IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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閑話休題です。
人知れず行われていた、とある秘密の出会いの物語です。





幕間の物語~かくして彼はウサギたちと出会った~

 〝そこ〟から出た時ふわりと温かな風と共に優しく甘い花の香りがした。恐らく目の前に立つ大きな桜の木が原因だろう。

 〝あの事件〟から約10か月、また桜の季節になった。

 この10か月はあっという間だったけど、やっとこの日を迎えられた気がする。

 やっと――兄さんをちゃんと弔えるのだから……

 

 

 

 

 

 兄さんの起こした〝あの事件〟の後、自爆によって瓦礫の山となった女性権利団体の施設の捜索はかなり難航したらしい。

 十日かけて瓦礫は撤去され、捜査もされつくした。

 いったい何に時間がかかったのかはわからないが、結局兄さんが僕たちのもとに〝帰ってくる〟のに10か月もかかった。

 まあ〝帰ってきた〟とは言っても左足だけだけど、それでもこれでやっと、ちゃんとした葬式があげることができる。

 日本政府とか国連とかから面倒な制約はあるものの、父さんと母さんはお偉いさん相手に頑として譲らず、何日もかけてちゃんと葬儀をする許可を勝ち取った。後から聞いた話だと、うちの両親の他にも兄さんの葬儀をできるようにお偉いさんに掛け合ってくれた人たちがいたらしい。

 結局兄さんはうちの先祖代々の墓に弔うことはできないし、葬式に参列できる人間も制限された。それでも、今日この日、やっと兄さんの葬儀へと漕ぎ着けた。

 

 

 

 葬儀はしめやかに行われた。左足しか収まっていない棺桶は終始閉じられたままだったが、通夜に参列した人たちは皆一様に兄さんの死を悼んでいるようだった。

 

 父さんと母さんは僕だけでなく誰かの前では涙を見せなかった。でも、目の周りを赤く腫らした様子から、きっとたくさん泣いたのだろうということは分かった。

 

 じいちゃんとばあちゃんたちは「孫が私たち老いぼれより先に逝くとは何事だ!」って怒りながら泣いていた。

 

 ゆりさんと雄介さんはまだ死とか葬式が何なのかわかっていない和人をあやしながら静かに涙を流していた。

 

 卓也さんに智和さんに信久さんに敦さんは兄さんにたくさん恨み言をぶつけながらも、最後には、よくやったな、頑張ったな、と兄さんを労って泣いていた。

 

 潮さんは言葉は言わず、ただ泣いていた。目の周りを真っ赤に腫らし、声を枯らし、それでもなお泣き続けていた。

 

 兄さんの所属していた会社の人たちは、社長さんはボロボロと涙し、そんな社長さんを夫の副社長さんが優しく微笑み声を掛けながら、そんな副社長さん自身も涙を流していた。

 ミハエルさんはぐっと唇を噛み、しかめっ面を浮かべていたが、すごく悲しんでいるようだった。

 山田さんは今にも暴れ出しそうな様子で涙を流しながら喚き、犬塚さんと貴生川さんに引き摺られて会場から連れ出されていた。

 連坊小路さんはただ黙って俯き、声を殺してずっとずっと泣いていた。そんな連坊小路さんを野火さんと七海さんが優しく背中を擦っていた。

 

 IS学園からもあの日あの場にいた人たちや兄さんのクラスの先生たちも参列していた。

 

 一夏さんは僕らの前にやって来て地面に頭突きする勢いで土下座をした。

 一夏さんに続く様に箒さん、セシリアさん、鈴さん、ラウラさんが土下座をした。

 五人は泣きながら自分たちの無力さを、兄さんの仲間として力になれなかったことを謝罪し続けていた。

 父さんたちに頭を上げるように促されてもなお頭を下げ続け、通夜が始まってからは会場の後ろの方で黙って涙を流していた。

 

 織斑先生と山田先生は「大事な息子さんがこんなことになってしまい、本当にすみませんでした」と頭を下げ、山田先生はボロボロと涙を流し、織斑先生は唇を噛んでいた。

 

