IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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どうもシンフォギアロスとか仕事の忙しさとかで続きの執筆が遅れました。
お誕生日番外編の続編です。
中編です。
つまり、もう一話続くんじゃぞ、ということです。
本編はよせい、と思ってると思いますがもう少しお付き合いください。





お気に入り件数3900記念 「たんたんたんたん誕生日」 中編

~響&未来の場合~

 

 

 

「「海斗!誕生日おめでとう~!!」」

 

「うん、ありがとう二人とも」

 

 楽し気に言う響と未来の言葉に海斗も嬉しそうに微笑む。

 

「で?言われるままについて来たけど、どこに向かってるの?」

 

 とある休日、二人に事前に言われ、朝早くから連れ出された海斗は前を歩く二人に訊く。

 

「そ・れ・は・ね~!なんと!今日は私たち二人からの誕生日プレゼント!」

 

「東京デスティニーランドの一日フリーパス!三人で朝から晩まで楽しみつくしちゃお~!!」

 

「うぇぇぇっ!?フリーパス!?しかも三人分!?」

 

 ハイテンションで言う未来と響と裏腹に海斗はその内容に驚きの声を上げる。

 

「大丈夫大丈夫。そのうち二人分は貰いものなんだ」

 

「だからもう一人分を私たちで出し合ったの」

 

「そ、それでも一日フリーパスなんてかなり高かったんじゃ……」

 

「ふっふっふ~、私たちを甘く見てもらっちゃ困るな~」

 

「私たちは『S.O.N.G』からお給料貰ってるからね」

 

「あ、そう言えばそうか……」

 

 不敵に笑う響とニコニコと未来の言う言葉に二人が国連所属のIS操縦者だったことを思い出す海斗。

 国からIS学園のバカ高い学費を出してもらっていても、自分自身で自由にできるのは毎月両親からもらっているお小遣いとたまにしている『S.O.N.G』や『指南コーポレーション』でのアルバイトからの臨時収入だけの自分とは比べ物にならない経済力の同級生二人にただただ感心するばかりの海斗。

 

「さっ!こんなところで話してるより早く行こう!」

 

「そうだね。せっかく一日遊べるんだからね」

 

 わくわくしながら言う二人の様子に海斗は一瞬考え

 

「……そうだな。よし!今日は遊ぶ!遊び尽くす!!」

 

「その意気だよ!!」

 

「イエ~イ!!」

 

 ここはぐだぐだ考えるより二人の厚意に甘えようと思いなおした海斗はテンション上げて叫ぶ。そんな海斗の言葉に二人も合わせて叫ぶ。

 そうして三人がバスに乗りやって来た先、それは夢の国と称される一大テーマパーク『デスティニーランド』。ゲートを一歩くぐればそこは日常を忘れさせるにぎやかで煌びやか光景が広がる。

 休日とは言えまだ朝も早い時間にも関わらず子連れやカップルなどが溢れていた。

 そんな中で男子一人に女子二人と言う組み合わせは少し変わっているが、三人はそんなことは気にせず楽し気に進んでいく。

 さっそく向かった物販のエリアで響はネズミの耳のカチューシャを、未来はネズミの耳に加えて赤いリボンのカチューシャ、海斗は水兵のような水色の帽子の被ったアヒルの顔を模した帽子をそれぞれ購入し被る。

 

「こういうテーマパークに来たらその場のノリで楽しまないとね!」

 

「だねぇ~!」

 

「二人ともよく似合ってるぞ」

 

「ありがとう」

 

「よ~し!準備オッケー!まずは何に乗ろっか?」

 

「そうだなぁ……」

 

 三人は顔を見合わせ、周りを見渡し

 

「よし!まずは定番のジェットコースターからだ!」

 

「お、いいね!」

 

「よっしゃ!早速行こう!」

 

 と、ジェットコースターに狙いを定めた三人は目的のアトラクションに向かう。

 朝ではあるがもう既に列の出来ているそれに並ぶ。比較的すぐに順番が来たので三人は揃って乗り込む。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 三人が興奮した様子で叫ぶ中アトラクションの乗り物がレールの上を縦横無尽に走る。

