IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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第31話 井口颯太は動かない。

「ああああああっ!!!!」

 

 アリーナに叫び声がこだまする。

 ラウラ・ボーデヴィッヒを包む漆黒のISがグネグネと、まるで粘土をこね直すように形を変え、主であるボーデヴィッヒを飲み込んでいく。

 俺も一夏もその光景を呆然と見ている。

 ISは本来変形することはない。これは俺たちにとっての常識とも言えることだった。そんな俺たちを嘲笑うかのようにシュヴァルツェア・レーゲンだったものは形を変え、うねうねと、そしてまるで心臓のように脈動しながら地面へと降り立つ。

 そこに立っていたのは先ほどまでと全く様相の変わった一機のIS、黒い全身装甲のISのような何かだった。

 ボディラインはボーデヴィッヒのまま表面化したようなもの。最小限のアーマーが腕と足についている。その頭部はフルフェイスのアーマーに覆われ、目の部分には装甲の下にラインアイ・センサーが赤く光っている。

 そして、その手には唯一の武器が握られていた。

 

「《雪片》……!」

 

 背後から一夏が呟きながら前に歩み出る。参考までに何度か見た織斑先生の試合映像の中で織斑千冬の駆るISに握られていたものと同じものが、その漆黒の何かの手に握られていた。

 

「なんなんだよ、あれは……」

 

 俺の前で一夏が呟くとともに《雪片弐型》を中段に構える。

 

「――!」

 

その瞬間、一夏の懐に黒いISが飛び込んでくる。そのまま必中の間合いからの一閃が一夏へ向けて飛ぶ。

 

「ぐうっ!」

 

 構えた《雪片弐型》が弾かれる。敵ISはそのまま上段に構える。

 

「危ない!」

 

 咄嗟に後ろから一夏を引っ張る。

 一夏の目の前を振り下ろされた一閃が走る。が、完璧に回避とはいかず、残り少なかった白式のシールドエネルギーがかすめただけの一撃で完全に0となる。

白式の展開が解除された一夏をそのまま後方に放り投げるように押しやり、《火人》を構える。

それによって敵ISの標的が俺に移ったらしく、敵の視線がこちらに向く。

 

「やあぁぁぁぁ!!」

 

 叫び声とともに《火人》で斬りかかる。

 

 ガキンッ!

 

 火花を散らしながら俺の斬撃を雪片もどきで受け止める敵IS。

 数秒の鍔迫り合いをしながら、俺は右の《火神鳴》で殴る。が、一瞬早く回避される。

 

「くそっ!今度は荷電粒子砲で――」

 

 《火神鳴》を構え、敵ISへと向いた俺の動きを阻害したのは、突如のアラームだった。

 咄嗟に見ると、視界の横に表示された謎の数値がちょうど100になったところだった。

アラームの音とともに視界に飛び込んできた赤い三角形のマーク。

 

「『CAUTION』、警告って……なんでっ!?」

 

 俺の疑問に答えることなく『火焔』が重みを増す。まるでそれまでされていたISの補助が切られ、補助なしでISを纏っているかのように思い通りに動かない。

 

「な、なんだよ急に!」

 

 俺は焦る。その隙を突くように敵ISが急接近してくる。

 

「――っ!」

 

 咄嗟に体を傾け、《火打羽》で受け止める。が、踏ん張ることもできずに吹き飛ばされる。

 

「くっ!なんなんだいったい!」

 

 重い体を無理矢理に、不器用に動かしながら敵ISから距離を置く。奇しくも吹き飛ばされた先には一夏と篠ノ之がいた。

 

「どうした井口!急に動きが悪くなったぞ!?」

 

「わからない!なんか急にアラームと一緒に『CAUTION』って文字が……」

 

 篠ノ之の言葉に返事を返しながら見える限りで『火焔』を見渡すが異常は発見できない。最後に先ほど見た謎の数値に目を向ける。

 

(あれ……?)

 

 先ほどまで○/100だった数値がなぜか、132/666となっていた。しかも数値は徐々に上昇している。上昇する速度も先ほどよりも早い気がする。

 

(なんなんだこれ――)

 

「………がどうした……」

 

「え?」

 

 俺の思考は横でつぶやかれた一夏の言葉に遮られる。

 

「それがどうしたああっ!」

 

 叫ぶと同時に握りしめたこぶしを振り上げ、生身で敵に向かって行こうとする。

 

「馬鹿者!何をしている!死ぬ気か!?」

 

「離せ!あいつ、ふざけやがって!ぶっ飛ばしてやる!」

 

 篠ノ之に止められながらも漆黒のISに向かって行こうとする一夏。俺もそこまでで思考を止め、動かない『火焔』の展開を解除し、ふたりに歩み寄る。

 

「何やってんだよ、一夏!」

 

「うるさい!箒も颯太も邪魔しないでくれ!邪魔するならお前らも――」

 

「っ!いい加減にしろ!」

 

 言葉とともに篠ノ之が一夏をひっぱたく。

 

