IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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第68話 張り込み

 警察署近くの喫茶店での作戦会議から小一時間経過。

 俺はまた別の喫茶店にいた、シャルロットと四人掛けのテーブルに向かい合わせに座って。

 なぜこうなったのかと言えば……

 

「キャハハ!でさ!そいつが――」

 

 俺たちの座る席から少し離れた席に木島亮子が数人の友人たちとともに談笑しているからだ。

 あの作戦会議の後、実際に女子校に行ってみた俺たちはあっさり木島亮子に遭遇。

 ばれないようにやり過ごした後、どう決まったのかは知らないが相棒となったシャルロットとともに尾行を開始した。

 尾行を開始後数分後。近くの喫茶店に入店した木島さんたちを追って入店した俺たちは比較的監視しやすく、なおかつ入り口も監視しやすいベストポジションの席を確保し今に至るわけだ。

 

「う~む。入店して少し経つけど誰かが接触する様子はないな。強いて言えばこの店のウェイトレスくらいか」

 

「ねえ颯太。ここのチーズケーキおいしいよ。颯太も食べてみる?」

 

 注文したアイスコーヒー(多糖)を飲みながらさりげなく視線を向けて観察する俺と、なんだか普通に楽しんでいるシャルロット。

 

「あのさ、シャルロットさん。もしかして現状を楽しんでらっしゃいます?」

 

「そうじゃないよ。あくまでも自然を装うならできるだけ不自然さを出さないように一般の旅行者とかのふりでもしようかなって」

 

「な、なるほど」

 

「と言うわけで、僕はこの観光地に来た外国人旅行者。颯太はその友人でこの辺に詳しい人ってことで」

 

 シャルロットの言葉に納得しながらそれに乗っかる方向で決める。

 

「はい、と言うわけで続きから――颯太もこのチーズケーキ食べる?」

 

「お、おう。そうだな、じゃあ一口だけ」

 

「うん!じゃあ、はい、あーん……」

 

「………ん?」

 

 一瞬理解が追い付かない。

 

「シャルロットさん?これは何ですかな?」

 

「何って…見たままだけど?」

 

「これをする必要が?へたに目立つわけには――」

 

「颯太、よく考えてみて?」

 

 俺の言葉を遮るように真剣な表情でシャルロットが口を開く。

 

「いくら観光地とはいえ外国人の女の子が同世代の男の子と昼下がりに喫茶店にいるんだよ?二人っきりで。そこに恋愛感情があるのは明白なんだよ」

 

「いや、普通に友達同士でも――」

 

「め・い・は・く!なんだよ」

 

「……ソ、ソウデスネ」

 

 シャルロットの早口だが周りに聞こえない程度に小声の込められたどこか有無を言わせぬ雰囲気に思わず頷いてしまう。

 

「そうなんだよ。さぁ、あ~ん」

 

「……あ、あーん」

 

 やらないという選択肢をつぶされた俺はシャルロットの差し出すケーキを食べる。

 

「おいしい?」

 

「……ああ。おいしいな」

 

「……颯太?」

 

「ああ!すっごくおいしいな。俺も注文しようかな」

 

 シャルロットに促され、無理矢理楽しそうなテンションで言い直す。

 

「なんなら僕のケーキもう少し上げようか?」

 

「いいのか?」

 

「うん。それじゃあ、はい、あー――」

 

「失礼。相席、いいですか?」

 

 と、さらに羞恥のあーん攻撃を受けそうになった俺を救ったのは一人の男性だった。

 夏場でもキッチリと着込まれた焦げ茶色のスーツ。スーツと同色のソフトハットをかぶった30代半ばくらいの男性が俺たちの席のそばに立っていた。

 

「えっと…どうぞ」

 

 俺が頷き、シャルロットのとなりに移動する。

男性は先ほどまで俺の座っていたところに腰を下ろす。座る瞬間、何かごそごそとしていたがすぐに席に着く。

 

「ふぅ……」

 

