「やぁ、おはよう、ハヤテ君。ゆっくり休め――てなさそうだな。大丈夫か?昨日よりも顔色が悪いぞ?」
プシュッ、と空気の抜けるような音ともに入室してきたハヤテに言いかけた弦十郎はげっそりとしたハヤテの様子に驚きの表情を浮かべる。
ハヤテはTシャツにジャージと言うラフな格好だった。
「端的に言って襲われました」
「はっ!?誰に!?」
ハヤテの言葉に近くにいた藤尭が驚きの声を上げる。
「楯無さん、簪、シャルロットに」
「あ、あの三人が!?そ、それでどこかケガはしていないか!?」
「あぁ、大丈夫ですよ」
驚き、訊いてくる弦十郎の言葉にハヤテは笑いながら答える。
「と言うか、そう意味じゃないんで」
「そういう意味じゃないって?」
と、近くで作業していた友里も話が気になったのかやって来る。
「女性がいる場でこんなこと言うのもあれですけど、性的に襲われました」
「「「………はぁ?」」」
ハヤテの言葉に三人は言っている意味が分からないように呆けた顔をする。
「あぁ、やっぱ知らなかったんですね。監視カメラ切ったりいろいろ手際よかったんで誰か一人くらい知ってるのかもって思ってたんですけど」
「あっ!」
と、ハヤテの言葉に藤尭が何かを思い出したように声を上げる。
「そう言えば三人に大事な話をするから邪魔されないようにカメラの電源切って人払いをしてほしいって……」
「それね」
「それだな」
「それですね」
藤尭の言葉に、友里、弦十郎、ハヤテが頷く。
「い、いや、だって!大事な話をするっていうから!まさかあの三人が彼を襲うなんて思わないじゃないですか!」
「それは……まあ……」
「確かに……」
藤尭の言い訳に友里も弦十郎も頷く。
「別に責めるつもりはないですけど、おかげで僕がこれまで鋼の精神で耐えてきた苦労が……」
「その……なんかごめん」
ハヤテが疲れたような笑みを浮かべながら自重するように笑う様子に藤尭が謝る。
「その……こんなこと訊くのも悪いけど、どうだった?」
「ちょっと!」
「あぁいいですよ、別に」
藤尭の問いに友里が注意するがハヤテは疲れた笑顔で笑う。
「というか、よく覚えてないんですよね~、一服盛られたんで」
「「「はぁ!?」」」
「ほら、僕ってリンカーの副作用でアルコールへの耐性が極端に低くなるじゃないですか。それを逆手に取られて飲み物にウィスキー混ぜられてたみたいで」
「あぁ、一服ってお酒か……」
ハヤテの言葉に弦十郎が安心した様に頷く。
「おかげで何があったのかほとんど覚えてないんですよね。体感では昨日の夕方からついさっきまで寝てたような感じなのに、体は全然休めてないし、むしろ昨日より圧倒的に疲れてるし」
「本当に何も覚えてないのか?こんなことがあったとか、こんなことしたとか……」
「さぁ?目が覚めたら裸の三人がベッドでぐったりしてて、僕は床で寝てたんで」
「「「……………」」」
藤尭の問いに答えたハヤテの言葉に三人が呆れたようにハヤテの顔を見る。
「とにかく、今は深く考えません!今後のことも後で考えるんで、今はいいです。今はとりあえず――」
三人の様子に咳ばらいをしながら気を取り直したようにハヤテが口を開く。
「三つほどお願いがあるんですけど」
「お願い?まあ、できる範囲になってしまうが……」
ハヤテの言葉に弦十郎が首を傾げる。
「一つは何か食べ物ください。まるで一晩中走ってたみたいに空腹で死にそうです。最悪十秒飯的なゼリーでもいいんで何かお腹に入れときたいんで」
「構わんが、それならゆっくり休んだ方が……」
「それは後でいいです。今はやりたいことがあるんで」
「やりたいこと?」
「それが二つ目のお願いです。二つ目のお願いは、一人での外出の許可を下さい」
「外出?どこか行きたいのか?」
「ええ、まあ。ちょっと墓参りに」
弦十郎の言葉に首を振って応えるハヤテに藤尭が訊く。
「墓参り?」
「ええ。あ、外出の許可だけでいいですから。首輪のGPSはそのままで。別に僕がどこに行くか調べてもいいですから」
「そうか。まあその二つは構わんが」
「よかった。よろしくお願いします」
「それで、三つ目は?」
弦十郎の言葉に笑うハヤテに友里が訊く。
「三つ目は……」
ハヤテは少し言い淀み苦笑いを浮かべ
