「おはよ~」
欠伸まじりにリビングに降りてきた俺。
『おそよ~』
そんな俺を皮肉気味に迎える母さんと海斗に加えシャルロット、簪、師匠。
「おそようって…まだそんな時間――だな……」
俺は時計に目を向け苦笑いを浮かべる。時計の針は10時半を指していた。
「でしょ?それで?朝ご飯は?」
俺の言葉に頷きながら訊く母さん。
「あんまり食うと昼が中途半端になりそうだから少なめで」
「は~い」
俺の言葉に頷き朝食の用意をしてくれる母さんを尻目に椅子に腰を下ろす。
「それで?颯太君の今日のご予定は?」
席に座って大きく欠伸する俺に対面に座った師匠が訊く。
「えっと…今日は――…………」
正直に答えようとしてその予定の内容に言葉を止める。
「どうしたの……?」
どうするべきかと脳内をフルスロットルで思考する俺に師匠のとなりにやって来た簪が訊く。ちなみにシャルロットは母さんの手伝いをしてくれています。
「そうですね~……午後からちよ~~っと散歩でも行こうかと思ってるくらいですね」
何気ない動作で今日の新聞を手に取りながら答える。
「「ふ~ん………」」
俺の言葉に頷いている気配はするが新聞で顔を隠しているので二人が今どんな表情をしているのかは見えない。
「あ、海斗。今日の夜の二時間ドラマ録画しといて」
「無理」
俺のお願いにそっけなく答え、コントローラーを操作し画面の中の自キャラをイカに変身させたりフィールドをオレンジ色に塗りつぶしていく海斗。
「そのゲーム終わったらでいいから」
「無理、その時間別の番組を録画してるから」
「チェッ。しゃあない、リアルタイムで見るか」
「ん~」
口をとがらせて不満を前面に押し出す俺だがここまで一切こっちを見ずにゲームに夢中な我が弟。
「颯太、ご飯だよ」
言葉とともに俺の前にご飯やみそ汁、目玉焼きの乗った皿を並べるシャルロット。
「おう、ありがとう」
新聞をたたみ、箸を手に取る。
「いただきま~っす」
パシッと手を合わせて遅い朝食を開始した俺を三人がじっと見つめる。
「あの……そんなに見られてると食べずらいんすけど………」
「………ねえ颯太君。君、何か隠してるでしょ?」
「んぶっ!」
味噌汁に口を付けていた俺は動揺で咽てしまう。
「な、なんのことですかな?」
「口の端からわかめ出てるよ……」
「おっと、失礼」
簪の指摘にティッシュで口元を拭く。
「ねえ…ホントに散歩に行くだけ?」
ジト目で訊くシャルロットの視線を交わしつつ納豆を混ぜる。
「それだけです!だから護衛とかもいいよ。ついて来るくらいなら母さんたちの方についたげてよ。俺にはこいつがあるけど、母さんや父さん、海斗は一般人なんだからさ」
俺は右腕の赤いリングを三人に見えるように掲げながら言う。
「そうかもだけど……」
「そうなんです。はい、この話はおしまい」
納豆のかかったご飯をかき込み、味噌汁を飲み干し、目玉焼きを黄身まで黄身の一滴まで綺麗にさらえる。
「ごちそうさまでした」
皿を重ねて流しに運んだ後、リビングで本を読んでいる父さんの元へ。
「父さん、俺の自転車ってどこ?今日使いたいんだけど」
「ん?ガレージだな。でも使うなら雑巾かなんかで拭いてからの方がいいんじゃないか?半年近く仕舞いっぱなしだからさ」
「うい。じゃあ早速やってくるかね」
父さんの言葉に頷いてから俺はガレージへ向かった。
○
「…………」
ゴシゴシと雑巾で拭いてはホースから水をかける。
流石に半年近く放置してたら屋内でも汚れるわな。
「…………」
『…………』
「……あの…三人とも暇じゃないの?」
俺はサドルをこすっていた手を止め、背後からじっと見ている三人に向き直る。
『お構いなく』
「いやいやいや、構います構います!俺はこうやって手を動かしてるけど、三人はただ座り込んで俺の作業見てるだけじゃないっすか。この炎天下の中」
言いながら空を見上げる。
澄み切った青空にギラギラ輝く太陽が照っている。まわりで聞こえてくる蝉のミンミンと鳴く大合唱も体感温度を実際より高くしているように感じる。
「大丈夫大丈夫。ほら、こまめな水分補給は大事よ」
「ありがとうございます」
師匠の差し出したペットボトルを受け取る。
ちなみに昨日は制服だった三人も今は涼し気なラフな格好をしている。俺もTシャツに短パンのジャージだ。
家の前の普段は来客が車を止めるちょっとしたスペースで脇の水道からホースを伸ばしてる俺に対し、師匠たちは庭から持ってきたらしいバケツやら何やらをイス替わりに腰掛けている。
「ほら、海斗のゲームの相手とか……」
「お義母さんに言われて…宿題し始めてた……」
「父さんの相手とか……」
