あれからうちの両親に奏ちゃんを紹介した海斗は案の定二人から追及されまくった。俺と刀奈も援護射撃した、両親を。計四人から根掘り葉掘り聞かれた海斗はげんなりしていた反面奏ちゃんの方は笑顔だった。たぶん両親から歓迎されてるのが嬉しかったんだろう。
ちなみにその時に海斗が墓穴を掘る形で判明したが、実は二人は交際はしてるが、まだ男女の関係にまで進展していなかったらしい。海斗もここぞというところでヘタレたり、実は奏ちゃんも自身の恋愛事情には初心だったりが原因だったようだ。
そのまま相談の末に海斗は『S.O.N.G』就職を目指すことになり、就職出来たら奏ちゃんと婚約することになった。まあその辺の話は海斗の意思に反して外堀を埋めていく形になったので海斗は終始「どうしてこうなった?」という顔で首を傾げていた。
それから『S.O.N.G』での奏ちゃんの上司に相談し、普段から面識もあったおかげか、海斗はインターンという形で一年間研修を受け、その結果次第でIS学園卒業後に就職を認める、という流れになった。
話が決まった以上海斗も腹をくくったようで、奏ちゃんとの結婚を目指して死に物狂いで研修を受け、一年のインターンを経て見事海斗は『S.O.N.G』への内定を勝ち取った。
――そこで終わっていたらめでたしめでたしだったかもしれない。
海斗との婚約の話が纏まったとき、彼女の相方の風鳴翼ちゃん、『S.O.N.G』の彼女たちの上司の風鳴弦十郎さんと二人のマネージャーの緒川さんに俺と刀奈、うちの両親にクリス、さらには二人の共通の知り合い兼奏ちゃんの『S.O.N.G』での同僚の響ちゃんと未来ちゃんと切歌ちゃんと調ちゃん、マリアさんにセレナちゃん、エルフナインちゃんを交えて行った『海斗の内定&奏と海斗の婚約おめでとうパーティー』の席でのこと。
宴もたけなわになった頃、最後の締めに挨拶をすることになった海斗と奏ちゃん。海斗からみんなへ感謝の言葉を述べてマイクを奏ちゃんに渡し、海斗からマイクを受け取った奏ちゃんは海斗同様にみんなへ感謝を述べ、最後の最後に――
「私、天羽奏は、アイドルユニット『ツヴァイウィング』を卒業、芸能界を引退します!」
直後、一瞬の静寂の後、一人を除いて全員が驚愕の絶叫を響かせた。その唯一驚かなかった人物は彼女の相棒、翼ちゃんだった。なんでもあらかじめ相談されて二人で納得したうえでの決断だったそうだ。
いや、何故その相談に海斗を交えなかったの?という疑問はあったもののみんなその時はその疑問よりも、なんとか彼女たちを思いとどまらせられないか、という意思でこの場に集っている老若男女は人知れず団結した。
一致したのだが、彼女たちの意志は固かった。
奏ちゃん曰く「私はそれほど器用な性格じゃないから芸能人をやりながら海斗の妻をする、なんてことは出来ないし、したくない。海斗の奥さんに専念したい」ということだった。
翼ちゃんも翼ちゃんで「親友で相棒の奏の願いを尊重したいし応援したい」とのこと。
二人の話を聞いて最初に彼女たちの味方に着いたのは彼女たちの友人兼同僚の七人だった。二人の意志の強さに彼女たち七人も応援したくなったようだ。
次に彼女たちの味方になったのは彼女たちのマネージャーの緒川さんだった。二人の普段の様子を見ていて彼女たちがいかに真剣か、彼女たちの意思を変えることは不可能だと判断したようだ。
彼女たちの友人七人と緒川さんが味方したことで弦十郎さんも折れた。
俺と刀奈、うちの両親もそんな様子に納得することにした。
しかし、そんな中で一人だけ最後までごねまくった奴がいた。
――海斗である。
『ツヴァイウィング』の大ファンであり奏ちゃんの幸せを一番に願う海斗は彼女が歌うことが好きで、彼女たち二人の活躍を心から応援しているファンがいる以上『ツヴァイウィング』解散は絶対に許容できなかったらしい。
海斗と奏ちゃんの言い合いは平行線だった。
婚約パーティーの締めに婚約破棄する勢いで言い争った二人は婚約破棄までいかないものの、そのまま一か月間いっさい口をきかなかった。
これはいよいよ婚約破棄が冗談じゃなくなってきた――と、関係者各員が戦々恐々としていた時、海斗と奏ちゃんから連絡が入った。
二人で話し合った結果、海斗が譲歩し、引退ではなく活動休止という形で落ち着いたらしい。
その報告をした二人の雰囲気がなんだか前より親密になった気がして、そんな二人を見ながら刀奈は「ヤッたわね」とニヨニヨほくそ笑んでいた。我が嫁ながらゲスい。ちなみに俺はほくそ笑むだけで思っていたが口には出していない。
そんなわけで、元の鞘に納まったというかなんというか、二人はより一層愛を深めた結果になった。
なんかアレっぽい。ギャルゲーとかエロゲーでヒロインと付き合ってからも二人の間に何かしら問題が起きてそれを二人で乗り越えて愛を深める的なアレだ。
まあそんなこんなで、二人の決めた通り奏ちゃんの所属するレーベルは天羽奏の婚約と活動休止を発表。もちろん人気絶頂のアイドルグループの『ツヴァイウィング』の片翼が休むとなると事実上『ツヴァイウィング』の活動休止となる。
