IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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第239話 激論!嫁自慢

 クリスの出産から約三か月がたった。

 出産から一週間で無事退院したクリスは産休で赤ちゃんの世話に専念した。

 俺もちょくちょく休暇を取ってはできるだけクリスの負担を減らせるように努力した。昼間育児をがんばっているクリスのために夜のおむつ替えや夜泣きの世話は基本俺の役目だ。

 俺の他にもシャルロットや簪、楯無さんも手が空いているときは手伝ってくれる。こういう時複数人で住んでいると家事を分担できるのは利点だ。

 三か月たって我が愛娘の『歩美』の首も座り始めたころ――

 

 

 

 

 

 

「ほ~ら、歩美ちゃ~ん!ベロベロバ~!」

 

「見るデス調!このムチムチの腕!脚もデス!超カワイ~デス!!」

 

「それはわかるけどキリちゃん落ち着いて」

 

「でも、本当に可愛いね」

 

 いないいないばぁをする響とともに切歌と調、未来が歩美の寝るベッドの回りで楽し気に笑っている。

 今日はたまたま休暇が重なったらしいなんとも見慣れた顔触れがそろっていた。

我が家の広いリビングには現在俺とクリスの他には響、未来、切歌、調、セレナ、マリア、翼、奏、そして海斗が一堂に会していた。残念ながらシャルロットと簪と楯無さんは仕事の予定がつかずこの場に来ることは出来なかった。

 このメンバーは各々ちょくちょくクリスや歩美を見舞ってくれていたが、こうしてこのメンバーが揃うのは初めてのことだ。

 

「クリスちゃん抱っこしてもいい!?」

 

「いいけど丁寧に扱えよ?まだ首が完全に座ってねぇんだから」

 

「あ、でしたら私も抱っこしたいです!」

 

「私も抱っこしたいデ~ス!」

 

「じゃあ…私も……」

 

「私もしてみたいかなぁ~」

 

「まあまあ、落ち着きなさい。ここは順番に抱っこさせてもらいましょ」

 

 と、響の言葉にセレナも立候補し、それに切歌や調や未来も立候補し、それをマリアが宥める。

 

「どうすればいいの?」

 

「片方の手、まあどっちの手でもいいけど、掌で首を支えるようにして抱き上げて、できるだけ自分の体にくっつけて、両手で作った輪の中に赤ちゃんを納めるように首を片腕の二の腕のあたりに当てて、もう片方の手でお尻とか背中のあたりを支えるんだよ」

 

 響の問いに海斗が答える。

 

「え~っと、片方の掌で首を支えて……」

 

「あぁ~違う違う。そうじゃなくて……ほれ、代わってみ」

 

 響が海斗の解説に歩美に手を伸ばすがぎこちない上にあたふたしていて危なっかしい。見かねた海斗が代わりに歩美を抱き上げる。その姿勢は完璧で歩美は安心した様子でぐずることもない。

 

「すごいなお前。なんか手慣れてるな」

 

「まあ親戚に赤ちゃんいたから」

 

「そう言えばゆりさんとこの二人目、一昨年生まれたんだったもんな」

 

 クリスの言葉に肩をすくめて言う海斗の言葉に俺は頷く。

 

「それにしたって歩美ちゃん安心しきってるデス」

 

「パパと似てるって思ってるんじゃないかしら?」

 

「まあ叔父になるわけだしな」

 

 切歌の言葉にマリアと奏が言う。

 

「でもま、それにしたって様になってるな。こりゃ海斗はいい父親になりそうだ。な?翼?」

 

「っ!あ、ああ、そうだね」

 

 ニヤニヤと笑って言う奏の言葉に翼がビクッと体を一瞬振るわせて頷く。

 その様子に一瞬違和感を覚えたが、それを追求する前に

 

「ところでちょっと訊くんだけどね?」

 

 海斗が歩美を抱いたまま俺へ視線を向けて口を開く。

 

「なんで『歩美』って名前にしたの?兄さんのことだからなんか意味考えて付けたんでしょ?」

 

「あぁ、それね……」

 

