IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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最終話 そして親になる

 海斗たちの訪問と衝撃の事実が判明したあの日から一か月が経った日曜日。

 俺とクリスは歩美を連れてとある自然公園へ来ていた。

 と言うのも、数日前に突然海斗から連絡が来て

 

「渡せてなかった結婚祝いと出産祝いを兼ねてプレゼント用意したから外で会おう」

 

 と、有無を言わせぬまま告げられた言葉通りに指定された場所にやって来たのだ。

 

「なぁ、あの海斗が用意したプレゼントってなんだろうな?」

 

「さぁ?わざわざ渡しに来ずに外を指定してきたくらいだし、全く想像もつかない」

 

 クリスの言葉に俺は肩を竦める。

 あの海斗がわざわざ呼び出してくるくらいだ。きっと何か仕掛けや考えがあるのだろう。

 ベビーカーの中で上機嫌に笑っている歩美に笑みを向けながら進むと、海斗の指定してきた噴水の前の時計の下に着く。

 

「ここ……だよな?」

 

「ああ」

 

 クリスの言葉に頷きながらあたりを見渡すが特に変なものはない。

 日曜の昼過ぎと言うこともあって俺たちのような子ども連れやカップルなどが歩いているのが見えるくらいだろう。

 

「もうそろそろ約束の時間だけど……」

 

「あいつ、現れる気配ねぇな……」

 

 二人で顔を見合わせる。そのままもう一度周囲を見渡し

 

「っ!?お、おい!あれ!!」

 

「は?どうしたいったい――っ!?」

 

 何かに気付いたクリスに促されるまま視線を向けた先には、俺たちが北方向とは逆側来る一組の男女だった。

 見間違えるはずもない、その二人は確かに――

 

「父さん……母さん……」

 

 俺は思わず呟く。

 そこに歩いているのは俺、と言うか井口颯太の実の父と母、井口悟と純子だった。

 五年経って年相応に老けた二人はゆっくりと歩いてきて、俺たちと同じように時計の下で足を止め時計を見上げる。

 

「時間の前に着けたね」

 

「ああ。初めて来る場所で迷いかけたけどな」

 

 言いながら二人は笑い合う。

 

「しかし、あの海斗が突然電話してきて来るとはな」

 

「普段こっちから連絡しない限りほとんどメールもしてこないのにね」

 

「しかも、会わせたい人がいる、なんてな……」

 

「これは彼女とか期待してもいいんだろうかね?」

 

 と、楽しそうに笑う二人を人知れず盗み見ながら俺は

 

「あんにゃろめ……やりやがったな……」

 

 冷や汗をかきながら呟く。

 

「お、おい、どうすんだっ?これやばくないかっ?」

 

「シッ!落ち着け。不自然にふるまうと余計に目立つ。ここは素知らぬフリを――」

 

「あれ?あなた……クリスちゃん?」

 

「「っ!!?」」

 

 素知らぬ顔でそっぽを向いていた俺の視界の端で母さんが俺の隣のクリスの顔を覗き込んでくる。

 

「覚えてないかしら?前に、海斗が学園の二年生の時の夏休みに他のお友達と一緒にうちに来てくれたわよね?」

 

「っ!」

 

 クリスが「どうすんだよっ!?」と言う顔でこっちを見るので俺は小さく頷く。そんな俺にクリスも観念したように頷き

 

「ど、どうも……お久しぶりです」

 

 引き攣った笑顔で応じる。

 

「やっぱり~!ほらあなた!クリスちゃん!」

 

「おお!久しぶりだねぇ~!元気そうで何よりだよ!」

 

「え、ええ、おかげ様で。お二人も変わらないようで」

 

「アハハ、まあね」

 

 にこやかに答える父さんたちにクリスも少し強張った笑顔のまま頷く。と、そんな中でゆっくりと母さんの視線が俺に向き

 

「ところでお隣の方は……もしかして……?」

 

 と、ニコニコと期待した表情で見る。

 

「あぁ~……えっと…この人は……」

 

 目を泳がせて紹介したものかと思案するクリスに俺は諦めてため息をつき

 

「どうも、はじめまして。クリスの夫の朽葉ハヤテです」

 

「っ!」

 

 俺の言葉にクリスは驚きの表情で俺の顔を見る。

 

「やっぱり~!!と言うことは……?」

 