 すごいスピードで走った乗り物はあっという間に一周する。

 

「すごかったぁっ!!」

 

「気持ちよかったねぇ~!!」

 

 乗り物の勢いによる風圧によって普段よりもファンキーな髪型になった二人が興奮した様子で笑う。

 

「さ、次々行こう!」

 

「「お~!!」」

 

 響が拳を掲げながら言った言葉に未来と海斗が楽しそうに同じように拳を掲げて頷く。

 その後三人は一日ですべてのアトラクションを制覇する勢いでパーク内を巡った。

 ホラー系の落下する絶叫マシンでは普段の訓練で慣れている二人とはうって変わってガチ目に絶叫の声を上げる海斗だったり、水しぶきを上げるジェットコースターで三人ともびしょ濡れになって笑い合い、ホラーハウス内では飛び出してきた魑魅魍魎を模したロボットを思わず絶叫とともに響が殴り飛ばしてしまい三人揃ってパークの運営スタッフに怒られたり、と、色々あったものの三人は一日遊園地を満喫したのだった。

 そして、夜、帰りのモノレールの中――

 

「いやぁ~、楽しかった!」

 

 両手に大量のお土産の入った袋を抱えた海斗が満面の笑みで言う。

 

「ねぇ。満喫したねぇ~」

 

「流石は〝夢の国〟だね」

 

 同じく大量のお土産を抱えた響と未来も笑みで頷く。

 

「いやぁ~今日はありがとう!すっげぇ楽しかった!」

 

「喜んでもらえてよかった」

 

 海斗の言葉に響が嬉しそうに微笑む。

 

「でもよかったの?せっかくペアチケット貰ったなら二人で楽しんでも良かったろうに。僕邪魔じゃなかった?」

 

「いいの」

 

 海斗の言葉に未来がにっこり微笑む。

 

「海斗は普段考えすぎなところあるから、たまには頭空っぽにして遊ばないと」

 

「って、相談した人が言ってた!」

 

「僕そんな考えすぎてるかな?」

 

 未来と響の言葉に海斗は苦笑いを浮かべる。

 

「そうだよ。だから今日は海斗が存分に楽しめるように頑張ったんだよ?」

 

「とか言いつつ響が一番楽しんでた気がするけど?」

 

「そ、それは……ほら、楽しんでもらうにはまず自分も楽しまないと、ね?」

 

「それっぽいこと言ってごまかしてる」

 

「それっぽいこと言ってごまかしてるな」

 

「うっ………はい、普通に楽しんじゃってました」

 

 ジト目で見る未来と海斗の言葉に響が体を縮こませて言う。

 

「うん、まあ別にいいんだけどね」

 

 そんな響を見ながら海斗は笑いながら言う。

 

「むしろ響も未来も普通に楽しんでたから僕も心から楽しめたし。一緒に楽しめてよかったよ」

 

「「海斗……」」

 

 楽し気に笑う海斗に響と未来も嬉しそうに微笑み

 

「改めて、海斗――」

 

「「誕生日、おめでとう!」」

 

「うん。二人ともありがとう!」

 

 そう言って三人は笑い合うのだった。

 

 

 

 

 

~切歌&調の場合~

 

 

 

「先輩……あ~ん……」

 

「こっちも食べるデス!」

 

「あ、ああ……あ、あ~ん……」

 

「どうデスか?美味しいデスか?」

 

「う、うん。美味しいよ」

 

「よかった……」

 

 海斗は自身の両脇から差し出される料理――調からはハンバーグ、切歌からはオムライスを順に食べて頷く。

 海斗の言葉に嬉しそうに笑う二人。

 

「さ、どんどん食べてください……」

 

「調が腕を振るった料理、まだまだあるデスよ!」

 

「お、おう。それはいいんだけどさ……」

 

 ニコニコと微笑む二人を見ながら海斗はゆっくりと頷き

 

「なんでメイド服?」

 

「え?」

 

「デス?」

 

 海斗の言葉に二人は改めて確認するように自分たちの服装に目を向ける。

 現在三人は学園の寮、海斗の部屋にてベッドに腰掛ける海斗を真ん中にミニスカメイド服姿の調と切歌が両サイドからしなだれる様にもたれ掛かり目の前の机には料理が並んでいる。