 俺は頷き

 

「まず『歩む』は、一歩一歩自分の信じた道を信念をもって進んでほしい、ってことでこの字にした。『美』はそのまま、美しくなれって意味」

 

「なるほどね……一つ目はともかく、二つ目は兄さんに似なきゃ叶うんじゃない?」

 

「だな。じゃあこう言い直そう。『クリスそっくりの素晴らしく美しく可愛い子になりますように』だな」

 

「おまっ!?だからそう言うことをさらっと言うなよ!」

 

 俺の言葉にクリスが顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

「おうおう、惚気るねぇ~。海斗、そろそろ変わってくれよ。みんなお待ちかねだぞ」

 

「あ、すみません。ほれ、響、ゆっくり、優しくな」

 

「う、うん!」

 

 奏の言葉に頷いた海斗はおっかなびっくり身構える響へ歩美を渡す。

 

「……どうだ?職場は?」

 

 俺の隣、空いていたソファーに座った海斗に訊く。

 

「まあボチボチかな」

 

「大変なんじゃないのか、アイドルのマネージャーってのは?」

 

「まあね。緒川さんにいろいろ教わってるよ」

 

「なるほどね。まあでも驚いたよ。まさかお前があの緒川さんに弟子入りしてそのままツヴァイウィングのマネージャーとして『S.O.N.G』に就職するとは思わなかったぞ」

 

「マネージャーって言ってもまだ見習いだよ」

 

 俺の言葉に海斗が肩を竦める。

 海斗があの緒川さんに弟子入りしたのは半年くらい前だっただろうか。

 本人曰く「弦十郎さん流で強くなるには僕は考え過ぎみたいだし、あまり向いてないって思うんだ。たぶん僕はどっちかって言うと単純なパワーより技術で戦う方が性に合ってる」とのことだ。実際才能があったようで緒川さんからは弟子として高評価を貰っているようだ。

 そのままIS学園卒業と同時に『S.O.N.G』に就職し、緒川さんの部下として働いている。現在は主にツヴァイウィングのマネージャーをしている。

 

「緒川さんにいろいろ教えてもらいながらだけど、つくづくあの人、規格外だよ。緒川さん僕が就職するまで一人で翼さんと奏さんとマリアさんとセレナ先輩のスケジュール全部ひとりで管理してたんだよ?しかも諜報員としても活動する傍らで、だよ?信じられる?」

 

「俺らの回りにいる大人をそんじょそこらの大人と一緒にしたらダメだ。あの人たちはそう言うもんだって思っとかないと」

 

「普通の大人と差別化を図って『OTONA』ってところかな?」

 

 俺の言葉に海斗も冗談めかして言う。

 

「まあでも、実際海斗はよくやってると思うぜ」

 

 と、そんな俺たちのそばに寄ってきた奏が言う。

 

「ライブとかTV番組のスタッフからも仕事が丁寧だって評判いいし、私も翼も感謝してんだぜ?」

 

「そんな殊勝なこと奏さんが言うわけない。さては最近多忙過ぎておかしくなったんですか?これはちょっとスケジュール調整を――」

 

「てめぇ人がたまには労ってやろうと思ったのにその言い草かよ」

 

「日頃の行いのせいですよ。何かと〝僕ら〟のことをからかって――」

 

「〝僕ら〟?」

 

「おっと……」

 

 海斗の言葉に首を傾げると、海斗はしまったという顔で口を押える。

 

「おいおい、そんな目で見んなよ。いまのは私のせいじゃねぇぞ?」

 

「なんだよ隠し事か?」

 

「………はぁ、そうだよ」

 

 海斗が俺の問いにため息をつきながらしぶしぶ頷く。

 

「おっと、内容は訊かないでよ?兄さんだって五年間も自分が生きてたこと黙ってたんだから」

 

「それ言うの卑怯だろ?――それ持ち出すくらい触れてほしくないわけか」

 

「今はね。時期が来ればちゃんと言うよ」

 

「そう言ってどんだけ経つか。そろそろいい時期だと私は思うけどな」

 

