IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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ifⅠ-10話 更識鞘也

 ――そこは高級感あふれるホテルの一室。有数の高級ホテルのスイートルームである。

 そんな一室には現在複数の男女が集っている。その中でも部屋の内装に合った高級なソファーには対面して二人の人物が座っている。

 片方は女性。胸元の大きく開いた臙脂色のスーツとスカート。長い緩やかなウェーブのかかったブロンドをポニーテール状にし、顔の造りは大変な美人で大きく開いた胸元からは豊かなふくらみが覗く。しかし、痛々しいまでの火傷の跡が顔の右側、首筋や胸元に広がり、それらの傷跡や本人の恐ろしいまでの冷たい瞳も相まって恐ろしいまでの威圧を感じさせる。

 そんな女性に対面する形で大きな窓を背にして座るのはスーツ姿の男性だった。ブロンドの女性に対して、こちらはまだ年若い、まだ20代前半、見ようによっては学生と言っても納得できそうなほどのまだ幼さの残る顔つきの彼は、大の大人でも震え上がりそうな女性の冷たい視線を受けてなお、微塵の恐怖を感じさせない冷静な顔つきだった。

 ソファーに深く腰掛け背もたれに両手を回していた女性は右手を動かし口にくわえていた葉巻に添え、口から離し煙を吐き出す。

 

「つまり、二か月後に控えたロシアでの国連サミットで騒ぎが起きないよう我々に協力しろ、というわけか」

 

「ええ、端的に言ってしまえばそうなりますか」

 

 女性の鋭い視線に青年は口元に微笑みを浮かべて頷く。

 

「何故私たちにその話を持ち込んできた?私たちがどういう人間か知らない君ではないだろう?」

 

「ええ、もちろん知ってますとも。ロシア最大のマフィア、ホテル・モスクワのタイ支部の大幹部、バラライカさん。それとも、ソーフィヤ・イリーノスカヤ・パブロヴナさんと呼んだ方がいいですか?」

 

「……………」

 

「うちの情報網もなかなかでしょう?」

 

 青年の口から出た名前にスッと視線を細める女性に青年はニッコリと笑って言う。

 

「最近面倒なテロ組織が活発に活動していましてね。各国の政府組織が頑張っていますが、当日万全の態勢で臨みたいんですよ。なので、少しでも懸念事項が残ってほしくない」

 

「その為に我々を利用すると?」

 

「蛇の道は蛇。そっち方面のことは俺たちの情報網よりもあなた方の方が精度は上でしょうから。それに何より、あなたには貸しがあったと記憶していますので、ここらで清算するときかなぁと思いまして」

 

「……………」

 

 青年の言葉に女性は少し考える素振を見せ

 

「フッ!なるほど、確かにいつまでも日本の外務省に借りを残したままというのはあまり気持ちのいいものではない。そう考えれば今回の申し出は私としても歓迎すべきことだ」

 

 だが、と女性は再び口に葉巻を加え、大きく吸い込み煙を吐き出す。

 

「今回の君の申し出、前回の貸しを清算しても些かお釣りが出るのではないかな?」

 

「そうですね。確かに今回のこれはこちらが利を得過ぎているかもしれませんね」

 

 女性の言葉に青年はふむ、と頷き

 

「ではこうしましょう。あなたへの貸しを清算して余りの分は今度は逆に俺への貸しってことにしてください」

 

「ほう?」

 

 青年の言葉に女性は興味深そうに視線を向ける。

 

「その貸しは君――井口颯太個人としてだけでなく、日本の外務省所属の更識鞘也(さや)としての言葉と取っても構わんのだな?」

 

「ええ、もちろん」

 

「……………」

 

 青年――颯太の言葉にジッと見つめた女性は

 

「フッ、フフッ、フハハハハハッ!」

 

 心底楽しそうに笑い始めた。

 

「並の人間なら私に貸しなんぞ作りたがらないというのに、つくづくお前はヤポンスキにしておくには勿体無いな!」

 

「誉め言葉として受け取っておきます」

 

 女性の言葉に颯太は微笑みながら肩を竦める。

 

「俺は自分の力量を重々承知しています。だから、俺にできないことはそれができる人、モノ、全部利用してやり遂げますよ。それが俺のモットーです」

 

「フッ、君のそう言うところを私は評価している。君は良い悪党になれるよ」

 

「それはあんまり嬉しくないですね。なんでそんな評価されるのか不思議でしかたないです」

 

「そうか。私からしてみればお前が〝そちら側〟にいることの方が不思議で仕方がないがな」

 

 颯太の言葉に今度は女性が肩を竦める。

 

「まあ、そうでなくてはあの当時世界の覇権を握っていたあの女性権利団体を潰す、なんてことに参加しないだろうな」

 

