IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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ifⅡ-7話 空っぽ

 颯太と伊藤加奈の試合は颯太の敗北という形で幕を閉じた。

 試合終了時、伊藤のIS『ニーズヘッグ』の装備による攻撃によって全身を霜と氷に覆われた颯太はすぐさま医務室に運ばれた。

 幸いISの絶対防御が働いたおかげで命に別状はなかったものの、彼のIS『火焔』はダメージレベルC。ISの修復と、また、颯太自身の療養も兼ねてISともども『指南コーポレーション』に引き取られた。

 そして、試合から三日が経ったが、現在も颯太は体調不良を理由に学園を休んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ここに颯太君がいるわ」

 

 『指南コーポレーション』の本社内の一室、「仮眠室」と書かれた部屋の前に翔子に案内された簪は緊張した面持ちでその扉を見つめる。

 

「あれからずっと引き籠っててね。食欲も無いって御飯もほとんど食べないし……だから、簪ちゃんが来てくれてよかった。友達が来てくれたら、少しは元気出るかもしれないし」

 

「だと…いいんですけど……」

 

 翔子の言葉に簪は自嘲気味に苦笑いを浮かべる。

 

「じゃあ、カギは掛かってないはずだから」

 

「え、翔子さんは来ないんですか……?」

 

「私はまだ仕事があるし、それに、颯太君も簪ちゃんと二人の方が話しやすいこともあるかもだし。ほら、二人は同じ趣味の仲良しでしょ?」

 

「そうですか……わかりました、ありがとうございます」

 

「うん。じゃあね」

 

 お辞儀する簪に答えて、翔子は仕事に戻る。

 翔子を見送った簪は意を決した様子でドアをノックする。しかし、返答はない。もう一度ノックすると

 

『……誰っすか?』

 

 か細い声で返事が聞こえる。

 

「私、簪……具合はどう?」

 

『簪……?』

 

「うん、私一人……入ってもいい?」

 

『…………』

 

 簪の問いに颯太から返事はない。

 数秒待った簪は

 

「入るね……」

 

 ゆっくりとドアを開ける。

 部屋の中は真っ暗で開けたドアから入る明りだけで薄暗い。しかも、まだ11月の頭だというのに暖房をかけて暑いくらいだった。

 部屋の奥に置かれたベッドの上に座り込んだ体勢で分厚い布団で全身を覆うように丸々颯太がいた。

 

「颯太……」

 

「ドア、閉めてくれ。寒い」

 

「あ、う、うん……」

 

 颯太に言われ簪は慌ててドアを閉める。

 ドアを閉めたことで部屋は暗闇に包まれる。

 

「……明り、着けていい?」

 

「ああ……」

 

 颯太の返答を聞いてから、簪はドアの脇にあるスイッチを押す。天井に備え付けられた照明が灯り、部屋が明るくなる。

 ベッドに視線を向けた簪は、そこに先程薄暗い中で見たのと同じ体勢で座る颯太を確認する。

 先ほどまで薄暗かったせいでわからなかったが、俯き加減の颯太の顔は酷いありさまだった。虚ろな瞳に薄く開いた唇は青白く、顔には生気がない。眼の下には深いクマが刻まれていた。

 

「颯太……」

 

 想像していたよりも何倍もやつれた様子の颯太に簪は息を飲む。

 

「簪…悪いけど暖房の温度上げてくれないか?寒くて凍えそうなんだ……」

 

「で、でも、今でも結構温度高めに設定してあるけど……」

 

「寒いんだ…あの日から寒くて寒くて死にそうなんだ……」

 

 言いながら颯太はさらに布団に深く包まる。

 

「じゃ、じゃあ何か温かいもの淹れるよ……何がいい?」

 

 言いながら備え付けのミニキッチンに立ち、収納を覗く。中にはインスタントのコーヒーや紅茶、ココアなどが置かれていた。

 

「……ココア」

 

「うん、わかった……」

 

 颯太の返答に頷き、コンロに水を入れたやかんをかける。

 数分待つとお湯が沸いたので、ココアの粉末を入れたマグカップ二つにお湯を注ぐ。

 スプーンで混ぜて粉末を溶かしたマグカップを持って颯太のもとに歩み寄る。

 