「何の話してんだ?」

 

 と、ため息をつく奏。そんな俺たちのそばにクリスがやって来る。

 

「あぁ、実は――」

 

「んんっ!」

 

 先ほどの話をしようとしたところで横で海斗が咳払いをする。その様子に少し考え

 

「BC自由学園の安藤と押田って絶対お互いの感情をぶつけ合うような激しく情熱的な百合ックスしてるよねって話」

 

「……マジで何の話してんだ?」

 

 俺の言葉に心底呆れた表情でクリスが言う。

 

「で?あっち見てなくていいのか?」

 

「まあ大丈夫だろ。あいつらなら無茶なことしないだろうし――」

 

「つ、翼さん!腰引けてますよ!?」

 

「そんな不安定に抱いたら……!」

 

「ふぎゃぁぁぁぁ!!」

 

「訂正。ダメだったみたいだ」

 

「はぁ……僕が行ってくるよ」

 

 と、そんな様子にため息をつくクリスに海斗が肩を竦めながら立ち上がる。

 

「翼さんそんなんじゃ安定しませんよ。もっと自分の方に抱き寄せて」

 

「こ、こうか……?」

 

「いや、そうじゃなくて……ちょっとすみません」

 

 言いながら海斗は翼の歩美を抱く手に自身の手を添え

 

「ここじゃなくて、この手はもっとこっちで――」

 

「う、うむ……」

 

 文字通り手取り足取り教える。

 

『…………』

 

 そんな二人の様子に俺たちは揃ってジッと視線を向ける。

 

「……何?」

 

 そんな俺たちの視線に海斗が首を傾げる。

 

「なんて言うか……」

 

「海斗先輩と翼先輩、なんかやけに距離が近くないデスか?」

 

「ナチュラルに距離が近い気がする」

 

 切歌とセレナの言葉に海斗と翼はお互いの距離を見て

 

「そ、それは――!」

 

「まあマネージャー始めて二か月くらい経つし、このくらいで意識することもないよ」

 

「っ!……あ、ああ。そうだな、うん。そうだ……」

 

 と、慌てるように言いかけた翼の言葉を遮って何でもないことのように海斗が言う。そんな海斗の言葉にどこかショックを受けた様子の翼。

 そんな二人に周りは「そんなもんか……」と言った雰囲気に見える。が、俺だけは何かを感じ取っていた。これはきっと何か面白いことが起きている。だって――

 

「……っ!……っ!」

 

俺たちの後ろで奏が笑いをこらえているから。

 

「じゃあ次は、私もだっこしたいです……」

 

「ああ。ではこのまま――」

 

「海斗先輩、どうやればいいですか?」

 

 そんなことなどつゆ知らず、調が翼から歩美を抱き受けながら海斗に訊く。

 

「うん、そのままその右手で――」

 

「言葉で言われても難しいので……翼先輩みたいに教えてください……」

 

「っ!?」

 

 言いかけた海斗の言葉を遮って言った調の言葉に翼が凍り付く。

 

「はやく……歩美ちゃんを落としちゃいます……」

 

「えっと、それじゃあ……」

 

 一瞬翼に視線を向けた海斗は調べに歩み寄――

 

「待て!その必要はない!」

 

 ――ろうとしたが、それを慌てた様子で翼が止める。

 

「でも…ちゃんと教えてもらわないと危ないですし……」

 

「そ、それなら私が教える!海斗…君に私も教わったからな!」

 

 と、言うや否や歩美を渡しながら調の手に自身の手を添える翼。

 

「……海斗先輩に教えてもらいたかった……」

 

 少し残念そうに翼に教わる調がボソッと呟く。

 そんなやりとりを首を傾げながらも特に気にした様子の無いみんな。しかし俺はさらに思う。絶対何か面白おかしいことが秘密裏に今起きている。だって――

 

「フヒッ…!フヒヒッ…!クフッ…!」

 

 俺たちの死角で奏が必死に笑いをこらえているから。

 

「しかし、ホント赤ちゃんは可愛いデスね~」

 