「仕事してくるって言ってたわよ」
「母さんの手伝いとか……」
「今日は冷やし中華にするからもうちょっと後でいいしそんなに手間もかからないから手伝いもいいって」
「………さようですか……」
「だから――」
『私たちのことはお構いなく』
口をそろえて言う三人にため息つきながら作業に戻る。せめて午後からの〝散歩〟には着いて来ないでほしいと願いながら。
「あれ?颯太か?」
と、言っても聞かない三人を熱中症にしないように自転車の掃除をできるだけ早く終わらせようと黙って手を動かしていた俺の名を呼ぶ声に顔を上げる。
そこには
「あ、敦さん!」
そこには近所に住む知り合いの青年、松本敦さんが立っていた。
「よぉ、颯太!久しぶりだな!なんだよ帰って来てたんなら連絡くれよ!」
「すいません、仕事が忙しいかと思って」
敦さんはこの近所の子供たちの良き兄貴分だった。俺も小さい頃よく遊んでもらったものだ。
「あれ?そっちの子たちは?」
と、敦さんの視線が俺の背後の三人に向く。
「ああ、三人はIS学園の知り合いで――」
「更識楯無、生徒会長で颯太君の師匠です」
「更識簪、颯太のオタ友です…」
「シャルロット・デュノア、颯太のクラスメイトで同僚です」
『よろしくお願いします』
ぺこりと頭を下げる三人。
「こちらこそ初めまして。松本敦、近所の土産物店の跡取りだ。お土産の購入にはぜひうちを」
ニッコリ笑って言う敦さん。
「で、どの子が本命なんだ?」
「ブルータス、お前もか!」
敦さんのにやけた質問に頭を抱える俺。
「うちの家族と言い敦さんと言い、なんで俺の連れて来た美少女=彼女なんですかね!?」
「もう、美少女だなんて。ホントのことでも照れるじゃない」
「師匠ちょっと黙っててください」
俺の言葉にしょぼんとした顔で口を閉じる師匠。
「さっき三人が自己紹介した以上の関係じゃないですよ」
「まあそういうことにしておくか」
俺の言葉に肩をすくめながら頷く。
「そう言えば敦さん、今日は随分と大荷物っすけど、何かあるんですか?」
ふと、俺は敦さんの姿に首を傾げる。
敦さんは背中に大きなリュックを背負い、両手にはパンパンに膨らんだ紙袋をそれぞれの手に持っていた。
「ああ、市役所にな。最近この辺り、ちょっと面倒なことになっててな」
「面倒なこと?」
「ああ」
俺の疑問に敦さんが頷く。
「ほら、知っての通りこの辺りって観光地だろ?だからでっかいリゾートホテル立てる計画がでてるんだけどさ。そのことで俺たち地元民と揉めてんだわ。景観が崩れるとか、建設予定地の元の住人との交渉とかでな」
「へ~」
「だからその辺のことを相手側も含めて今日市役所で討論会ってことになってな。その資料が入ってんだ、この大荷物には」
そう言いながら手に持った紙袋の中身を見せてくれる。中には大量の紙束や本が入っていた。
「今時紙の資料ですか?」
「何分古い資料が多くてね。データ化されてないものを近所の公民館とかから引っ張り出してきたんだわ。これが重いのなんのって」
師匠の言葉に苦笑いで肩をすくめる敦さん。
「あれ?敦さん免許は?」
「免許あっても車がないと意味ないだろ?今日親父が使うってんで仕方ないから路線バス使うんだよ。――おっと、まずい!そろそろ行かないとバスに間に合わない!」
腕時計に目を向け慌てたように顔を上げる敦さん。
「悪い颯太、続きはまた今度!」
「あ、はい。俺はあと一週間くらいはこっちにいるんで」
「おう、またな!」
そう言って去って行く敦さんに手を振り、俺は作業に戻る。
「いい人ね」
作業に戻った俺に師匠が言う。
「まあここいらの子供のいい兄貴分って感じの人ですよ。地域のお祭りの準備とかって大人主体で子供が暇なことって多いじゃないですか。そんな時に主に子供の相手を引き受けてたのが敦さんだったんですよね」
言いながらホースで自転車全体に水をかけ、最後に雑巾で水気をある程度拭く。
「よし、こんなもんかな」
「終わった?」
「はい、お待たせしました」
三人に頷き、自転車の鍵をかけつつ日の当たるところに置いておく。後はこの日差しなら自然乾燥で大丈夫だろう。
「さて、暑いんでアイスでも食べますかね~」
「うん。僕達ももらおうかな。僕チョコがいいかな」
「私、抹茶~」
「ストロベリーで……」
「はいよ~」
頷きながら俺たちは家の中に戻って行ったのだった。
どうも、最新話でございます。
本当はもうちょっと先まで書こうと思ってたんですが思ったより長くなったんで区切りました。
颯太君の午後からの用事についてはまた次回。
間に合えば起きてるうちに書きあげますが、眠気に負けたらごめんなさい。また後日です。