 

「それは……」

 

「先輩が好きって聞いたからデス!」

 

「どっから?」

 

「それは言えないデス!」

 

「情報元は明かせないです……」

 

 海斗のジトっとした視線に二人はさらりと受け流す。

 

「どこ情報か知らないけど、この僕が今更メイド服程度でテンション上がるわけがなかろう?浅はかだぞ後輩たちよ」

 

「そんな……せっかく先輩のために用意したのに……」

 

「む~……他の、情報として聞いてたチャイナとかナースの方にすればよかったデスかね?」

 

 鼻で笑いながらやれやれと言った様子で肩を竦める海斗の言葉にがっかりしながら自分たちの服をそれぞれ調はスカートを、切歌は胸元を摘まむ。それによってそれぞれ白い肌の太腿や胸元がちらりと見え――

 

「っ!」

 

「「……………」」

 

 そんな二人に海斗は思わずその白い肌に視線を持って行かれる。

 そんな海斗の視線に気付いた二人は顔を見合わせ

 

「「チラッ?」」

 

「っ!!」

 

 試しにと二人は先ほどよりさらに際どい所まで捲ってみる。と、海斗が息を飲みながら見ないように抵抗するように、しかし、欲望に抗えないように視線を泳がせながらも二人をちらちらと見る。

 

「先輩……」

 

「やっぱり好きなんじゃないデスか」

 

「くっ!欲望に抗えない自分が憎い!おのれ男の本能!立ち去れ煩悩!!」

 

 ニヤニヤと笑う二人の視線に耳まで真っ赤にした海斗は顔を両手で覆いながら叫ぶ。

 

「まあまあ、先輩。私たちとしては先輩が喜んでくれて嬉しいです」

 

「メイド服で間違ってなかったわけデスね!」

 

 そんな海斗に対して二人は嬉しそうに言う。

 

「というかなんでわざわざ僕を喜ばせるような格好!?何が目的だよ!?」

 

「お祝いだからデス!!」

 

「お祝い?」

 

 問いに答えた切歌の言葉に海斗は首を傾げる。

 

「だって先輩、お誕生日だから……」

 

「あ……」

 

 調の言葉に海斗は合点がいったようにハッとする。

 

「普段お世話になってる先輩に少しでも楽しんでほしかったんデス」

 

「だから、私たちが先輩のお世話をしたいなって……だから最終的に『奉仕の精神』のメイドを選んだんです……」

 

「あぁ…なるほどね……」

 

 二人の言葉に海斗は一応は納得したのか頷く。

 

「あの……」

 

「嬉しくなかったデスか……?」

 

 海斗の反応に二人は表情を曇らせる。

 

「いや……嬉しくなかったわけじゃないよ。なんというか脈絡なくメイド服で世話焼かれて面食らっただけで……料理も美味いし……」

 

「「じゃあ……!」」

 

 少し照れたように頬を掻きながら答える海斗の言葉に二人は目を輝かせる。

 

「二人の気持ちは十分伝わった。めっちゃ嬉しかった。ありがとう」

 

「よかった……!」

 

「どういたしましてデス!」

 

 海斗の笑顔での言葉に二人は嬉しそうに頷く。

 

「さ、気を取り直してご奉仕の続きデス!」

 

「まだデザートの誕生日ケーキがある……」

 

 そう言って二人は嬉しそうにさらに海斗に密着し、それぞれ箸とスプーンをニコニコと向ける。

 

「うん。ここまで来たら気持ちは最後まで受け取る。でもね……?」

 

「「???」」

 

 そんな二人に海斗はため息まじりに口を開き、二人は首を傾げる。

 

「あのさ……メイド服は着替えない?」

 

「え?でも……」

 

「先輩メイド服好きなんじゃないんデスか?」

 

「っ!あ、ああ、そうさ!好きだよ!?大好きさ!でもさ!ちょっと考えてごらん!?今の僕の状況って『後輩の女子二人にミニスカのメイド服着せて奉仕と称して侍らせてる』んだよ!?犯罪臭半端ないだろ!」

