IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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ピンポンパンポン♪
この物語の作者のメンタルは豆腐並みです。
その事を考慮し、温かい気持ちの読んでいただけると幸いです。


第26話 井口颯太という男

 毎日の座りなれた椅子に座り、机に向かい、彼――アルベール・デュノアは書類に目を通していく。

 この人物こそ、デュノア社の社長にして、シャルル――シャルロット・デュノアの父親である。

 彼の見る書類にはどれもこれもかんばしい結果は書かれていない。ずっとこの調子だ。このままでは本当に費用を全面カットされるだろう。

 

(それを回避するためにもやつにはしっかりと働いてもらわなくては――)

 

 彼のそんな思考は、机に置かれた携帯が鳴ったことで掻き消える。

 見ると、そのディスプレイには今思い浮かべていた人物の名前が表示されている。

 

「…なんだ?定時連絡の時間ではないが……何か問題でも起きたか?」

 

 いぶかしく思いながらも携帯を手に取り、耳にあてる。

 

「私だ。どうした、何か――」

 

『あっ、もしもし、こんばんは。夜分遅くすみません、デュノア社長』

 

 電話口から聞こえてきたのは予想を反して見知らぬ少年の声、しかも日本語だった。

 

『…………あれ?もしもし?もっしもーし!おっかしいな。聞こえてないのかな?あれ?…あっ!もしかして日本語わかんないのかな?どうしようかな……』

 

 黙ってしまったアルベールに対し、電話口からはどんどん声が聞こえてくる。

 

『あっ!じゃあ……でぅーゆーすぴーくいんぐりっしゅおあじゃぱにーず?』

 

「………日本語で大丈夫だ」

 

 電話口でつたない英語が聞こえてくるが無視し、アルベールは日本語で電話口の少年に言う。

 

『あっ!よかった~。通じてないかと思って焦りましたよ』

 

 電話口の少年は朗らかに言う。

 

「君は誰だ?なぜシャルルの電話を持っている?」

 

 アルベールは少年に訊く。

 

『ああ、これはすみません。自己紹介がまだでしたね。初めましてデュノア社長。IS学園一年一組所属、井口颯太です』

 

「っ!」

 

 少年――颯太の自己紹介にアルベールは驚愕する。

 

『なぜシャルルの携帯を使ってるかという質問ですが、そんなの〝彼女〟の秘密を知ったからに決まってるじゃないですか。やだな~』

 

「貴様……」

 

 おどけたように言う颯太の言葉にアルベールは苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「……それで?私に電話をかけてきたのは、何が目的だ?」

 

 

 アルベールはできるだけ語調を押さえ、颯太に訊く。

 

『いやいや、わかりきってるじゃないですか。そんなもの――』

 

 そこで颯太の口調が変わる。

 

『彼女の今後のことですよ』

 

 寒気がするほどの冷たい声だった。

 

『回りくどいのは嫌いなんで単刀直入で言いますね』

 

 語調は冷たいままに颯太は続ける。

 

『こちらから提示する要求は、シャルル・デュノアとデュノア社、ひいてはデュノアの家との縁を完全に絶縁すること。また、フランス代表候補生の地位を解除し、専用機はそのままに日本の会社、指南コーポレーションへの移籍です』

 

「何!?」

 

 颯太の要求内容にアルベールは驚きの声をあげる。

 

「そんな要求が飲めると思うか?」

 

『いやいや。飲めるか飲めないかとかではなく、飲んでもらいます。シャルルの性別偽装がばれた時点で詰みなんですよ、あなた方は』

 

 颯太の言葉に唇を噛む。

 

『で?どうなんですか?要求を飲んでくれるんですか?てか飲むしかないですよ?飲まなきゃデュノア社どころかフランスの世界での地位すら危うくなりますよ~』

 

 おどけた態度に戻った颯太の言葉にアルベールはイラつく。

 

「ふざけているのか!?」

 

『いやいやいや~。ふざけてませんよ~。むしろふざけてるのはそっちじゃないですか。女の子を男のフリさせて学園に入学させるとか正気の沙汰じゃないですよ。ホント――人の人生なんだと思ってんですか?』

 