 と、切歌がそんなことに気付かないまま言う。

 

「バカ。赤ちゃんが可愛いんじゃない。うちの愛娘が可愛いんだ」

 

「親バカね」

 

 切歌の言葉に言い返す俺にマリアが苦笑いを浮かべながら言う。

 

「でも、実際どうなんですか?歩美ちゃんに姉妹とか兄弟とかほしいなぁっとか」

 

「子どもは何人ほしい?ってやつだね!」

 

 未来と響の問いに

 

「いや、このままいくと確実に歩美には異母兄弟が三人は出来そうだから……」

 

『あっ……』

 

 俺が遠い目をしながら答えると、その場の全員が何かを察した顔をする。

 

「か、海斗君はどうなのかしら?」

 

「え?僕ですか?」

 

 と、慌てて話題を変えるようにマリアが言う。

 

「そうですね……僕にも兄がいたってのもありますけど、やっぱり兄弟いると楽しいから、最低二人ですかね」

 

「「「「「「ふ、ふ~ん……」」」」」」

 

 海斗の答えに六人の人物が興味なさそうなふりをして、その実興味津々な様子で――って六人?

 今反応してたのは響に切歌に調にマリアにセレナに……翼?

 何故?なんで翼が?なんかよくわからないけど、確実に面白いことになってる。だって――

 

「ブフッ!フヒッ…フヒヒヒッ!ヒィー!ヒィー!」

 

 俺たちの死角で奏が人知れず笑いをこらえて過呼吸起こしてるから。

 てかなんで他のやつこんなに近くで過呼吸起こしてるやつがいるのに気付いてないの?

 

「そう言えば、そろそろいい時間だね」

 

 と、海斗がふと時計を見て言う。

 時計の針は11時半を示していた。

 

「おっと、じゃあそろそろ昼飯の準備を――」

 

「あ、クリス先輩は座っててくださいよ。ここは僕らで」

 

 立ち上がろうとしたクリスを手で制して海斗が言う。

 

「おう、だったら丁度いいじゃん。今日はお前が作れよ翼」

 

「へ?」

 

『はぁ!?』

 

 奏の言葉に呆けた顔をする翼と、それ以外の全員が驚愕の表情を浮かべる。と言うのも、俺たちは全員翼さんの家事スキルの無さを知っているからだ。部屋は綺麗にしても二、三日もすれば腐海と化す、洗い終わった食器を何故か立てた箸の上に乗せるなどの芸術作品にしてしまう、などなど、上げだしたらキリがない。

 そんな翼が料理なんて……

 

「か、奏!?何を言って――!?」

 

「だって、最近練習してるだろ、料理?」

 

「そ、それは……」

 

「私に味見もさせたじゃないか。ちゃんとできてたぜ」

 

 奏の言葉に照れたように顔を赤く染める翼。そんな翼を後押しするように奏が言う。

 

「ほれ、せっかくの機会なんだから、頑張ってみろよ」

 

「奏……」

 

「ってわけで、翼が作るから」

 

 ニッと笑いながら奏が俺たちを見回しながら言う。

 

「翼、ホントに作るのか?」

 

「……ああ。やらしてもらえるだろうか?」

 

 俺の問いに翼がしっかりと頷く。

 

「……オッケー。冷蔵庫の中には大体のものは揃ってると思うし、好きに使ってくれ」

 

「あ、ああ!ありがとう!」

 

 俺の言葉に頷いた翼は意気揚々とキッチンへと向かって行く。

 

「大丈夫かな……」

 

 そんな翼を心配そうに海斗が言う。

 

「まあ大丈夫だって、男はど~んと構えてろよ」

 

「でも……」

 

 奏の言葉に海斗は少し迷った様子で考え

 

「……やっぱり僕手伝ってきます!」

 

 立ち上がった海斗はキッチンへと向かって行く。

 

「ありゃりゃ、行っちまった……ま、それはそれでいいのかもな……」

 

「いいって?」

 

「なんでもねぇよ」

 

 言いながら奏は立ち上がり

 

