IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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今回少し長めです!
そんな訳で最新話!
どうぞ!





ifⅠ-4話 男女の気持ち

 師匠――刀奈さんからの突然の宣戦布告と言う名の事実上の降伏宣言を受けてからはや二週間が経った。

 その間休日を除き毎日昼休みには手製の弁当を振舞われた。

宣言通り日増しに好みのストライクゾーンに抉り込んでくる味に、胃袋どころか舌から食道、口から胃袋へ連なる臓器全てを鷲掴みにされた気分だ。

 ――ぶっちゃけよう、俺は日増しに師匠からもらうお弁当を楽しみになっている。

 栄養のバランスにも気を使い、着々とより好みの味になっていくおかずの数々。

 育ち盛りの男子高校生には嬉しいボリュームのある弁当はハードなIS学園のカリキュラムで消費したカロリーを補給して余りある。

おかげで午後からのカリキュラムも二割増しにエネルギーに満ち満ちていた。

 そして、今日もまた美味しいお弁当を楽しみに授業を受けていた……の、だが――

 

『ごめ~ん。急用が入って二、三日お弁当が用意できないの~。また連絡するからそれまで学食とか購買で済ませてくれる?』

 

 それは二時間目と三時間目の合間の休み時間に師匠から送られてきたメールだった。

 

「『了解です。生徒会の仕事とかですか?お手伝いは必要ですか?』――っと」

 

 そのメールに返事をしてみる。と、数十秒後に返事が届く。

 

『大丈夫~。おうちのお仕事だから。ありがと~』

 

「そっか。おうちのお仕事なら手伝えないか……」

 

 師匠からの返事に俺は少し考え

 

「『じゃあしょうがないですね。お仕事頑張ってください』――っと」

 

 返事を打ち込み携帯を仕舞――おうとしたところで、再び返事が来る。

 

『寂しくなったらいつでも電話してもいいのよ♡』

 

「するかっ!!」

 

 思わず携帯の画面に向けてツッコんでしまったところでハッと気付いて周りを見渡す。

 クラスメイト達が不審げな目でジロジロと見ている。

慌てて「ナンデモナイヨ~」と苦笑いを浮かべる俺。

 そのまま携帯に向き

 

「『し・ま・せ・ん!!!』――っと」

 

 メールに返事をし、俺は今度こそ携帯を仕舞った。

 

 

 ○

 

 

 

「いやぁ~、なんか颯太とこうして昼飯食べるの久しぶりな気がするな」

 

「ん~、まぁここんとこ師匠と昼飯食いながら生徒会の仕事してたしな」

 

 学食の列に並びながら前にいる一夏が振り返りながら言うので俺も頷きながら答える。

 師匠からメールがあったので、二週間ぶりに昼休みはIS学園内の学食に一夏とともにやって来ていた。

 他の面々は各々今日は部活だったりなんだったりで予定が合わず、二人だけである。

 そんなわけで二人で食券を買い列に並ぶ。回転がいいらしく混んでいるがすぐに順番は回ってくる。

 一夏は日替わりのA定食、俺は日替わりのB定食を注文した。

A定食は今日はサバ味噌定食、B定食はチキン南蛮定食だった。

 

「さぁ食おうぜ!」

 

「おう」

 

 席に着いた俺たちは早速箸を手に取り食べ始める。が――

 

「ん?どうした?」

 

 一夏が首を傾げながら訊く。

 一口食べた俺の箸が止まったからだ。

 

「あ、いや……なんていうか……」

 

 俺はどう言ったもんかと少し考え

 

「食堂のごはんって……」

 

「どうしたんだ?なんか変な味だったか?」

 

「いや、変な味ってわけじゃない。美味しいよ?美味しいんだけど……その……」

 

「???」

 

 言い淀む俺に一夏が首を傾げる。それを見て俺は少し考え

 

「………いや…ごめん、なんでもない。さっ!早く食べちゃって午後の授業の準備するぞ!」

 

「お、おう」

 

