IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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第227話 彼を繋ぎとめる鎖

 

「ん…そこ…そこは……」

 

「……………」

 

「あっ……敏感だから…もっと優しく……」

 

 ハヤテの口から艶っぽい声が漏れる。

 対する白衣を着た金髪の三つ編み少女は

 

 グリッ

 

「いでぇぇ!!?」

 

「おっとすまない。気持ち悪い声を出すから不快過ぎてつい力が入ってしまった」

 

「とか言いながらさらに力入れ――てぇ!!ぬあぁぁぁ!!」

 

 涼しい顔で言いながら金髪の少女――キャロルはハヤテの左手の傷口にピンセットで掴んだ脱脂綿で消毒をする。

 ここは「S.O.N.G」の施設内、医務室である。

 

「化膿もしてないし縫い目も綺麗だ」

 

「もっと優しくキャロルちゃんぅぅぅん!!」

 

「うるさい。そんなにわめくくらいなら手に風穴なんて開けるんじゃない。あと、オレのことを気安くちゃん付で呼ぶ、な!」

 

「いぎぃぃぃ!?」

 

 言いながらキャロルは思い切り脱脂綿で抑える。

 

「しかし、つくづく器用な男だな、お前は。骨と骨の間をぶち抜くとは」

 

 言いながらキャロルは消毒に使った道具を脇に置き、ハヤテの手に包帯を巻いて行く。

 

「当たり前だろ。骨を砕いて左手をパーにするほど馬鹿じゃないよ、僕は」

 

「左足に続いて左手までオレに面倒見させるつもりかと思ったぞ」

 

「義足の時もリハビリ大変だったんだ。利き手じゃないとはいえ左手まで失いたかないよ」

 

「そうか。それは何よりだ。――さぁ、できた、ぞっ」

 

 パンッ

 

「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 包帯を巻き終えたキャロルがハヤテの手を叩く。と、ハヤテがその痛みに泣き叫び飛び上がる。

 

「まったく、なんだってオレがこいつの面倒を見なくちゃならんのだ……」

 

「そりゃぁみんな事後処理でいろいろ忙しいからだろ」

 

 面倒臭そうにため息をつくキャロルに左手にフーフーと息を吹きかけながらハヤテが答える。

 

 

 

 クリスによって落下してきた颯太を受け止められた後、颯太は早々に姿をくらまし、一夏と箒とシャルロット、海斗の四人は無事保護され、パヴァリア光明結社の面々も逮捕された――と言うのは表向きの話。

 一夏と箒、海斗に会うことは機密的に避けるべきだと判断され事件後颯太は三人に会うことなく「S.O.N.G」へ撤収しその後の事後処理を任せて左手のケガの治療やその他の精密検査を受け、現在に至る。

 

 

 

 

「――よし、リンカーの除染も完了。精密検査の結果も…まあ問題ないだろう」

 

 キャロルは空中に投影したディスプレイを見ながら言う。

 

「左手の傷も縫合もしたし医療用ナノマシンも投与しといた。当分痛いだろうが…まあ自分で撃ったんだから我慢しろ。どうしても痛ければ鎮痛剤くらいくれてやるが?」

 

「貰っとく」

 

「待ってろ」

 

 言いながらキャロルは近くの戸棚に歩み寄り、輪ゴムで止められた大量の薬の中から12錠分が一纏めになった分を取り外し小さな白い封筒に入れる。

 

「ほらよ、一度飲んだら6時間はあけろ。かなり強い薬だから取り扱いに気を付けろよ」

 

「あいあい。ありがとう、キャロルちゃん」

 

「キャロルちゃん言うな!!」

 

「あてっ」

 

 受け取ったハヤテの頭を軽くキャロルが叩く。

 

「とりあえず大丈夫だろうが今日はこのまま一晩様子を見る。まあ休暇ができたと思ってゆっくり休め」

 

「…………」

 

「なんだ?アホ面さらしてバカみたいだぞ」

 

「キャロルちゃんが僕に優しいとか……さてはお前、キャロルじゃなくてエルフナインだな!!どっきりのカメラはどこだ?源十郎さんあたりが『どっきり大成功』の札でも持って出てくるのか?」

 

「お前ぶち殺すぞ!!」

 

「あ、よかった。キャロルちゃんだ。エルフナインがそんな汚い言葉遣いするわけない」

 

「だからお前はキャロルちゃん言うな!オレはお前より年上だぞ!!」

 

「その見た目で言われても説得力ねぇ~」

 