「さぁて、私も抱っこさせてもらうかねぇ」

 

 そう言って歩美の方へと歩いて行く。

 それからしばらくは歩美をあやす少女たちの声とキッチンから聞こえてくる料理の音だけで、何かが爆発したり、とんでもない大失敗した様子はなかった。奏以外の全員、少し心配なのは同じなようで何かとちょくちょく誰かしらが様子を見に行ったが、翼と海斗は特に手こずった様子はなく、むしろ息ぴったりに料理をしていた。

 そして、料理開始から数十分後――

 

 

 

 

 

 

「美味しい……!」

 

「デ~ス!!」

 

 調と切歌が感嘆の声を漏らす。

 俺たちの目の前には味噌汁とポテトサラダ、そして大皿に盛られた野菜炒めが並んでいる。

 

「すごい…あの先輩がここまで……」

 

「驚いた……本当に練習してたのね」

 

 クリスとマリアが感心する。

 

「すごい!すごいですよ、翼さん!流石です!」

 

「もう…響、食べるか喋るかどっちかにしないと。でも、ホントにおいしいですね」

 

 興奮したように叫ぶ響とそれを窘める未来。

 

「へぇ~、ホントに腕上げてたんだ」

 

「僕もせいぜい補助だけで、ほとんど翼さん作だよ」

 

 感心する俺に言いながら海斗も箸を伸ばす。

 

「ど、どうだろうか、海斗君?上手くできているだろうか?」

 

 そんな海斗に心配そうに翼が訊く。

 

「超旨いですよ。この野菜炒めの味付けも濃い目でご飯によく合うし、好みの味です」

 

「そ、そうか……」

 

 海斗の言葉にホッとしたように、しかし、嬉しそうに頷く翼。

 あぁ…なるほど、そう言うことなのね。察し。こりゃ面倒で面白可笑しいことになってるわ。六人目の妹候補と言うわけか。

 

「でも、どうして急に料理の練習を?」

 

「そ、それは……」

 

 セレナの言葉に翼は言い淀み

 

「まあ…その、何だ……これまで防人としての責任と歌女としての職務を全うするばかりで普通のことをしてこなかったからな……ここいらで挑戦してみるのもいいかと思ったんだ」

 

 若干目が泳いでいたものの答える。

 

「そうなんですね……」

 

「私はてっきり花嫁修業でも始めたのかと思ったデス!」

 

「はなぁっ!?」

 

 納得する調の後の切歌の言葉に翼が目に見えて動揺する。

 

「わ、私は別にそのような意図はない!単純に料理もできないままと言うのはいかがなものかと思っただけで……!」

 

「まあまあ。なんだっていいですよ。こんだけ美味しいんですから」

 

 しどろもどろになる翼を宥めながら海斗が箸を進める。

 

「でも、翼さんの手際もよかったけど、それを手伝う海斗との息も合ってたよね」

 

「さすが名マネージャーだね!」

 

「マネージャーとアイドルって言うよりはまるで夫婦みてぇに息ぴったりだったけどな」

 

「ふぅっ!?」

 

 褒める未来と響に対してクリスの冗談めかして言った言葉に翼が顔を真っ赤にして反応する。

 

「やだなぁ、クリス先輩。そんな夫婦だなんて……」

 

「そ、そうだぞ!私たちはまだそこまでの関係ではない!」

 

『〝まだ〟?』

 

「翼さん?」

 

 クリスの言葉に冗談めかして返す海斗。しかし、翼の言葉に全員が引っ掛かりを覚え、海斗も笑顔を凍らせて翼に視線を向ける。が、翼はそんな俺たちの視線に気付いた様子はなく、さらに顔を真っ赤にして続ける。

 

「べ、別に海斗と結婚したくないと言ってるんじゃないぞ!?ただ、今はこの関係のままでもいいかと思うわけでだな……」

 

「翼さん」

 

「そ、そりゃあ、彼が望むならそれもやぶさかではない。しかし、今はまだ私には防人としての責任も歌女としての職務もある」

 

「落ち着いて翼さん!」

 

