思ったより早かったって?
まあ僕が早く書きたかったんですよ(笑)
さて、最初のif√
颯太君と誰の物語なのか……
この物語は「第133話 颯太の見てない井口颯太」から分岐します。
大まかに前回のあらすじを振り返るなら
『ワールド・パージ』で自分のことを対象にした夢を見ていたシャルロットの話を一夏から聞かされ、シャルロットの気持ちに気付いてしまったことで悩みに悩んでいるヘタレ颯太君を、楯無さんがデートに誘い叱咤した後の話からです。
それでは、さっそく物語を始めるとしましょう。
ifⅠ-1話 私の名前
「いやぁ~、今日は楽しかったわね」
学園まで帰ってきたところで師匠が大きく伸びをしながら言った。
喫茶店を後にしてからはそれまでと同じように色々とお店を物色し、気に入ったものを買うなど、ウィンドウショッピングに興じた。
師匠もいくつか新しい服を買い、現在その服たちの入った紙袋三つは俺が持っている。今日は色々と相談にのってもらったし、何より今日はデートである。荷物持ちくらいお安い御用だ。
「師匠。今日はありがとうございました。とても楽しかったです」
「ちょっとはお悩み解決の役に立ったかしら?」
「はい。師匠の言ってたこと、すぐには無理かもしれないけど、もう少し自分のこと見つめ直してみようと思います」
「そう……」
俺の答えに師匠が目を細め優しく微笑む。
そんな風に話していると、いつの間にか寮の玄関まで帰って来ていた。
「っ!い、井口君!?更識さん!?」
と、玄関わきの扉からこそこそと出て来た山田先生が俺と師匠の顔を見て驚きの声を上げる。
山田先生はその手に抱えるほどの大きさの某通販サイト密林のロゴの入った段ボール箱を持っている。
「あ、山田先生。こんにちは~」
「もう『こんばんは』じゃない?」
「あ、ホントですね」
「あ、あはは……こんばんは~」
俺と師匠のあいさつに山田先生は歯切れ悪くに引き攣った笑顔を見せながら答える。
「どうしました山田先生?なんか元気ないっすね?お疲れっすか?」
「えっ!?そ、そうですか!?」
俺の問いに山田先生が慌てたように表情を取り繕う様に笑顔を浮かべるが、相変わらずどこか引き攣っている。
「もしかして先生休日なのに仕事としてて休日返上だったとか?」
「い、いえ!そういう訳ではないんですよ?」
「先生って仕事は大変でしょうから、ちゃんと休んでくださいね?……まあいつも迷惑かけてる筆頭の俺から言われても『お前が言うな』でしょうけど」
「は、はい。ありがとうございます井口君」
「ところで……」
頷く山田先生を見ながら俺は先生の手の中の箱に視線を向ける。
「その箱なんですか?」
「っ!?」
俺の問いに山田先生がギクリと顔を強張らせ
「は、箱っ!?何のことですか!?箱なんて私知りませんよ!?」
「いや、その言い訳無理があるでしょ?今更後ろに隠したって先生小柄なんですからそのサイズの箱隠せるわけないじゃないですか」
慌てて自身の背中に箱を隠す山田先生が盛大に目を泳がせて言うが箱のサイズ的に隠せてない。
「そこまでして隠すなんて……先生Am○zonで何買ったんですか?」
「い、いえ……これはその……」
「何ですか?言えないようなもの買ったんですか?」
「い、いえ!そ、そう言うことじゃ――」
「こら、颯太君。先生を困らせちゃダメ」
「あてっ」
と、追及する俺に師匠が後頭部にポコリと叩く。
「まったく、そう言うところが女心がわかってないって言うのよ」
「え?どういうことっすか?」
ため息をつきながらやれやれと言った様子で言う師匠に俺は首を傾げる。
「察してあげなさいよ。未婚の若い女性(彼氏なし)が狼狽えるほどに人に知られたくない荷物よ?そんなのちょっと考えればわかるでしょ?」
「…………あぁ……」
「え?え?」
師匠の言葉に俺は考え、答えにたどり着く。いまだ何のことかわからないといった表情で山田先生は困惑の様子でキョロキョロと俺と師匠の顔を見比べる。
「すみません山田先生。配慮に欠けてました」
「え?いや、あの、恐らくかなり不名誉なことを想像されていらっしゃると思うんですが違いますよ!?これは――」
「あぁあぁ!みなまで言わなくていいっす!」
ワタワタと否定する山田先生の言葉を遮って俺は言う。
「俺も師匠もそう言うの理解あるんで誰にも言いふらしませんよ。ね?師匠?」
「ええ。私たちは何も見ていません」