 

 キョトンと首を傾げる二人に海斗は叫ぶ。

 

「そうデスか?」

 

「ここには私たちしかいないし、気にしなくてもいいと思いますけど……」

 

「気にするの!!というか気になるの!!」

 

「ん~……そういうものデスか?」

 

「先輩がそう言うなら……」

 

 二人は海斗の言葉に二人はしぶしぶ頷き

 

「じゃあ代わりに一応用意しておいたチャイナとナースを着るデス!どっちがいいデスか?」

 

「うん。話聞いてた?それメイド服と状況変わってないから。むしろメイド服よりニッチになって余計犯罪臭増さない?」

 

「じゃあ、水着もありますけど?普通のと、あと、ちょっと恥ずかしいけど、マイクロビキニって言うのも用意してみたんですけど……」

 

「揺るぎねぇ!それ着せて侍らせたらただただ犯罪だよ!言い逃れできねぇよ!!」

 

 二人の言葉に海斗は頭を抱えて叫ぶ。

 

「ふ・つ・う!!普通の私服でいいんだよ!!」

 

「でも……」

 

「それじゃあ特別感がないデス!」

 

 海斗の言葉に二人は不満げに食い下がる。

 

「あのね!僕は二人の『おめでとう』って気持ちだけで十分なの!普通に祝ってくれるだけでいいの!!」

 

「む~……」

 

「仕方ないデスね……」

 

 二人は海斗の言葉にしぶしぶ頷き、ベッドから降りると持ってきた荷物を覗き込み

 

「「――あ」」

 

「え?何その『あ』って。なんか嫌な予感……」

 

 覗き込んだ二人が揃って漏らした声に嫌な予感に汗をかく海斗。

 

「しまったデス……」

 

「うっかり着替えを持って来るの忘れました……」

 

「……は?」

 

 二人の言葉に海斗は呆けた顔をする。

 

「つまり?」

 

「今私たちが着れる服は今のメイド服とチャイナ服、ナースと……」

 

「水着とマイクロビキニだけデス」

 

「oh……」

 

 最悪の答えに海斗は頭を抱える。

 

「い、いや、ここは僕の部屋なんだから僕の服がある!それを二人が着れば……」

 

 ハタと気付いた海斗は希望に満ちた表情で顔を上げ

 

「あ、ダメだ」

 

 自分の服を着た二人の後輩の姿を想像し、その案を否定する。

 男子として平均的な、なんなら少し平均よりも身長も体格もある海斗に対し、女子の中でも小柄で華奢な体格の二人。そんな二人が海斗の服を着た場合サイズが合わずダボダボの――そう、それはまるで彼氏の部屋にお泊りをして着替えが無く、サイズの合わない彼氏の服をとりあえず着ていると言った、俗に言う「彼シャツ」状態になるであろうことを想像してしまった海斗。

 

「そんな格好、余計になんか卑猥だ。まるで事後じゃねぇか」

 

「事後……?」

 

「デス?」

 

 海斗の苦渋の表情に対して、二人は海斗の言葉の意味が分からず首を傾げている。

 そんな二人の顔を見ながら海斗は苦渋の表情のまま悩みに悩んだ末――

 

「そ、そのラインナップの中ならまだ今のメイド服の方がマシ……そう、あくまでマシ!そのままでいいよ、もう……」

 

「ん。わかりました」

 

「了解デェス!」

 

 げっそりとした表情で言う海斗の言葉に二人は頷く。

 

「じゃあ改めてお祝いの続き……」

 

「どんどん食べるデェス!」

 

 二人が嬉しそうに言う。

 

「先輩……」

 

「改めて――」

 

「「お誕生日おめでとうございます!」デェス!」

 

 ニコニコと自身を祝う二人の言葉に海斗はいろいろ複雑な表情をしながらも、諦めたようにため息をつき

 

「……うん、ありがとう二人とも」

 

 笑顔を浮かべて頷いたのだった。

 

「あ、ところで、せっかくメイド服なわけデスし」

 

「『ご主人様』って呼んだ方がいいですか?」

 

「うん、それはやめて」

 

 

 

 

 

 