 シャルロット姉さん、楯無姉さん、簪姉さんの三人は、そんな会場全体で兄さんの死を悼む人たちを見ながら、何かを言いたげに、しかし、それを必死でこらえるように唇を噛んで涙を流していた。

 

 通夜に参列している人以外にも兄さんに向けてたくさんの花が送られていた。

 ほとんどは日本人だったが、外国人の名前もあり、中にはハリウッドで活躍するアリシア・マーカスさん、アイドルの流木野サキさんからのものもあり、兄さんの異様な交友関係に驚かされた。

 

 そして、それらを見ている僕自身は――まだ一度も泣いていなかった。

 

 

 

 

 

 通夜の翌日、つまり今日、僕を含め通夜に参列した34人は葬儀の締めくくりとして火葬場に来ていた。

 人一人は入るのに左足しか入っていない異様な棺桶は運ばれ、炉の中に入れられていくのを全員で見守った。

 完全に焼かれて骨になるまで時間がかかるらしく、広い控室に通されたが、みんな黙っていてなんとも息苦しい雰囲気だった。

 父さんたちに少し外の空気を吸ってくると一声かけた僕は火葬場の外に出る。

 火葬場とはそういう場所を選んで立てられるのか、はたまた兄さんの葬儀と言うことでそういう場所をあえて選んだのかはわからないが、周りを自然に囲まれた場所にこの火葬場はぽつんと立っていた。

 兄さんの件で家族そろって引っ越しを余儀なくされ、安全のために全くの別人としてこの春に入学した中学。

 その中学の制服である学ラン、長く使えるように大きめの物を買ったためにダボつくそれの首元のホックと一番上のボタンを外して大きく深呼吸をする。

 物理的な息苦しさと精神的な息苦しさから解放され、少し余裕が出て来た僕は何となく目の前の桜の木に視線を向け――

 

「ん?」

 

 その木の下に立つ一人の女性が目に入った。

 その人はの第一印象は綺麗な人だった。

黒い膝上ほどの丈のスカートの喪服に身を包み、頭にはドラマや映画なんかでしか見たことの無いベールのついた黒い帽子を被っていた。

 物憂げな表情で桜の木を見上げるその女性は控えめに言ってもとても絵になっていた。

 桜とその女性の美しさに呆然と見惚れていた僕は

 

「あの、何か?」

 

「うわっひゃぁ!?」

 

 声を掛けられるまで隣に人がいることに気付かなかった。

 僕に声を掛けたのは僕と年のそう変わらなそうな長い銀髪の少女。桜の木の下の美女のものと似た喪服に美女とは違いベールの無い帽子を被っている。

 

「ん?」

 

 と、僕の大声に桜を見上げていた美女がこっちに視線を向ける。

 

「お待たせしました」

 

「ありがとう、クーちゃん」

 

 僕の隣にいた少女が美女へその手に持っていた水のペットボトルを渡す。

 クーちゃんと呼ばれた少女はお辞儀をし、控えるように美女の脇に立つ。

 近くで改めて見たその女性は恐らく20代前半、服の上からでもわかる凹凸のあるボディーラインにまだ幼さが残っているが目鼻立ちの通った大人な雰囲気の美女。

 

「やあ、こんにちは」

 

「こ、こんにちは」

 

 次いで僕に視線を向け、優しく微笑む女性の表情に一瞬ドキリとする。

 その微笑みは美しく、優しく温かくそれでいて底の見えない海のようにうすら寒い冷たさを感じる、そんな矛盾を感じる微笑みだった。

 

「こんなところでどうしたの?」

 

「ちょっと外の空気を吸いたくて……」

 

「そうなんだ」

 

 呆然とする僕に対して美女は微笑みを浮かべたまま言う。

 その女性の雰囲気に呑まれかけていた僕は頭を振って美女へと視線を向ける。

 

「あの、あなた何者ですか?兄さんのお知り合いですか?」

 

「へぇ?どうしてそう思ったの?」

 