「それに今はまだこの関係を続けるのも楽しいというか、それなりに充実しているというか」

 

「翼さん!?」

 

「だが、これだけは信じてくれ海斗!私は君のことをあい――」

 

「翼ぁ!落ち着けぇ!」

 

「ハッ!」

 

 何度も呼びかけても黙るどころかヒートアップし何かを口走りかけた翼に海斗が慌てた様子で叫ぶ。

 だが――

 

『……………』

 

 そのやりとりを俺たちは呆然と聞き、あんぐりと口を開けて言葉を失っていた。

 ただ一人俺たちと違うのは

 

「アハハハハハハハッ!!」

 

 大爆笑する奏だけだった。

 

「じ、自分で自爆してるし!!わ、私にあんだけ黙ってろって、ね、念押ししたくせに!!アハハハハハハハッ!!」

 

「わ、笑うことないじゃないか!奏は意地悪だ!!」

 

「いや、奏さんの言うとおりだから。今のは完全に翼の自爆だから」

 

 と、そんな奏に翼が慌てた様子で叫ぶが、海斗がため息まじりにジト目で言う。

 

「い、いやいやいやいや!!!」

 

 そんな三人の様子に俺は声を上げる。

 

「え?待って?え?そう言うこと?そう言うことなの?そう言うことなのか海斗!?」

 

「そう言うことって?」

 

 俺の言葉にとぼける海斗だが

 

「翼さんと付き合ってたの!?」

 

「……………」

 

 響のドストレートな質問に

 

「うん」

 

 観念したように頷いた。

 

『えぇ~~~~!!!!?』

 

 その瞬間驚きの喚声が我が家に響く。

 

「い、いつからデス!?」

 

「その……三か月くらい前?お互いを意識してたのはもっと前なんだけど……」

 

「き、きっかけは……?」

 

「まあ、最初は憧れのアイドル兼頼りになる先輩だったんだけど、なんかいつの間にそれが憧れじゃなく異性として好きになっていったって言うか……」

 

「翼はどうなのよ!?」

 

「わ、私か!?」

 

「アナタ全然そんな素振りなかったじゃない!?海斗君のことはせいぜい可愛い後輩くらいのもので……!」

 

「わ、私は……」

 

 切歌と調の問いに答えた海斗の流れでマリアが翼に訊く。一瞬動揺したものの照れで頬を赤く染めながら翼が口を開く。

 

「その……確かに最初はタダの可愛がっている後輩だったんだが、なんと言うか、彼は私のすごくファンで、でも、プライベートや学校ではアーティストの風鳴翼ではなく、一人の人間の風鳴翼として接してくれて、それがとても心地よかったんだ。思えばそう意識した時から私の中で彼は特別だったんだ」

 

 翼は照れながら、しかし、しっかりと覚悟の籠った瞳で言う。

 

「でも、一番のきっかけは約半年前、街中でプライベートで彼と出かけていた時、たまたま私の変装ばれてしまって、大騒ぎになってしまったんだ。その時、彼は私の手を引っ張って一緒に逃げてくれた。その時間がすごく楽しかったんだ。それからだ、彼の存在が私の中でより特別になったんだ」

 

「で、まあそれからいろいろあって……お付き合いすることになって……」

 

 翼の言葉に続いて海斗が言う。と、そんな二人の様子に五人の少女たちが崩れ落ちる。

 

「そんな……まさか海斗君が翼さんと付き合うなんて……」

 

「その相手は完全に予想外デ~ス!」

 

「思わぬところから…伏兵が……」

 

「くっ、なにこの剣……可愛すぎじゃない!ちくしょう…かなわないわけだ」

 

「初めての恋だったのに……」

 

 それぞれかなりの大ダメージだったようだ。

 

「俺はてっきり翼からの一方通行かと思ったのに、まさかもうすでにくっついた後だったとはな」

 

「うん、まあ…隠してたし……アイドルとマネージャーが付き合ってる、なんてあれだろ?」

 

「まあ言わんとすることはわかるけど、もう少し早く教えてほしかったな……」

 