「うぅ……だから私は――」
「ささっ、先生。これ以上俺たち以外に見られる前に速く部屋に戻って!」
言い訳を続けようとする山田先生の言葉を遮って俺は言う。
「うぅ……そうじゃないのに……そうじゃないのに……」
「大丈夫です。俺ら分かってますから」
「絶対わかってないですよ~!」
俺に背中を押されてブツブツ言いながらも山田先生は歩き始める。
「ささ、ゆっくり楽しんで、溜まってるものちゃんと発散して、明日からもお仕事頑張ってくださいね、先生♪」
「うぅ……その『俺わかってますから』って言う気遣いの気持ち、非常に遺憾です……」
ウィンクをする俺に山田先生は恨みがましい視線を向けつつとぼとぼと歩いて去って行った。
俺はその背中を見送りながら
「ていうか、前に俺にエッチなのは控えろって言ったくせに自分だってちゃっかり楽しんでんじゃないですか」
「言わないであげて。先生だって人間だし一人の女なのよ」
不満で口を尖らす俺に師匠はうんうんと頷きながら言う。
「さ、私たちも行きましょ。歩き回って今日は疲れたし、夕食食べてゆっくりしましょ。明日も学校よ」
「ですね~」
師匠の言葉に頷き歩き始める。
そのまま少し世間話をしながら師匠の部屋の前までやって来る。
「ありがとう。悪いわね、ここまで運んでもらっちゃって」
「いいっすよ。量はありますけどそれほど重くないですし」
部屋のドアを開けて俺から荷物を受け取る師匠の言葉に俺は答える。
「じゃ、ここまで荷物持ちしてもらったお礼に――はい、お姉さんからプレゼント」
と、師匠は持っていた紙袋の一つから小さな包みを取り出す。
「え?いいんですか?」
「言ったでしょ?荷物持ちのお礼だって」
「でも、どっちかって言うと今日は俺の方が相談に乗ってもらったりいろいろしてもらったのに……」
「いいのいいの。ほんの気持ちだから」
「……それじゃあ」
師匠の様子に断る方が悪いと思い、俺はその小さな包みを受け取る。
目の前で無言でニコニコと笑い、言外に開けてみろと促す師匠の様子に俺は包みを開ける。
「これは……キーホルダーっすか?」
「そうよ」
俺の問いに師匠が頷く。
それは、メタルチャームのおしゃれな水色のキーホルダーだった。
何かの形をあしらっているようで、よくよく見るとそれは――
「……『K』ですかね?」
「正解!ちなみに私も付けてるわよ」
言いながら師匠はポケットから自身の携帯を取り出す。
そこには同じようなデザインの緑色のキーホルダーがぶら下がっていた。俺の『K』とは形が違い、おそらくそれは『S』をかたどっているのだろう。
「私のは『S』。颯太君のイニシャルの『S』よ」
「へ~……じゃあこっちの『K』は……?」
「そっちは私の名前のイニシャルよ。今日の記念にお互いのイニシャルのキーホルダーにしてみたわ」
「………ん?ちょっと待ってくださいよ」
俺は師匠の言葉に首を傾げる。
「師匠は『更識楯無』なんですから、『K』なんて入ってないじゃないですか」
俺の言葉に、師匠はよくぞ訊いてくれたと言わんばかりに微笑む。
「実はね、私の名前、本当は『楯無』じゃないのよ」
「えっ!?師匠今まで偽名使ってたんですか?」
「ん~……偽名ってのも違うのよ。『楯無』って言うのは更識家の当主が代々名乗る名前でね。私も当主になったときに『楯無』を襲名したの。だから私には当主としてじゃなく、私の本当の名前が別にあるの。簡単に言えば諱ね」
「へ~、諱。それはまた時代錯誤な」
師匠の言葉に俺は感心する。
諱なんてマンガやアニメとか二次元の世界や時代劇なんかでしか聞いたことが無かった。やはり師匠の家は特殊なのだろう。
「てことは、師匠の本名、諱はKから始まるってことですか」
「そういうこと。いい機会だから特別に教えてあげるわ、私の本当の名前」
言いながら師匠は一歩俺に歩み寄り手招きをする。
俺はその意図を察し、師匠の方に右耳を近づける。
師匠がさらに俺の耳に顔を近づける。
そっと俺の耳に吐息がかかる。
そのぬくもりに、少しドキドキしながら、小さな、しかしはっきりとした声が耳に届く。
「私の名前は、『刀奈』。『更識刀奈』って言うのよ」
「へぇ~……」
スッと体を引いて元の立ち位置に戻りながら微笑む師匠に俺は感心しながらそのキーホルダーと師匠の顔を交互に見つめ
「なんかいいっすね。音の響きとか、字面のなんかスッと芯の通ってそうな感じとか、『楯無』よりも師匠っぽい気がします」