 笑いながら言ってご飯を食べ始める。俺の様子に一夏も頷きながら食べ始める。

 うん、カリッとした衣に鶏肉もプリプリジューシー。醤油ベースのタレにお手製らしいタルタルソースが鶏肉と絡んでご飯が進む。

 味噌汁もだしをしっかりとっているのだろう、すごく美味しい。

 美味しい、美味しいのだが――

 

「……………」

 

 先ほどは口にすることを憚られたが、あえて今の俺が感じていることを言葉にするのなら、そう、『物足りない』だろうか。

 学食のごはんは美味しい。

 どのメニューも美味い。そんじょそこらのお店よりも美味いだろう。

 ただ、なんだか以前よりも味の感じ方が変わったというか、これじゃない感がある。

 原因はわかってる。だからこそ今感じていることを口にしなかったのだ。

 

「はぁ……」

 

 俺は人知れず苦笑いを浮かべながら食べ進めるのだった。

 

 

 ○

 

 

 そんなこんなで師匠のメール通りそれから二日後、師匠からのお弁当はない。

 それどころかメールのあった日から俺は師匠に一度も会っていない。

あの日の放課後、生徒会室に行った俺は虚先輩からそもそも師匠が学校に登校してきていないことを聞かされた。

 なんでも家の仕事のことで公欠し、仕事にかかりつけになっているらしい。

 だから一日目、二日目と会長である師匠がいないので最低限の仕事しかできず、生徒会としての仕事もあまりしていない。

 三日目の今日に関しては虚先輩はクラスの用事があるらしいので欠席、急いでしなければいけない仕事もないので自己判断で活動――実質お休みとなった。

 その証拠に、現在生徒会室には俺意外に人はいない。

 一夏だけは部活への貸し出しと言うことで仕事に出ているのだろう。

 のほほんさんは「別にやることないなら行かなくていいよね~」とか考えるだろうから今頃寮の部屋で寝てるかお菓子食べてるんじゃ無いだろうか。

 正直俺も別にここに来る必要はないし、帰って明日の授業の予習とか積んでるゲームの消費でもすればいいのだが、何故かここに足が向いた。

 

「……………」

 

 自分以外人のいないがらんとした部屋の中をぼんやりと眺める。

 

「なんだって来ちゃったのかね~」

 

 なんとなく呟く。が、実はちゃんとわかってる。理由は自覚している。

 俺はため息をつきながら〝その席〟に視線を向ける。

 それはこの部屋の中を見渡せる奥の、恐らくここにある家具の中でも特に価格的にもお高いであろう造りの良さそうな机と椅子――IS学園の生徒会長の席だ。要は、師匠の普段使っている席。

 もう一度室内を見渡し、師匠の席に着いてみる。

 

「ふ~ん、こんな感じなのね」

 

 なんとなく座ってみたが、思った以上に座り心地のいい椅子だった。

 これ買ったら一体いくらになるんだろうか?……いや、考えるのはやめよう。

そんなの知った日にゃ十巻以上出てる漫画をまとめ買いするかどうかに悩む自分の貧乏性に泣きたくなりそうだ。

 

「……………」

 

 ぼんやりと天井を眺めてから机に突っ伏す。

 

「はぁ……」

 

 ため息をつきながら俺はこの席の主について考える。

 師匠であり学園の先輩、生徒会では上司。

 出会ってからはや半年以上、いや、まだ半年、とも思える。

 丁寧で人の気持ちを慮り、かと思えば人のパーソナルスペースにずけずけと入り込んでくる。

気付けば師匠と言う存在はかなり大きな存在になっていたようだ。師匠に師事してから、師匠のことは師としても人としても尊敬している。

 そこに来て先日のあの宣戦布告だ。

 正直どうしていいかわからない。

 ただ一つ言えるのは、あの宣戦布告から今日までで無自覚ではあったが、言い方は悪いが師匠によって塗り替えられて行っているようだ。

 その証拠に、師匠と会っていないこの三日間、一昨日の学食のチキン南蛮も、昨日の購買のカツサンドと卵サンドも、今日少しおすそ分けしてもらった箒の唐揚げも鈴の青椒肉絲も――いや、その前から寮の学食での夕食も、何かが違う。何かが足りない。そんな風に思ってしまった。

 そして、何よりも感じている変化は、たった三日会わないだけで胸に溢れるこのもの悲しさだろう。

 