「うっ……すまん」

 

 俺のと未来の言葉に海斗が謝る。

 

「てか奏先輩は知ってたんすね」

 

「おう、まあな。てか翼と同じで海斗は私のマネージャーでもあるわけだし。私と翼は同じユニットだから、付き合うことになってすぐに迷惑かけるかもしれないっからって報告されたんだよ」

 

 クリスの問いに奏が頷く。

 

「なるほどね、さっき言ってた奏にからかわれてるってのは……」

 

「主にこの二人のイチャイチャっぷりにだな。この二人、普段私みたいに知ってる人間の前では呼び捨ても敬語も使わずにしゃべる癖に付き合ってるのバレないように公の場とかでは今まで通りのフリするし。見てて面白かったぜ」

 

 俺の問いに奏がニコニコ笑いながら言う。

 

「ふ~ん……まあいいんじゃない?結局はめでたいことだし」

 

 俺はそんな様子を見ながら言い、翼と海斗へ視線を向ける。

 

「何はともあれおめでとう、二人とも」

 

「ありがとう、兄さん」

 

「ありがとうございます」

 

 俺の言葉に海斗はニッコリ笑って、翼は大まじめにピシッとお辞儀をする。

 

「このように挨拶が遅くなってしまいすみません。この度弟さんとお付き合いを――」

 

「あぁ、そう言う固っ苦しいのはいいから」

 

 翼の真面目な挨拶に苦笑いを浮かべながら俺は言う。

 

「俺が言いたいのはただ一つ。これからもこいつのことよろしく頼む。俺に似て危なっかしいところあるけど、きっと君のこと大事にすると思うし、俺よりちゃんとしてるだろうからさ」

 

「は、はい!」

 

 俺の言葉に全力で頷く。

 

「海斗も、翼はトップアーティストなんだから、これから大変だろうけど大事にしろよ」

 

「言われなくても、当然だろ」

 

 海斗は俺の言葉に自信満々に頷く。

 

「ま、わかってるならいいさ。二人とも、おめでとう」

 

 俺の祝福に二人が嬉しそうに頷いた。

 

「ところでよ、一個気になってたんだけどよ」

 

 と、そんな中で奏が口を開く。

 

「ハヤテ――颯太の大将って海斗の兄貴だろ?で、クリスはその颯太の大将の奥さんなわけだ。ってことはよ、これから将来海斗と翼が結婚した場合、翼とクリスの関係ってどうなるんだ?」

 

「どうって……あれ?どうなるんだ?」

 

 俺は奏の問いに答えようとして、答えに困る。

 

「確かにあたしと先輩は先輩と後輩なわけだけど、先輩が海斗と結婚するとあたしと先輩は義理とはいえ姉妹になるのか?でも年はあたしの方が下だろ?」

 

「それは……ダメだ、わかんねぇ。なあ翼、海斗、どう思――?」

 

 言いかけた俺の言葉は

 

「先輩と結婚か、翼はドレスも白無垢も似合いそうだね。どうせなら両方着てほしいな」

 

「まったく、そんな世辞を言われても何も出んぞ?」

 

「お世辞じゃないよ。僕は心からそう思ってるんだ。僕の綺麗な彼女さんならきっとどんな服を着ても似合うんだろうなぁって」

 

「っ!そ、そんなこと……」

 

 と、手を取り合いながら自分たちの世界に浸っていた。

 

「何だこりゃ?俺らのこと忘れてんだろこの二人」

 

「たく、人んちでいちゃつくな!そういうことは家でやれ!」

 

 俺とクリスはため息まじりに言うが

 

「大体可愛さで言えばうちの嫁に敵うわけないだろ!」

 

「何張り合ってんだよ!?」

 

「ほう?聞き捨てならないな我が兄よ」

 

「海斗も何を挑発に乗っているんだ?」

 

 憮然という颯太にクリスがツッコむがそれに乗った海斗に翼もツッコミを入れる。

 

「うちのクリスは超可愛いんだぞ!まだあーとかうーしか言わない歩美にもう既に『ほらママだぞ?マ~マ!言ってみ?』とかやってんだぞ!親バカだろ!?可愛いだろ!」

 

