「あたしは、あんたのことが……好きだ」
そう言ったクリスの顔は直後に真っ赤に染まり
「あ!いや!違うっ!いまのは!……えっと……」
アワアワと慌てふためき手をばたばたと振る。そして――
「い、いや……やっぱナシ!違くない!!あたしはあんたのことが好きだ!!」
「……………」
顔は真っ赤に染めたまま、しかし、真剣な顔で覚悟を決めた様子で言うクリスに俺は――
「……ははっ…ホント、お前すげぇわ」
「な、なんだよ?」
思わず笑みがこぼれた。
困惑するクリスに俺は真剣な顔を向け
「俺でいいのか?自分で言うのもなんだが、俺って社会不適合者のダメ人間だぜ?彼氏にするにはどうかと思うぜ。世の中にはもっといい奴がいるだろ」
「そうだな、確かにその通りだ」
俺の言葉にクリスがゆっくりと頷く。
「あんたはバカで、アホで、社会不適合者で、ダメ人間で、部下にもセクハラするし、人のことすぐおちょくるし、素直じゃないし、本音で話そうとしないし、隠し事多いし――」
「うん、それ以上はやめて」
クリスの口からポンポン飛び出す俺の悪いところに心ズタズタにされそうになる。
「とにかく!あんたは確かに欠点だらけだ!悪いところだらけだ!あんたよりもいい男はもっといるのかもしれねぇ!でもな!!」
そう言って俺の胸を突き刺すように指さし
「でも、あの地獄からあたしを助けてくれたやつは、あんたしかいなかったんだよ!」
「でも、それは単なる偶然で……」
「あたしにとってはあんたしかいなかったんだ。あんたが居なきゃ、あたしは今もあの地獄の中か、本当の地獄だったはずだ。偶然だろうと何だろうと、あたしにはそれが全部だ」
「……………」
クリスの有無を言わせぬ様子に俺は押し黙る。
「……本当は、言わないつもりだった。言ってもあんたを困らせるだけだと思った。あんたはあたしを必要としてないと思ってた」
クリスは少し俯いて言う。
「でも、今あんたにうちの会社に来いって言われて、すっごく嬉しかった。あんたに必要としてもらえたことがどうしようもなく嬉しくて、だから、もういいかなぁって……」
「いいって?」
「あんたが受け入れてくれなくてもいい。たとえ、あんたがあたしの気持ちを受け入れなくても、ちゃんと言葉にしてよかった。この気持ちに向き合ってよかった。だから――」
「待てい」
ポコッとクリスの頭を軽く小突く。
「あてっ!?何すんだよ!?」
「結論がはやい。そう言うのはちゃんと俺の言葉を聞いてからにしろ」
「お、おう……」
俺の言葉にクリスは覚悟を決めたように頬を叩き、緊張に顔を強張らせる。
「…………」
「………ゴクリ」
無言でジッと見つめる俺に、音が聞こえるほどにつばを飲み込むクリス。
そんなクリスを見つめながら、俺はふとクリスの背後に視線を向け
「あ……」
「え……?」
俺の視線の先を探ろうとクリスが振り返ろうとし、そんなクリスの腕をつかみ引き寄せ
「っ!?」
胸に抱くクリスが息を飲む。
訳も分からず、驚愕に強張るクリスを放っておいてそのまま抱きしめる。
「な、な、な、何すんだよいきなり!?」
「いや、口で言うよりわかりやすいかなぁって……」
「だからってお前急に!」
「なぁクリス」
「なんだよ!?」
「俺も好きだ」
「っ!?」
俺の言葉にクリスが驚きで目を見開く。
「俺はお前の言う通り、ダメな奴だ。いろんな奴に迷惑かけてる。そんな俺と一緒にいたってお前のことを幸せにしてやれないって思ってた。今でも思ってる、お前にはちゃんと幸せになってほしいって」
「それは――」
「でも、考えを改めることにした。お前ならこういうだろ?『あたしの幸せをお前が勝手に決めんな!』って。まったくその通りだ。自分の生き方他人にとやかく言われたくない。だから俺ももっとシンプルに考えることにした」
言いかけたクリスの言葉を遮って俺は言う。
「俺がお前を遠ざけようとしたのはお前のことが大切だからだ。初めはそれこそ妹分への親愛だった。でも、今は違う。五年経ってお前に惹かれてる。シャルロットたちと同じかそれ以上にお前のことが大事だ」
俺の真剣な言葉をクリスは黙って聞いている。
「でも、今の俺はこんなだ。誰のことも幸せにできない。むしろ、いつかきっと不幸にする。だからシャルロットも簪も楯無さんもお前も、誰の気持ちにも答えないつもりだった。みんな他の幸せを見つけてほしかった。俺が幸せにできない分、ちゃんと幸せになってほしかった。でも――」
俺はそこで苦笑いを浮かべる。
