IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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第47話 鱚とキス

「あ~……」

 

「ふぁ………」

 

 俺の横で一夏が疲れた溜息を吐き、俺は欠伸を噛み殺す。

 福音撃破の翌朝。朝食後に授業で使われたISや各種装備の撤収作業を行い、その後十時を過ぎたころに作業は終了。全員が各クラスのバスに乗り込んだ。現在絶賛学園への帰路を走行中。昼食は途中のサービスエリアで取るらしい。

 

「………なんかお前疲れすぎじゃね?」

 

「まあ……いろいろあって……」

 

 俺の問いに一夏が疲れた笑みを浮かべる。今の一夏は満身創痍、ボロボロな状態だった。確かに朝早くから結構な重労働だったが、ここまで疲れるほどだったか?

 

「お前も……なんか少し顔色悪くないか?」

 

「ちょっとな。軽く貧血気味なだけ」

 

 昨日軽く血を抜いたせいかな。そんな気がするだけかもしれないけど。

 俺は一夏に頷きながらあらかじめ山田先生からもらっておいた鉄分のサプリメントを口に放り込みペットボトルの水で飲みこむ。

 

「颯太……悪いんだがその水を……」

 

「ん?」

 

 一夏の方に視線を向けながら俺は飲みほしたペットボトルから口を放す。

 

「あ、悪い。残り少なかったから飲み切っちゃった」

 

「あー、うん。いいんだ。……誰か、飲み物持ってないか……?」

 

 一夏が周りに視線を向けるが

 

「……ツバでも飲んでいろ」とラウラ。

 

「知りませんわ」とセシリア。

 

 ……あっ、いつものか。しかし、これは相当だな。

 最後の望みを込めたような視線で一夏は篠ノ之を見るが

 

「なっ……何を見ているか!」

 

 ボッと顔を赤く染め、一夏の頭にチョップを叩きこむ篠ノ之。

 

「ふ、ふんっ……!」

 

 そのまま顔をそむける篠ノ之。結局誰も一夏に飲み物をくれることはなかった。これは相当だな。この様子なら二組のバスにいる鈴もこうなのだろう。

 そうこう言っている間に休憩のためかサービスエリアに停車するバス。俺はその隙に席から立ち上がりシャルロットのもとに行く。

 

「なあ、シャルロット。ちょっと訊きたいんだが……」

 

「ん?どうしたの、颯太?」

 

 俺に視線を向けてシャルロットが微笑みながら首を傾げる。

 俺はそんなシャルロットに視線を合わせるようにしゃがみながら一度一夏の方を確認する。一夏はこちらに視線を向けることなくぼんやりと席に座り込んでいる。

 

「………一夏って何したの?」

 

「……あ~……それは………」

 

 俺の小声の問いにシャルロットが苦笑いを浮かべる。そのまま一瞬、隣に座るラウラに視線を向ける。ラウラはなぜか自分のカバンの中を除き、何事か思案しているようでこちらには意識が向いていないようだ。そもそも俺がこちらに来たことにすら気付いていないのかもしれない。

 

「えっとね……」

 

 ラウラを気にしたように俺に合わせて小声になるシャルロット。

 

「実は昨日の夜、一夏がいないってことでセシリア、鈴、ラウラが外に捜しに行ったんだ。僕もラウラに頼まれて一緒に行ってたんだけど。……そう言えば颯太も昨日見当たらなかったけど、どこに行ってたの?」

 

「あとでそのことはちゃんと教えるから今は一夏の話をプリーズ」

 

「あ、うん。それでね、浜辺に探しに行ったら……その……一夏は見つかったんだけど……その……一夏だけじゃなくて、箒と一緒だったんだ。……それで……その………」

 

 そこまで説明したところでシャルロットが言いずらそうにどもりながら再度ラウラを気にしたように確認する。ラウラは先ほどと同じように何かを考え込んでいるようだった。

 

「………いい雰囲気になっててそれを見たメンバーが不機嫌になってる……と?」

 

「う~ん……間違ってはいないだけど……いい雰囲気というか……なんというか……」

 

 俺の言葉に言いよどむシャルロット。

 

「なんだ、歯切れが悪いな。いったい二人に何があったんだ?」

 

「その……」

 

 シャルロットは言いずらそうにしていたが意を決したように口を開く。

 

「あのね……一夏と箒……その……キス…しようとしてたんだよね……」

 

「へぇ~、キスね……キスって言うとあれか。スズキ目スズキ亜目キス科に所属する魚類の総称でシロギスの異称のあのキスか。つまり釣りをしながらいい雰囲気になっていたのか」

 

「いや、そっちのキスじゃなくて、その……チューとか接吻の方のキス……なんだけど」

 

……………ちゅ、チュー?せせせ、接吻?