 嬉しそうに年甲斐もなくはしゃいでいる母さん。そのままさらに期待の籠った顔で俺とクリスの顔と、俺の前にあるベビーカー、その中にいる歩美を見ている。

 

「ええ。娘です」

 

「あらあらあら!まあまあまあ!」

 

 さらに顔を綻ばせて母さんが微笑む。

 

「そうか、それはおめでとう!」

 

「おめでとう!」

 

 と、父さんも顔を綻ばせて言い、母さんもそれに続いて言う。

 

「ありがとうございます」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 そんな二人に俺はにこやかに、クリスも若干引き攣った笑顔で答える。

 

「そっか~……海斗の一つ上の先輩が結婚ね~。なんだか年を取った気がするわ」

 

「でも確かに海斗も社会人になったし、おかしくないんだな……」

 

 二人はしみじみと言う。

 

「この子、お名前は?」

 

「歩美です」

 

 母さんの問いにクリスが答える。

 

「そう。歩美ちゃんね……いいお名前ね。ねぇ~、歩美ちゃん」

 

 と、母さんがベビーカーを覗き込み、横から父さんも続く。

 歩美は初めて見る顔に一瞬キョトンとしたもののゆっくりと二人へ手を伸ばす。

 

「フフ。カワイらしいわね」

 

 言いながら母さんが人差し指を伸ばして歩美の伸ばす手に触れる。歩美がその指をキュッと握る。

 

「海斗もこんな頃があったのね~」

 

「それが今や社会人だもんなぁ~」

 

 感慨深そうに二人が慈愛の籠った目で歩美を見る。

 

「ところで朽葉さん……って二人ともそうね。ハヤテさん?」

 

「はい?」

 

 顔を上げた母さんが俺に視線を向ける。

 

「あなたおいくつ?お若く見えますけど髪はうちの人みたいに白髪だらけで……」

 

「あぁ……25です」

 

「そう……」

 

「てことは……」

 

 俺の答えに二人は遠い目をする。

 

「ええ、海斗君のお兄さんと同い年です」

 

「っ!おまっ!?」

 

 俺の言葉にクリスが慌てたように声を漏らす。

 

「いいのよクリスちゃん」

 

 そんなクリスに母さんが優しく微笑む。

 

「そう……あの子がいたら、子どもがいてもおかしくないくらいなのね……」

 

「…………」

 

 母さんの言葉に父さんは黙って、しかし、感慨深そうな表情を浮かべる。

 

「私たちの中ではあの子は高校生で止まってるから……」

 

「いつの間にか海斗があいつのいなくなった年を越したくらいだしな……」

 

「……………」

 

 そんな二人を俺は無言で見つめる。

 

「あの……失礼を承知で訊いてもいいでしょうか?」

 

「なんだい?」

 

 俺の言葉に父さんが首を傾げる。

 

「あなたたちにとって、井口颯太はどういう人物ですか?」

 

 俺の言葉に二人はジッと意図を掴もうとするように俺の顔を見つめる。

 

「こう言っては何ですが、彼はかなり大それたことを起こしました。それによってあなたたちも、海斗君も、つらい目にあったのではないですか?その元凶を作った彼を……あなた方はどう思ってらっしゃるんですか?」

 

 俺の言葉に二人は顔を見合わせ

 

「どうって……『息子』?」

 

「『息子』だな」

 

「へ?」

 

 どんな恨み言が飛び出すかと思っていた俺は、その思わぬ答えに呆然と口を開ける。

 

「いや、そうじゃなくて!」

 

「「ん?」」

 

 俺の言葉の意味が分からない様子で首を傾げる二人に俺は頭を掻きながら困惑を言葉にしようと口を動かす。

 

「えっと、つまりですね!?彼のせいでいろいろとつらい目にあったと思うんですけど!それに対して何か恨み言とか――!」

 

「そうね。この約7年、色々あったわね」

 

「いろんな人からいろんな話を聞いたしな」

 

 俺の言葉を遮りながら二人は頷きながら言う。

 

「でもね、それでもあの子は私たちの息子で、私たちはあの子の親なの。それ以上でもそれ以下でもなく、ね」

 

「でも……」

 

「君は、漫画は読むかい?」

 

「はい?」

 

 困惑する俺に父さんが訊く。

 

「海斗や颯太ほどではないにしろ、俺たちも一般的な漫画は読むんだ」

 

「は、はぁ?」

 

