「さあ撮影頑張りましょう!」
スタジオ内に颯太の気合いの籠った声が響き、スタッフさんの顔に笑みが浮かぶ。
「………」
そんな中一人だけ不機嫌そうな表情の人物が一人。シャルロットである。
撮影スペースに立つジャージ姿の颯太と流木野サキの姿。少し緊張気味の颯太にクールな笑みで話しかけるサキ。
「フンだ。僕が言ってもやりたがらなかったのに、流木野さんが言ったら張り切っちゃって……」
「嫉妬?」
「っ!」
隣に立っていた犬塚の言葉にシャルロットの顔がいっきに赤く染まる。
「べ、別にそういうんじゃないです!ただ…その…なんというか……」
「ああ、うん。みなまで言うな。違うなら違うってことでいいよ」
「ううぅ~」
まるですべてを見透かされているような犬塚の言葉にシャルロットは少し悔し気に唇を突き出す。
「あ、ほらほら、撮影始まるよ」
犬塚の言葉にシャルロットが視線を戻すと
「それじゃあ撮影はじめまーす」
監督の声が響き渡った。
○
「それじゃあ撮影はじめまーす」
監督の声に俺は身を引き締める。
「……そんなに緊張しなくても大丈夫よ」
「でも……」
目の前の女性、流木野さんが頼もしい笑みを浮かべながら励ましてくれるが俺はなんとも自信ない。
「だって……俺、台本読んでないんですよ?」
「ああ……」
そう、実は俺、今回のCMの台本を見せられていないのだ。
もちろん最低限の設定は聞いている。が、細かいセリフなどは知らない。その役柄になったつもりでその場でそれっぽいこと言ってればいいと言われた。
なんでも下手にセリフが決まっていてそれを言うよりは自然な演技ができるだろうということらしい。そういう設定だけが決まっていてセリフなどがない演技のことを「エチュード」というらしい。
でも演技初心者の俺にはそっちの方が難しいんじゃないだろうか。
そう言った俺に監督は「大丈夫大丈夫。何とかなる何とかなる」と、よくわからない自信で頷いていた。テキトーだなぁ、おい。
「まあ安心して。私もフォローするから」
「よ、よろしくお願いします」
「それじゃあ始めましょう」
俺の言葉に頷いた流木野さんは監督たちの方へと言う。
「はーい。それじゃあ10秒後にいくよ。はい10秒前……5秒前、4・3・2・1、はいスタート!」
カンッ!
○
「――はい、オッケー!それじゃあいったん休憩の後デュノアさんの撮影に入ります!」
「ありがとうございました~!」
「お疲れさま」
ぺこりと俺が頭を下げると流木野さんも笑顔で頷く。
「いや~、お疲れ様ふたりとも」
「お疲れ、颯太!流木野さん!」
社長と一夏が笑顔でタオルと飲み物を差し出してくれる。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
流木野さんと俺はそれを受け取る。
そのまま汗を拭きながら用意されていた椅子に座りペットボトルを開ける。
「……はぁ~、疲れた」
そのまま目の前の机に倒れ込む。
「……お疲れ様、颯太」
と、俺の横に座っていたシャルロットが口を開く。
「どうだった?憧れの流木野さんとの共演は?楽しかった?」
シャルロットは笑顔で訊くが、なぜだろう、言葉の端に棘を感じる気がする。
「見てわからない?すっげぇ疲れた」
「ふ~ん」
机に突っ伏したまま顔だけあげて答えるがシャルロットの返事はなんとも信用してなさそうなものだった。
「次はシャルロットとだな」
「そうだね~。颯太としてはもっと流木野さんとしてたいかもね~。ごめんね、僕とで」
「は?何言ってんだ?」
なぜか不機嫌そうなシャルロットの言葉に俺は首を傾げる。
「俺はシャルロットとやる方がいいけどな。――あ、お弁当みっけ。この唐揚げ弁当もーらいっ」
ちょうど時間的にもお昼時で空腹を感じだしていた俺は机の上に置かれていた弁当を手に取り椅子に座り直す。
「颯太!今なんて言った!?」
「うおっ!?」
座り直した直後に隣からシャルロットが大声を出したので思わずビクッと体を震わせる。
「な、何が?」
「今なんて言った!?」
「え?……〝唐揚げ弁当もーらいっ〟?」
「その前!」
「〝お弁当めっけ〟?」
「もっと前!」
「〝次はシャルロットとだな〟?」
「戻りすぎ!」
「〝俺はシャルロットとやる方がいいけどな〟?」
「それ!」
「はい?」
シャルロットがビシッと俺を指さす。
「それってどういう意味?」
「どういうって?」
「だから、僕とやる方がいいって?」
「ああ、それね」
俺は納得がいき、頷きながら弁当を開ける。
「そりゃ流木野さんとCMに出れるのは嬉しいよ?でも、やっぱファンとしては恐れ多いところあるわけよ。その点、シャルロットなら演技する必要もないっていうか…自然体でいられるって言うか……いただきます」
割り箸をパキッと割り、唐揚げを口に運ぶ。
「うまっ!やっぱこういうとこにあるくらいだしいいところのなのかな~。なあシャルロット?」
「……僕と一緒……」
「シャルロット?」
「僕とだと自然体でいられる……」
「おーい」
「それって……僕は特別ってことなのかな……」
「おーい!シャルロット!」
「え?」
肩を揺さぶりながら呼ぶと、今度こそシャルロットが反応する。
「え、じゃないよ。どうした?心ここにあらずで。自然体がどうとか特別がどうとか」
「う、ううん別に!」
「???」
シャルロットは慌てたように否定するが、なんともいつもと違う様子で俺は首を傾げるばかりだった。
「そ、それより、この後は僕たちの撮影だし、僕も何か食べておこうかな!」
そう言ってシャルロットも置いてあった弁当の中からサンドイッチを手に取る。
「午後からも頑張ろうね」
「お、おう」
先ほどまでとはうって変わって機嫌よさそうにサンドイッチをぱくつくシャルロット。その笑顔は先ほどまでの棘のある感じはなく、純粋に楽しそうだった。
この短期間にこうも機嫌が直るとは……一体何だったのか……。