 僕の問いに美女は楽しそうに訊く。

 

「今日この火葬場が利用されるのはうちだけです。しかも、兄さんの葬儀の話は日本政府とか国連がひた隠しにして葬式会場での名前も別人の名前で行われてた。かなり厳重に、秘密裏に行われているにも関わらずあなたはここにいる」

 

「この桜を見に来ただけかもよ?」

 

「わざわざ?喪服まで着て?」

 

「フフ、確かに可笑しな話、か……」

 

 僕の言葉に上品に笑いながら美女は頷く。

 

「そうだね。私は……うん、三月ウサギかな。彼女はヤマネってところかな」

 

 頷きながら自身と、その背後で控えているクーちゃんと呼んでいた少女を指さしながら美女が言う。

 

「三月ウサギ?ヤマネ?」

 

「そう、私たちは君のお兄さん(マッドハッター)とテーブル囲んでバカ騒ぎした三月ウサギとヤマネだよ」

 

「なるほど、ちょっと何言ってるかわからないです」

 

「フフ、だろうね」

 

 僕の答えを見越していたのか楽しそうに無邪気に笑う三月ウサギさん。

 

「結局あなたはうちの兄とどういう関係なんですか?」

 

「ん~、なんて言ったものかな~……」

 

 三月ウサギさんは口をへの字にして考え込む。

 

「同盟者……協力者……共犯者……?そんな感じかな……」

 

「共犯者とかなんか物騒ですけど、要は友達ってことですか?」

 

「友達~?」

 

 僕の言葉に三月ウサギさんは嫌そうに顔をしかめる。

 

「冗談じゃない。あなたのお兄さんとは顔を合わせれば口喧嘩ばっかりだったよ」

 

「でも、同盟者とか協力者とか共犯者って……」

 

「仲良くなくても同盟は組めるし協力できるし共犯にもなれるよ」

 

「そんなものですか?」

 

「そんなものだよ。君みたいな坊やにはまだわからないかもね」

 

「っ!?」

 

 言いながらスッと自然に近づき僕の鼻の頭をツンとつつく三月ウサギ。

 至近距離によって来た三月ウサギの顔に心臓がドキリと跳ねる。

 

「たb――三月ウサギ様と颯太さんは端から見ていると仲良しに見えましたが……?」

 

「あ~!クーちゃんまでそんなこと言う!まったく失礼だなぁ~!」

 

 ヤマネ(クーちゃん)さんの言葉に三月ウサギさんがプリプリと頬を膨らませて言う。

 三月ウサギさんが離れたすきに僕は早鐘を打つ心臓を収めようと大きく深呼吸をして落ち着かせる。

 

「それで……君はどうしてここに?」

 

「え?」

 

 僕困惑を知ってか知らずか、三月ウサギさんは僕に視線を向けながら訊く。

 

「だから……外の空気を吸いたくて」

 

「本当に?」

 

「っ!」

 

 一瞬三月ウサギさんの目が刺すように鋭くなる。その瞳に僕の胸の内まで全て見透かされているように感じる。

 

「………本当はなんか居心地が悪かったんです」

 

「ふむ、居心地が悪い?」

 

 その瞳のせいだろうか、気付けば僕は兄さんの死から10か月、胸のうちにわだかまっていたものを口にしていた。

 

「なんていうか……兄さんがあんな事件起こして、いろんな人たちがいろんなこと好き勝手言ってました。ニュースでコメンテーターとか犯罪心理学者とかがなんか小難しいこと言って、兄さんのこと分析したり、ものすごく貶す人がいたり。でも、そういう人たちは兄さんの死をただの一つの出来事としか見てないみたいで……」

 

「ふむふむ」

 

「ネットじゃ兄さんを諸悪の根源みたいに言ってる人もいて、そう言う人は兄さんの死を当然のことみたいに言ってるし。逆に兄さんを救世主か英雄みたいに言う人もいて、そういう人たちは兄さんの死をまるで尊い犠牲とか神聖なものみたいに言ってるし」

 