~セレナの場合~

 

 

 

「もう少し待ってくださいね。もうできますからね」

 

「は~い、了解です」

 

 離れたキッチンにて作業するセレナの姿が見えないままの言葉に海斗は元気に答える。

 めでたく誕生日を迎えた海斗はセレナからお祝いに手料理をふるまいたいと誘われ、セレナの仕事がオフの日と休日が重なるタイミングで予定を合わせ、今日この日、海斗は約束通りごちそうになるためセレナの家にお呼ばれしていた。

 セレナの家と言っても姉のマリアと二人暮らしをしているのだが、現在マリアは仕事が入っているため留守にしている。

 高級なタワーマンションの最上階のカデンツァヴナ・イブ姉妹の綺麗なリビングで物珍しくキョロキョロと見渡す海斗。

 

「すげぇ……部屋だけじゃなくて家具の一つひとつが高そう……」

 

 見渡しながら感嘆の声を漏らす海斗。そんな海斗の視線が棚の上に並ぶ写真立てで留まる。

 そこにはセレナとマリアの姉妹二人が笑顔のツーショットの写真や、姉妹に加えて切歌と調に四人の親代わりのマムことナスターシャとの写真、『S.O.N.G』に所属する九人の操縦者たちでの写真、そして姉妹とともに笑顔で写る自分の写真など様々な写真が並んでいる。

 どの写真も共通しているのは全員の表情が楽し気な笑顔で満ちているということだ。海斗は立ち上がりその並ぶ写真の中から自分とセレナに加え響達操縦者八人と『S.O.N.G』の関係者で写る写真を手に取る。

 

「よく考えたらまだ一年半くらいしかたってないのか……なんかもっと長い時間みんなで過ごしてた気がするなぁ……」

 

 写真を見ながら笑う海斗。

 

「ま、それだけ濃い時間を一緒に過ごしたってことなんだろうな」

 

 感慨深そうに呟いた海斗は写真を戻し

 

「セレナ先輩。手持無沙汰なんで手伝いますよ~」

 

 角度的に見えないキッチンに立つセレナの方呼びかける。

 

「海斗君はお客さんなんですからゆっくりしてていいんですよ?」

 

「まあまあそう言わずに。手伝わせてください」

 

「そうですか……?じゃあお言葉に甘えます」

 

「はい。任せてください」

 

 聞こえてくるセレナの言葉に頷いた海斗はセレナの方に歩いて行く。

 

「それじゃあ海斗君はこのスープを見ていてもらってもいいですか?私はサラダを仕上げちゃいますから」

 

「ういっす。お任せくださ――」

 

 言いながらキッチンに一歩足を踏み入れるた海斗は

 

「なんだか不思議ですね。うちのキッチンに海斗君が立ってるなんて」

 

 と、嬉しそうに、しかしどこか照れたように自身の方へ体ごと向いて微笑むセレナの姿に凍り付く。

 

「一緒にキッチンに立って料理をするなんて、まるで新婚さんみたい……キャッ♡ちょっと恥ずかしいですね♡」

 

 そんな海斗の様子に気付かない様子でセレナは自身の頬に両手を当ててイヤンイヤンと顔をふるセレナ。

 そんなセレナの言葉が耳に届いていない海斗は唖然としたまま眼鏡を押し上げ目をこする。

 

「??? どうしました海斗君?何かついてますか?」

 

「いや……ついてるって言うか、本来あるべきものがない気がするんですけど……」

 

「え?なんでしょう……?謎々ですか?」

 

 海斗の言葉にセレナは首を傾げながら自身の体を見渡す。

 

「セレナ先輩……そのエプロン……」

 

「あ、これですか?どうですか?せっかくなので今日のために新しい物を買ったんですけど、似合ってますか?」

 

「似合ってるか似合ってないかで言えば、似合ってます。似合ってるんですが……」

 

 セレナの言葉に海斗は頷く。

 セレナの言う通り彼女は純白の胸元から太腿のあたりまでのフリルのついたエプロンを身に着けていた。身に着けていたのだが――

 

「変化球で訊いてもダメみたいなんで直球で訊きます。なんで〝エプロンしかしてない〟ですか?」

 