 

「うわっ!そ、颯太!?ものすごい顔になってるよ!?」

 

「………俺、今どんな顔になってる?」

 

「その……うまく言い表せないけど……驚愕と困惑と哀愁と絶望の入り混じったような顔……かな?」

 

「とんでもない阿鼻叫喚な顔だな」

 

 俺はため息をついてから顔の筋肉をほぐすように手でこする。

 

「そっかそっか。そんなことがね~……」

 

 俺はうんうん頷く。

 

「だからこんなよくわからないカオスな状況が――」

 

「よし!」

 

 俺の言葉を遮ったのは何かの覚悟を決めたように立ち上がったラウラだった。

 

「ちょっと行ってくる」

 

 そう力強く言ったラウラの手にはペットボトルのお茶が握られていた。それで何となく察した俺とシャルロットは戸惑いながらもラウラが通れるように退く。

 

「「ど、どうぞ」」

 

「うむ。ありがとう」

 

 そのまま力強い足取りで歩いて行くラウラの後姿を見送る俺たち二人。

 が、立ち上がったのはラウラだけではなかったようで、一夏のもとに向かう人間が三人いた。

 

「なんか……みんな考えることは一緒だな」

 

「だね」

 

 その光景を苦笑い気味に俺たちは見守る。

 

「「「い、いち――」」」

 

「ねえ、ちょっといいかしら」

 

 これから面白いことになりそうな、そんな俺の予感を遮ったのはとある女性の登場だった。

 

「きみが井口颯太くん?」

 

「あ、いえ……俺は織斑一夏です」

 

「あら、そうなの。じゃあ井口くんって言うのは?」

 

 ちょうど篠ノ之たちが立っているせいで見えないらしく、俺はそちらに歩を進める。

 

「えっと、俺ですけど……」

 

 篠ノ之たちをかき分けて女性の前に姿を現す。気になっているのかシャルロットも後ろからついて来ていた。

 その女性は多分年のころは二十歳くらい。少なくとも俺たちよりは年上だろう。鮮やかな金髪が夏の日差しで輝いている。

 服装はブルーのサマースーツ。しかし、織斑先生のようなビジネススーツとは違う、おしゃれなカジュアルスーツだった。

開いた胸元からは大人なふくらみが覗いており、その谷間に持っていたサングラスを預ける。ドラマや漫画でしか見たことのない姿ですが、いいんじゃないでしょうか!素晴らしいと思います!

 

「へぇ、君が井口くんか」

 

 そう言いながら、俺を興味深そうに、まるで俺を観察するように眺める女性。

 わずかに香ってくる柑橘系のコロンの香りがなんとも女性的でむず痒い。

 

「で……あなたは?」

 

 俺はできるだけドキドキしているのを表情に出さないように、さも〝俺はいたって冷静ですよ〟と言った表情で訊く。

 

「私はナターシャ・ファイルス。『銀の福音』の操縦者よ」

 

「え!?……じゃ、じゃああれですか?お礼参り的な……」

 

「いいえ、違うわ」

 

 俺の言葉ににっこりと微笑むナターシャさん。

 

「今日はその逆、お礼を言いに来たの。あの子……福音を止めてくれたこと、本当に感謝しているわ。ありがとう」

 

 そう言いながら目の前で礼をするナターシャさんに俺は慌てる。

 

「そ、そんな。むしろあそこまで大破させてしまって申し訳なかったです。あの……俺の攻撃でナターシャさん自身に怪我とかは……」

 

「おかげさまで私は無傷だったわ」

 

「よかった~」

 

 俺は安堵の溜息を吐く。

 

「本当に感謝してもしきれないわ。だから――」

 

 ナターシャさんはそこで言葉を区切り、俺の顔に自身の顔を寄せ、俺の頬に唇が触れる。

 

「ちゅっ……。これはお礼。ありがとう、虹色のナイトさん」

 

「へ?は?あれ?え?」

 

「じゃあ、またね。バーイ」

「え、ちょ、待っ――」

 