「はぁ……わからないフリしてはみたけど、要はそういうことなんだよな……」

 

 机に突っ伏しながら目を閉じる。

 瞼の裏にはあの人の顔。

その顔は笑っているが、語り掛けてくることも、触れることも叶わない。

 

「刀奈さん……」

 

 呟きながらポケットから形態を取り出す。

 操作し登録されている連絡先の中から目当てのモノを表示する。

 あと一度画面をタップするだけであの人へ電話できる。だが――

 

「………なんか負けた気がする」

 

 三日前のメールで『寂しくなったら電話してもいい』とあった。つまり今ここで電話するということは師匠がいないというこの状況に俺が寂しくなって耐えられなくなったみたいじゃないか。………いや、まあ違うのかと訊かれたら、否定しずらいのだが……。

 だがしかし、仮に今ここで電話してみろ。あの人はきっとこう思うだろう、「しめしめ、もう颯太君は私の魅力にメロメロね。案外チョロかったわね」と。そしてここぞとばかりに今後そのことでいじって来るだろう。あの腹立つほどの悪戯っぽい笑顔で。

 ――うん、やめよう。

 別に電話するほどじゃない。声聞けなくてもいい。それほど寂しい訳じゃない。

 そうだよ、師匠のメールには二、三日とあった。

 今日で三日目なんだから多分明日には帰って来るだろう。

 

「しかし……また連絡するともあったな……」

 

 今日で確かに三日目だ。しかし、特に音沙汰はない。

 もしかしたら仕事が長引いたりしていないだろうか?

 本当に明日は学園に来るのか?

 急ぎではないが師匠に見てもらわねばならない生徒会の案件もいくつかある。

 もしも明日も学園に来ないのなら仕事が溜まっていく。

 そうなると師匠の負担も増えるし、ここは師匠に確認を取り、本当に師匠のチェックが必要なところまで進めておいた方が効率がいいのでは?

 それが合理的な仕事のやり方ではないだろうか?

 

「いやでも、もしかしたら夜とかに連絡してくるつもりなのかも。ならそれを待った方が……」

 

 いやしかし、待て。

 いま俺は丁度生徒会室にいる。

 つまり今電話して確認できればすぐに仕事にかかれる。

 つまりそれだけ早く取り掛かれる。

 仮に今は師匠が忙しくて電話に出なくても後で改めて電話が来るだろう。

 

「というかそうだ、まずメールをして電話ができる状態かどうか確認すればいいんだ」

 

 返事がないor無理なようなら諦めて帰って改めて確認すればいい訳だし、電話できるようなら確認を取って仕事に取り掛かれる。

 完璧だ。

 一部の隙も無い論理的で合理的な判断だ。

 これはもう連絡しなくてはいけない。

 うん、寂しいからとかそう言うのではなく、生徒会の仕事のためにやむなく、そうやむなく!連絡するのである!!

 

「ん~、生徒会の仕事のためならしょうがないなぁ~……うん、しょうがないしょうがない」

 

 誰に対するいい訳なのかわからないことを呟きながら俺は携帯を操作しメールの画面を開き

 

「えっと……『生徒会の仕事のことで確認したいことがあるのですが、今電話しても大丈夫でしょうか?』っと。はい、そ~しん♪」

 

 ふぅ、と一息ついたところで

 

 ピロリン♪

 

「っ!?」

 

 どこからともなく聞こえた音に俺は慌ててガバッと顔を上げる。

 しかし、どこにも人はいない。

 

「でも確かに聞こえた気が……確かこっちから……」

 

 俺は首を傾げながら歩いて行く。

 そこには備え付けのミニキッチンがあり――

 

「「あ……」」

 

 目が合った。

 ミニキッチンの陰にこっそりと隠れる様に膝を抱えて座り込んでいた人物がいた。

 というか師匠だった。

 

「あ、アハハ~……た、ただいま~……」

 

「お、おかえりなさい……」

 

 苦笑いを浮かべながら言う師匠に俺はわけがわからないまま条件反射で返す。

 

「………え?なんでいるんですか?」

 