 海斗は自身の目の前で首を傾げるセレナに訊く。

 海斗の言う通り正面から見るセレナはエプロンで隠れる場所以外シミ一つ無い美しい肌を惜しげもなく見せている。

 姉のマリア同様その辺のモデルなんて目じゃないすらりと高い高身長に凹凸の取れたボディライン。エプロンの胸元を押し上げる胸のふくらみはエプロンの襟部分から谷間がのぞいている。逆に下部分、裾の部分は太腿の半ばほどまでしかなく動けば脚の付け根からそのさらに上の部分まで見えてしまいそうだ。

 マリアに似ているが、姉より垂れ眼で幼いセレナの顔立ちに対して艶っぽい格好のギャップにさらにその魅力は跳ね上がっている。

 

「やだなぁ、海斗君。エプロンしか身に着けてないわけじゃないですよ?」

 

「あ、ですよね?見えないだけでちゃんと着てるんですよね?」

 

 笑うセレナの言葉に海斗はホッと息を吐く。

 

「すいません。変なこと言って。てっきり裸エプロンかと思ってびっくりしちゃいましたよ」

 

「もう、ちゃんとよく見てくださいよ」

 

 笑う海斗にセレナも笑いながら

 

「パンツは穿いてますよ」

 

「裸エプロンと大差ねぇ!!」

 

 笑いながらくるりと背中を向けてお尻を突き出すセレナに海斗は全力で顔を背けながら叫ぶ。

 一瞬見えたセレナの白い肌とすらっとした脚からの丸いお尻、それを包むピンクの布地が頭に焼き付くような錯覚に必死に抗いながら海斗はセレナに背を向けて目を瞑る。

 

「何してんすか先輩!?」

 

「え?何ってお料理ですけど?何か変ですか?」

 

「そんなの知ってます!僕が言ってるのは格好のことですよ!」

 

 本気で意味が分からない、と言った声の雰囲気に海斗は思わず目を開けて向き直りそうになるのを全力でこらえて目を瞑ったまま直立不動で叫ぶ。

 

「え?でもこうするのが喜んでもらえるって教えてもらったんですけど……」

 

「誰になんて教えられたらこうなるんですか?」

 

「誰かはきつく口止めされてるので言えませんが、『男って言うのは裸エプロンでキッチンに立つ女の人を後ろから眺めることに至上の喜びを感じる生き物だから』って……」

 

「なんでやねん!!」

 

「ごめんなさい、流石に裸は恥ずかしかったのでパンツは着けちゃいましたけど、やっぱり脱いだ方がいいですよね?待ってくださいね。今脱ぎますから」

 

「いや、今の『なんでやねん』は裸エプロンなのにパンツをはいていることへのツッコミではなく何純粋なセレナ先輩に吹き込んでくれたんだっていうどこの誰かもわからない相手への憤りですよ!!だから脱がないでください!!脱いじゃダメです!!ホントに!!ホントにダメですから!!!」

 

「あ、それ知ってます。Japanese『OSUNA-OSUNA』ですよね?」

 

「そんなバラエティのお約束をどこで覚えて来たんですか!?そんなのはテレビの中の三人組リアクション芸人の持ちネタで現実にやることじゃないっすよ!!」

 

 朗らかに言うセレナに海斗は頭を抱える。

 

「いいから!ちゃんと服着てください!!お願いします!!!」

 

「でも、この後の段取りが……」

 

「まだ何かあるんですか!?」

 

 海斗の言葉にシュンとしながら言うセレナの声に海斗が恐る恐る訊く。

 

「だって今服を着てしまうとこの後の女体盛りの時にまた脱がなくてはいけなくなって二度手間になるんですが――」

 

「いやいやいやいや!!!」

 

 セレナの言葉を遮って海斗が叫ぶ。

 

「いやなんで女体盛り!?」

 

「え?だって『裸エプロンからの女体盛りは鉄板のコンボで男の夢と浪漫が詰まってる』ってアドバイザーさんが」

 

「おいぃぃぃぃぃぃ!!!誰だそのアドバイザーはぁぁぁぁっ!!?純真無垢で人のいい僕らの大天使セレナ先輩に何てこと吹き込んでくれてんだ!!!ぶっ殺してやるっ!!!!」

