しつつ切歌を追って少し歩調を早めようとしたとき
バンッ!
突如、すぐ近くのゴミ箱が爆発した。
「「「「「っ!?」」」」」
五人はその爆発音に身を震わせたが、切歌と調と響がいち早く動き、未来と海斗を背中に庇う様に集まる。
「な、なんデスかいきなり!?」
「わからない…何かの攻撃かも…」
「二人とも離れないでね!」
「お、おう」
「一体何が起きたの?」
響の言葉に頷く海斗と不安げな未来を安心させるために響が笑顔を見せつつ、三人は慎重に周りを見る。
爆発による混乱で周りは右往左往としているものの、爆発の規模自体は大きいものではなかったようで、特に怪我人が出た様子もない。真っ黒に焼け焦げて原型を残さないゴミ箱を中心に半径3mほどぽっかりと空間ができている。
数秒間、様子を見ていた三人だったが、二度目の爆発がないことに安心し、警戒を解く。
「とりあえず大丈夫そうだね」
「一応司令やマムたちに連絡を入れた方がいいデスかね?」
「その方がいいかも…海斗先輩と未来先輩は怪我はないですか?」
「私は大丈夫」
調の問いに未来が答える。が――
「…………海斗先輩?」
海斗からの返事がない。
四人が海斗の方に視線を向ける。
しかし、先ほどまで海斗のいたはずの場所には誰もいない。
「っ!?海斗先輩!?」
「先輩が…居ない…!?」
「一体どこに――っあぁ!!」
慌てて周りを見回す四人の中で未来が叫んで指をさす。
三人がその方向に視線を向けると、そこには海斗らしき人物を抱えた人影が走っていく後ろ姿が見えた。
「海斗先輩!」
「追いかけなきゃ!」
「はい!」
「未来はここにいて!師匠たちに連絡を!」
「わ、わかった!気を付けて!」
その後ろ姿を追って三人は慌てて走り出す。未来は三人を見送りながら携帯を取り出す。
三人は人込みをかき分け数m先を走る人物を追いかける。
海斗を抱えている人物は人一人を抱えているとは思えないスピードで走る。三人は何度も見失いそうになりながらもその後ろ姿を追いかける。
そして――
「あぁんもう、しつこい!」
路地の奥、工事中のビルの建設現場までやって来たその人物は海斗を抱えたまま振り返る。
その人物は青みがかった長い髪をツインテールにした女性だった。もはやスカートと言っていいのかわからないほど短く豊満な胸がこぼれんばかりのバックリと開いた黒い服を身に纏い、左わきに海斗を抱えている。
よく見ると脚にはハイヒールを履いている。
ハイヒールで、しかも人を一人抱えてあのスピードか、と三人は驚愕したが、今はそれどころではないと切り替える。
「も~!いい加減で諦めてよぉ!あーしたちにも予定って物があるんだけどぉ!」
「知ったこっちゃないデス!!」
「海斗先輩!無事ですか!?」
「ああ、なんとか」
ふくれっ面で言う誘拐犯の女性に言い返す切歌と調の問いに答える海斗。無事ではあるものの両手を後ろ手に縛られているらしく大人しくしている。
「もう逃げ場はないです!諦めて海斗君を返してください!」
「ふふっ、やぁーよ。彼は私たちの計画になくてはならない存在なんだから。ね~?」
「わっぷ」
「「「っ!」」」
響の言葉に不敵に笑いながら誘拐犯の女性は大事そうにその豊満な胸に海斗を抱く。
「海斗先輩から今すぐ離れるデス!!」
「先輩デレデレしすぎ…!」
「
「あんっ♡くすぐった~い♡」
「「先輩!!」」
「
「ふ、二人とも!今はそんなこと言ってる場合じゃないから!」
見当違いな方に怒る切歌と調に響が言いつつ、しかし、響自身も心のうちによくわからないもやもやとした気持ちが浮かぶ。
「と、とにかく!もう逃げ場はありません!たった一人で海斗君を抱えたまま私たち三人から逃げられませんよ!」
「そうよね~。さすがのあーしもこの状況じゃちょっとキツイかな~」
響の言葉に言いつつ、しかしその誘拐犯の女性は言葉とは裏腹にその言い方には特に焦った様子はない。
「気を付けて、キリちゃん、響先輩…!この人何か――」