「う、うん。今日のお昼ごろに仕事終わったからちょっと前に帰ってきてたんだけど、生徒会室に置き忘れてた本があって、それを取りに来たのよ。織斑先生に報告することもあったし」

 

「でも、俺来たときここの鍵閉まってましたけど……?」

 

「う、うん。本取りに来たついでにこっそり隠してたお菓子食べようと思って、一応鍵かけてた」

 

 見るとキッチン台の上にクッキーの缶が置かれていた。なんとなく見た感じ高そうだ。

 

「………じゃあ俺が来る前から?」

 

「うん。虚ちゃんから今日は休みにしたって聞いてたのに誰か来たからビックリして、思わず隠れちゃった……」

 

 アハハ~、と笑う師匠に、しかし、俺は血の気が引いて行くのを感じる。

 

「あの……見てたんですか?」

 

「いやぁ~隠れて様子を見てたからちゃんと見てたのは途中からよ」

 

「ちなみにどこから?」

 

「『なんで来ちゃったかねぇ~』のあたり?」

 

「序盤じゃねぇかぁぁぁぁ!!」

 

 師匠の言葉に俺は崩れ去る。

 

「いや~ビックリしたわ。聞こえて来た声が颯太君だったからこっそり見てみたら私の席に座って何かぶつぶつ言ってるんだもん」

 

「ちなみにその内容は?」

 

「聞こえなかったけど?」

 

 師匠の言葉に俺は気付かれないように安堵する。

 

「ところで」

 

「ん?なんですか?」

 

「なんで私の席に座ってたの?」

 

「あぁ~……それは~……」

 

 俺は少し考え

 

「前から師匠の椅子って座り心地よさそうだなぁって思ってたんで、居ぬ間に体感しておこうかと思って」

 

「あぁ、なるほどね」

 

 師匠は納得したように頷く。

 

「てっきり私が居ない間に寂しくなって座ってはみたもののそれだけじゃ満足できなくて電話してみようかな?でも電話したら寂しくなったの私にばれてさんざんからかわれ倒しそうだしなんか負けた気がするからあれやこれや考えて電話をするための正当な理由をでっちあげてたのかと思ったわ」

 

「は、はぁ~!!?な、何を根拠にそんな!?」

 

「いや、机に突っ伏してから二十分くらい携帯とにらめっこしてたし、今私に送ってきたメールも――ほら」

 

 言いながら自分の携帯の画面を俺に見せる。そこにはつい今しがた俺が送ったメールが表示されている。

 

「そそそそそんなわけないじゃないですか!」

 

 俺は慌てて否定する。

 

「確かに携帯見てましたけど、それはそのメールにある通りで、すぐに連絡しなかったのはまだおうちのお仕事中だったら邪魔しちゃうかなぁ~って思っただけですよ!」

 

「あら?そうなの?」

 

「そ、そうですよ!やだなぁ~もう、邪推しちゃって~」

 

「アハハ~、ごめんごめん。それで?仕事のことで確認したいことって?」

 

「あぁ、はい。師匠が休んでた間の生徒会の仕事で師匠にチェックしてもらう必要のある仕事があったんですけどね」

 

 言いながら俺は棚の中にしまっていたファイルを取り出す。

 

「師匠がもう少しおうちのことで休むようなら師匠のチェック以外のところ進めちゃおうかなぁ~って思ったんすよ」

 

「あぁ、なるほどね」

 

 頷きながら師匠が俺からファイルを受け取る。

 

「うん、OK。来たついでだからこのままチェックしちゃうわ」

 

「いいんですか?疲れてるんじゃ?」

 

「大丈夫。仕事って言っても肉体労働してきたわけじゃないから。どっちかって言うと頭脳労働の方。それにこのくらいならすぐに終わるわ」

 

「はぁ……そうですか」

 

 師匠の言葉に頷く。

 そのまま師匠はさっきまで俺が座っていた席、いつもの定位置に座る。

 俺もいつも座ってる席に座ろうとするが

 

「あ、待ってなくてもいいわよ?」

 

「え?でも……」

 

「これ見たら私別の用事片付けに行くし」

 

「そう…ですか……」

 

 師匠の言葉に俺は少し考え席を立つ。

 