 言葉の意図がわからず首を傾げる俺とクリスに優しく微笑みながら父さんは続ける。

 

「俺の好きな漫画、ワンピースの中で白ひげってキャラがこんなセリフを言ってる、『バカな息子を――それでも愛そう…』ってね」

 

「っ!」

 

 父さんのその言葉に俺は息を飲む。

 

「いいセリフよね。私も大好きよ、その台詞」

 

 母さんも笑顔で頷く。

 

「子どもがどんなことをやっても、たとえ世界の誰もが否定しても、ちゃんと怒ってやって何なら頬を一発二発引っ叩いてやって……それでも最後には愛を注ぐのが『親』ってモノだよ」

 

「最後には……愛を注ぐ……それが親……」

 

 父さんの言葉に俺は呆然と呟く。

 

「それにね」

 

 と、母さんがニコニコと笑いながら口を開く。

 

「世間でなんて言われようと、どこかの誰かからどんな評価を受けようと、あの子のお葬式で、あの時集まってくれた人たちがあの子の死を悼んでくれた。あの子を思って涙を流してくれる人がいたってことが、それだけであの子がしたことは悪いことばかりじゃないって、あの子はちゃんといい人間だったって思えるから……私たちが注いできた愛は間違ってなかったって思えるから……」

 

「……………」

 

 そう言ってほほ笑む母さんの顔に俺は目頭が熱くなる。

 溢れそうになる涙を堪える為に唇を噛み、二人の見えないところで自分の手をつねった俺は

 

「――ハハッ、すごいんですね……『親』って……」

 

 笑みを浮かべて頷く。

 

「何言ってるの?」

 

 そんな俺を母さんはニコニコ笑いながら

 

「あなたもそうなるのよ、いつかきっと、ね?」

 

「そうだよ。なんたって、この子にとって君は世界でたった一人の父親なんだから」

 

 そう言いながら二人は優しく微笑んで歩美を見る。

 

「……なれるでしょうか、おr――僕に、あなたたちのように『親』に」

 

「慣れるわよ。だって――」

 

 頷きながら母さんは

 

「――あなた、うちの人の若いときに似てるもの」

 

「え……?」

 

 その言葉に俺は言葉を失う。

 

「そうかい?俺はわからないけど……」

 

「そうよ。なんて言うか……上手く言葉にできないけど、雰囲気と言うか……うん、眼がね」

 

 首を傾げる父さんに笑いながら母さんは言う。

 

「あなたの歩美ちゃんを見る眼、颯太がこの子くらいの時のこの人にそっくり。父親一年目で何もわからないけど、とにかく子どものことが可愛くてしょうがないって言う、そう言う親バカな目をしてる」

 

「親バカって……」

 

 母さんの言葉に父さんが苦笑いを浮かべる。

 

「この人と同じ眼をしてるあなたなら、きっといいお父さんになるわよ。ね?クリスちゃん?」

 

 言いながらクリスへ視線を向ける母さん。

 

「あなた、いい旦那さんを見つけたわね」

 

「……はい!それは自信あります!」

 

「クリス……」

 

 母さんの言葉に笑顔で頷くクリスの顔に俺は言葉を失う。

 

「この子と同じ。君たちは人の親になったばかりのいわば『生まれたての親』なんだ。ゆっくり、君たちのペースでやってごらん」

 

「歩美ちゃんと一緒に成長するつもりでね」

 

「………はい」

 

 二人の言葉に俺は頷く。と、見計らったようなタイミングで軽快なメロディーが響く。

 

「おっとっと、私のだわ」

 

 と、母さんがカバンから携帯を取り出す。

 

「あら、海斗からだわ。ちょっとごめんなさい」

 

 と、母さんは断りを入れてから電話に出る。

 

「もしもし、海斗?あなた今どこにいるの?そろそろ約束の時間だけど………え?用事で遅れてる?………そう……あとから一緒に行く予定だったお店に先に行ってればいいのね?……あなたも直接そっちに向かってるのね?わかったわ、じゃあお父さんとそっち向かうわね………いいわよ、あなたもトップアーティストのマネージャーなんて忙しいんでしょ?……ええ、大丈夫。それじゃあまた後でね」

 

 数十秒の電話の後、通話を切った母さんは

 

「フフ、あの子も忙しいから。今日ここにもあの子との待ち合わせだったけど、遅れるからこの後一緒に行く予定だったお店に先に行っててくれ~ですって」

 

