IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

7 / 309
第6話 手土産持参

「…………」

 

 放課後。とある教室前で、俺は立ち尽くしていた。扉の上には「生徒会室」の文字。

 手ぶらでお邪魔しては失礼だと思い、本日最後の授業の後急いで学食に走り、事前に聞いていた生徒会の人数+俺の分の4人分のシュークリームを購入。そこからシュークリームが無残にぐっちゃぐちゃな状態にならない程度に急いでここまでやって来たのだ。

 ………よし!ここでうだうだやってても何にもならん。とっとと入ろう。

 いや待った!!ここで不用意に扉を開けると大抵のラノベなら――

 

『失礼しまーす』

 

『きゃあ!!(着替え中の生徒会役員)』

 

 ~覗きの現行犯で警察のお世話END~

 

 アウト~!!ノックは大事。うん、大事だな。まあ、俺はラノベの主人公じゃないから多分そんなことにはならないけど。そうだな、一夏なら起こりうるかも。

 コンコン。

 

「どうぞ~」

 

 ん?今の声…。

 

「失礼しまーす」

 

 生徒会室の扉を開け、入る。

 

「って、やっぱ布仏さんかいっ!」

 

 そこにいたのは机にぐでーんと突っ伏している布仏さんだった。

 

「いらっしゃーい、ぐっちー。遅かったねー。どっか寄り道?」

 

「うん、まあ」

 

 何だろう、この出鼻をくじかれた感じは。てか、ここが生徒会室か。なんかアニメなんかマンガで見るようなままの雰囲気だな。やっぱ現実でも二次元でもこういうのは一緒なのかな。

 

「あ、いらっしゃいませ。話は聞いていますよ」

 

 と、生徒会室の中をぼんやりと見ていた俺に横から声が聞こえた。見ると三年生の女子だった。眼鏡に三つ編み、いかにも『お堅いが仕事ができる』風の人。片手に持ったファイルがよく似合っている。はっ!もしや!

 

「は、はじめまして!井口颯太です!よろしくお願いします生徒会長!これ、つまらないものですが、学食で買ったシュークリームです!」

 

 びしっときれいに90度にお辞儀しながら手に持っていた袋をその先輩に差し出す俺。

 

「え、えっと……違うんですよね」

 

「え?」

 

 顔を上げるとその先輩が苦笑いを浮かべている。

 

「私は布仏虚。生徒会役員ではありますが会長ではありません。布仏本音の姉です」

 

「あーっと、これは失礼しました」

 

 あー、超恥ずかしい。

 

「えっと、じゃあ生徒会長さんは?」

 

「あ、今部活からの申請を片付けに行っています。すぐに戻ってくると思うのでそちらの椅子にかけてお待ちください」

 

「あ、はい」

 

 示された椅子に座る俺。向かいには布仏(妹)。

 

「こら本音。お客様の前よ。しっかりしなさい」

 

「は~い、お姉ちゃん」

 

 返事をして体を起こすが、椅子の背もたれに体を預けてダラーっとしている。

 

「えっと、布仏さん」

 

「「はい?」」

 

 俺が呼びかけると二人同時に返事する。

 

「あ、すみません。妹の方の布仏さんです」

 

「あ…はい」

 

 俺の言葉に布仏先輩が少し照れながら頷く。

 

「えっと、ややこしいんで、これからは妹の方はのほほんさんって呼びますね」

 

「うーい」

 

「わかりました」

 

 俺の言葉にダブル布仏が頷く。

 

「どうぞ」

 

 ちょうどそこでお茶を入れ終わったらしく、布仏先輩が俺の前にカップを置いてくれる。

 

「どもっす」

 

 すごい。めっちゃ高そうなカップ。壊したらどうしよう。

 

「で?どったのぐっちー」

 

 カップの見た目に驚いていた俺にのほほんさんが訊く。

 

「あ、ああ。なんで俺と同じ一年ののほほんさんが生徒会にいるにいるのかなーって」

 

「ああ、それはねー。生徒会長は自分の役員を定員数になるまで好きに指名できるんだよー」

 

「布仏の家は代々更識家の使用人の家系なんです。なので、会長は幼馴染みでもある私たちを指名したんです」

 