「まったく、何を遊んでいるワケダ」
「「「っ!?」」」
言いかけた調の言葉を遮って三人の背後から声が聞こえる。
慌てて振り返ると、そこには二人の女性が立っていた。
「ごめんごめん、この子たちがしつこくって」
「そういうところがお前は詰めが甘いワケダ」
海斗を抱える誘拐犯にジト目で言う女性は黒髪に眼鏡をかけ、頭には紫色のベレー帽に黒色と紫色を基調としたゴスロリ風の服装、手にはカエルのぬいぐるみを抱えている。
「私たちには時間がない。悪いが彼は貰っていく」
黒髪眼鏡の女性の隣に立つ長い白金色の髪の白いスーツ姿の男装の麗人といった雰囲気の女性が響達に向けて言う。
「っ!それを聞いてはいそうですか、なんて言えるわけない…!!」
「先輩は渡せないデス!!」
「ならばどうする?」
「力づくでも取り戻す!!」
「ほう?私たちと戦う、と?」
「小娘三人程度で私たちに勝てると思っているとは、舐められたワケダ」
意気込む三人の様子に誘拐犯の女性たちは不敵に笑う。
「カリオストロ、彼を抱えたまま少し待っていろ」
「この小娘たちの相手は私とサンジェルマンだけで十分なワケダ」
「「「なっ!?」」」
白スーツの女性と黒髪眼鏡の女性の言葉に三人が顔をしかめる。
「じゃああーしは彼とゆっくり待ってるから、サンジェルマンもプレラーティも早くね~」
「わかっているワケダ」
「それほど時間は掛けない。予定もおしているしな」
「さっきから聞いていれば…!!」
「好き勝手言ってくれるデス!!」
余裕の表情の誘拐犯たちに切歌達が叫び、三人は揃って胸元からそろいのネックレスを取り出す。
「そんな余裕で後悔するといいデス!!」
「私たちは、負けない…!!」
「海斗君は、必ず返してもらう!!」
三人が叫ぶが、対する女性たちは焦る様子もなく
「その自信、叩き潰してやるワケダ」
「来なさい。手短に終わらせるわ」
二人の女性は不敵に微笑むのだった。
新たな事件の幕開けです。
海斗を攫おうと画策するこの謎の三人の正体やいかに!?
さてさて、前回のお話の中でハヤテくんが言っていたグロンギ語の答え合わせです。
前回ハヤテくんが言ったグロンギ語は
ハヤテ「クリスパ ルベ・ビ レソン・ゾ ギセデギス パベゼパバギ
ゲギバブ・ド ゴバジ パガララドゼィザ」
これを日本語(リントの言語)に翻訳すると
ハヤテ「クリスは胸にメロンを入れているわけではない
性格と同じわがままボディだ」
に、なります。
皆さん解読できましたか~?
ハヤテ「ちなみに今日はクリスのやつ呼んでねぇだろうな?」
してないしてない。するわけない。
ハヤテ「とか何とか言って、お前には何かと前科があるぞ。あいつに僕の言った内容なんて知られたら何されるか……」
何かされるってわかってるなら初めからそんなこと言わなきゃいいじゃん。
ハヤテ「バレなきゃいいんだよ」
悪だなぁ~
――さてさて、それはさておき今回の質問コーナーです。
今回の質問は倭人さんからいただきました。
「北海道争乱(←勝手に命名)で颯太は見事に、女権団体の首領(名前は忘れました)を討ち取る事ができました。
if、もしもの話ですが、討ち取った首領が影武者だった場合は、ハヤテになった今も颯太は、
「どこまでも追い詰め、必ず殺す」
と首領の行方を追っているのでしょうか?」
ということですが
ハヤテ「行方は追ってるだろうけど殺せないだろうな」
ほう?
お前なら必ず殺すとか言いそうなのに
ハヤテ「だって颯太の時ならまだしも、ハヤテになった今は僕にはしがらみが多すぎるし。僕だけが死ぬならいいけど、あの三人にも迷惑かけるし」
あぁ~……
ハヤテ「僕のために一緒に死んでくれ、なんて言えないだろ?」
確かにね。
ハヤテ「まあ殺しはしなくてもじわじわと追いつめる方法は探すけどな」
おぉう、それでこそハヤテくんだ。
というわけです、倭人さん!
そんな訳で今回はこの辺で!
また次回もお楽しみに!