 言いながらハヤテは目の前に立つキャロルの頭の上で身長を測るように振る。

 キャロルの身長は多く見積もってもハヤテの四分の三ほどしかない。

 

「やっぱりその鎮痛剤返せ。ついでに今すぐ抜糸もしてやるから包帯取れ」

 

「いやだベンベン」

 

 キャロルの言葉に答えながら鎮痛剤の袋を高く掲げついでに背伸びをするハヤテ。

 それを取ろうとキャロルがピョンピョン飛ぶがあともう少し届かない。

 

「ほらほら~あともうちょいあともうちょい。ガンバレ~」

 

「お前、人をおちょくるのもいい加減に――しろ!」

 

「いっ!!?」

 

 届かないとみて飛ぶのをやめたキャロルは大きく振りかぶりスナップの効いた右足がハヤテの股間に叩きこまれる。

 

「お、おぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

「ふんっ!年上を舐めるな」

 

「ちょ……大事な時に使い物にならなくなったらどうするんですか!」

 

「そんな使い道もない邪魔な中古未使用なモノ、何ならここで切り落してやろうか?」

 

「ちゅ、中古でも未使用でもないやい!!」

 

「自分でしかヤッてなかったら未使用みたいなもんだろうが。しかも自分で一回でもヤッてたら中古品だろうが」

 

「女の子がそんな下品なこと言っちゃいけません!」

 

「女の子って年でもないがな」

 

 内股で腰をトントンと右手で叩きながら言うなんとも間抜けな姿のハヤテにため息をつきながら白衣を翻してキャロルはドアへと歩いて行く。

 

「とりあえず部屋は隣を使え。わかってると思うが、リンカーの毒素の除染はできても副作用はなくならないから酒は飲むなよ」

 

「え~もう行くの?もっと話し相手になってよ~」

 

「黙れ。お前と違ってオレは忙しいんだ。どうせ簪やら楯無やらシャルロットやらお前んとこの社員が見舞いに来るんだろうから大人しくしてろ」

 

「へ~い」

 

 振り返らずに手を振りながら去って行くキャロルを見送りながらハヤテは息をつき

 

「シャルロットたち、漫画とか持ってきてくれるかな~」

 

 内股気味のまま腰をさすりながらのそのそと医務室を後にしたのだった。

 

 

 〇

 

 

 

「まったく、社長は無茶しますね。いくらISがあるとはいえ爆弾持ってミサイルで飛んでいくとか」

 

「いや~アハハハハ」

 

「アハハハじゃないよ、まったく」

 

 ハルトの言葉にハヤテが笑いながら答えると、その様子にシャルロットと簪、楯無はため息をつく。

 ここは医務室の隣、ハヤテの病室としてあてがわれた場所だ。部屋の中にはベッドに座るハヤテとベッドの周りに立つシャルロット、簪、楯無、そしてハルトの五人がいる。

 

「で?その後どんな様子?」

 

「とりあえずは〝颯太君〟は私たちが目を離したすきに束博士たちと行方をくらませたってことで一夏君と箒ちゃんは納得してくれたわ」

 

「海斗は?」

 

「納得しきってない感じだったよ」

 

「ちょっと…注意しておいた方が、いいかも……」

 

「そっか……」

 

 楯無、シャルロット、簪の言葉にハヤテが頷く。

 

「あのお嬢様たち二人は?」

 

「寿司と天ぷら食べて満足したみたいだよ。楽しかったってさ」

 

「そっかそっか。会長――おじいさんの件は?」

 

「伏せといた。まあ俺たちが言わなくてもそのうち伝わるだろうけどね」

 

「その辺が妥当か。僕もそうしただろうしな」

 

「あ、伝言預かってるよ。えっと『お前はなかなか乗り心地が良かったぞ』『次は接待無しで遊びましょう』だってさ」

 

「カロリーヌ嬢はともかくジュスティーヌ嬢にはばれてたか……」

 

「乗り心地って!幼女と何してたの!?」

 

「私たちの誘いには一切乗ってこないくせに!」

 

「ロリコン……!」

 

「ロリコンじゃない、フェミニストだ。あと三人が思ってるようなことはしてない」

 

「お馬さんごっこしてたらしいですよ」

 

「「「お馬さんごっこ(意味深)!!」」」

 

「こらこらこら!(意味深)を付けるんじゃない!言葉通りのお馬さんごっこしかしてないから!」

 

 わなわなと驚きの顔で固まる三人にハヤテはため息をつきながらハルトを見る。

 

「どう思う?」

 

「面白いと思う」

 

「はたから見てたらそうなんだろうな……」

 