「へー、なるほど」

 

 聞けば聞くほどすごい家みたいだな更識家。

 

「あ、おいしい」

 

 出された紅茶を一口飲むと、花の香りとともに口の中に今までに味わったことのない紅茶の味が広がる。

 

「俺紅茶って普段あまり飲まないんですけど、これおいしいです」

 

「ふふふ。ありがとうございます」

 

 俺の言葉に布仏先輩が微笑む。その顔を俺はついジッと見つめてしまう。

 

「えっと、なんでしょうか」

 

「あ、すいません」

 

 その後、今度はのほほんさんに視線を向ける。

 

「ん?何ー?」

 

「あ、いや、その、ねぇ?」

 

 俺は苦笑いを浮かべながらごまかそうとする。

 

「私たちの顔に何か?」

 

 うーん。ごまかせそうにないみたいだ。

 

「その…なんというか、この姉あってこの妹ありだなーって思って。上がしっかりすると下がのんびりするんだなーって」

 

「あー…」

 

「えへへへ~。まあねー」

 

「本音。照れるところではありませんよ」

 

 照れて頭を撫でるのほほんさんとそれをたしなめる布仏先輩。

 と、そこでいきなり俺の視界が暗転。え、何!?何!?

 

「だーれだ?」

 

 どうやら誰かが後ろから俺の目を手で塞いでいるようだ。

 どうしよう。まったく聞き覚えのない声だ。当たり前だが声の感じからしても相手は女性。同級生よりも大人びた声。そのくせとても楽しそうな、まるでイタズラをする子供のようにも聞こえる。

 

「ぶっぶー。はい、時間切れ」

 

 そう言って開放してもらえたので、俺は声の主を確認しようと振り返る。

 

「………えっと、誰ですか?」

 

「んふふ」

 

 目の前の女子――リボンの色から二年生――は俺の困惑の表情を見てとても楽しそうな笑顔を浮かべつつどこからか扇子を取り出して口元に持って行く。

 ものすごく不思議な雰囲気の人だった。全体的に余裕を感じさせる、しかしそれが嫌味ではない。どこか人を落ち着けるような雰囲気のある人。けれどその笑みはイタズラっぽく、なんとも落ち着かない気分にさせる。なんというか、何かされそうな不安を感じる。

 そして、何よりも不思議なのが、まったく雰囲気が違うのに、どこか簪に似ている気がする。

 

「えっと、もしかしてあなたが…?」

 

「ええ。はじめまして、井口颯太君。私があなたたち生徒の長、更識楯無よ」

 

 

 ○

 

 

 

「さて――」

 

 生徒会長が椅子に座る。

 

「あらためまして、井口颯太君。私が生徒会長の更識楯無よ」

 

「ど、どうも、井口颯太です。よろしくお願いします、生徒会長」

 

 ファーストコンタクトの印象が驚きすぎて萎縮してしまう。

 

「あははははー。そんな硬くならなくてもいいわよ。気軽に楯無でいいわよ。たっちゃんでも可」

 

「えっと、じゃあ俺も颯太でいいですよ」

 

 なんともつかみどころのない人だ。

 

「で、えっと、私にコーチをしてほしいんだっけ?」

 

 そう言って布仏先輩が入れた紅茶に口を付ける楯無先輩。

 

「は、はい。来週の月曜に試合をするので、コーチしてくれる人を探していたらのほほんさんと簪に紹介してもらって…」

 

「うんうん。本音ちゃんと簪ちゃんから聞いてるわよ。イギリスの代表候補生ともう一人の男子とクラス代表をかけて戦うんだって?」

 

「ええまあ。本当はクラス代表とかキャラじゃないんですけど…、なんか流れでそういうことに」

 

「そういえば、日本を貶したイギリス代表候補生に怒鳴り散らしたと聞きましたが?」

 

 布仏先輩の指摘に昨日教室でオタク文化のことで怒ったことを思い出す。

 

「うっ。……ええ、まあ。たぶんそのことであまりいいことは言われてないでしょうが」

 