 そこでまたもや空気の温度が下がるのを感じる。

 

『シャルルの人生はシャルルのものでしょう?アンタたちの身勝手な目的のために彼女は生まれたわけじゃない』

 

 声は冷たいままに、しかしどこか感情のこもった声で颯太は告げる。

 

『まっ!そんなわけなんで、さくっとシャルルを自由にしてやってく~ださ~いな~』

 

 またもやおどけた声に戻った颯太。その変化にアルベールは困惑しながらも確かな怒りを感じていた。

 

「たかが一介の学生が、言ってくれるじゃないか」

 

『オ?』

 

 突然のアルベールの言葉に電話口で颯太がおかしな声を出す。

 

「貴様はそれで我々を脅しているつもりか?こちらにはフランス政府だっている。それに対してそちらは何の後ろ盾もない一介の高校生。お前の言葉などいくらでも捻り潰せるぞ」

 

『……………』

 

「それとも指南コーポレーションにでも頼るか?なんならあの会社ごと潰してやっても構わんぞ」

 

『……………』

 

 アルベールの言葉に颯太は無言。そのことがアルベールの気をよくしていく。

 

「所詮は15歳のガキだな。ISを動かせたと言うだけでヒーロー気どりか?調子に乗るなよ。もっと現実を見ることをお勧めするよ」

 

『………くっ』

 

 電話口から颯太の何かを噛み殺すような声が聞こえてくる。

 

(勝った……)

 

 颯太の反応にアルベールは勝利を確信した。が――

 

『くっ……くくっ……くはっ!あーダメだ!もう堪えられん!アハハハハハハハハハハハ!』

 

 電話口から颯太の笑い声が聞こえてくる。

 

「なんだ!?何がおかしい!!?」

 

 突然のことにアルベールは困惑する。

 

『いやいや。なんていうか、アンタ社長向いてないっすよ』

 

「なっ!?」

 

 突然の侮辱にアルベールは顔を真っ赤にする。

 

『だって……あなた、俺のことを調べたみたいですけど、くくっ、その結果俺は平凡なただの一介の学生だと?』

 

「違うというのかっ?」

 

『もしそう感じたのなら、アンタはそんな社長なんて地位じゃなく、誰かに顎で使われる、なーんにも自分で考えなくてもいい地位の方がいいんじゃないですか?』

 

「なにっ!?」

 

 人を小バカにしたように笑う颯太の言葉にアルベールは怒りをむき出しに叫ぶ。

 

『……おかしいと思わなかったんですか?デュノア社の情報網で、もしかしたらフランス政府の情報網も使ったのかな?まあそれは置いておいて、それだけ手を尽くして何もおかしなことが出てこなかった人物が、なぜISを使える世界で二人目の男性操縦者になりえたのか、と』

 

「っ!?」

 

『おかしいと思わなかったんですか?何の後ろ盾もない平凡な少年が、ロシア国家代表にして現IS学園生徒会長、現IS学園最強の更識楯無にコーチをしてもらえたのか、と』

 

「………」

 

 颯太の指摘はアルベールにも身に覚えのあることだった。

 颯太のことを調べ上げた段階で少し違和感を覚えたのだ。

 元世界最強の織斑千冬の弟にして、ISの生みの親篠ノ之束の知人である織斑一夏。

 彼の経歴に比べ、驚くほどに何もない。経歴、家系、その他井口颯太という人物に関するすべての情報の奇妙なまでの平凡さ。

 それらに違和感を覚えながらも、アルベールは無理矢理に自分を納得させた。彼が――井口颯太がISを動かせたのはただの偶然、何万何億という確率の中で織斑一夏と何かが同じだったという風に。

 

『こうは考えなかったんですか?井口颯太には自分の使い得る情報網すべてを使っても見つけることのできない、むしろそこに干渉できる後ろ盾が――隠された何かが井口颯太にはある、と』

 

「き、貴様…いったい……」

 

 電話の向こうにいる人物の異様さに一抹の恐怖を感じながら、アルベールは問う。

 

『調べたアンタがよくわかってるんじゃないですか?アンタは調べてどんな結果が出た?アンタが調べた結果〝平凡〟という結果が出たんだったら、俺は〝平凡〟な〝一般人〟の井口颯太なんじゃないですか?』