「……………」

 

 女性の言葉に颯太は微妙な顔をして押し黙る。

 

「まあいい。話は分かった」

 

 言いながら女性は灰皿に葉巻を押し付け火を消す。

 

「今回の件君の話に乗ってやろう」

 

「ありがとうございます」

 

 女性の言葉に颯太はお辞儀する。

 

「では、話は纏まったところで俺たちはここで失礼させていただきますね」

 

「せわしないな。ゆっくりすればいいだろうに」

 

「生憎銃口向けられたまま気を抜けるほどの肝っ玉は持ち合わせていませんので」

 

 そう言って颯太は立ち上がる。

 

「では、バラライカさん。今日はありがとうございました。行こうか、常守ちゃん、狡噛さん」

 

 颯太の言葉に颯太の後ろに控えるように立っていた二人もお辞儀をし、三人はそのまま部屋を後にしたのだった。

 

 

 ○

 

 

 

「……………」

 

 夜の街を走る車の中から、後部座席に座って窓の外を頬杖をついて眺める颯太。

 運転席には先程のホテルにて颯太の後ろに控えていた長身の男性――狡噛慎也、助手席には颯太とそう年の変わらなそうな女性――常守朱がそれぞれ座っている。

 

「………はぁ~」

 

 そんな中颯太は大きくため息をつき

 

「怖かったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 背もたれにだらりと身体を預けて叫んだ。

 

「まったく、お前は相変わらずだな」

 

 そんな颯太に狡噛が呆れた様子で言う。

 

「あの『地上で最もおっかない上位三人の女の一人』なんて称される火傷顔(フライフェイス)相手に、よくもまぁそのビビってるところを一ミリも出さずにやり合えるもんだ」

 

「まあ俺の学園の当時の担任はその『地上で最もおっかない上位三人の女の一人』の織斑先生なんで。あと狡噛さん、わかってると思いますけどその呼び名、間違っても本人の前で言わないでくださいよ。冗談抜きに引き金引かれちゃうんで」

 

「俺だって弁えてるよ」

 

 颯太の言葉に狡噛さんが肩を竦める。

 

「で、でも流石に他国の政府の人間を手にかけたりはしないんじゃ……?」

 

 と、助手席に座る常守が苦笑いを浮かべる。

 

「……え?狡噛さんもしかして教えてなかったんですか?」

 

「わざわざビビらせる必要もないだろ?」

 

「え?え?どういうことですか?」

 

 二人のやりとりに常守が首を傾げる。

 

「あのね、常守ちゃん。今回あのホテルを指定してきたのはバラライカさんだが、なんであそこ指定してきたかわかる?」

 

「え?それは……あそこを拠点にしてらっしゃる、とか?」

 

「ブブ~!」

 

 振り返って応える常守に颯太は大きく手でバツ印を作って言う。

 

「いい?あのホテルのあの部屋の窓からは隣のビルが見えてたでしょ?」

 

「はい」

 

「あのビルにバラライカさんの部下のスナイパーが配置してあったの。だから、もしあの話し合いで俺たちがバラライカさんの機嫌を損ねていたら――」

 

「即ズドンだったな」

 

「…………」

 

 颯太と狡噛の言葉に常守は顔を真っ青にして言葉を失いパクパクと口を開閉するばかりだ。

 

「あ、あぁ~……そ、そう言えばさっきも少し話題になりましたけど――」

 

「聞かなかったことにしたね」

 

 気を取り直したように言う常守に笑いながら言いその先を促す颯太。

 

「さっき話題に出てましたけど、課長は六年前の女性権利団体への監査に参加してたんですよね?」

 

「うん、まあね」

 

「あの一件ってあまり記録に残ってなくて詳細がわからないじゃないですか。参加してた人たちもあまり多くを語らないですし。実際あの時ってどんな感じだったんですか?」

 

「あぁ~、それねぇ……」

 

 常守の言葉に颯太が微妙な顔をする。

 

「あ、もしかして箝口令敷かれてるとか?国家機密になってるとか?」

 

「いや、そう言うんじゃないんだけどね……」

 

 なんと言ったもんか、と顔を顰める颯太は

 

「俺を含めてあの一件に参加した人が多くを語らないのは、単純に語るようなことが何も起きてないからじゃないかな……?」

 

「……どういうことですか?」

 

 颯太の言葉の意味が分からず常守が首を傾げる。

 

「あの当時ね、俺と当時婚約したばっかりのうちの奥さんで激戦になることを予想してものすごく準備したの。そりゃもう死闘になるって思ってたから必死でね。でもね、箱を開けてみればどうだい?監査の当日、女性権利団体の施設に一斉に乗り込んだ俺たちが見たのは――」