 

「ダメですよ海斗君!『ぶっ殺す』なんて物騒なこと言っちゃ、め、です!」

 

「あ、はい。すみません」

 

 絶叫する海斗にセレナが少し憤慨した様子で言うと、海斗は思わず素直に謝罪する。

 

「あの、ホントやめてください。裸エプロンも女体盛りも。思春期の僕には刺激的過ぎです。普通に!普通にお祝いしてください!」

 

「え~……せっかくこのために緒川さんにお願いして最高級のお刺身をメインディッシュとして手配してもらったのに……」

 

「普通に食べましょうよ。普通が一番なんですって」

 

「でもせっかくのお祝いが……」

 

「そんな格好してたら僕先輩のことまともに見れないですし、女体盛りしてたら先輩と一緒に食べられないじゃないですか」

 

「それは……そうかもですが……」

 

 セレナは不満げな様子ながら海斗の言葉を肯定する。

 

「ね?僕は先輩と一緒にご飯食べたいです。ちゃんと先輩の作った料理を楽しみたいんです」

 

「む~……」

 

 海斗の言葉にセレナは不満げな様子で唸るが

 

「……わかりました。ここは私が折れましょう」

 

「なんでそんな不満そうなんですか?脱ぎたいんですか?」

 

 しぶしぶと言った雰囲気の声に海斗が呆れたように言う。

 

「私はただ海斗君が喜んでもらえる様にたくさんリサーチしたのに……」

 

「それ絶対リサーチする相手間違えましたよ。誰に訊いたか知りませんけど少しは疑ってください」

 

「だって君のことに関してはあの人に訊けば間違いないと思って……」

 

「なんですかその絶対の信頼は?ホント誰なんですかそれ?」

 

「それは言えません。口止めされてますから」

 

 海斗の問いに、しかしセレナは強い口調で返す。

 

「じゃあ私服を着てくるのでその間鍋を見ていてもらってもいいですか?」

 

「はいはい。お任せ下さいな」

 

 セレナの言葉に頷く海斗。それを確認したセレナはキッチンを後にする。

 リビングとキッチンから続く扉のバタンと言う開閉の音を聞いて数秒後、海斗はやっと固く閉ざしていた瞼を開く。

 もちろんキッチンにもリビングにもセレナの姿はない。

 

「はぁ……びっくりしたぁ……」

 

 ため息をつきながら海斗は膝い手をつく。

 

「ホント誰だよアドバイザーって……あんなでまかせ吹き込みやがって……」

 

 辟易とした様子で鍋に向かいながら呟く海斗。

 鍋の前に立ちお玉で中のスープを混ぜる。と、海斗の頭に先ほどまで向かっていたであろうセレナの姿が浮かぶ。それはすぐさま顔を背けたものの脳裏に焼き付いた艶やかな先輩の姿で

 

「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!立ち去れ煩悩ぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 数秒身もだえながら自分の中の性欲と言う名の正直な感情と戦う海斗。

 必死に手を動かして鍋をかき混ぜ、なんとか焼き付いているイメージを押し込み一息つく海斗。が――

 

「あ、海斗君。言い忘れてたんだけどそこのタイマーが鳴ったら火を止めて横の小皿のスパイスを――」

 

「なんでまだ裸エプロンのままなんですか!!?」

 

 ドアを開けてヒョッコリと舞い戻ってきたセレナに海斗が叫ぶ。

 

「うん。着替えようと思ったけど伝え忘れたことがあったから。――で、タイマーが鳴ったらスパイスを加えてよく混ぜてほしいんですけど……」

 

「やっときます!やっときますから早く着替えてきてください!」

 

「もう、そんなに慌てなくてもすぐ着替えて――」

 

 言いながら踵を返そうとしたセレナ。しかし――

 

「あ」

 

 着替えようとエプロンの首元の紐を緩めてしまっていたらしく、はらりと結び目がほどけ首からかかっていた上部分が重力に従って落下する。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

 甲高い叫び声が響き渡ったのだった――海斗の。

 


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