「替えのマットレスとシーツ用意してもらっていいですか?なんかもはや何かわからないものでベッタベタのグッチョングッチョンなんで。あ、掃除は寝てる三人にさせればいいんで」
〇
あれから弦十郎さんたちに用意してもらった朝食?を食べた。なんかいつもの倍以上食べてしまった。ホントどんだけ〝運動〟してたんだか……腰痛いし、普段使わない筋肉でも使ったのか体の節々が筋肉痛だし。
――それはともかく、お腹も満たした僕はジーパンにテキトーな服に着替え赤のライダースジャケットを羽織り、許可と一緒に貸してもらえたバイクに跨り目的地へと走っていた。
「…………」
目的の霊園についた僕は向かう。ここには一度も来たことはないが資料では何度も見た。そのせいか、僕の足はその場所を目指して淀みなく進んでいく。
――そこは、わきに立つ木の陰にひっそりとあった。墓石には「井口家の墓」と彫られている。彫られてはいるが
「見かけだけは立派なもんだな」
言いながら僕は持ってきていたカバンから線香の箱とライターを出す。墓参りに行くなら必要だろう、と弦十郎さんたちが用意してくれたものだ。三人は多くは聞かなかった。なんとなく察してくれていたのだろう。
線香に火を付け、数本を墓に供える。
「井口家の墓…か……」
「空っぽのお墓に手を合わせてどうすんのさ?」
と、僕の背後から声が聞こえる。
「先祖代々のお墓に入れられないからってお墓を別に作ったはいいけど、肝心の中身も入ってない外身だけの墓、お参りもくそもないだろ?」
「一応は入ってるさ、左足だけだけど」
「それも自分の、だろ?」
「〝井口颯太の〟…だよ」
僕はそれに答えながら立ち上がり振り返る。
「よく僕がここに来るってわかったな」
「センチメンタルなお前なら、きっと弟に会った後には来ると思ってたよ。いつ来るかはわからなかったから今日来なきゃさっさとずらかるつもりだったんだよね~」
「なるほど、僕の考えなんて天災のアンタにはお見通しか……」
言いながら僕はため息をつきながら振り返る。
僕の目の前には笑う束博士に加えオータムとスコール、そして、五年と言う時間で成長したエムとクロエだった。
エムは五年経ってより織斑先生そっくりになっていた。顔も、肉体的にも凹凸のあるスラッと高身長モデルのようなボディライン。強いて言えば髪が短いことくらいしか違いがない。
クロエはクロエで長い白髪に目鼻立ちの通った美人になっていた。
「まーちゃんも、スコールも、変わらないね」
「まーちゃん言うな」
「あなたはその髪のせいか老けて見えるわね」
僕の言葉にオータムはブスッとした顔で答え、スコールは相変わらずの飄々とした笑みで答える。
「クロエは想像通りと言うか、美人になったな」
「恐れ入ります」
相変わらずのゴシック調な服の、スカートをちょいとつまんでお辞儀する。
「エムは……うん、美人だと思います」
「なぜ目をそらす?」
「いや……その見た目ですごまれると織斑先生を思い出して……つい」
エムの言葉に苦笑いを浮かべながら頷く。
「それで?なんでここに?あんたらのことだからさっさと引き上げてると思ってたけど」
「言っただろ?今日会えなきゃさっさと引き上げてたさ」
気を取り直して訊いた僕の問いに束博士が答える。
「私はさっさと引き上げるつもりだったけど、みんながど~してもって言うから」
「よく言う。私らが言わなきゃ、あんたは一人で来るつもりだっただろ?」
「はぁ?何を根拠に?そんなわけないだろ?」
「まっ、別にそう言うならそれでいいけど」
にやにや笑いながら言うオータムを見ながら
「ていうか、まーちゃんが僕に会いたいって言ったのは否定しないんだね」
「なっ!?それは――!」
「ホントのことだもんね~?」
「だから!それは博士だけ会って私らには挨拶無しってのが気に食わないだけで!」
「素直じゃないわね、オータム。作戦前は、久々に一緒に戦えるってウキウキしてたのに」
「スコール!?お前まで!!」
「なんか、五年前より仲良くなったな」
言い合う三人の様子に僕はちょっと驚きながら言う。
「まあ五年も一緒にいれば愛着もわくってもんだよね~」
「愛着って、私らは犬猫やなんかか!?」
「キャンキャンうるさいから犬じゃない?」
「誰が犬だ!?」
「何?コント見せに来たの?お前ら暇なのか?」
「んなわけねぇだろ!!」
僕の言葉にオータムが叫ぶ。