「なんで知ってんだよ!?」

 

「こっちはライブとかの新作の衣装を僕に一番に見せたかったって見せに来るんだぞ!しかも僕に後ろ向かせてその場で着替えたりするんだぞ!しかもそれ僕の方に鏡あって着替えてるの全部丸見えなことに気付いてないドジっ子なところもあるんだぞ!」

 

「見てたのか!?」

 

「そんなの!うちのクリスなんて初夜の時には事前に勉強し過ぎて『え?それ下着としての役割果たしてる?』みたいな下着着て来たんだからな!クリス超耳年増だぞ!」

 

「おまっ!?」

 

「だったらこっちは僕の趣味を勉強して理解するって言って俺の好きなキャラのコスプレとかするんだぞ!しかもちょっとエッチな格好とかするんだぞ!」

 

「~~~!!」

 

「クリスは俺がシャルロットたちと話してるとこいつはあたしのだって言わんばかりにちょこんと俺の袖とか掴んで所有権主張してくるんだぞ!でもそれが恥ずかしいのかホントにちょっと、わかるかわからない程度にしか摘まんでこないんだぞ!」

 

「そ、それは……!」

 

「だったらこっちだってなぁ!僕が他の女性スタッフとかとちょっと笑って話してたら、二人っきりになったらいつもの倍は甘えて抱き着いてくるんだぞ!まるで俺に臭いでも擦り付けてマーキングするみたいに!」

 

「ま、マーキングだなんて……!」

 

「クリスは身長低いから膝の上にのせて抱きしめるとサイズ感ジャストなんだぞ!しかもオッパイでかいしお尻は座りのいい安産型で抱き心地最高なんだぞ!」

 

「翼は鍛えられた完成された肉体美で、肌も傷一つない玉肌柔肌!まるで一つの芸術作品みたいに綺麗なんだぞ!」

 

「うちの嫁が一番かわいい!!」

 

「い~や!翼の方が可愛いね!!」

 

「クリス!!!」

 

「翼!!!」

 

 ぐぬぬぬ~と睨み合い張り合ってエピソードを言い合う俺たちの傍らでクリスと翼が顔を真っ赤にしてアワアワと羞恥に震えていた。

 

「だったらとっておきのエピソード!クリスは退院直後からご無沙汰だった分を取り戻すようにそれはもうドエロに俺を求めてきて、最近も二人目が欲しいって――」

 

「こっちだって!翼と初キスしてからキスの気持ちよさにはまったのかまるで初めてオナニーを覚えた思春期男子のように毎日のように仕事終わりに僕にキスをせがんで来て、最近は翼の方から舌を――」

 

「「それ以上言うなぁぁぁ!!!」」

 

 張り合って俺たちの言おうとした言葉は俺たちの口を塞ごうと伸ばされたクリスと翼の手によって

 

「「ぐげぇっ!!?」」

 

 俺たちの首は変な角度で無理矢理曲げられた。実際になったかどうか知らないが、俺たちは互いに自分と相手の首から「グギッ」という嫌な音が聞こえた気がした。

 

「うわぁぁぁぁぁ!?颯太ぁぁぁぁぁ!!?」

 

「す、すまない海斗!!?」

 

 遠のきそうになる意識で倒れそうになる俺たちをクリスと翼がそれぞれ抱き留めて慌てたように叫ぶ。

 そんな俺たちを見ながら――

 

「………私たちは何を見せられてるのかしら?」

 

「なんで失恋直後に恋愛の惚気話を赤裸々に聞かされてるんだろうね?」

 

「似たもの兄弟……」

 

「口から砂糖吐きそうデ~ス!」

 

「なんかちょっと複雑だね……」

 

「胸焼けしそう……」

 

 マリア、セレナ、調、切歌、響、未来が苦笑いの呆れ顔で言い

 

「ホントあんたら兄弟は見てて飽きねぇな!」

 

 心底楽しそうに奏が言ったのだった。

 


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