 楽しそうに笑うハルトの顔にハヤテはため息をつく。

 

「とりあえず今日はみんなにごちそうしてやってねぎらってやって。財布は僕持ちでいいから。どっか店行くのもいいし、桜子が作るんでもいいし」

 

「わお、太っ腹だね」

 

「今日はいろいろ大変だったからな。トーカとマキ、ムラサキには後半お嬢様たちの面倒まかせっきりだったし。何よりレナが大人しく人質になってたことがすごいと思うし」

 

「確かに、そこはよく言い聞かせてたからね」

 

「僕も今日明日はゆっくり休むし、みんなにもなんかうまいものでも食わせてやってくれ。桜子が作るなら気にせずいい食材買えって伝えてくれ」

 

「了解」

 

 ハルトが笑いながら頷き

 

「それじゃ、俺も残りの処理をしてみんなのところに戻るよ」

 

「うい。ありがとう」

 

 ハヤテのお礼に微笑んで見せながらハルトは部屋を後にする。

 

「さて、改めて、今日はお疲れ様」

 

 言いながら楯無がベッドわきの椅子に腰かける。

 

「お茶でも入れるね」

 

「あ、悪い。ありがとう」

 

 簪が言いながら備え付けのミニキッチンへ向かう。

 

「毎度毎度そうだけど、今回は特に冷や冷やしたわよ」

 

「えへへ~、すんません」

 

 頭を掻きながら苦笑いを浮かべるハヤテに楯無とシャルロットはため息をつきつつじっと頭を見る。

 

「………なんか僕の頭についてる?」

 

「いや、髪の毛、戻したんだなぁ…ってね」

 

「あぁ……」

 

 二人の視線を不審に思ったハヤテの問いに楯無が言う。

 

「なんか五年もこの髪に慣れてたから今更黒髪にしたら違和感があって。束博士特性のヘアカラーだから落とすのも簡単でよかったよ」

 

「なんかもったいないね」

 

「もったいない?」

 

 シャルロットの言葉にハヤテが首を傾げる。

 

「なんていうか、懐かしかったんだよね。あんな風に黒髪にお面で現れたら、思い出しちゃったよ、昔のこと」

 

「……………」

 

 シャルロットの言葉にハヤテは押し黙る。

 

「お茶、入ったよ」

 

「お、ありがとう」

 

 と、簪が湯飲に入った緑茶を人数分持ってくる。

 

「でも、懐かしいのと同時に、ちょっと怖かった……」

 

「怖い?」

 

 湯飲をそれぞれに渡しながら簪が言う。

 

「なんだか、颯太に戻っちゃうみたいで。束博士や昔の仲間がいて、あのまま全部解決したら、そのまま行っちゃうんじゃないかって……」

 

「バカだなぁ、そんなこと心配して――」

 

「「「そんなことじゃないの!!」」」

 

「っ!?」

 

 冗談めかして言うハヤテの言葉に三人が声を揃えて遮る。

 

「ハヤテ君になっても、やっぱりそういうところ、颯太君のころから全然変わってない!」

 

「僕たちがどんな思いでいるかちっとも考えてない!」

 

「な、なんですか急に?」

 

「急じゃない!!」

 

 動揺するハヤテに簪が叫ぶ。

 

「いつか、あの時みたいに消えちゃうんじゃないかって…ずっと思ってた……!ずっと不安だった!!」

 

「それは……」

 

 簪の言葉にハヤテは言い淀み。

 

「そんなこと、あるわけないじゃないか。今の僕には〝首輪〟だってあるし、僕がいなくなれば三人が……」

 

「それでも不安なのよ。あなた、相変わらず無茶ばっかりだから」

 

「この間も海斗君が誘拐されたって聞いて突っ走って、テロリストに捕まっちゃうし」

 

「それは……否定できないなぁ……」

 

 楯無とシャルロットの言葉にハヤテは苦笑いを浮かべる。

 

「今日だって、いくらISがあるとはいえ、爆弾持ってミサイルで飛んでいくから……」

 

「あれは……まあ僕もちょっと肝を冷やしたけど……」

 

「「「ちょっと!?」」」

 

 ハヤテの言葉に三人が睨みながら叫ぶ。

 

「こっちはどれだけ心配したか!」

 

「僕は目の前で見てたんだよ!」

 

「もうだめかと、思った……!」

 

 三人に詰め寄られ、ハヤテが気圧されてベッドの上で後退る。

 

「この際だから言わせてもらうけどね!任務のたびに無茶しすぎなんだよ!」

 

「事後処理するこっちの身にもなってよ!」

 

