IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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第236話 守られるか、並び立つか

 ここ二週間、あたしはずっと考え続けていた。

 いや、違うな。考えたくなくても頭に浮かんでしまう。

 授業も上の空でそのせいで元ブリュンヒルデの怖い担任教師に頭の形が変形するんじゃないかって程叩かれた。

 食いかけのうどんがダルダルに伸び切ってしまった。

 風呂に入ってたら溺れかけた。

 こんな目にあうのは全部あのバカのせいだ。

 気付いたら頭の中をあのバカの笑顔が埋め尽くす。

 

 

 

 理由はわかっている。

 ここ最近立て続けにあったあのバカにまつわるあれこれのせいだ。

 

 

 

 あのバカが生きているとわかって思わず後先考えずに無理にインターンをねじ込んでいた。正直自分でも何がしたいのかよくわからない。ただなんだか、何かせずにはいられなかった。

 でも、別にあいつとどうこうなりたいわけじゃなかった。

あたしは〝あの時〟みたいにあいつのそばにいられれば良かった。

 それでいいんだ。

 あたしはそれでいい、それで十分なんだ

 

 

 

それなのにどいつもこいつ勝手なこと言いやがって。

 

『大事なことはちゃんと伝えないと後で後悔しますよ?』

 

 うるせぇ!余計なお世話だ!伝えたからってどうなるって言うんだ!

 

『クリスちゃんってさ……ぶっちゃけ颯太君のこと好きでしょ?』

 

 あぁ!そうだよ!好きだよ!悪いか!

 

『アナタには…幸せになってほしい……』

 

 勝手なことを言うな!あたしは今で十分幸せなんだ!

 

『素直に言いたいことは伝えておかないと、確実に後から後悔しちゃうよ』

 

 そんなこと…五年前に痛いほど知ってる!痛いほど後悔したんだよ!

 

 

 

 あの時、アメリカに渡るあいつにあたしもついて行こうと思った。ついて行くのが当然だと思った。

 でも、あいつは連れて行ってはくれなかった。

 いつまでもあたしの味方でいてくれると、そう言っていたあいつに、あたしは最後まで素直になることができなかった。

 あの地獄から救い出してくれたあいつにちゃんとお礼を言うことができなかった。

 へそを曲げずにどれだけみっともなくても縋り付いてでも一緒に行けばよかった。

 そうしていれば、少しは今とは違ったのかもしれない。

 少なくとも、数年前のあたしはそう思っていた。そのことがずっとずっと心に残っていた。

 

 

 

 でも、少し前からあたしは気付いていた、自分がいかに子どもだったかを。

 何もできない子どもが一緒にいて、あいつの救いになっただろうか?あいつの迎えた結末が何か変わっていただろうか?

 答えは、『No』だ。

 

 

 

 あいつはきっとわかっていたんだ。

 無力な子どものあたしが一緒にいたところでできることなんてない。むしろ邪魔にしかならないことを。

 あいつにとってあの時のあたしは共に並び立ち目標に向かって一緒に歩む存在ではなく、守るべき弱者だった。

 

 

 

 そのことに気付いたからこそ、あたしは自分のこの気持ちを口にすることはない。

 あいつのあたしへのスタンスは五年前から変わらない。

 だからきっと、あいつにとってあたしは今も変わらない守るべき弱者で、共に歩む相手じゃない。

 

 

 

 あいつはあたしを受け入れない。

 あいつはあたしを必要としていない。

 だからあいつはあの元テロリストどもを仲間に迎え入れたのだろう。IS戦力を強化し、あたしの手なんて必要ないってことを証明するために。

 

 

 

 だから、あたしは自分のこの気持ちに蓋をし、見ないふりをする。

 たとえそれが溢れ出てきそうでも、無理矢理に押し込め蓋を押さえつけ、意地でも封じ続ける。

 でも、最近それも難しくなってきた。

 あいつと〝あの三人〟の関係を知ってしまったとき、ずっと見ないふりをしていた〝それ〟が顔を出しそうになった。

 あのお節介な四人の言葉のせいで変な期待をしてしまう。

 あいつのそばにいればいるほど、抑え込んで閉じ込めていた〝それ〟はうるさいほどに主張してくる。

 ここからだせ、素直になれ、思いのたけをぶちまけろ、まるでそう言わんばかりにだ。

 だが、あたしはそうしない。無理矢理抑えて宥めて、その感情を見ないふりをする。心の奥底に仕舞い込む。

 だって、そうしていないと、もしもそれを言葉にしてしまったら、あたしはきっと、もうそばにいることすらできなくなりそうだから……。今の幸せすらこの両手から零れ落ちてしまいそうで……。