「じゃあ俺先に失礼しますね」

 

「うん。お疲れ様~」

 

 師匠がにこやかに手を振りながら視線をファイルに戻す。それに会釈して俺は歩き出す。

 が、ドアの前に来たところで

 

「あ、そうだ」

 

 ふと思い出したように師匠が顔を上げる。

 

「颯太君も結構可愛いところあるわね?」

 

「え?」

 

「今度から寂しくなったらいつでも電話してくれていいのよ?私何しててもす~ぐ出てあげるからね♡」

 

「なっ!?だから違うって言ってるじゃないですか!!」

 

「ふふ、そうね。そうだったわねぇ~」

 

 焦る俺に師匠は涼しい顔で頷く。

 

「まぁ、そういうことにしておくわ」

 

「~~~!し、失礼します!」

 

「はいは~い。明日からはまたちゃんとお弁当作って来るから楽しみににしててねぇ~♡」

 

 師匠の言葉に答えず俺はそそくさと部屋を後にした。

 

「くっそ~!気付かれてたぁ~!!」

 

 俺は頭を抱えながら廊下を歩く。

 

「てか気付いてたならそう言えばいいのに!ちくしょ~!!」

 

 思い出しただけで恥ずかしさで死ぬ。

 何が一番恥ずかしいって、気付かれたことより、ほんのちょっと話しただけなのに感じてたもの悲しさとかが吹っ飛んでることだ。

 

「師匠はホントにも~!!も~!!!もぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 悶えながら歩いていたせいだろう、廊下の角を曲がるとき、反対側から来ていた人物に気付かず

 

「うおっ!?」

 

「っ!」

 

 ぶつかり転んでしまった。

 

「す、すみません!」

 

 慌てて同じようにこれんでいるであろう人物を見ると、そこにはすらっと伸びた脚があった。

 そのままその足を追って見上げてみれば

 

「誰か騒いでいると思えば、廊下では静かにしろ」

 

「おおおお織斑先生!?」

 

 仁王立ちする織斑先生がいた。

 と言うかがっつりぶつかったのに何でこの人はこんなどっしりと立ってんの?多々羅踏んだ様子もないし体幹どうなってんの?

 

「お前と一緒にするな。鍛え方が違う」

 

「心を読まないでください」

 

「顔に出ていた」

 

 織斑先生がフンッと鼻を鳴らしながら言う。

 

「で?先ほどから師匠がどうとか言っていたのはお前か?」

 

「え?あ、はい」

 

「……更識と会ったのか?」

 

「??? ええ、まあ……」

 

「なるほどな……」

 

 織斑先生の言葉に訳が分からず頷く俺に対して、織斑先生は何か納得したように頷いている。

 

「その様子を見るに、更識から聞いたわけか……そうか、あいつ話したのか。てっきりお前にはぎりぎりまで黙っているかと思ったが……いや、いつかはわかることか……」

 

「???」

 

 一人神妙な様子で納得する織斑先生だったが俺にはちんぷんかんぷんだった。

 

「あの、織斑先せ――」

 

「うむ。お前の憤りももっともだが、更識の気持ちも慮ってやれ。大変なのはあいつなんだ」

 

「はい?」

 

 俺の言葉を遮って織斑先生が言う。

 

「当事者なのに自分の預かり知らぬところで話が進んで困惑するのもわかる。だが、ここは堪えるのも大事な――」

 

「あの~、恐らくとてもいい話をしようとしているところ申し訳ないのですが……何の話してるんですか?」

 

「………ん?」

 

 俺の言葉に数秒考えた織斑先生が首を傾げる。

 

「だから、更識と会って来たんだろ?」

 

「はい」

 

「で?話をしてきたんだろう?」

 

「はい」

 

「そこで聞いて来たんだろう?」

 

「何をですか?」

 

「だから、あいつが一昨日から学園を休んでいた理由についてだ」

 

「いいえ?」

 

「……………」

 

 俺の返事に織斑先生はスッと表情を消し

 

「おっと、こんな時間だ。会議に行かねば」

 

「ちょっと待てぇぇぇぇ!!」

 

 踵を返した織斑先生が歩き出すのを慌ててしがみ付く。

 