「あの三人はそんなの知ったこっちゃないとでも言わんばかりに、どれだけ遠ざけても、どれだけあしらっても食らいついてきた。まったく諦める素振りも見せなかった。最後には無理矢理既成事実作って有無言わせないままに無理やり自分たちの欲しいものを勝ち取りやがった。まったく恐れ入ったよ。おかげであいつらのことは俺が幸せにするしかなくなった」
俺はため息をつき、しかし、ニッと笑みを浮かべる。
「でも、こんな生きるのが下手糞な俺を選んでくれた以上は、俺はその思いに全力で答えたい。そして、それはお前もだ、クリス」
「あたしも……?」
「お前があの三人みたいにこんなどうしようもないダメ人間を選んでくれるなら、俺はその気持ちに全力で答えたい。でも、それにはお前には考える時間がいると思った。だからそれを急いで仕上げた」
首を傾げるクリスにその手に収まるファイルを指さしながら言う。
「お前がちゃんと考える時間を俺は用意してやりたかった。だからお前が選べるように、そいつが少しでもお前の選択の助けになってくれればと思った。だから眠い目こすって大真面目に書いておいた」
「いや、初めから大真面目に書けよ」
「お前の性格上それでちゃんと結論出せるのってかなり時間かかるかなぁって思ったんだ。より正確に言うなら学園卒業するくらいまでは。お前これ以上無いって程素直じゃないし」
「誰が素直じゃねぇだ!」
「素直じゃないお前は時間をかけてどうするか決めるかなぁって思ってたんだけど」
「聞けよ!!」
やれやれと肩を竦める俺にクリスが全力でツッコむ。
「時間かかるだろうし、そもそもお前が俺のことを選ばずにちゃんとした幸せを目指すかなぁ、ていうかそうして欲しいなぁって思ってたんだけど……まさか渡したその場で結論を出すとは……」
「おい待てその言い方だとまるであたしがチョロインみたいじゃねぇか!」
「…………まあそれはともかく――」
「間を空けんな!否定しろよ!」
食いついてくるクリスを宥めつつ俺は続ける。
「お前が俺を選んでくれた以上、俺は全力でお前を幸せにする。俺の持てる物すべてでお前の思いに答えたい」
「お前……それあの三人にも言ったろ?」
「言ってねぇよ!他の女の人口説いたセリフを使いまわすほどクズじゃねぇよ!?」
「ホントかよ?」
「信用ねぇな……」
「そりゃ持てる全部でって言うけど、他の三人もいるんだから全力の1/4だろ?」
「………あ、ホントだ」
クリスの言葉に俺は唖然とする。全然気付かなかった。
「たく……もっとカッコよく口説けよな」
「カッコよく……じゃあ、はい!」
クリスの言葉に頷いた俺は佇まいを直し
「君を世界で二番目に幸せにしてあげる。一番は僕だから」
「甘~い!!――じゃねぇよ!他人のネタで口説くな!!」
「じゃあ……」
「いや、もういい。お前にそう言うロマンチックなの期待したのがバカだった」
「え~!!?」
ため息をつくクリスの言葉にショックを受ける俺。
「そんな……お前が信じてくれるなら俺は空を飛ぶことだって湖の水を飲み干すことだってできるのに……!」
そのまま俺はがっくしと肩を落とし
「う……うぅ……ううぅ……」
そのまま肩を震わせ
「うう!ううぅ!」
「っ!?」
震える右手の拳を握りこみ、左手で抑え込みながら顔を上げる。その様子にクリスが驚く。
「ううっ!ううぅぅ!!うぅうぅぅぅ!!!」
呆然とするクリスの前までゆっくりと歩み寄りクリスの顔の前に右の拳を掲げ、
ポンッ
俺の手の先から小さなピンク色の花を出す。
「今はこれが精いっぱい」
にっこりと笑ってクリスに出した花を促す。
その花を受け取ったクリスに
「ほいほいほい」
その花の後ろからいくつも国旗を繋いでいく。
「………なるほど」
「どう?」
「前に海斗に『カリオストロの城』を見せられてなかったら、今の倍はときめいてたかもな」
「つまりちょっとはときめいた、と」
「っ!あ、上げ足をとんじゃねぇよ!」
「ク~リスちゃ~ん」
「無駄にモノマネのクオリティーが高いのが余計に腹立つ」
クリスはため息をつく。
「五秒でいいから真面目になれねぇのかよ」
「緊張してんだよ。なにせまともに告白するの初めてなんだから」
クリスの言葉に俺は頬を掻きながら覚悟を決め、クリスの前にひざまずきながら手を取る。
「俺はお前の知っての通りの人間だ。お前に人並の幸せを与えてやることもできないかもしれない。それでも、俺はお前のことが好きだ。俺と一緒にいてほしい」
「…………」
「………あの、なんか言ってくれない?」
黙ってジッと俺の顔を見続けるクリスに俺はいたたまれなくなって言う。
「その……えっと……やりゃぁ出来んじゃねぇか……」
クリスは顔を赤く染めながらそっぽを向く。
「やったね」
「チッ、そのニヤケ面がむかつく」
「お前の可愛い顔が見れたからかな?」
「調子乗んな。さっきまで照れてたくせに」