 だから……だからこそ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クカァ~……」

 

 目の前で気持ちよさそうにアホ面さらして眠りこけてるこのバカを見ると、なんでアタシはこの男のためにここまで悩まされているのかと、どうしようもなくバカらしく思えてくる。

 

「シュピ~……シュピ~……」

 

 会社の仮眠室。

 最近の悩みのせいで仕事にいまいち身の入っていなかったあたしにムラサキさんが少し休んでくるように勧めてくれたので、あたしもそれに乗っかった。

 実際最近は寝不足気味だったしちょうどよかった。

 ちょうどよかったんだが……

 

「なんでテメェがここで寝てんだよ」

 

「zzZ~……zzZ~……」

 

「こっちは誰のせいでここまで悩まされてると思ってんだ……」

 

「ゼ~ット……ゼ~ット……」

 

「………ホントに寝てんだよな?」

 

 寝息だか寝言だか、とにかくおかしな声を漏らすそいつを訝しんだあたしはその男、井口颯太――いや、今は朽葉ハヤテか――を観察するが……規則正しく上下する胸元、寝たふりなら瞼の下で動くであろう眼球に動きは見えない。つまり

 

「寝てる…な……」

 

「ニャム……」

 

 あたしの目の前で頬をポリポリと掻いてから変わらぬアホ面で眠り続けるこのバカ。

 

「人の気も知らないで、こっちは誰のことでこんなにしんどい思いしてるか……」

 

 ため息をつきながらベッドの脇に屈みこみ膝の上に頬杖をつく。

 

「たく……気持ちよさそうに眠りこけやがって、いい気なもんだな……」

 

「ウ…ン……」

 

「っ!?」

 

 ゴロリと寝返りをうったやつの顔が至近距離に転がってきてドキリと心臓が跳ねる。

 

「~~~~!だからおめぇは………はぁ~……」

 

 照れと羞恥で思わず殴りつけそうになる拳をため息と一緒に抑える。

 

「人をこんだけ悩ませて……暢気に寝やがって……聞いてんのか?」

 

「フガッ……」

 

 鼻を摘まんでみるが起きる様子はない。きっとこれならちょっとやそっとじゃ起きないだろう。

 だからだろうか、あたしはまるで何かに吸い寄せられるように――

 

「エキシブッ!!」

 

「っ!!」

 

 盛大なくしゃみにあたしはハッとし慌てて距離を取る。

 今のはヤバかった。うっかり封が緩んじまった。

 胸に手を当て呼吸を整える。

 そんなあたしの様子に気付かない様子であいつは大きく伸びをし

 

「ファアァァァァァ!!あ~なんか変な夢見た気がする、覚えて無いけど……ん?なんでいんの?」

 

「い、いちゃ悪いか!?ここは会社の仮眠室で、あたしもインターンとはいえここの社員みたいなものだろ!?」

 

「確かに。今何時だ?」

 

「14時」

 

 腕時計を見て問いに答える。

 

「てことは三時間くらいは寝たかな?寝たりねぇけどそろそろ起きるか。腹減ったし」

 

「どんだけ寝てんだよ。働けよ」

 

「しょうがねぇだろ、徹夜明けだったんだから。特に仕事もねぇしちょっと寝とこうと思ったら思いのほか寝ちまってたんだよ」

 

 あたしの言葉に肩を竦めながら言う。

 

「徹夜って……どうせ撮り溜めてたアニメの消化とかだろ」

 

「昨日の徹夜はちゃんと仕事だよ」

 

 ジト目で言うあたしの言葉をスルーしながらやつはベッドの脇に置いていたファイルを手に取り

 

「はい、これ」

 

 あたしに差し出した。

 

「何だこれ?」

 

 首を傾げながらそれを受け取る。その表紙には

 

「『インターン評価ノート』?」

 

「お前のこれまでの業務の評価だよ。こっちはインターン受け入れたんだからちゃんと評価しないといけなかったんだよ。で、ここまでの評価をそろそろ弦十郎さんに提出しなくちゃいけなかったんだよ」

 

「ギリギリになって追い込まれてやるとか夏休みの宿題かよ」

 

「失礼な。僕は予定を立てて順序だててしっかりとやる派だ。その評価書類だってその都度書いてた」

 

「でも徹夜したんだろ?」

 

「ま、いくつか修正するためにな。ほれ、見てみれば?」

 

「見ていいのか?」

 

「弦十郎さんが目を通したらお前にも渡されるんだ。順番が多少変わったところでなんてこったぁねぇよ」

 