「何!?なんですか!?え!?今回師匠が学園休んでたことが俺と何か関係があるんですか!?」

 

「いや?何もないが?」

 

「嘘だっ!だってさっき当事者だって!」

 

「なんでもない。間違いだ。忘れろ」

 

「いやいやいや!忘れるとか無理ですから!ばっちり聞いちゃったんですもん!」

 

「すまんが急いでいる。会議に遅れる」

 

「そこを何とかお願いしますよ!」

 

「無理だ諦めろ」

 

「無理です!諦めません!!――てか強いなぁもぉぉぉぉぉ!!!」

 

 さっきから話ながら一切足を止めない織斑先生にしがみ付いてなんとか引き留めようと踏ん張ってるのに意にも返した様子もなくスタスタと歩いている。

 

「ところでちょっと訊くんですけど織斑先生?」

 

「なんだ?さっきのことについては答えんぞ?」

 

「いえ、関係ないことなんですけどどうしても気になって……なんで先生お腹に鉄板入れてるんですか?」

 

「……入れてないぞ」

 

「え?でもものすごいゴチゴチですよ?おまけに六つくらいに分かれてるし、まあおかげで掴みやすいっすけど――あいたぁ!?」

 

 突如足を止めた織斑先生のゲンコツが降ってきた。

 

「貴様、女性の腹に抱き着いて、言うにことかいて鉄板?ゴチゴチ?掴みやすいだと?」

 

「だ、だって現にゴッチゴチですよ?鉄板か岩かってくらいのゴッチゴチですよ?」

 

 握り拳に手を当ててバキバキッと音を鳴らしながら詰めた視線で睨む織斑先生に言う。

 

「鍛え方が違う」

 

「えっそれ腹筋!?うっそだぁ~!?人体がしていい硬さじゃないっすよ!?」

 

「そんな訳あるか。れっきとしたお前の身体と同じものでできている」

 

「いやいやいや!!とか何とか言って防弾チョッキとかなんでしょ?」

 

「なんで学校の中で防弾チョッキなんぞ着なければいけないんだっ?」

 

「いや、先生なら着かねないでしょ?」

 

「そんなもの着るわけないだろうが!お前は私を何だと思っている!?」

 

「え?だってドイツで軍隊の教官やってたんでしょ?」

 

「それとこれとは関係ないっ!」

 

「いやいやいや。だってその固さなら鍛えた腹筋って言うより防弾チョッキって言われた方がまだ現実的ですよ?」

 

「疑り深いやつだな!ほれ、よく見ろ!」

 

 ため息をつきながら織斑先生がお腹のあたりを捲る。

 そこには言う通り防弾チョッキはなく、代わりに眩いばかりの白い肌のバッキバキに割れた腹筋があった。

 

「oh…シックスパァック……」

 

 絶対防弾チョッキかなんかだと思ったのに……と言うか予想外に現れた素肌になんかドキドキすんな。こんなゴッチゴチバッキバキの腹筋なのになんか興奮してきたな。これはこれでアリだな。むしろエロい気がする。

 

「ほら、わかっただろう?」

 

「いやいや、実はこれが素肌に見えるけど実は肉襦袢的な最新鋭防弾チョッキってオチでしょ?」

 

「そんな訳あるか!れっきとした生まれ持った肉体だ!」

 

「え~?ホントでござるか~?試しにもうちょい上まで捲ってくださいよ」

 

「ああいいだろう!気が済むまで見ればいいだろうが!」

 

 疑わしげに行った俺の言葉に織斑先生もムッとしたようで売り言葉に買い言葉と服をさらに捲ろうとして

 

「って!これ以上捲ったら胸まで見えてしまうだろうが!!」

 

「モルサッ!!」

 

 気付いてしまった織斑先生が鬼の形相で拳を振り下ろす。思わず変な声を上げながら叩きつけられその勢いのまま床に頭突きをしてしまいさらに痛い。

 

「まったく、教師を謀るのも大概にしろ?次は病院のお世話になるレベルで仕置きしてやる」

 

「セ、センセイ……ソレ、体罰ッス……」

 

「いや、これはセクハラに対する当然の対応だ」

 