「お前の方が照れてるの見てたら冷静になれた。後そう言うの置いといて単純に照れてるクリスが可愛い」
「その減らず口どうにかなんねぇのか!?」
「無理。前にも言っただろ?〝可愛いものを可愛いと言って何が悪い?可愛いものは可愛い!カッコいいものはカッコいい!綺麗なものは綺麗!俺はいつだって声を大にして言おう。クリス可愛いよ!〟って」
「っ!?だからお前はそう言うところがずるいんだよ!」
「あてっ。そう言う照れてすぐに手が出るところもいわゆる一つの萌え要素だよね」
「その口閉じろ!」
「無理だね」
「っ~~~!だ、だったら!」
ニヤニヤ笑う俺に悔しそうな表情を浮かべたクリスは覚悟を決めたように顔を引き締め
「っ!」
「っ!?」
一歩踏み込んだクリスが身長差を埋めるように俺の胸ぐらを引っ張り目の前までクリスの顔が接近し
「ンムッ」
そのまま俺たちの顔の距離はゼロになる。
俺の唇に柔らかな感触が押し当てられる。
数秒間押し当てられていた唇は
「プハッ!」
唐突に離される。
「ど、どうだ!塞いでやったぞ!」
「……………」
顔を真っ赤にしながらドヤ顔で言うクリスを俺は少し呆然と見つめ
「どうした?年下の女からキスされたのがそんなに悔し――ンムッ!?」
何かを言いかけたクリスの口を今度は俺から塞ぐ。
「ン~ンッ!ンムゥッ――」
驚きに目を見開き体を離そうと抵抗するクリスをさらに強く抱き寄せる。
それから少し抵抗したもののすぐに手から力が抜けていき、目もトロンとしていく。
そのまま数秒続け――
「ふぅ……」
俺は口を離す。
「キスってのはこうするんだよ……って聞こえてねぇな、こりゃ」
「キュ~……」
俺の手の中でぐったりと呆けて力の抜けたようになったクリス。
「よし!そこだ!押し倒せ!」
「いや、よしじゃねぇよ」
と、横合いから聞こえた声に俺はため息をつきながら答える。
「いったいいつからいたの、楯無さん、簪、シャルロット」
「結構序盤?」
俺の問いに先ほどの茶々を入れた楯無さんが戸棚からひょっこりと顔を出す。
それに続く様にトーテムポールのように楯無さんの顔の下から簪とシャルロットが顔を出す。
「そんなコソコソ隠れて見てなくても」
「いや~、邪魔しちゃ悪いかなぁ~って」
「おかげで、いい話が聞けたし……」
「いい話?」
笑う楯無さんと簪の言葉に俺は首を傾げる。
「僕らのこと、幸せにしてくれるんだってね?」
「っ!そ、それは……」
シャルロットのニヤニヤと笑いながら言う言葉に俺は頬を掻きながらも
「まあそりゃ……こうなった以上はちゃんと責任は果たしますよ。クリスのことは好きですけど、それと同じくらいに三人のこと好きなんですよ、俺」
「うわぁお、愛されてるわねぇ、私たち」
「言ってることは四股宣言してるクズだけどね」
「エロゲーの主人公みたい……」
「まったくその通りなんだけどなんか腑に落ちねぇ」
三人の言葉に俺は釈然としないまま首を傾げる。
「それで?どうするの?」
「どうする、とは?」
「そりゃぁ決まってるでしょ?」
俺の問いにニッコリと笑いながらサムズアップし
「ヤッちゃわないの?」
「うわぁ~、その発言ないわー。そのジェスチャーないわー」
そのままグッと伸ばした親指を握りこんだ人差し指と中指の間にいれて親指の先を覗かせる。
「てかしないですよ。クリスまだ女子高生ですよ?そんなもん手ぇ出したら犯罪じゃないですか」
「真剣交際なんだからいいじゃない」
「それを俺がいくら言ったところではたから見たら犯罪なんです」
楯無さんの言葉に俺はため息をつく。
「とにかく!俺はクリスの卒業までは清い交際をしますから!」
「ふ~ん……」
俺の言葉に頷いた楯無さん。
「てことは、これはクリスちゃんの正妻への道が一歩遠のいたわけね」
「私たちが有利……」
「申し訳ないけど早い者勝ちだし、ね」
三人の言葉に俺はため息をついてクリスをそっとベッドに寝かせる。気持ち的にもいっぱいいっぱいだったのかいつの間にかクリスは寝てしまっていた。
「フッフッフ、今はそうやって寝ているといいわ、クリスちゃん。あなたが寝ている間に私たちは存分に颯太君とイチャイチャするから」
「キス以上のことで、颯太の愛を感じておく……」
「キスくらいでそうなってたら、この先大変だよ」
と、不敵に笑いながらクリスの寝顔を見つめる三人を尻目に俺は仕事に戻る。
「さぁ、颯太君!あたしたちも仕事の都合とかで三週間くらいお預け喰らったし!」
「クリスに手を出さない分、私たちに……!」
「颯太もそろそろ溜まってるだろうし、思う存分したいことしていいんだよ!」
「「「って……いないし!!」」」