「じゃあ……」

 

 言われてあたしはそのファイルを開く。

 そのファイルにはあたしがこの会社に来てからこれまで出社した日に行った業務についてまとめられていた。

 この男のものだけかと思いきやムラサキさんもあたしの仕事ぶりについて評価してくれているようだった。

 

「細かいところ見ていくと時間かかる、最後のページが総合評価になってるからそこ見れば?」

 

「お、おう……」

 

 言われてぺらぺらとページをめくる。

 と、そこには総合評価でいくつかの項目が設けられ、E~Aで評価され

 

「オールA……!?」

 

「ま、お前がいてくれて助かったしな」

 

 驚くあたしに何でもないことのようにやつは言う。

 

「で、でも!この評価の仕方したら――」

 

「お前が希望すれば即うちの会社に配置されるだろうな」

 

 何でもないことのように言うそいつの言葉にあたしは呆然と言葉を失う。

 

「何だその顔?」

 

「なん…で……あんたはあたしがここに来ることは反対してたんじゃ……」

 

「反対してたさ。何なら今だってちょっと迷ってる。でもな、それ以上にお前がうちに必要な戦力だってのは分かったからなぁ……」

 

 ため息をつきながらあたしの問いに答える。

 

「うちの曲者ぞろいのメンバーと上手くやれてる。表の方の仕事もちゃんとこなしてる。裏の方も…まあ僕のアドリブに上手く合わせてくれた。そんだけできりゃうちに入る資質は十分だよ」

 

「でも……」

 

「なんだよ?お前からインターン申し出したのに、やっぱりここで働きたくなくなったか?まあそれならそれで、別にここ希望しなくたって他にもいい職場が――」

 

「そうじゃねぇ!……そうじゃねぇんだ……」

 

「じゃあどうしたんだ?」

 

 少しずつ声の小さくなるあたしに怪訝そうに訊く。

 

「だって……あの元テロリストどもが新しく入社したし、もうあたしはいらないんじゃ……」

 

「あいつら俺より制限キツイからそうそうIS起動の許可下りねぇし。まあ単純な戦力としても使えるだろうし。俺も今はリンカー無しじゃほとんど使い物にならねぇし。そうなると緊急時に咄嗟にISを使える戦力がシャルロットだけだしな。増やせるなら増やしたい」

 

「でも……」

 

「はぁ……何を気にしてるか知らねぇけど、そんなお前にも単純明快、わかりやすく言ってやる」

 

 そう言ってそいつはあたしへ右手を差し出し

 

「俺たちにはお前が必要なんだよ、クリス。俺たちを助けてくれ」

 

「っ!」

 

 そう言ってあたしに向けてニッと笑った。

井口颯太から朽葉ハヤテに、顔は全くの別人になったにもかかわらず、その笑顔はあの一緒にいたわずか一か月足らずの間に絶えず自分に向けられていた優しく暖かな笑顔と変わらなかった。

それを見た瞬間、胸の奥に押し込めていたものがどうしようもなく溢れそうになる。あたしはそれを歯を食いしばって押しとどめる。

 

「っ……っ……」

 

「うおっ!?どうした!?俺なんか変なこと言ったか?」

 

 でも、どうしてもこらえきれなかったものが両目から涙となって溢れてくる。そんなあたしの様子に目の前の男はあたふたと慌て始める。

 そのあたしを心配したように見つめる優しい瞳もやっぱり変わらない。

 やはりこの男は五年経った今も、名を変え立場を変えても、何も変わらない。あの時のままで、だから、そんなこいつに必要だと言われたことが、どうしようもなく嬉しかった。

 あの時は守られる側で、こいつを支えることも助けることもできない、何もできない弱者で、一緒に肩を並べて歩んでいくことは出来なかった。

 でも、今この男は確かにあたしを必要だと言ってくれた。一緒に隣で歩んでいけると同じ方向を向いて隣に立っていられる。

 そのことがどうしようもなく嬉しくて、だから……これはマズい。

 胸の奥底に仕舞い込んでいたものがとめどなく溢れてくる。目を反らし続けてきたものが無視できないほど膨れ上がる。

 

「………きだ……」

 

「へ?」

 

 溢れた〝それ〟が口を突いて出る。

 一度出てしまえば、〝それ〟はまるでダムが決壊するように溢れてしまう。あたしにはもうそれを止めるすべはなくて――

 

「あたしは、あんたのことが……好きだ」

 

 気付けばあたしは、決して言わないと決めていたはずの言葉を口にしていた。

 


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