 

 嘲るように、しかし冷徹に言い放つ颯太の声に携帯を持つ手が震える。

 

『さて、話を戻しましょうか』

 

 嘲るように、そして冷徹に続ける颯太。

 

『こちらの要求は最初に言った通り。シャルル・デュノアとデュノア社、ひいてはデュノアの家との縁を完全に絶縁すること。また、フランス代表候補生の地位を解除し、専用機はそのままに日本社の指南コーポレーションへの移籍です。……受け入れてくれますか?』

 

「…………断るとどうなる?」

 

 数秒の間の後にアルベールは問う。

 

『そうですね。まず確実に日本、中国、ロシア、ドイツ、イギリスはフランスの敵になるでしょうね。敵対した後は各国に任せるんでどうなるかは知りませんし興味ないですけど』

 

「…………」

 

 颯太の言葉にアルベールは何度目ともわからない苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「………わかった。その要求を飲もう」

 

 

 

 ○

 

 

 

「はい……はい……。じゃあ数日後に指南の人間と一緒にシャルルがそちらに行くと思いますんで、詳しくはその時に。はい……、それでは。フランス政府への説明お願いしますね~。ご決断ありがとうございました~♪失礼しまーす」

 

 ピッと通話を切る俺。

 

「………だー!!死ぬかと思った!!!」

 

 そこで緊張の糸がプツリと切れ、ベッドにダイブする。

 

「あーもー、見てよこれ。今更手が震えて来ちゃったよ」

 

 携帯を握り手が震えるのをシャルルと師匠に見せたところで、ふたりの顔が唖然としていることに気付く。

 

「………どうしたんですか?」

 

「そ、颯太……」

 

「……颯太君…君はいったい……」

 

「???」

 

 ふたりの反応の意味が分からない。何をそんなに驚いているのだろうか。

 ちなみに先ほどのデュノア社長との会話はふたりにも聞こえるようにスピーカーにしてました。

 

「更識の情報網でも何も引っかからなかったのに……君にはいったいどんな後ろ盾があるっていうの?」

 

「???………あー!なるほどそういうことか!」

 

 ふたりの反応の意味にやっと気付いた俺。

 

「二人とも。ウソですよ?」

 

「「……は?」」

 

 俺の言葉に師匠もシャルルも同じ角度で首を傾げる。

 

「だから、大ウソ、ブラフ、ハッタリ、ネゴシエーション。俺に後ろ盾なんて何もありません」

 

「え?でもさっきまであんなに自信満々に……」

 

 シャルルが困惑気味に訊く。

 

「手札がショボい時はとりあえず掛け金をレイズするのが俺の主義だ」

 

「じゃあ、要求を飲まなかったら日本、中国、ロシア、ドイツ、イギリスがフランスの敵になるっていうのは……」

 

 師匠も唖然としながら訊く。

 

「それこそハッタリですよ。適当に知ってる代表候補生の国言っただけですよ。あ、師匠だけは国家代表なんでしたね」

 

 俺の返答にふたりはさらに呆然とする。

 

「無茶するわね。君はもうちょっと慎重派だと思ってたわ」

 

「普段はそうですよ。ただ今回は俺も結構キレてましたしね」

 

「だからって、あんなに次から次へとでまかせを――」

 

「あっ、でも今思うと、全部あながち間違いじゃないんですよね」

 

 俺はふとつぶやく。

 

「俺はさっきのウソって、全部具体的には言ってないんですよね。俺に後ろ盾があるって話も相手がそう思い込むように『~~とは思いませんでした?』って投げかけてましたし」

 

「「あっ」」

 

「日本、中国、ロシア、ドイツ、イギリスがフランスの敵になるっていうのも、それぞれの国の代表候補生のみんなに頼めばある程度動かせたかもしれないし」

 

「「あっ!」」

 

 俺の言葉にふたりも納得したように声をあげる。

 

「つまり厳密には俺はウソは言ってなかったわけですね」

 

「………なんていうか、君には驚かされてばかりな気がするわ」

 