 

「見たのは?」

 

 常守がゴクリとつばを飲み込み

 

「全部片付いて拘束されてる女性権利団体の幹部連中の姿だったんだよ」

 

「………は?」

 

 肩透かしを食らったように呆ける常守。

 

「いや、冗談とかじゃなくホントそのまま。当時の俺らも今の常守ちゃんと同じように呆けてたから」

 

 肩を竦める颯太。

 

「正直あれから六年経ってもよくわかってないことも多いし、俺らより先に乗り込んだのも結局誰か特定されてないんだよね。強いて言えば拘束されてた女性権利団体のやつらはまるでペニー・ワイズにでも襲われたみたいに『ウサギが……ウサギが……!』って譫言みたいに呟くばっかりだし」

 

「ウサギ…ですか……」

 

「まあそれほぼ答えな気もするし、実際あの時――」

 

「あの時?」

 

「………いんや、なんでもない」

 

 首を傾げる常守に笑みを向け

 

「まあそんなこんなで、俺もこんな結末を迎えるなんて夢にも思わなかったわけ。その後もアレコレ国連からの依頼でバルベルデの紛争へ難民救援に行ったり、日本政府からの依頼で日本国内に入り込んだテロリスト叩いたりしてIS学園を卒業。その後大学行って奥さんと婿養子で結婚して、大学卒業と同時に外務省に入って今に至るわけだ」

 

「はぁ~……」

 

「つくづく怒涛の人生だな、俺」

 

 改めて自分の人生を振り返った颯太はため息をつく。

 

「何だってこの部署で二番目に若い俺が課長やってんだよ。宜野座さんか狡噛さんの方がいいに決まってんのに……」

 

「それはまあお前の将来性が半分、お前の――というかお前の嫁さんのお家事情が半分ってところじゃないか?」

 

「前者はともかく後者は十分にあり得ますね。というかそれが全部でしょ」

 

「そうか?俺はあながちお前の能力に関しては心配はしていない。実際今日みたいにお前の活躍で解決に導かれた事件はたくさんあるしな」

 

「何だよ……狡噛さんがそんな風に言うなんてなんか裏があるんじゃないかって疑いたくなる……」

 

「おい……」

 

 颯太の言葉に狡噛が苦笑いを浮かべる。

 

「まっ、ギノは口うるさく言うがそれもお前を評価してるからこそだ。俺たちはお前のことを上司としてちゃんと見てるさ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 狡噛の言葉に颯太は照れたようにそっぽを向きながら言う。

 そのまま照れを隠すように電源を切っていた携帯を取り出し起動させ――

 

「あ、海斗からメール来てる」

 

「あぁ、弟さんでしたっけ?」

 

「そうそう。今は俺が卒業してからできたIS学園の技術科の二年生なんだ。僕より優秀だよ」

 

「課長より、優秀……!?それどんな天才ですか?」

 

「それは俺を評価してくれたうえでの言葉だってのはわかるけど、明らかに俺の事過大評価しすぎだからね、常守ちゃん」

 

 苦笑いを浮かべながら常守に言いながらメールを開き

 

「………へぇ?」

 

「何か一大事か?」

 

 ちょっと驚いた顔をした颯太をバックミラー越しに見ながら狡噛が訊く。

 

「いや、なんか俺に紹介したい人と相談したいことがあるから近々会いたいって……」

 

「なるほど」

 

「その内容は書いてないんですか?」

 

「書いてない。簡単な挨拶――久しぶり~、的なのと一緒に今言ったままの内容が書いてあるだけ」

 

「それじゃあどういう内容の相談かわかりませんね」

 

「あ、でも、お義姉さん――うちの奥さんも一緒に相談に乗ってほしいってのも書いてあるな」

 

「奥さんもってことは……ダメですね、余計にわからなくなりました」

 

「ま、実際に会って聞けばはっきりするさ――えっと、確か明後日なら俺も奥さんもどっちも休みだったはずだし、それで確認してみるか」

 

 首を傾げる常守に答えながらメールの返事を送る。

 

「さて、他に何か――ん?っ!?なん…だと……!?」

 

 と、さらに携帯を操作してニュースサイトなどを見ていた颯太が息を飲む。

 

「なんだ?今度はどうした?」

 

「好きな、好きなアイドルグループの推しに、熱愛報道が……」

 

「「…………」」

 

 この世の終わりのような顔で言う颯太に常守と狡噛は揃って苦笑いを浮かべるのだった。

 




激戦を待っていた方、すみません。
謎の誰かさんたちが颯太くんたちより解決してました。

そして、時は流れて6年後の世界、新たな環境で頑張ってる颯太くん。
なんかどっかで見たことある名前たちが出た気がする方!気のせいです!

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