「ちょくちょく脚壊して…キャロルさんに嫌味言われるの私なんだけど……!」

 

「いや、三人とも落ち着いて……」

 

「「「落ち着けぇ!!?」」」

 

 三人の圧になんとか収めようと口を開いたが、ハヤテの言葉がさらに三人をヒートアップさせる。

 

「落ち着けるわけないでしょ!」

 

「大体ね!前から思ってたけど、ハヤテ君の行動は自分の命の勘定が軽過ぎなのよ!!」

 

「どうせ、『自分が任務中に死ねば、三人も人質から解放される』とか思ってるんでしょ……!!」

 

「っ!な、何故それを……?」

 

「やっぱり……」

 

 図星のハヤテが驚きの表情を浮かべ、その顔に三人が呆れたようにため息をつく。

 

「わかるに決まってるでしょ!」

 

「何年一緒にいると思ってるの!?」

 

「颯太の――ハヤテの考えなんて、お見通しだから!」

 

 言いながら三人は叫びすぎてのどが渇いたのか詰め寄っていた体勢からいったん戻り、湯飲に口を付ける。

 

「それでね、今回のことで僕たち三人話し合ったの」

 

「話し合った?」

 

 シャルロットの言葉にハヤテは首を傾げながら自分もお茶を飲もうと湯飲に手を伸ばす。

 

「そう。ハヤテ君にはその〝首輪〟と私たちっていう人質だけじゃ足りないんだろうなってね」

 

「足りない?」

 

 楯無の言葉でもまだよくわからないハヤテは首を傾げながら湯飲を口に運び

 

「ハヤテが生きていてくれる理由、ハヤテを引き留めて縛り付ける鎖が……」

 

「鎖って……」

 

 ハヤテは簪の言葉に苦笑いを浮かべながら湯飲に口を付け、お茶を飲む。

 

「――やっと、飲んでくれたわね」

 

 と、それを見ていた三人がニヤリと笑い、楯無が言う。

 

「は?やっと飲んだって――っ!?」

 

 楯無の言葉に意味が分からず首を傾げようとしたハヤテは気付く、お茶を飲みこんだ直後自分の視界がグルリと回るような独特の感覚と遠のきそうな意識に。

 

「な、何を……!?」

 

「私たち考えたのよ」

 

 飛びそうになる意識をなんとか繋ぎ止めながら三人に聞くハヤテだったが、楯無は涼しい顔で言う。

 

「ハヤテ君が変わらず自分の命を軽く見て、私たちを残して死に急ぐなら、私たちを残して死ねないように、私たち自身の付加価値を増やそうって」

 

「何、言って……?お茶に何を……?」

 

「ごめんね、ハヤテ」

 

 何が起こっているかわからず茫然とするハヤテに簪が誤りながら何かを取り出す。

 それは茶色い手のひらサイズのビン。その表面のラベルには――

 

「ウィスキー……?」

 

「ごめんね、一服盛っちゃった……」

 

「っ!?」

 

 簪の言葉にハヤテは驚愕の表情を浮かべる。

 

「ハヤテ君がリンカーを使った後、その副作用でアルコールに極端に弱くなることは知ってるわ」

 

「しかも、酔っぱらったハヤテがどんな酔い方をするかも、僕は身をもって知ってる」

 

 楯無とシャルロットが言いながらハヤテを優しくベッドに横たえさせる。

 目が回るような感覚のせいで抵抗できずに寝かされたハヤテはなおも最後のあがきで歯を食いしばって意識を繋ぎとめる。

 

「これまで僕たち三人のアプローチを鋼の精神で跳ね除けてきたよね?」

 

「でも、酔っぱらって理性の飛んだ状態なら……」

 

「はたして、目の前にある据え膳に飛びつかずにいられるかしら?」

 

 三人はニヤリと笑いながらそれぞれ自分の服に手を掛ける。

 

「安心して、さっきカギは内側からかけたから、誰にも邪魔されることはない……」

 

「監視カメラも切ってもらってる」

 

 簪とシャルロットの言葉にハヤテは答えることができない。どんどん意識が遠のいて行く視界の中、服をはだけさせた艶やかな姿の三人が自分へと覆い被さってくる。

 

「大丈夫よ、ハヤテ君はただ、天井のシミを数えていればいいから」

 

 楯無の言葉を最後にハヤテの意識は遠のいて行った。

 




昼ドラならきっと牡丹の花がボトッと落ちたりするんでしょうね(笑)
やったね、ハヤテ君!
これで中古未使用なんて言わせないぞ!(笑)

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