「あぁ~、そう言えばいるねぇ~」

 

 僕の言葉に三月ウサギさんが頷く。

 

「だから、兄さんのことを思って、兄さんの死を本気で悲しんでくれてる人がいるのが不思議で、なんだか兄さんがよくわからなくなってきて……」

 

「わからない?」

 

 僕の言葉に三月ウサギさんが首を傾げる。

 

「僕にとっては優しい兄さんで、でも、世間から見れば魔王とか最悪のテロリストとか、かと思えば英雄視して支持する人たちもいて……そんなの気にせずただ一人の人間の死として悲しんでくれる人たちがいて……」

 

「アハハハ~、なるほどね!」

 

 と、何かに気付いたように三月ウサギさんが笑う。

 

「要は世間で言われてる声と、身近な人や君自身の知ってる彼の姿にギャップを感じてるわけだ」

 

「はい。そのことを考えすぎて、僕、いまだに泣けないんですよ。兄さんの死がなんだか現実味がなくて。だから何となく、本気で悲しんでる人たちの中にいることが居心地悪くて……」

 

「ふむふむ、なるほどね」

 

 納得したように頷いた三月ウサギさんは

 

「君、お兄さんに似て馬鹿みたいに考えすぎてるね」

 

「なっ!?」

 

 バッサリと切り捨てられた。

 

「まあお兄さんと違って雑魚メンタルなところは可愛げがあると思うよ」

 

「雑魚メンタル……」

 

 その、あんまりな物言いに僕は呆然とする。

 

「ひとつ訊くけど、君にとって井口颯太って人間はどう見えてた?」

 

「え……?」

 

 突然の質問に僕は一瞬虚を突かれたものの少し考え

 

「そうですね……平凡な、どこにでもいそうな優しい兄で、オタクで、家族や友達を大事に思ってて、お人好しで、ヘタレで、甲斐性なしで、自己評価低くて、鋭いクセに他人からの好意に鈍感で、クソザコナメクジで」

 

「後半悪口だね。まあ概ね同意見だけど」

 

 三月ウサギさんは笑い

 

「要はそう言うことさ」

 

「はい?」

 

 三月ウサギさんの言いたいことの意味が分からず僕は首を傾げる。

 

「いいかい?あいつのことをよく知りもしない奴が言うことなんて無視すればいい」

 

「へ?」

 

「だいたい、テレビのコメンテーターやら犯罪心理学者とやらやネットで好き勝手言ってるやつらが君のお兄さんのことをどれほど知ってるって言うんだい?」

 

「それは……?」

 

「犯罪心理学なんてものは要は傾向だ。そんなものに当てはまったところでどれほど意味がるっていうんだい?」

 

 言い淀む僕に三月ウサギさんはなおも続ける。

 

「魔王と言われようが英雄視されようがそんなもの関係ない。君のお兄さんは君のお兄さん、それ以上でもそれ以下でもないよ」

 

「少なくとも私にとっての井口颯太は、平凡で、オタクで、家族や友達を大事に思ってて、お人好しで、ヘタレで、甲斐性なしで、自己評価低くて、鋭いクセに他人からの好意に鈍感で、クソザコナメクジで、慇懃無礼で、面倒臭がりで、ダメ人間で、君とそう変わらない評価だよ」

 

「僕そこまで言ってませんけど?」

 

 何か具体的なことを思い出しているのか辟易した表情で言う三月ウサギさん。

 

「まあ少なくとも――」

 

 言いながらスッと一歩踏み出した三月ウサギさんは

 

「少なくとも、君のお兄さんは君のことを思い君のためなら何でも投げうって行動する覚悟のある人物だったと思うよ」

 

 僕を優しく抱きしめていた。

 

「なっ!?なっ!?」

 

「ほら暴れないで」

 

 身長差のせいか胸に顔を埋めさせられている僕を優しく見つめながら三月ウサギさんは微笑む。

 

「あの……何してるんですか?」

 

「気にしないで。お兄さんに半ば無理やり押し付けられた恩を君に返してるんだよ」

 