「落ち着け一夏!」

 

「篠ノ之の言う通りだ。あのISに何があるかは知らないけど、今のお前に何ができるっていうんだ」

 

「……あれは、あれは千冬姉のデータだ。あれは千冬姉だけのものなんだよ。それに、あんなわけのわからない力に振り回されているラウラのやつも気に入らねえ。とりあえずアイツはぶん殴らないと気が済まない。そのためにはまず正気に戻してからだ」

 

 一夏は真剣な表情で言う。

 

『非常事態発令!トーナメントの全試合は中止!状況をレベルDと認定、鎮圧のため教師部隊を送り込む!来賓、生徒はすぐに避難すること!繰り返す!』

 

「今の聞いただろ?ほっといてもあいつは教員たちがなんとかする。それでもお前がどうにかするってのか?」

 

「ああ。俺が『やらなきゃいけない』んじゃないんだよ。これは『俺がやりたいからやる』んだ。他の誰かがどうとか、知るか。大体、ここで引いちまったらそれはもう俺じゃねえよ。織斑一夏じゃない」

 

「ええい、馬鹿者が!ならばど――」

 

 一夏に詰め寄る箒を手で制し、俺は一夏に一歩、歩み寄る。

 

「お前……本気なんだな?」

 

「……ああ」

 

 俺の問いに一夏は真剣な表情で頷く。

 

「一夏――歯ぁ喰いしばれ!」

 

 俺は一夏の胸倉を掴んで拳を振りかぶる。

 

「!?」

 

 状況が読み込めず、しかしちゃんと言葉通りに歯を喰いしばって顔を庇うように手を上げる。

 俺はそんな一夏のがら空きのボディに

 

「ふんっ!!」

 

 全力で拳を叩きこむ。

 

「げふっ!」

 

「い、井口っ!?お前何を……」

 

 一夏が苦しげな声を漏らしながら蹲る。それを見た篠ノ之が驚愕する。

 

「篠ノ之は少し黙っててくれ」

 

 篠ノ之を見つめて言った俺は視線を一夏に戻す。

 

「甘ったれた理想抱いてんじゃねえよ。ラノベの主人公にでもなったつもりか?」

 

 俺は一夏を見下ろしながら言う。

 

「何が『やりたいからやる』だ。そういうことは現状をしっかりと理解してから言え。今のお前じゃいくらやりたくてもその手段がないじゃないか。そんな状態で戦いを挑むなんて、お前死ぬぞ」

 

 一夏は俺の言葉にぐうの音も出ないようだ。

 

「理想を抱くのはいい。でも現実感の伴わない理想なんてただの妄想だ。それでもこのまま妄想し続けるのなら、そのまま理想を抱いて溺死しろ」

 

「…………」

 

「もう一度訊くぞ。お前の目の前にある選択肢は二つ。一、このまま生身であいつに挑んで何もできずに死ぬ。二、何もせず教員が解決するのを見守る。……この選択肢しかない今、それでもお前は『やりたいからやる』のか?」

 

「………ああ。それでも、やっぱり俺はあいつのこの現状は許せねえよ」

 

「何度も言うが、今のままでは何もできずに死ぬぞ」

 

「それでも、俺はやりたい。お前らは何もしなくていい。見ていてくれればいい」

 

「ナアナアナアナアナアナアナアナアナアナアナアナアナアナアナアナアナアナアナアナアナアナアナアナアナアナアナアナアナア。行けば確実に死ぬ。俺たちにお前が無残に死ぬところを見てろって言うのか?どれだけやりたくても、その手段がないのに、それでもお前はやりたいって言うのか?」

 

「ああ、やりたいんだ」

 

「だから気に入った」

 

 一夏の返事に俺はにやりと笑いながら答える。

 

「お、おい、井口!?一夏を止めるんじゃないのか!?」

 

 俺の返事に篠ノ之が驚いて声をあげる。

 

「『白式』のエネルギーだってないんだぞ。お前だってさっき言ってたじゃないか。あの二つの選択肢でどうするって言うんだ?」

 

「選択肢がないなら新しい選択肢を作ればいい」

 

 俺は二人に見せるように右腕を掲げる。

 

「俺のIS、『火焔』はどういう訳か不調をきたした。でも、これはエネルギーが切れたせいじゃない。つまり――」

 

 俺は二人に向けてニヤリと笑う。

 

「俺のISにはまだエネルギーが残ってる。これを一夏の『白式』に移せばいい」

 

「そんなことできるのか!?」

 

 一夏が訊く。篠ノ之も驚いたように目を見開いている。

 

「普通は無理だ。でも、シャルルのISはできるらしくてな。会社に確認取ったら俺の『火焔』でもできるらしい。必要な時が来るかと思ってシャルルからやり方は習っておいた」

 

「じゃ、じゃあ……」

 

「ああ。俺の『火焔』から一夏の『白式』へエネルギーを移せば、一夏はまだ戦える」

 

「だったらすぐに頼む!」

 

「だけど!」

 