 俺が困惑しながらも引き留めようとするが、ひらひらと手を振りながらナターシャさんはバスから降りて行った。

 

「…………」

 

 俺は伸ばしていた手をノロノロと下ろす。

 その時点で俺は背筋に悪寒が走る。恐る恐る振り返るとそこには

 

「へ~、ふ~ん、そっか~」

 

 怖いくらいの笑みを浮かべてシャルロットが俺を見ていた。

 

「あの……シャルロットさん?」

 

「何かな、井口くん」

 

「なんで名字?」

 

 その笑顔の恐ろしさに見当違いな方にツッコミを入れてしまう俺。

 

「別に」

 

「え?ちょっとシャルロット?」

 

 そう言って自身の席に戻ろうとするシャルロットに俺は呼びかけるが

 

「ふん!」

 

 不機嫌そうにそっぽを向き、ずんずん進んでいくシャルロットの背中を尻目に俺は周りのみんなに顔を見回しながら訊く。

 

「え?何?シャルロットはなんで怒ってるの?てか今のは俺が悪いの?」

 

 そんな俺の問いに対する返答はなく、むしろみな答えることを避けるように自分たちの席に戻って行った。

 残されたのは俺と、同じく首を傾げる一夏が佇んでいた。

 結局シャルロットの機嫌はその日一日よくなることはなかった。

 

 

 ○

 

 

 コンコン

 

「はい、どうぞ」

 

 学校に帰って来て、時間的には放課後の時間帯だったので、俺は生徒会室にやって来ていた。

 生徒会室の扉をノックすると、部屋の中から返事が聞こえて来たので俺は扉を開けて入室する。

 

「どうも、ただいまです」

 

「……颯太……くん………」

 

 部屋に入ってすぐ、目の前のいつもの定位置に座る師匠にニッコリと笑顔で言うと、師匠は呆然とした顔で立ち上がる。

 

「いや~、すいませんね。ご心配をおかけしました。まったくまいりまし――」

 

 笑いながら言う俺の言葉を俺は続けることができなかった。ゆっくりと俺の方に歩み寄り、師匠に抱きしめられたからだ。

 

「あ、あの、師匠――」

 

「黙って」

 

 有無を言わせない師匠の言葉に俺は口をつぐむしかなかった。

 

「………くれぐれも気を付けてって言ったじゃない。心配したんだから」

 

「えっと……すいません」

 

 なんだかいつもと違う雰囲気の師匠に戸惑いながら俺は素直に謝る。

 

「前から思ってたけど、颯太君ってたまに無茶するわよね」

 

「そ、そうですか?」

 

「そうなの」

 

 自分では自覚なかったが確信の籠った師匠の言葉に口籠る。

 

「あんまり師匠に心配かけないでよ、バカ弟子」

 

「………」

 

 俺の胸に顔を押し付ける師匠に俺はどうしていいかわからず固まったままでいる俺。時間が止まったように、なのになぜか周りの喧騒がはっきりと聞こえてくる。

 おそらくグラウンドや体育館の運動部の人たちの練習中の声。そして――

 

「本音、やっぱりのぞき見は……」

 

「そう言いながらお姉ちゃんも興味津々じゃーん」

 

「だ、だって今入って行ったら明らかに邪魔じゃないですか」

 

 背後から聞こえてくる二人分の声。心なしか痛いほどの視線も感じる気がする。

 

「あの……師匠……」

 

「……何よ」

 

口調からどうやら師匠は気付いていないらしい。

 俺は背後を指さしながら言う。

 

「そろそろ離れてもらわないと布仏先輩やのほほんさんが生徒会室に入ってこれないです」

 

「えっ!?」

 

 驚いたようにバッと離れながら俺の背後に視線を向ける師匠。その先には

 

「ば、ばれてたか~……」

 

「い、いや、これはその……ですね……」

 

 苦笑いを浮かべた布仏姉妹の登場に師匠は顔を赤くしながら金魚のようにパクパクと口を開いたり閉じたり意を繰り返している。

 

「ただいまです、布仏先輩」

 

「あ、えっと……おかえりなさい、井口君」

 

「お嬢様、ただいま~」

 

 布仏先輩が頷き、のほほんさんもいつものダボダボの袖を振りながら言う。

 

「そうそう、ここに来たのは師匠と先輩にお土産買ってきたから持って来たんですよ」

 