そのニュースにファンは大騒ぎとなった。
だが、予想外にファンの間では肯定的な意見が多かった。
たぶん以前のスキャンダルの時に心無い人(俺が特定した奴)に対して世論がかなり嫌悪的で彼女たちへ味方してくれていたことが大きいのだろう。そのお陰で奏ちゃんの恋愛を応援する流れになっていたようだ。
それからいろいろどうしても外せない仕事だけをこなし、同時に活動休止のための全国ツアーが発表された。
全国6か所を巡り、最後に武道館で千秋楽というスケジュール。
俺も自力で最終日のチケットを取ろうとしたら、奏ちゃんからチケットがそれも最前列のど真ん中、送られた。
身内贔屓で褒められたことじゃないのかもしれないが、それはそれ、推しの最後になるかもしれないライブのチケットなんて親を質に入れてでも欲しいものだ。それが手に入るのなら俺としては万々歳だ。
そして、迎えたライブ当日。
武道館は満員御礼。会場は熱狂の嵐だった。
ライブが進めば進むほど、曲の度に会場のボルテージは上がっていき、同時にあちこちで涙を流すファンが続出した。
皆名残惜しいのだ。あと少しでこのライブが終わる、ライブが終われば当分『ツヴァイウィング』を拝めないから。
あっちこっちで野太い声で泣き叫ぶ声が聞こえる。
身内になる俺でも推しとしての天羽奏ちゃんに会えるのは今日が最後かもしれないと思うと涙が止まらない。サイリウムが涙で滲んでよく見えない。
だが、特に俺の隣にいる女の子がかなり熱狂的なファンだったのだろう。
「う”ぅ…最高だよぉ…はちゃめちゃに尊い…!推しでいてよかった!夢をありがとう!はぁー好き!!えぐっ、うぐっ!でももうすぐ終わっちゃうよぉ!推しが活動休止だよぉ!夢だよね!?もっと夢見てたいよ!!推しの夢を推したいよ!?涙も鼻水も出まくりだけど、笑顔で見送るよ……。だって好きだからぁ!あ”あ”あ”~!」
ピンクに襟足だけ水色に染めた髪の頭に『だいすき侍』と書かれたハチマキをして『奏♡推し』と書かれたタオルを広げ、二本ずつのサイリウムを両手に持った子が肩を震わせて叫んでいた。その顔は整っているのだが、決して女の子がしていい顔じゃないレベルで涙と鼻水でドロドロベチョベチョになっていた。
隣にいたということ、同じ奏ちゃん推し、という縁もあり持っていたポケットティッシュを渡してやるとそれで盛大にズビビィッと鼻をかみ涙を拭いた彼女と何故かそこから話が弾み初対面のはずなのにそこからのライブを一緒に盛り上がっていた。
――後日その子がテレビに出ているのを見て、実は売り出し中のアイドルだったことを知るのだが、それはまた別の話。
まあそんなこんなでこの二年で海斗と奏ちゃんに合ったことの顛末と言えばこんなものだろうか。
さてさて、そんな中俺と刀奈の方はというと――
「颯太く~ん!ちょっと『小太刀』の事見てくれる~?」
「あいよ~」
刀奈がキッチンの方から言う声に返事をしながら俺はベビーベッドの上で泣いている愛娘の『小太刀』の元に駆け寄る。
「よ~しよし、どうした小太刀?パパだぞ~?」
言いながら泣いている愛娘を抱き上げてみれば、さっきまで機嫌よく遊んでいたおもちゃが無かった。周りを見渡すとベッドの外にさっきまで遊んでいたクマのぬいぐるみが転がっている。恐らく、遊んでいて放り投げてしまったのだろう。
「ほら、これか?」
ぬいぐるみを拾って渡してやると泣き止んだ小太刀はすぐに笑顔で機嫌よく遊び始める。
この子の名前は『更識小太刀』。俺と刀奈の間に生まれた愛娘で、先日一歳になったばかりだ。
海斗のインターンが始まったあたりで妊娠がわかり、海斗と奏ちゃんが活動休止の結論を出した後くらいに生まれた。
俺も出産には立ち会ったが、母子ともに健康、元気に生まれた。
初孫にうちの両親も大喜び。たびたび顔を見に来ては親バカならぬ祖父母バカを発揮している。
海斗とクリスも姪っ子の誕生を喜んでくれていた。
奏ちゃんもよく可愛がってくれて、海斗に「うちもそのうちだな」なんて言ってイチャイチャ惚気ていた。
「お待たせ~」
と、キッチンで料理していた刀奈が食卓に昼食を運んでくる。
俺は小太刀を子ども用の椅子に座らせ、刀奈を手伝って料理を運ぶ。
「あうぅ~」
「こ~ら、こっちはママとパパのよ。あなたのはこっち」
テーブルの上の料理に手を伸ばすが座る椅子に備え付けられている机につっかえて届かない小太刀に刀奈が微笑ましそうに言いながら小太刀用の離乳食の入ったお皿を見せる。
「…………」
「ん?どうしたの?」
そんな光景を眺めていた俺に刀奈が首を傾げて訊く。
「いや……なんかいいなぁって思って」
「えぇ?何それ?」
「うん、なんだろうね。なんかふと思っちゃったんだ、幸せだなぁ~って」
「何言ってるの。そんなの今更でしょ?」
「だね」
刀奈が笑って言う言葉に俺は頷く。
「さ、食べましょ」
そう言って刀奈が定位置に座ろうと椅子を引く。そんな彼女に俺は何となく今の気持ちを口にする。
「ねぇ、刀奈」
「ん?どうしたの?」
「愛してる」
「フフッ、知ってる」
俺の言葉に刀奈は満面の笑みで頷くのだった。
次回、楯無編完結です。