「あら、ありがとう。そんな風に言ってくれたのは颯太君が初めてね」
と、師匠は嬉しそうに微笑む。
「でも、なんか俺の方が貰ってばっかりで。今日の相談のお礼とかこのキーホルダーのお返しも、何も用意してなくて申し訳ないです」
「そんなこと無いわよ。私が好きでやってることだし」
「でも……」
師匠の言葉に食い下がる俺に師匠は「それじゃあ……」と少し考える様に口を開き
「じゃあ、一つお願いを聞いてもらってもいい?」
「いいですよ」
「即答ね。まだ内容も聞いてないのに。私が変なお願いするとは考えないの?それともそれだけ信用してくれてるのかしら?」
「まあ師匠の頼みですからね。ちょっと変なことお願いされることは想定内ですし、それに余りあるくらい師匠にはお世話になってるし」
「信用あるのか無いのかわからない答えでちょっと複雑ね」
師匠はため息をつきながらニッコリと笑い
「刀奈」
「へ?」
「二人きりの時はそう呼んでくれる?」
「……そんなのでいいんですか?」
「いいの。あなたが私の名前を知っている、そう呼んでくれるってだけで十分に意味のある事なのよ」
拍子抜けする俺に師匠は優しく笑う。
「はぁ…そうですか……じゃあ、刀奈師匠?」
「師匠はいらないわ。ただの刀奈と、そう呼んでちょうだい」
「えっと……刀奈…さん?」
「呼び捨てでもいいんだけど……今はそれでいいわ」
俺の答えに師匠は微笑み
「それじゃあ、デートの締めにこの後一緒に食堂で夕飯食べない?」
「いいですよ」
「ふふ、よかった。じゃあ着替えたらすぐ行くから15分後に食堂の前で待ち合わせましょ」
「らじゃーです」
師匠の提案に俺も頷き
「それじゃあ、また後で……〝刀奈さん〟」
「っ!――ふふ」
俺の言葉に師匠――刀奈さんは嬉しそうに微笑み
「また後でね、颯太君」
手を振りながら自室へと消えた。
「さて、俺も早く戻って……ん?待てよ……諱?」
歩き出そうとした俺は足を止める。
確か諱って昔は結構重要なものじゃなかったかな?マンガとか時代劇の知識だけど、確か、諱を呼んでいいのは親とか上司、他の人がそれで呼ぶのは失礼にあたるとか。
あとは諱を知るということはその人の霊的人格を知ることと同義で、諱を使うのは新しい主君への忠誠を誓うときや義理の親子や兄弟が契りを結ぶとき、あとは結婚のときだけ
――ん?
待て待て待て待て待て待て待て待て待て!
ちょっと待て!
諱を人に知られるってことは、要するにその人自身のすべてを相手に掌握されるってことになるわけだ。
だからこそ新しい主への忠誠や親兄弟の結びつきなんかでしか使われることはない。
じゃあ、なぜ師匠は俺にそれを教えてくれた?
主君への忠誠?――師匠の方が立場上なんだから教えるのはおかしい。よって除外。
義理の親子関係?――俺の両親は健在。そもそも一つしか違わないのに親子関係とかありえない。よって除外。
義理の兄弟?――何故ここに来て急に兄弟になる?親子関係と同じくあり得ない。よって除外。
なら――結婚?
「え………もしかして師匠の言ってたシャルロットの他にいる三人のうちの一人って……師匠自身のこと……?」
いやいやいや!!!
おかしいって!だって師匠だよ!?
あの美人で何でもそつなくこなす人たらしのカリスマの塊みたいなあの人が、俺なんかを――
そこまで考えたところで、今日の師匠の言葉がフラッシュバックする。
――自分の魅力を自分で否定したら、君のその魅力に惹かれてた女の子たちまで否定することになる
師匠の口からその言葉が出たのは、師匠自身が俺のことを見ていてくれたからではないのか?
俺自身が見ようとしていなかった俺を見て、評価してくれたから、好きになってくれたからこそ、それを否定する俺を叱咤しに来てくれたのではないか?
つまり、師匠は俺のことを……
「えぇぇっ?うわっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ?」
颯太人知れず廊下の真ん中で顔を真っ赤にして緩む頬を必死に手で覆って隠すのだった。
と言うわけで颯太君の新たな物語の始まりです。
これからこの作品を含む連載中の三作を順番に各一話ずつ更新していく予定ですが
次の更新は予定を変更してこのお話の続きを書きたいと思っています。
予定では明日更新しますのでお楽しみに!