 男性は一息つきながら脱いだ帽子で顔を数秒ほど仰いでいたが机に帽子を置く。

 すぐにウェイトレスがやって来て男性の前におしぼりとお冷を置くと

 

「ミルクティー」

 

 男性の注文を伝票に書きこんだウェイトレスは立ち去る。

 

「ねえ颯太。なんで相席を?張り込みが難しくなるんじゃ……」

 

「……ちょっとな…」

 

 シャルロットの言葉に小声で答えながら目の前の男性に視線を向ける。

 男性は机の上に上着の右ポケットから取り出した煙草の箱を置き、テーブルの端に置かれた小さな壺の蓋を開けて中身を覗いていた。

 

「………」

 

 アイスコーヒーを一口飲んでから俺は一息吐きだす。

 

「あの……」

 

 俺は意を決して目の前の男性に声をかける。

 

「何か?」

 

 目の前の男性が顔を上げ視線を俺に向ける。

 

「ちょっと左の内ポケットの中身を見せてもらってもいいですか?」

 

「どうして?」

 

「見せられないんですか?」

 

「構わんがどうして?」

 

「もしかして……警察手帳が入ってるんじゃないですか?」

 

「っ!?」

 

 俺の言葉に咄嗟に左胸を抑えた男性は周りを見渡し

 

「どうしてわかったっ?」

 

 声を抑えて、しかし、興奮した様子で男性が訊く。

 

「やっぱりそうなんですね?」

 

「なぜ刑事だとわかったっ?初対面だよな?」

 

「ええ、あなたのことなんて知りません」

 

「じゃあどうして」

 

「なんと言うか……いろいろ丸出しでしたから」

 

「俺のどこが刑事丸出しだというんだ?」

 

 俺の言葉に納得がいかないという顔で男性が訊く。シャルロットも混乱しているようだ。

 

「まず俺が注目したのは靴です。あなたの靴、だいぶすり減ってます」

 

「それがなんで?」

 

「確かにその通りだ。靴がすり減っていることがどうして気になる?ただ単に金がないのかもしれんだろう」

 

 俺の言葉にシャルロットが首を傾げ、男性も疑問を口にする。

 

「金のない人間はメニューも見ずにミルクティーを頼みませんよ」

 

 俺の言葉にふたりが納得したように頷く。

 

「靴がすり減ってるってことはおそらくこの人は相当歩き回る職業だ。だから初めは外回りのサラリーマンかとも思った。でもその考えはすぐに違うってわかった」

 

「どうして?」

 

「鞄を持たない外回りのサラリーマンはいませんから」

 

「なるほど………だが、新聞記者はどうだ?アレも歩き回る仕事だろう?」

 

「あなたの指、ペンダコがありません」

 

「あっ……」

 

 自分の指を見て納得したように声を漏らす男性。

 

「で、でも歩き回る仕事でサラリーマンと新聞記者以外で刑事なんて……」

 

「もちろん他にも根拠はある」

 

 シャルロットの疑問に頷く俺。

 

「あなた、相当な煙草吸いですよね?もう二本しかないのにこの箱、まだ新品です」

 

「確かに……だが、なぜそれが刑事に繋がる?」

 

 煙草を右の内ポケットに戻しながら男性が言う。

 

「しょっちゅう煙草をだすなら取り出しやすいところに入れるはずです。右利きの人は内ポケットなら左に。なのにあなたは右から取り出しました」

 

「待って。初対面なのになんで颯太はこの人の利き手に気付いたの?」

 

 シャルロットが疑問の声をあげる。

 

「さっきこの人がこれを開けた手が右手だった」

 

 言いながら俺は先ほど男性の開けた小さな壺の蓋を開けてみせる。

 

「つまり君は私の左の内ポケットには何か別のものが入っている…と?」

 

「はい、考えました」

 

「だが、それでは警察手帳だろうとはならないだろう?」

 

「ええ、そうですね」

 

 俺は男性の問いに頷きながらコーヒーを一度啜る。

 

