「……はい、……はい。よろしくお願いします」
夕食後、シャルルは電話口へ向かって話していた。電話の相手は指南社長だ。ちなみに携帯は俺のだ。シャルルの連絡先はまだ指南コーポレーションには伝えていなかったので、俺のところにかかってきたのだ。先ほど本人が教えていたので次回からシャルルに直接かかってくるだろう。
「えっ?……はい、ぜひ」
どんな会話を繰り広げているのかはわからないがとても楽しそうだ。電話に出る前は指南社長だと伝えた途端に緊張した面持ちだったシャルルが今やニコニコ笑顔だ。指南社長はもしかしたら師匠以上の人たらしかもしれない。
「……はい、……はい。それでは、これからお世話になります。……はい。失礼します」
電話は終わったらしくシャルルが通話を切る。
「ありがとう、颯太」
「おう」
シャルルが俺に携帯を差し出すのを手に持っていたシャーペンを置いて受け取る。
シャルルが電話中手持無沙汰だったので昨日できなかった分も含めて勉強をしていた。範囲自体はそこまで広くなかったので十分今日だけで二日分復習しても大丈夫だった。まあ一人では何か所か理解が追い付いていないので
「シャルル、これってどういう意味なんだ?」
「ん?ああ、これはね――」
自力ではわからなかった部分をシャルルに教えてもらうことで今日のところはこれくらいでいいだろう。
「おーわりっと」
机に置いた筆記具を筆箱に仕舞い、教科書やノートを片付ける。
「ありがとう、シャルル。毎回助かってるよ」
「いいんだよ、これくらい。………それに助けられてるのは僕の方だよ」
「……俺シャルルに勉強教えたことないよ?」
「そうじゃないよ」
シャルルが首を傾げる俺にクスリと笑う。
「颯太のおかげでもうすぐ僕はあの家と縁を切ることが出来そうだよ。本当にありがとう」
「ああー、その事ね。別にいいさ。困ってる友達は見捨てられんさ。……謝罪って面もあったし」
「う、うん……」
俺の言葉にシャルルが顔を赤らめる。あの時のことを思い出させてしまったようだ。
「……………」
「……………」
ふたりの間に沈黙が流れる。
「んんっ!じゃあ俺はそろそろ寝ようかな。シャルルはどうする?」
「う、うん。僕は移籍に必要な書類が送られてきてるから、それを完成させておかないといけないんだ」
「そっか。じゃあお先におやすみ」
「うん、おやすみ」
シャルルが笑顔で頷いたのを見ながら俺は布団にもぐりこみ、瞼を閉じた。眠気はすぐにやって来て、俺は深いまどろみの中にもぐりこんでいった。
○
「ふう。これでよし」
書き終えた書類を確認し終え、シャルルは筆記具を置く。
この書類が指南コーポレーションにわたり、デュノア社、フランス政府との話し合いが済めば、彼女は晴れて颯太と同じ指南コーポレーション所属のIS操縦者となる。
書類を封筒に片付け、自分のベッドに向かう。その途中でふと自分のベッドの隣のもう一つのベッドで眠る人物に目を向ける。規則正しい寝息を立てて眠る少年、颯太に。
吸い寄せられるように颯太の枕元へ立ち、颯太の顔を見つめる。昨日のデュノア社への電話の時に見せたふてぶてしさも狡猾さも影を潜めている。
颯太の寝顔を見つめると彼女の胸中に様々な感情があふれてくる。
「颯太……」
寝顔を見つめながらその人物の名を呟く。
「颯太は何でもないことみたいに振る舞うけど、颯太のおかげで僕は………」
呟くが、深い眠りの中にいる颯太には聞こえない。
「謝罪だって颯太は言うけど、颯太にだったら僕は別に……」
言いかけたところでハッと我に返り顔を振る。シャワールームから出て来た時の出来事を思い出し、しかし、今自分が続けようとした言葉を自覚し、顔を赤く染める。
(も、もう寝よう!)
今まで頭にあった思考を振り払い、部屋の残りの照明を消す。真っ暗な灯りのない暗闇の中で、その暗闇に慣れてきた彼女は颯太の顔を覗き込む。わずか五センチ足らずの距離。颯太の呼吸も体温すらも感じる距離。
「ありがとう、颯太」
そう呟き、優しい表情を浮かべ、颯太の額へとキスをする。
「おやすみ、颯太……」
○
六月最終週になり、待ちに待った学年別トーナメント当日。シャルルは五日前に指南の人と一緒にフランスに向かった。少し予定より早まったが、解決は早い方がいいだろう。
「シャルルからなんか連絡有ったか?」
俺と一夏だけの貸し切り状態の更衣室でISスーツに着替えながら一夏が訊く。
「昨日連絡有った。飛行機が間に合えば一試合目から見れるってさ」
「そっか。結局シャルルの用事って何だったんだ?颯太は知ってるのか?」
「知ってるけど、そのうちわかることだから今は秘密」
「そっか……まあそのうちわかるならいいか」
一応はそれで一夏も納得してくれたらしい。
「さて、そろそろ組み合わせが発表されるんじゃないか?」
俺の言葉に一夏も備え付けられたモニターに顔を向ける。そこにはいまだ観覧席の模様が映っている。各国のお偉いさんやいろんな企業のスカウトが来ているらしく、外部の人間で観客席の一部は埋め尽くされている。ちなみに指南社長も来ているらしい。
「お。言ってたら決まったみたいだな」
モニターがトーナメント表に切り替わる。そこに移される名前の中から自分と一夏の名前を探す。
「――なっ!?」
「――えっ!?」
見つけた俺たちの名前の横に表示された名前に俺と一夏はぽかんと口を開く。
俺と一夏の一回戦の対戦相手はラウラ・ボーデヴィッヒと篠ノ之箒ペアだった。
次回、タッグトーナメント開幕!