「なんで兄さんが僕のことを思ってたってわかるんですか?」

 

「私にも妹がいるからね。世のお兄ちゃんお姉ちゃんって言うのは問答無用で弟妹たちの味方なのさ」

 

 一瞬三月ウサギさんの目が寂し気に陰った気がした。

 でも、それは一瞬で、すぐに慈愛に満ちた優しい笑みへと変わり、僕の頭を優しく撫でる手が加わる。

 

「君のお兄さんは君の思った通りの人物だった。誰が何と言おうとね」

 

「………本当に?」

 

「ああ。私が保証しよう。なんなら私の妹に誓ってね」

 

「………………」

 

 三月ウサギさんの言葉が胸にしみいる。

 

「彼のしでかしたことは確かに大それたことだったかもしれない」

 

 優しく僕の後頭部のあたりを撫でる三月ウサギさんの手と言葉に僕はやっと気付く。

 

「それでも」

 

 ああ、そうか……僕は――

 

「彼は間違いなく、君に恥じない良き兄であろうとし続けていたんだよ」

 

「うぅ………」

 

 三月ウサギさんの優しい言葉に、ぬくもりに、頬を熱いものが伝っていく。

 

「うぅ……あぁ……!兄さん!!なんで、なんで!!?あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 僕はただ、僕にとっての兄さんがちゃんといい兄だったと、肯定してくれる言葉が欲しかったんだ。

 

 

 〇

 

 

 

「花粉症です」

 

 数分後、目の周りを真っ赤に腫らし、腫れぼったくなった瞼をこすりながら僕はいう。

 

「へ~?花粉症ね~?」

 

 そんな僕をニヤニヤと微笑ましそうに見つめる三月ウサギさん。

 

「はい、花粉症です」

 

「さっきまでくしゃみの一つもして無かったのに?」

 

「朝に花粉症の薬飲んでたんです」

 

「薬飲んでたのにそんなになっちゃったの?」

 

「効力が切れたんです」

 

「へ~?……どう思うクーちゃん?」

 

「三月ウサギ様の胸に顔を埋めて号泣しているように見えました」

 

「花粉症です!!」

 

 ニヤニヤと笑いながら傍らのヤマネさんに訊き、無表情で答えるヤマネさんの言葉に叫びながら否定する僕。

 

「別に悪いことじゃないでしょ?大事な家族の死を悼んで涙することは」

 

「……………」

 

「例えそれが今日初めて会った見ず知らずの美女の胸の中でも――」

 

「花粉症ですから!!!」

 

 叫ぶ僕の顔を見ながら楽しげに笑った三月ウサギさんは

 

「さて、そろそろいい時間じゃない?」

 

「え?」

 

「そろそろ終わったころだと思うよ。戻った方がいいんじゃない?」

 

「あ………」

 

 三月ウサギさんの指摘に僕は思い出す。そう言えば彼女の言う通りそろそろいい時間だ。

 

「あの……よかったら一緒に行きませんか?」

 

「へ?」

 

 僕の言葉が予想外だったのか三月ウサギさんが呆けた顔をする。

 

「二人くらい増えててもバレませんよ。何より、その方が兄さんだって喜ぶと思いますし」

 

「あいつが喜ぶかどうかはさておき……」

 

 言いながら肩をすくめた三月ウサギさんは

 

「私が行くといろいろ面倒があってね。いま会うとまずい相手もいるし、私はあの場にいない方がいいさ。それに――」

 

 ププーッ♪

 

 僕の背後からクラクションが聞こえ、三月ウサギさんが言いながらそちらに視線を向ける。

 

「迎えも来たみたいだし」

 

 音のした方、三月ウサギさんの視線を追って行くと、そこには一台の白いオープンカーが止まっていた。

 車に詳しくない僕でも知ってる某高級車の海外会社のエンブレムの入ったそれには三人の女性が乗っていた。

 運転席には大人っぽい雰囲気のブロンドの美女が、その後ろの席には茶髪の女性が、その隣には黒髪の僕とは変わらないくらいの少女が――

 