 たくっ、とため息をつきながら去って行――こうとしたが

 

「ってぇ!じゃなくって!!」

 

 ガバッと顔を上げた俺は慌てて織斑先生の足にしがみ付く

 

「だから!さっきの話をkwsk!!」

 

「だから!忘れろと言ってるだろうが!」

 

 足にしがみ付かれれば織斑先生も歩きにくいようで、しかし、俺を引き摺ったまま歩き始める。流石に先ほどまでの様にスタスタと歩くことは出来ていないので、スピードはさっきまでの半分くらいだろうか。

 

「貴様いい加減にしろ!」

 

「詳しく教えてくれるまで離しませんよ!」

 

「ならばこのまま進むだけだ!」

 

 そのままズリズリと俺を引き摺ったまま歩いて行く。

 

「ほら!このまま廊下を自分の身体で掃除するつもりか!?いいから離せ!そしてさっきのことは忘れろ!」

 

「だぁかぁらぁ!忘れるなんて無理だって言ってんでしょうが!!話したくないならいいですよ!!その代わりこっちも絶対離しませんから!!」

 

「いいから離せ!」

 

「い~や~で~す~!!」

 

 さらに強くしがみ付く俺。

 

「こうなったらヤケだ!このままあることないこと言いふらしてやる!」

 

「ふざけるな!離せと言っている!!」

 

「じゃあそっちが話してください!!」

 

「だから無理だといってるだろう!!忘れろ!!」

 

「無理です!!」

 

「忘れろ!!」

 

「無理です!!」

 

「忘れろ!!」

 

「無理です!!」

 

 と、そのまま引き摺られるまま少し進む、と――

 

「あ、織斑先生……と、井口君!?な、何してるんですか!?」

 

 山田先生が現れた。

 

「あの、いったい何がどうなってこうなってるんですか?そう言えばさっきから『忘れろ』とかなんとかって……」

 

「いいところに来た山田君!こいつを引き剥がすのを手伝ってくれ!」

 

「へ?は、はい!」

 

 山田先生は言われるがままに俺を掴み引き剥がそうとする。

 

「山田先生離してください!これは俺と織斑先生の問題なんです!」

 

「と、とりあえず落ち着いて!そんな風にしていないで――」

 

「ちゃんと教えてくださいよ織斑先生!さっきの話はそういうことなんですか!?」

 

「だから忘れろと言っているだろうが!間違いだったんだ!」

 

「何が間違いだって言うんですか!?」

 

「お前には関係のないことだ!」

 

「俺当事者なんでしょ!?」

 

「違う!お前には関係のない話だ!」

 

「嘘だっ!!!」

 

 わちゃわちゃと騒いでいるとそれを見ていた山田先生があわわわっと慌て始める。

 

「な、なんなんですか!?忘れろとか関係者とか!?いったい何の話してるんですか!?」

 

「なんでもない!」

 

「で、でも井口君こんなに必死に――」

 

「だから本当に何も無いんだ!こいつが勝手に騒いでいるだけだ!」

 

 山田先生に向けて言う織斑先生に俺は人知れずニヤリと笑い

 

「何も無い!?本当に俺との間に何も無かったって言うんですか!?」

 

「はぁ!?貴様何を言って――」

 

「あのめくるめく日々は!?あの日ベッドで囁いた言葉は嘘だったんですか!?」

 

 俺が叫んだ瞬間空気が凍り付いたのを感じた。

 

「おぉぉぉぉ織斑先生!?これはどう言う!?」

 

「落ち着け山田君!これは井口の悪ふざけで――」

 

「うぅ、じゃああの夜のことも!あの夜のことも!全部悪ふざけだったんですか!?あんなことまでしておいて!全部遊びだったんですか!?」

 

「あんなことっ!?」

 

 山田先生の顔が音がしそうな勢いでボッと真っ赤に染まる。

 

「違う!そんな事実はない!」

 

「そんな!忘れたなんて言わせませんよ!一番初めの時だって、嫌がる俺に無理矢理織斑先生が!」

 

「無理矢理っ!?」

 

「そかれらは毎晩のようにあんなことやこんなことを!」

 