 そう言いながら俺はおろしていたカバンを持ち上げて机に置く。

 

「えーっと……あ、あった。はい、こっちは布仏先輩に」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 俺はカバンから取り出した旅館のお土産物コーナーで購入した饅頭を渡す。

 

「お茶菓子にでもしてください。紅茶にはあわないかもしれませんが」

 

「いえ、ありがとうございます」

 

 ニッコリと微笑む布仏先輩の顔を見ながら、俺は視線を師匠に戻す。

 

「お土産買ってくるって約束だったものね。私には何を買って来てくれたのかしら?」

 

 どうやらいつもの調子に戻ったらしい師匠が口元にいつものように扇子をあてている。

 

「ふっふっふ。師匠にはなんと……」

 

 俺はカバンを探りながらお目当てのものを掴み、カバンから取り出そうと――

 

「まさか電話で言ってみたいに生乾きの乾燥ヒトデ、なんてことはないわよね?」

 

 笑いながら冗談めかして言った師匠の言葉に俺は動きを止め、すぐに鞄に戻す。

 

「今何か見えた!ちょっと今何をカバンに戻したの!?」

 

「い、いや、違いますから!乾燥ヒトデなんてものじゃないですから!」

 

「でもなんか星みたいなのが見えた気がするけどー?」

 

「ハ、ハハハハハ。な、何言ってんだいのほほんさん。そ、そんなわけないだろ?」

 

 笑いながら俺はカバンをごそごそと探り、先ほど掴んだものとは別のものを取り出す。

 

「は、はい、師匠。お土産っす。饅頭ですけど布仏先輩のとは違う種類なんで」

 

 言いながら俺の差し出す箱と俺の顔とをジト目で見る師匠。

 

「………な、なんですか?」

 

「………べっつに~。お土産ありがとう」

 

 ふっと笑みを浮かべ、師匠が俺の差し出す箱を受け取る。

 

「で?どうだったの、臨海学校は?」

 

「楽しかったですよ」

 

 定位置の席に腰を下ろした師匠に合わせ、俺もいつも使っている席に腰を下ろしながら言う。

 

「まあ天災との遭遇とか福音の暴走って言う一大事件もありましたけどね」

 

「本当にお疲れ様でした」

 

 布仏先輩がお茶の用意をしながらねぎらいの言葉をくれる。

 

「そう言えばさ~」

 

 のほほんさんが椅子に座り、机にだらしなく突っ伏しながら口を開く。

 

「その暴走したISの操縦者だったんだっけー?あの帰りのバスに途中で来た人」

 

「あー、ナターシャさんね」

 

「へ~、福音の操縦者がね……」

 

「ええ、一言お礼に来たって」

 

 そうこう言っている間に布仏先輩が淹れてくれた紅茶が運ばれてくる。カップに口を付けてすする。この三日間の疲れがいっきに抜け出ていくようだった。あ~、落ち着く~。

 

「綺麗な人だったね~。ぐっちーにいきなりチューしたときはビックリしたね~」

 

「ブフッ!」

 

 俺は急なことに紅茶を吹きだす。

 

「ちょ、ちょっとのほほんさん!?何言ってくれちゃってんですか!?」

 

「え?だって事実じゃない?」

 

「へ~、事実なんだ……」

 

 のほほんさんの言葉に師匠が俺をジト目で睨む。

 

「へ~、ほ~、よかったわね。綺麗な人だったんでしょ?」

 

「い、いや、違いますから!チューって言ってもほっぺにですよ!」

 

「でもほっぺにはされたのね」

 

「…………まあ?そうですけど?」

 

 くそう!事実だから否定ができない!

 

「とりあえずそのへんのことも含めて臨海学校のこと、詳しく話してもらいましょうね」

 

 そこから俺はある程度話していい事、福音事件のこと以外のことなどいろいろ洗いざらい根掘り葉掘り聞かれたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その晩の颯太と一夏の部屋にて

 

「なあ颯太」

 

「ん、なんだ?」

 

「なんでお前の机の上にヒトデ置いてあるんだ?」

 

「………まあ、うん。訊かないで。いろいろあるんだ」

 




これにて福音編終了です。
意外と長かったです。
ちょっと間戦闘描写書きたくない気分ですね。
まあ最近は戦闘描写なかったですけどね( ^ω^)

次は夏休み編ですかね。
多分夏休みの話に入る前に何話か別の話書くとは思いますけど。

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