「颯太って普段自分のことを平凡だって言ってるけど、全然平凡じゃないよ」

 

 笑顔の俺にふたりは苦笑いを浮かべていた。

 

「でも、なんにしてもさ――これで自由だろ?シャルル」

 

「……あっ」

 

 俺の言葉にシャルルが今更ながらに気付く。

 

「これから同じ指南所属のIS操縦者としてもよろしくな」

 

「……うん!」

 

 シャルルは目に涙を浮かべながらも嬉しそうに笑って頷いた。

 

「その事だけど、勝手に決めてよかったの?」

 

 師匠が訊く。

 

「ああー、それなら大丈夫ですよ。師匠に連絡入れる前に社長には了承取っておいたんで」

 

 

 師匠に電話する前に指南社長に直接電話して事情説明したときは――

 

『何よそれ!そんな親がいるなんて信じられない!もちろんOKよ!すぐに手配するわ!えっ!IS?そのままでいいわよいいわよ!えっ!?なによ、春人!………国際問題!?知ったこっちゃないわよ!困ってる女の子がいるんだから私たちが助けなくてどうするのよ!しかもうちの所属IS操縦者の颯太君が頼って来てるのよ!?やらなかったら女が廃るわ!』

 

 てな具合に乗り気で了承してくれた。

 

 

 そのことを話すと師匠も苦笑いを浮かべ、

 

「あなたのところの会社の社長さんってパワフルね」

 

「テレビとかのそのままの人ですよ」

 

 師匠の言葉に俺も頷く。

 

「まあそんなわけだからそのうちシャルルも一緒に指南に行かなくちゃいけなくなると思うから」

 

「うん、わかった」

 

「それから――」

 

 他に何かあったかと、考えている途中で大きな欠伸が出る。

 

「ふあ~っ。なんか疲れた」

 

「あれだけの交渉を全部ブラフだけでやったんだから精神的疲労がとんでもなかったんでしょう」

 

「そうかもしれませんね。とりあえず今日は俺寝ようかと思います。言っとかないといけないこともだいたい伝えたと思うんで」

 

「あれ?でも颯太、夕食は?」

 

「さっきバナナ三本食べたからいいや」

 

 そう答えつつまた大きく欠伸が出る。

 

「他何か聞いておくことありますか?」

 

「特にないわ。問題が一つ解決して万々歳よ。学園側には私から伝えておくわ」

 

「僕も特にないよ」

 

「そうっすか……」

 

 返事を聞きつつもだんだん瞼が重くなってくることを自覚する。

 

「それじゃあ、私はそろそろお暇するわ。早めに学園側にも報告したいし」

 

 そう言って師匠が立ち上がる。

 

「それじゃあね、颯太君。シャルルちゃんと何があったかはまた今度根掘り葉掘り聞かせてもらうわ」

 

「お、お手柔らかにお願いします……」

 

「ウフフ。さーてどうしよっかな~」

 

 そう言って不敵な笑みとともに師匠は去って行った。

 

「……それじゃあ、シャルル。悪いが俺は先に寝るわ」

 

「あ、うん」

 

 俺はベッドにもぐりこみ、瞼を閉じる。

 

「あっ、颯太!」

 

「ん~?」

 

 若干まどろみに片足を突っ込んだところでシャルルが言う。

 

「今日は……今日は本当にありがとう」

 

「……礼を言われることじゃない……ってことでもないかもしれないけど、強いて言うならあれだ。今日のシャワールームの件はこれで勘弁してください」

 

「……うん」

 

 シャルルが頷いたのを見届け、

 

「おやすみ」

 

 と呟き、俺は意識を手放した。




そうです。
無理矢理です。
でもこれが一番手っ取り早かった気がするんですよ。

このシャルロットの件の話が他と比べて長かったのは
この解決方法はもともともう一つの作品で考えていた解決方法だったからです。
途中まで考えたはいいが、この解決方法がその話の主人公のキャラではなかったので変更しました。
颯太君ならこのやり方でいけると思ったのでその時考えたやり方で書いてみたところ思わぬ長さに……。

読んでいただいた皆様にはそれぞれ思うところはあるかもしれませんが、どうか寛容な心でなにとぞお願いします。

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