「ま、毎晩!?」

 

「そんな事実はない!私がいつお前にそんなことをした!?あんなことやこんなことってどんなことだ!?」

 

「そんな……俺の口から言わせる気ですか……?」

 

「きぃさぁまぁぁぁぁぁ!!」

 

 俺が顔を背けて照れたように言うと織斑先生は鬼の形相でさらに引っ張る脚に力を入れる。

 山田先生にも引っ張られているので、ついに引き剥がされてしまう。

 

「あぁ……!」

 

 俺はそのまましなだられるように床に倒れ伏す。

 

「お、織斑先生これはどういうことですか!?」

 

「落ち着け山田君!これはやつの罠だ!こいつの言ってることは全部でまかせだ!」

 

「ヨヨヨ……そうですよね、織斑先生は先生で俺は生徒……いつかこうなるってわかっていた……なのに俺ばっかり本気になってバカみたい……」

 

「井口君……」

 

「貴様よくもぬけぬけと!」

 

 俺の言葉に山田先生は同情したような視線を向け、織斑先生は唇を噛んで俺を睨む。

 

「ええ、そうですね。織斑先生の言う通り、きっと俺と先生の間には何もなかったんですね。全部俺の独り相撲で、ずっと夢を見ていただけ。甘く切なく優しい夢を……」

 

 俺は言いながら立ち上がる。

 

「きっと~♪これから~もき~み~はぁ~♪誰かの胸の中ぁ~で~♪大切な~♪たか~らもの~に♪なるのでしょ~♪いい~かけた~♪好きの~言葉~♪」

 

「おい、なんか歌い出したぞこいつ」

 

「Ah~♪君の声を~♪いま聞きたっくぅてぇ~♪なぁ~みぃだ~が♪とぉ~まらぁ~なくなるのはぁ~♪なぜぇ~♪エ~♪LaLa~♪ら……」

 

 歌いながら俺は感極まったように鼻声で顔に手を当てる。

 

「ヤダ……案外俺って、脆いんでやんの!」

 

「井口く――」

 

「もう行きます」

 

 言いかけた山田先生の言葉を遮って俺は気丈に笑顔を浮かべている風に微笑む。

 

「じゃあね……俺の…素敵な思い出……!」

 

 そのまま踵を返して走り出そうとして

 

「うっ」

 

「井口君!」

 

 俺はバランスを崩したように倒れる。そんな俺に山田先生が駆け寄る。

 

「大丈夫ですか井口君!?」

 

「だ、大丈夫です。ただちょっとふらついて……」

 

「貧血ですか!?」

 

「なんだか最近体がだるくて、なんだかすっぱいものが欲しい」

 

「すっぱいもの――っ!まさかっ!?」

 

「あっ…動いた……!」

 

「そんな!?」

 

 お腹を押さえて言う俺の言葉に山田先生が衝撃を受ける。

 

「織斑先生!これでもまだ何も無かったって言うんですか!?」

 

「いや山田君冷静になれ。いろいろおかしいだろ」

 

 織斑先生を見て叫ぶ山田先生。そんな山田先生が見ていないのをいいことに俺はいままで作っていた悲劇のヒロイン風の顔を消し、織斑先生にだけ見える様にニヤリと笑う。

 

「っ!」

 

 それに気付いた織斑先生が顔を顰める。

 

「(さぁどうします?まだ続けます?)」

 

「~~~~~!!」

 

 口パクで言った俺に口を開かないまでも如実に怒り狂った形相で俺を睨む織斑先生は数秒の熟考の後

 

「あぁもうわかった!降参だ!私の負けだ!」

 

「っ!」

 

「『えっ!?』って顔するのやめろ!――貴様の知りたいことを教えてやる。その代わり……」

 

 頭が痛そうに手を当てながらため息をつき

 

「頼むから山田君の誤解を解いてからにしてくれ」

 

 と、疲れた顔で言うのだった。

 それから本題に入るまで、山田先生が今までの俺の言葉が全部嘘だったと理解するまでに一時間かかった。

 




ちなみに劇中で颯太君が歌っている歌に関してはこのお話のタイトルをYouTubeで検索してみるとわかるかも……



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