「ん?織斑先生?」

 

「あぁ、似てるけど違うよ」

 

 兄の担任にそっくりな、姉妹かと見間違うほど顔立ちの少女の姿に驚くが三月ウサギさんが笑いながら否定する。

 

「あの人たちも兄さんの知り合いですか?」

 

「まあねぇ~」

 

 頷きながら運転席のブロンド美女を指さし

 

「あっちから――そど子、ごも代、パゾ美だよ」

 

「偽名にするにしろせめて不思議の国のアリスで統一してくださいよ」

 

「いや、なんかもういいかなぁ~って思って」

 

 あんまりな名前にツッコむがアハハ~と笑いながら三月ウサギさんが答える。

 

「さてと、それじゃあね、井口海斗君」

 

「失礼します」

 

 言いながら手を振って去って行く三月ウサギさんと礼儀正しくお辞儀をするヤマネさん。

 

「あ、これからは知らない女の胸で泣かない方がいいよ」

 

「だ~か~ら~!!!花粉症ですってば!!!!」

 

 叫ぶ僕に楽しそうに笑う三月ウサギさん。その笑顔は眩いまでに輝いて見えて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って言うのが、今にして思うと僕の初恋かな~、たぶん」

 

「「「「「……………」」」」」

 

 と、話し終えた海斗を切歌、調は微妙な顔をし、響はなんだかもやもやしたような表情を浮かべ、未来とクリスは楽しそうに笑う。

 

「なんだよその顔は?そっちが罰ゲームで訊いて来たんだろ」

 

 そんな五人を見ながら切歌と調へジト目で海斗が言う。

 現在六人はトランプによるゲームに興じている途中だった。

 そのゲームの一貫で人知れず共闘していた切歌と調の策略により最下位となった海斗へ一位の調からの罰ゲームが『初恋について語る』だったのだ。

 

「いや、そうなんデスけど……」

 

「先輩は…悪くないんです……ただ、考えが足らなかったというか……」

 

 言いながらスッと視線を反らした二人は

 

「(先輩の好みを探ろうと訊いてみたけど…想像以上にダメージが来る……!)」

 

「(好きな人の恋愛話は想像以上に訊きたくない話だったデース!こんなの新手の拷問デース!!)」

 

 人知れず自分たちの浅慮を悔いるのだった。

 

「そ、それで、その人とはそれから会えたの?」

 

 そんな二人を尻目に気になる様子で響が訊く。

 

「それが結局それっきり」

 

「そっか……」

 

 海斗の言葉に響は頷く。

 

「海斗はその人にまた会いたいって思うの?」

 

「まあね。でも初恋は実らないって言うし、多少は記憶の中で美化されてるところもあるだろうし。会わない方がいいのかもな」

 

 未来の問いに海斗は肩をすくめながら答える。

 初恋は実らない、の部分に一瞬四人ほどピクリと反応したが、お互いや残りの二人も気付かない様子だった。

 

「もし仮にその三月ウサギさんにまた会えたら、お前はどうするんだ?」

 

「そうですね……」

 

 クリスの問いに少し考えこんだ海斗は

 

「とりあえず、お礼が言いたいですね」

 

 ニッコリと笑っていった。

 

 

 

 

 

 その数日後、パヴァリア光明結社に攫われた自分を救いに現れた兄とその仲間として現れたそど子、ごも代、パゾ美の姿を見て、芋蔓式に三月ウサギの正体がかの有名な奇人中の奇人にして変人中の変人として有名なあの天災篠ノ之束が猫を被った状態だと考え至った海斗は、思い出は思い出のままにしておくのが一番だと悟るのだが、それはまた別の話。

 




白い束さんに上手く騙されてしまった海斗君でした。
ボッチで引き籠りで人間嫌いのクセに人当りよく演じれるんですね~。
ウサギならぬ猫を被ってたというわけで。

海斗「誰が上手いこと言えと言った」

束「誰がボッチで引き籠りだ、人間嫌いはあってるけど」

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