 今や女尊男卑な世だ。教室で怒鳴ったなんて女子受けは悪いだろう。

 

「いいえ、そんなことはありませんよ?」

 

「え?」

 

 布仏先輩の言葉に顔を上げる。

 

「確かに一部の女生徒からはあまりいいように言われていませんが、他の女生徒、特に日本人の生徒からはなかなか好評なようですよ」

 

「ま、マジっすか?」

 

 俺の青春はまだ終わっていないらしい。っと、話がそれた。

 

「まあその話は後にして……。というわけで楯無先輩にコーチをお願いしたいんですが――」

 

「でも断るわ!」

 

 俺の言葉を遮るように楯無先輩が言う。ついでに手に持っていた扇子を開くと、そこにも「でも断る!」と書かれている。しかもめっちゃ達筆。

 生徒会室内の空気が微妙なものになる。一人だけ楯無先輩がものすごくドヤ顔を浮かべている。

 

「………ソウデスカ。アリガトウゴザイマシタ。デハ、他ヲアタルコトニシマス」

 

 そう言って俺は席を立ち上がりって一礼し、ドアの方に向かう。

 

「ちょっとちょっと!冗談よ冗談!あなたが教室で言ったってことを真似したのよ!」

 

 楯無先輩が焦ったように立ち上がって俺を止める。

 

「……先輩、その扇子貸してもらっていいですか?」

 

「え?あ、うん。はい」

 

 頷いて俺に扇子を渡す楯無先輩。

 

「布仏先輩、ペン貸してください」

 

「あ、はい。……どうぞ」

 

 布仏さんから油性ペンを受け取る俺。

 

「えいっ」

 

 キャップを外して扇子の文字、「でも断る!」の「!」の部分に大きく×をする。

 

「「「あ!」」」

 

 俺の行動に他の三人が驚きの声を上げる。

 

「俺の言ったこのセリフ――『ジョジョの奇妙な冒険』第四部の登場人物『岸部露伴』のセリフはビックリマーク付けないんですよ。しかも使い方間違ってるし」

 

 言いながら扇子を楯無先輩に、ペンを布仏先輩に返す。

 

「正しくは、いったん相手の要求に肯定しかけてからの『だが断る』です。今の先輩の使い方じゃあ、でもも何もないですよ。ただ断ってるだけなんですから」

 

「あ、はい。ごめんなさい」

 

 俺の言葉に楯無先輩が素直に頭を下げる。

 

「まったく、ちゃんと意味を知らずに使うにわかには困ったもんですよ」

 

「「「…………」」」

 

「はっ!」

 

 やべぇ!調子に乗ってやっちゃった~!!

 

「す、すいません!俺好きなもののことになるとつい饒舌になってしまって…」

 

「ぷっ」

 

 俺が謝ると、楯無先輩が噴き出し、笑い始める。

 

「颯太君、君面白いね」

 

 ひとしきり笑った後、楯無先輩が口を開く。

 

「簪ちゃんが君のこと気に入った理由がわかったかも」

 

「え?」

 

「ううん。さて、コーチのことだったわね。もちろんいいわよ」

 

「え?本当ですかっ?」

 

「うん。普段私に頼らない簪ちゃんの頼みだもの。聞いてあげるのが姉の務めよ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「その代わり、私甘くはないからね?」

 

 そう言って笑いながら扇子を開く楯無先輩。その扇子には「熱烈峻厳」と書かれていた(後で調べたところ「厳しく情熱を傾け、妥協を許さない厳しさを持つこと」という意味らしい)。てかいつの間に扇子入れ替えたんだよ。

 

「は、はい!頑張ります!」

 

「うんうん。いい返事」

 

 楽しげに頷く楯無先輩。

 

「じゃあ、これが明日からのメニューね。これの通りに訓練していくから」

 

 そう言って渡されたメモには鬼のような特訓メニューが書かれていた。

 

「………これを?」

 

「うん。試合まで毎日」

 

 そう言って笑う楯無さんの笑顔が俺には鬼のように見えた。




と言うわけで主人公のコーチが決定しました。
といっても、たぶん特訓内容はキングクリムゾンします。
次回からいきなりクラス代表決定戦になると思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。