「そうか、じゃあ海斗の言う通り向かうか」

 

 微笑ましそうに言う母さんの言葉に父さんが頷く。

 

「それじゃあ、私たちは移動しなきゃいけなくなったけど……」

 

「気にしないでください。お話しできてよかったです」

 

 母さんの言葉にクリスが答える。

 

「海斗によろしく伝えてください」

 

「ああ、言っておくよ」

 

 クリスの言葉に父さんが頷き、俺を見る。

 

「頑張ってね、新米パパくん」

 

「はい……!」

 

 イタズラっぽい笑みで言う父さんの言葉に俺も笑いながら頷く。

 

「ありがとうございました。すごく勉強になりました」

 

「うん。二人とも子育て頑張ってね」

 

「それじゃ」

 

 そう言って二人は笑顔で手を振りながら去って行く。

 俺とクリスもそれを手を振りながら見送る。

 二人の姿が完全に見えなくなった頃――

 

「――どう?気に入ってくれたかな、僕からのプレゼントは?」

 

 ひょっこりと海斗が笑いながら現れる。海斗ともに翼もいる。

 

「たく……やってくれたな」

 

「なんだい?これでも兄さんのこと考えたんだよ?だいたい兄さんが言ったんじゃないか」

 

「はぁ?俺が何言ったって言うんだ?」

 

 海斗の言葉に首を傾げる俺。そんな俺に海斗はニッと笑いながら

 

「『父さんたちにちゃんと孫の顔見せてやれ。俺にはもうできないんだから』って。別に見せてやるくらいできるだろ?正体明かさなくたってさ」

 

「っ!」

 

 俺は海斗のその言葉に息を飲む。

 きっと間抜けな顔しているであろう俺を見ながら海斗はイタズラを成功させた子どもの様に笑い

 

「さて、次は僕らの番だね」

 

「お前らの番?」

 

 海斗の言葉にクリスが首を傾げる。

 

「母さんたちに翼さんのことを紹介しようと思ってね」

 

「へぇ?」

 

「う、うむ。まだ結婚は先とは言え、それを見据えて交際しているわけだしな」

 

 楽しそうに見るクリスの視線に照れたように顔を背けながら翼が頷く。

 

「そいじゃ、またね、お二人さん」

 

 そう言って海斗は手を振りながら歩きだす。翼も会釈し後を追う。

 二人が去って行くのを見送りながら俺は呟く。

 

「まったく、お節介な奴だな」

 

「ああ。誰かさんに似てな」

 

 俺の顔を見て笑うクリスの視線から逃れるようにベビーカーを押しながら歩き出す。クリスもそれをわかっていたように特に慌てた様子もなく歩き出す。

 

「あたしたちも、あんな風になれるかな?」

 

 クリスの言葉に俺は答える。

 

「なるしかないだろ。あんなふうに断言されちゃったんだからさ」

 

「フフ、だな……」

 

 俺の答えに楽しそうに笑ったクリスは俺の顔を覗き込むように見て

 

「頑張ろうな、〝お父さん〟」

 

「ああ。よろしく頼むよ、〝お母さん〟」

 

 俺の答えに嬉しそうに笑ったクリスが俺の腕に抱き着く。

 俺はそれを受け入れ並んで歩いて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の人生はおよそ平凡とは程遠いものだった。

 俺の人生はとんでもない非日常の連続で、平凡な俺には不釣り合いな毎日だった。

 それでも、俺はこれまでの選択を間違っていたとは思わない。

この非日常を否定しない。

 もしも誰かからこれでよかったのか?今幸せか?と訊かれたらこう答えよう。

 

「もちろん。俺は今幸せだ」

 

 ってね。

 これからきっとつらいこともあるし、泣きたいこともあるだろう。

 でも、それと同じくらい楽しいことや幸せなこともあるだろう。

 俺の明日は希望に満ち溢れている。

 

 

 

 ――さてさて、それがわかったことだし、これにて大団円。

平凡な俺の非日常な物語に幕を下ろすとしよう。

 




これにて本編終了です。
ここまで読んでくださった読者の皆様に最大級の感謝を。
これまでのこと、そして以前言いましたif√についてなどこれからのことなど、いろいろと言葉は尽きませんので、後日改めてあとがきとして書きたいと思います。
それではまた改めてお会いしましょう。

See you Next Time!

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