「あぁくそっ!やっぱこいつといると調子狂う」
「昔に戻ったみたいだね」
「っ!」
頭をガシガシと掻きながら言うオータムの言葉に頷きながら僕が言うとオータムは息をのみ
「……はぁ?昔に戻っただ?ふざけんな。んなわけねぇだろ」
キッと僕を睨みながら冷たい声で言う。
「確かにおめぇとは前に協力はしたが、それはあくまで五年前の話だ。いまさらお前と仲良しこよしするつもりはねぇ。昔のよしみで挨拶だけはしに来てやったってだけだ」
オータムはため息をつきながら言う。
「利害が一致すればまた共闘はしてやってもいいが、今や国連の犬になったおめぇに仲間面されると反吐が出る。いいか?覚えとけ。もう〝ここ〟にお前の居場所はないんだ」
「………オータム」
「私が言いたかったことはそれだけだ。じゃあな。せいぜい今のお仲間の女どもと乳繰り合ってろ」
そう言ってオータムはズンズン去って行く。
「………まったく、素直じゃないわねぇ」
そんなオータムの背中を見ながらスコールがため息をつく。
「でもま、〝ここ〟にあなたの居場所はないっていうのは同意見かしらね。今のあなたにはちゃんと今の仲間がいるんだもの。そっちを大事にしなさい」
「スコール……」
「まぁ、またいつかお酒でも飲みましょ。もちろんあなたのおごりで」
「えー、僕のおごりって、スコールの行くお店って高そうなイメージなんだけど」
「男の甲斐性の見せ所でしょ?それじゃ、いつまでも一人にするとヘソ曲げちゃいそうだから、そろそろ追いかけてあげなきゃね」
そう言ってウィンクしたスコールはオータムを追って去って行く。
「じゃ、私たちももう行こうかね~」
それを見ながら束博士が言う。
「ありがとう。今回は助かったよ」
「やめろよ。お前にそんなしおらしい顔でお礼を言われると蕁麻疹ができる」
言いながら束博士は気持ち悪いものでも見るような顔で僕を見ながら自分の身体中を掻きむしる。
「それはお互い様だろ?あんたなんかにお礼を言うと吐き気がする」
「けっ、相変わらず生意気だな」
「あんたこそ、その減らず口は健在だな」
お互いに睨み合いながら見つめ合い、同時にフッと力を抜く。
「本当にありがとう」
「別に。アフターケアってやつだ。今回は私も黙って見てられなかったし」
言いながら束博士はくるりと僕に背を向ける。
「じゃあな、凡人」
「ありがとうよ、天才」
ゆっくりと歩いて行く束博士を見送りながら
「エムとクロエも、ありがとうな」
「……ふん、別に礼を言われるようなことはしていない」
「また、いつかどこかで」
そう言ってエムはさっさと、クロエはお辞儀をしながら去って行った。
「また、いつかどこかで……か」
僕は何となく呟き
「さて、と。僕も帰るとするか。流石に眠い」
このおかしな墓参りを切り上げ、帰り支度をする。と言ってもせいぜい持ってきた線香とライターをカバンにしまうだけだが。
「じゃ……起こして悪かったな。ゆっくり休めよ、〝井口颯太〟」
言いながら後ろ手に墓石に手を振りながら僕はもと来た道を歩いて行く。
数歩歩きながら、そろそろ三人が起きてちゃんと掃除してくれたかなぁ~、なんて思っていると
「――お墓参りですか?」
背後から声を掛けられた。
今日はよく後ろから声を掛けられるなぁ、なんて思いながら振り返った僕は、その予想外の人物に一瞬虚を突かれた。
思えば、声で気付きそうなものだ。それに気付かないあたり、相当頭が回っていなかったのだろう。
「どもども、お久しぶり」
「……一週間前に会ってるから、久しぶりって感じでもないけどね――海斗君」
朗らかに笑う対面の少年、海斗に僕は動揺を悟られないように表情を作って笑いながら返す。
海斗は一人ではなく、その後ろに天羽奏、風鳴翼、マリア・カデンツァヴナ・イヴとその妹のセレナ、そして、雪音クリスの五人とともにいた。
「あぁ、いやいや、〝朽葉ハヤテ〟さんではなく」
海斗は微笑みを浮かべながら顔の前で否定するように手を振り
「兄さん、〝井口颯太〟に対して言ってるんだよ」
「っ!?」
その言葉に背中に嫌な汗が浮かぶのを感じる。
僕だけじゃなく後ろの五人も知らなかったのか驚愕の表情を浮かべている。
「改めて言おうか」
驚く僕ら六人をよそに、海斗は変わらぬ笑みを浮かべたまま口を開く。
「久しぶり、〝兄さん〟」