「あなた、帽子で顔を仰ぐほど暑がっていたのに上着を脱いでいません。つまり、内ポケットに入っているものは大事なものだと思いました」

 

「なるほど……しかし、財布かもしれんだろう?」

 

「財布はズボンのポケットです。テーブルの影で見えませんでしたけど、あなたはさっき座るときに横から後ろに何かを移動させていました」

 

「……ハンカチだ」

 

「それは違いますね。横のポケットに入っていて座るのに邪魔になるものはハンカチより硬いものです」

 

 俺の解説に男性もシャルロットも呆然としている。

 

「君は……この短時間の間にそれだけのことを読み取って俺を刑事だと思ったのか?」

 

「かもしれないって思っただけですよ。だから確認したんです」

 

「ふむ……」

 

 少し考えるそぶりを見せた男性は口を開く。

 

「それで?それを確認するためだけに俺に声をかけたのか?」

 

「いえ、意見がほしかったんです。同じ相手を張り込んでいるもの同士」

 

「えっ?」

 

「何っ?」

 

 俺の言葉にまたもや二人が驚愕する。

 

「……ん?」

 

「ん?じゃないよ!なんでこの人が僕らと同じ相手を張り込んでるってわかったの?」

 

「いや……〝ここ〟に座ったから……」

 

 俺は言いながら自分たちの座る席を指さす。

 

「シャルロットの設定じゃないけど、男女がふたりで喫茶店にいたら恋人関係じゃないかって思うんじゃないかと思うんだ。相席なら入口の近くにも空いている席はある。なのにこの人は俺たちのいるここを選んだ。考えられる理由は一つ、ここなら入口と〝あの席〟が両方見やすい一番の席だ」

 

「でも、〝あの席〟はこの人の後ろにあるんだよ?」

 

「そんなのスマホのカメラ機能とか鏡とかいくらでもやりようはある」

 

「常連でこの席を気に入っていたのかもしれないだろう?」

 

「あなたは常連じゃない。常連ならこの壺の中に何が入っているか知っているはずです」

 

 先ほど男性が開けて覗いていた小さな壺を指さしながら言う。ちなみにこれの中身は砂糖だった。

 

「………何者だ?」

 

 男性がジッと俺の顔を見ながら訊く。

 

「………ただの学生です。この事件の被疑者だって言われてる松本敦の知り合いの」

 

「……なるほど」

 

 俺の言葉に少し興味深そうにつぶやく男性。

 

「名前は?」

 

「井口颯太です」

 

「シャルロット・デュノアです」

 

「……駒形だ、駒形蓮司。君の推理通り警部、この事件に違和感を覚えて捜査している」

 

「よろしくお願いします」

 

 とりあえず挨拶とともに頭を下げる。

 

「詳しく話をしたいところなんですけど、残念ながら時間切れです」

 

 いいながら俺はコップに残っていたコーヒーを飲み干す。

 俺の視線の先に席を立つ木島さんたちの姿が見えた。伝票を持っていたので会計を済ませて店を出る気なのだろう。

 

「待て、また詳しく話が訊きたい。連絡先を教えてくれないか?」

 

「駒形さんのを教えてくれるならいいですよ?」

 

「………わかった」

 

 俺の言葉に頷いた駒形さんはポケットから手帳を取り出し書き込み始めた。俺も店のナプキンに持っていたペンで書きこむ。

 

「それでは…また」

 

 言いながら俺とシャルロットは立ち上がり駒形さんに頭を下げて店を後にした。

 




どうも本当は昨日更新したかったのですが別件で更新が遅れてしまいました。

この話は僕の好きな演劇の「LENS」という作品の冒頭部分から引用しました。
僕の書く描写ではわかりづらいという人はYouTubeなどで調べてみるとたぶん出てくるので見てみるといいかもしれません。

最近タグに『平凡詐欺』とか付けといたほうがいい気がしてきたんですが、どうなんですかね?(-_-;)

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