 びしっと一夏を指さして俺は口を開く。

 

「絶対に勝てよ」

 

「ああ、もちろんだ。ここまでお前にやってもらって戦うんだ。負けたら男じゃねぇ!」

 

「へ~……じゃあ負けたら一夏はこれからずっと女装な。制服も私服も水着もその他全部の服を女物にしてもらうからな?」

 

「うっ……!もちろんいいぜ!なにせ負けないからな!」

 

 一夏の言葉に頷きつつ、再度俺は『火焔』を展開する。

 相変わらず体にはずっしりと装甲の重みを感じる。動かそうとする命令にも反応が薄い。いつもならなんともない動きができない

 俺は原因と思われる謎の数値に目を向ける。今の数値は154/666。

 

「颯太?」

 

「あ、ああ。悪い」

 

 数値を見つめてぼんやりしてしまった俺はすぐに視線を一夏に向け、火焔からコードを伸ばし、一夏のガントレットに繋ぐ。

 

「それじゃあ開始するぞ。あ、それと一夏。俺の火焔もそれほどエネルギーがあるわけじゃない。白式は一極限定にするんだ。そうすれば移すエネルギーの量でも零落白夜が使えるはずだ」

 

「おう、わかった」

 

 そう言っている間もコードを伝って火焔のエネルギーが白式に流れていく。

 

「……よしっ!完了だ。これでいけるぞ」

 

 俺が言うと同時に俺の体から火焔が光の粒子となって消える。

 それと同時に一夏の右腕にのみ白式と雪片弐型が展開される。

 

「やっぱり俺の残ったエネルギーじゃそれだけで限界か。……そんな装備で大丈夫か?」

 

「充分さ」

 

「………あ、うん」

 

「???」

 

 俺の言葉に一夏が首を傾げるが、お茶を濁す。

 欲しいセリフはそれじゃなかったんだけどな。

 

「い、一夏っ!」

 

 敵ISに向かって行こうと体を向けた一夏に篠ノ之が声をかける。

 

「死ぬな……。絶対に死ぬな!」

 

「何を心配してるんだよ、バカ」

 

「ばっ、バカとは何だ!私はお前が――」

 

「信じろ」

 

「え?」

 

「俺を信じろよ、箒。心配も祈りも不必要だ。ただ、信じていてくれ。必ず勝って帰ってくる」

 

 そう爽やかなイケメンスマイルとともに篠ノ之に言う一夏。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

「あ、ああ!勝ってこい、一夏!」

 

「負けた時は約束守れよ。それが嫌なら絶対に勝て」

 

 篠ノ之は真剣に、俺も一夏にニッと笑いながら言う。

 俺たちの言葉に頷いた一夏はゆっくりと歩を進め、敵ISへと歩み寄って行く。

 それと同時に一夏の腕の中で雪片弐型がその大きさを変える。

 その雪片弐型を腰に添え、居合の構えで黒いISに向かう。

 一夏を認識した黒いISが刀を振り下ろす。が、腰から引き抜いた一夏の一閃で弾く。

 そしてすぐさま上段に構え、一夏は相手を断ち切るように縦に振り下ろす。

 

「ぎ、ぎ……ガ……」

 

 紫電が走り、黒いISが縦に真っ二つに割れる。そこから気絶寸前のラウラ・ボーデヴィッヒが姿を現す。その左目からはいつもの眼帯が外れており、金色の瞳が見える。

 その瞳にはいつもの鋭さはなく、まるで捨てられた子犬のように儚げだった。

 

 倒れ込んでくるラウラを一夏が何かを呟きながら受け止めた。

 俺はその光景を見ながら満足感を感じながら呟く。

 

「これにて一件落着……だな」




………これは夢ですか?
昨日何の気なしにこの小説の情報見たらいつの間にやらお気に入り件数が530こえてましたよ。
試しにランキング見たら25位。
それからもお気に入り件数はどんどん増え、ランキングも最終的に11位。
今やお気に入り件数600ごえ。
もう一度言いましょう。これは夢ですか?

実はここだけの話、お気に入り件数500こえたら番外編を書こうと思ってたんですよ。お気に入り件数500件記念に。
それがどうですか。今や600。
今更投稿しても何記念かわからなくなりますよ。
とりあえず原作二巻の内容終わったら番外編書きます。
一話だけの予定ですし、内容にも全く関係ないこと書くつもりです。


さて、今回の話ですが、僕はこの時の原作での一夏の行動がどうしても腑に落ちなかったんですよね。
なんで死ぬってわかるような状況で、生身で得体のしれないISに立ち向かって行けるの?
そんなわけで今回の颯太君にはそれを全力で止めてもらいました。
まあ敵ISと戦うのは颯太君にはできなかったので、結局一夏に協力する形にはなってしまいましたが。

最近思ったのですが、もしかしてこの作品ってタグに一夏アンチとかって入れた方がいいんですかね?
よく一夏の行動を批判しちゃってますし。
まあそのことは追々考えていきます。

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