「はい……」

 

「ありがとう……」

 

 簪からマグカップを受け取り両手で抱える様に持って数回息を吹きかけて口を付ける。

 

「……うまい」

 

「よかった……」

 

 颯太のつぶやきに簪が優しく微笑む。しかし、颯太はそれには答えず、視線も下に向けたまま虚ろな瞳でマグカップに口を付ける。

 

「……その、大丈夫?」

 

「……何が?」

 

 ココアを虚ろな瞳のままチビチビと飲む颯太に簪が問いかける。

 

「その…加奈さんとの試合の事とか、体調の事とか、いろいろ……」

 

「……別に」

 

「そ、そっか……」

 

 素っ気ない颯太の言葉に簪は頷くしかできなかった。

 

「ねぇ…颯太……あの日、加奈さんと何を話したの?何を言われたの?」

 

「ッ!」

 

 簪の言葉に颯太が肩を震わせる。

 

「教えてよ颯太!颯太は何を悩んでるの!?何を苦しんでるの!?」

 

 言いながら簪は颯太に視線を合わせて屈む。

 

「………何も無かった」

 

 簪の真っ直ぐな視線から逃れる様に颯太は顔を背けて呟くように言う。

 

「何も無かったわけない!何も無かったなら颯太がそんなになるわけ――」

 

「何も無かったんだよッ!!」

 

「ッ!?」

 

 声を荒げる颯太の言葉に簪は息を飲む。

 

「何も、何も無かったんだよ最初から!俺には何も無かったんだ……!!」

 

「颯太……」

 

 顔を両手で覆って叫ぶ颯太の鬼気迫る様子に簪は言葉を失う。

 

「ずっと、ずっと思ってた……五年前にあいつを――杏を救えなかったあの日から、ずっとずっとずっとずっと……あいつらが杏をいじめていなかったらって…あいつらのせいだって……でも、それは全部言い訳で、責任転嫁だったんだ……」

 

 颯太の指の間から嗚咽とともに涙が溢れてくる。

 

「俺はあいつを救えなかったんじゃない、俺はあいつを救わなかったんだ、見捨てたんだ……俺と伊藤は何も変わらない、杏を殺したのは…俺だ……俺だったんだ……俺は、俺がずっとあこがれ続けたヒーローとは真逆の、人殺しだ……」

 

「そんなこと無い!」

 

 颯太の言葉を打ち消すように簪は叫ぶ。

 

「颯太は、颯太はヒーローだよ!私を助けてくれたもん!いつも私を励ましてくれるもん!私はずっと颯太の言葉に救われたから!」

 

「――違うよ」

 

 しかし、簪の言葉に颯太は顔を手で覆ったまま呟くように言う。

 

「お前に言った言葉も他の誰かに言った言葉も、全部誰かの受け売りだ。誰かの言葉を自分の言葉のように、自分の考えのように言ってきただけだ。俺自身じゃなく俺が憧れた誰かの真似をしていただけだ。本物のヒーローたちの威を借りただけの紛い物なんだよ。俺の好きなヒーローならこうする、あの主人公たちならこう言う、そうしてロールプレイしてただけの、ただの偽物だ」

 

「そんなこと――」

 

「あるんだよ!」

 

 否定しようと口を開く簪だったが、颯太によって遮られる。

 

「俺は、あの日大事な友達を見捨てた事実を認めたくないだけの、真実から目を反らし続けた空っぽな人間なんだ……!空っぽな自分にいろんな何かを寄せ集めてツギハギで張り合わせて鍍金で覆っただけの出来損ないなんだよ……」

 

 顔を覆っていた颯太は体を震わせガタガタと震えながら自分の肩を抱く様に両手をまわす。

 

「でも、もうダメだ。鍍金が剥がれた。ツギハギも破れた。寄せ集めていたモノも全部零れ落ちた。今の俺には、もう何も残ってない……今まで取り繕っていたロールプレイももうできない……何も、何も無いんだ……」

 

「ッ……」

 

 颯太の言葉に簪は唇を噛み

 

「何も無いなんて……嘘だ……」

 

「嘘じゃない!俺にはもう何も――」

 

「なら颯太自身が気付いてないだけ!」

 

 颯太の言葉を遮り簪が叫びながら颯太を抱きしめる。その勢いに颯太が包まっていた布団がずり落ちる。

 

「ッ!」

 

 颯太は息を飲む。身体を震わせながら簪を振り解こうとするが、震える颯太の身体を強く抱きしめる簪。

 

「例え紛い物でも、誰かの言葉を借りて投げかけていた言葉だったとしても、私はそれに救われた……私を救ったのは井口颯太、その事実は変わらない!」

 

「でも、俺は……ッ!」

 

「それでも颯太に何も無いって言うんなら、颯太が空っぽだって言うなら、私が満たすから!颯太が私にいろんなものをくれたみたいに!」

 

 言いながら簪は子どもをあやす様に颯太の背中を優しく撫でる。寒さに震えていた颯太の身体が震えが納まる。強張っていた身体がリラックスしたように弛緩していく。

 

「ずっとずっと、側にいるから……颯太が、自分の事を許せないなら、私が颯太を許すから。例え、世界中の人たちが颯太を否定しても、私は颯太を肯定するから……だから、もう戦わなくても――」

 

 ドアの向こうの廊下から騒がしい声が聞こえてくる。

 

『こ、困ります!ここは関係者以外――』

 

『おいおいおい!ここはIS関連企業だろ?なら私以上の関係者いないだろう?ん~?』

 

 声とともにズカズカと足音が近づいて来て

 

 バンッ!

 

 大きな音ともにドアが開かれる。

 

「よぉ~凡人!女性権利団体の手下にコテンパンに、完膚なきまでに負かされたんだって?」

 

 そう朗らかに言いながら現れたのは

 

「し、篠ノ之博士!?」

 

 簪が驚きの声を上げる。

 

「あ、あの本当に困ります!颯太君は今は――」

 

「案内ご苦労!さあ仕事に戻りたまえ!」

 

 束に追いつき息を切らせる七海が顔を見せるがそんな彼女を笑顔のまま無理矢理部屋から押し出しドアを閉める。

 

「さて、改めて――久しぶりだな凡人。夏にプレゼントを届けて以来かな?」

 

 言いながらドアの脇に背中を預けて立つ。

 

「察するにその子に負けてズタボロになったところをイチャコラ乳繰り合って癒していたところかな?」

 

「あんた、なんで……?」

 

 自分を抱きしめてた簪からやんわりと手を解かせて颯太は束を睨みながら言う。

 

「ちょっと女性権利団体のやつらについて気になる動きをしてる情報が入ってねぇ。そんな時にお前がコテンパンに負けたって話を聞いてね」

 

 ニヤリと笑いながら束は颯太に視線を向ける。

 

「それがアンタと関係あんのか?」

 

「別に?お前が誰に負けようが、どうなろうが知ったこっちゃない。お前がここで燻っているのは勝手だ。だけど、そうなった場合、誰が次の標的になると思う?」

 

 束の言葉に颯太は考え、一人の人物が思い浮かぶ。

 

「いっくんだ」

 

 颯太が答えるよりも先に束がその人物の名を口にする。

 

「ISを使えるということで今の地位を築き上げた女性権利団体のやつらにとってお前もいっくんも邪魔な存在だ。お前を潰したなら、次に狙われるのはいっくんだ。けど、いまのいっくんでは女性権利団体のやつらには勝てない。いっくんは良くも悪くも純粋だからね。そうなれば、待っているのは奴らの独壇場だ」

 

 言いながら真剣な表情で颯太を見据える。

 

「お前が戦うしかないんだよ。お前にもわかってるはずだ、テメェの因縁はテメェで決着つけるんだよ」

 

「うるせぇ!」

 

 束の言葉に颯太は叫ぶ。

 

「どうすりゃいい……どうすりゃいいんだよ!」

 

「お前があの女に勝てばいい」

 

「無理だ……無理だ……」

 

「また自分を見失うのが怖いか……安心しろ、勝つ方法はある」

 

 束は自信満々に言う。

 

「やつのISが冷気を使うなら、お前のISは熱を使う。お前がお前のISの力を使いこなせるようになれ」

 

「だが俺のISのあの能力を使うためには時間がかかり過ぎる……」

 

「その為に新たな装備を用意してやった」

 

 言いながら束はベッドの前に歩み寄る。

 

「立て。私が協力すればお前がISの能力を使いこなせるかもしれない」

 

 それでもベッドの上から降りない颯太に束は顔を顰め声を荒げる。

 

「何を躊躇っている!お前は守るものがあるんじゃないのか!?お前の信じた正義のために戦うんじゃないのか!?それとも全部嘘だったのか!!?」

 

「ッ!」

 

 束の言葉に息を飲んだ颯太は大きく息を吐く。

 

「最悪だ……よりにもよってあんたが協力してくれるとか……」

 

「颯太……?」

 

 呟きながら颯太は立ち上がる。

 

「ああ、そうだ。守るものも、信じる正義もあった。でも、それらは全部取り繕った嘘っぱちだった。俺はずっと自分を騙して嘘をつき続けて、ずっとずっと真実の自分から目を反らし続けていた。――でも、もうそれもおしまいだ」

 

 そう言った颯太の顔は少し前までの覇気のない顔ではなかった。

 

「こんな空っぽの俺に救われたって言ってくれる人がいる。こんな俺を信じてくれる人がいる。ずっと側にいると言ってくれる人がいる。俺の代わりに俺を許してくれる人がいる。肯定してくれる人がいる。なら、俺はそいつが誇れる俺になりたい」

 

「ふ~ん、つまり?」

 

 力強い瞳で視線を向ける颯太に束は問う。

 

「やってやる。もう一度あいつと戦う」

 

「よく言った……!」

 

 颯太の言葉にニヤリと笑みを浮かべる束。

 

「さぁ、そうと決まればこんなところでグズグズしていられない。これ以上やつらが調子に乗る前にさっさとお前にはお前のISを使いこなしてもらわないとな」

 

 言いながらドアノブに手を伸ばす。

 

「待ってくれ」

 

 そんな彼女に颯太が呼び止める。

 

「ひとつ訊かせてくれ」

 

「なんだよ?」

 

「あんた、なんで俺に協力する?」

 

「…………」

 

 颯太の問いに束は少し考える様に黙るがすぐに颯太に視線を向け

 

「いい加減目障りになったのさ。私の作ったISを自分たちの功績のように権力を振りかざすやつらが。それに、私の身内に手を出そうとするのも気に食わない。私の身内に手を出すってことは、私に喧嘩を売るってことだからね。実行していなかろうがその案を検討した時点で、私への敵対行為とみなす。そう言うことだよ」

 

「なら自分でやればいいだろ?」

 

「それじゃあ面白くない」

 

 ケラケラと笑いながら言う束。

 

「私がやるんじゃあっさり終わってしまう。それに、どうせなら一度倒したと見下す相手にやり返され、計画を潰される奴らの無様な姿を笑ってやりたいのさ」

 

「俺が今度は勝てるなんて見込みもないだろ?」

 

「お前は馬鹿か?」

 

 颯太の問いに鼻で笑いながら束は自信満々な笑みを浮かべ

 

「私が手を貸すのに、負けるわけがないだろ」

 

「…………」

 

 その自信に満ちた顔に颯太も簪も呆然と見つめる事しかできなかった。

 

「訊きたいことはそれだけ?ならさっさと準備しろ?」

 

 そう言って今度こそ束は部屋を後にした。

 

「……はぁ…その自信、俺にも少し分けてほしいもんだよ……」

 

 大きくため息をつき歩み出す颯太。

 

「颯太!」

 

 そんな颯太を呼び止める。そんな簪を振り返った颯太は

 

「ありがとう、簪」

 

 ニッコリと微笑む。

 

「俺、もう一度頑張ってみる。簪が信じてくれるなら、何も無いと思ってた俺にもまだ残ってるものがあるって思えるから。それがあれば、俺はまだ頑張れる気がする。勇気をもって踏み出せる。もう一度過去に向き合える」

 

 そう言って笑顔のままサムズアップした颯太は

 

「だから、見ててくれ簪。俺の、闘いを」

 

 部屋を後にした。

 


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