さて、次の日、実家に帰って来て四日目の朝。井口家のリビング。
昨日準備したリュックや紙袋を使って午前中の空いた時間で検証をしようとしている……のだが――
「それで?これで何を調べるの、黒龍王?」
「検証って言ってたけど、何をするの、黒龍王?」
「なんでも手伝うよ、黒龍王?」
「だぁれが黒龍王じゃぁぁ!!」
耐えかねた俺は叫ぶ。
「え?だって黒龍王でしょ?」
「黒龍王は黒龍王だよ」
「かっこいいと思うよ、黒龍王」
「じゃかしい!傷口に塩塗り込むんじゃぁないよ!」
朝からこの調子である。三人のおかげで俺のSAN値がピンチである。
「「「黒龍王!黒龍王!黒龍王!」」」
「やめんか!」
「「「「「「黒龍王!黒龍王!黒龍王!」」」」」」
「おい増えとる増えとる!なに父さん母さん海斗まで混ざってんだよ!」
「黒龍王www」
「草生やすな海斗!」
「黒龍王(笑)」
「はっ倒すぞ!」
海斗の反応に海斗の肩を掴んでガクガクと振り回す。
「アハハ~」
「反省する気ねぇだろ、おどれは!」
反省の色の見えない弟に
「もういいよ!それより父さんたちは夕方からの墓参りの準備とかいいのかよ!」
「おっと、忘れてた」
「海斗、物置から手桶とひしゃくとってきてくれる?」
「あいよ~」
と、俺の言葉に三人が何事もなかったようにそれぞれの用事を片付けに行く。
「たく……」
「ところでこく――」
「ああん(怒)?」
「――国民の休日って何日あるか知ってる?」
「知らないですし、だいぶ苦しいってことに気付いてますよね?」
「~~♪」
「うっわ、古典的なごまかし」
口笛を吹いて顔を逸らす師匠にジト目で睨みながら俺はため息を吐く。
「そいじゃあまあ時間もないですし実際にやって見ますかね。――はい、てなわけで師匠ちょっとこれ背負ってください」
「え?あ、うん」
「はい、次はこれを手に持って」
「え、うん」
と俺の支持するまま師匠が背負い持つことで先日の敦さんと同じ状態が出来上がる。
「うむ、完ぺき」
師匠の姿に満足して頷く俺。
「で?ここからどうするの?」
シャルロットが聞き、師匠と簪も頷く。
「ここから調書で見た情報をもとにあの日のバスでの状態を再現します」
言いながら昨日見た調書の内容を思い出す。
「えっと確か……敦さんはその状態で左手に紙袋を両方持ち、右手で吊革につかまっていた」
俺の言葉に師匠が実際に両手に分けて持っていた紙袋を左手に移し、右手を吊革を掴むように上げる。
「その状態で二つ後の停留場から木島亮子さんと二名の友人たちが乗車し、席が空いていなかったので敦さんの左横に並び立ったと」
言いながら俺は師匠の左横に立ちシャルロットと簪には友人役として俺の横に立ってもらう。
「この状態で数分ほど走行した後、木島さんが痴漢を主張したと……。で、目撃していた人もいなくてこれ以上の情報はなし……」
言ってから俺は少し考え込む。
「……師匠、ちょっと訊くんで――わひぃ!」
敦さん役で立っていた師匠に質問しようと振り返ろうとした俺を背後から俺のお尻を襲った感覚に甲高い悲鳴を上げながら飛び上がる。
「あら、颯太君って以外とお尻敏感なのね」
「楯無さん!?」
「お姉ちゃん!?」
「急に何するんですか、師匠!?」
「だって検証するならちゃんと触るところまでしないと再現にならないでしょう?」
「そこはフリでもいいでしょう!しかもやけに触り方エロいし!」
「そこは……ねぇ?」
「〝ねぇ?〟じゃないですよ!」
「もしかして……感じちゃった?」
「そんなのどうでもいいでしょうが!それより俺が訊きたいのは――!」
ニヤニヤと笑みを浮かべる師匠を無視し、俺は言いながら視線を師匠の足元へ。そこには――
「た、立ってる……」
抜群のバランス感覚で自立する二つの紙袋の姿があった。
「中に入ってるのは紙やノートでも束になれば安定するものだね」
「……………」
シャルロットが感心したように言う。なんだかすごいものを見ているようなちょっと得した気分だ。
「あの日の敦さんの荷物もこのくらいだったからたぶん同じことができたはずだな」
「と言うことは…上手く置けば左手は空けることができた…ってこと?」
「そうなるな。……コイツは不利な結果だな……」
どうにか突破口を見つけようとしたらまさか墓穴を掘る結果になるとは……。
「どうっすかなぁ。これは振り出しどころかマイナスだ」
俺がため息をつきながら考え込むと……
「お~い、兄さん!ゆりさんたち来たよ!」
と、外から海斗の声が聞こえてきた。
「あ、おう!今行く!」
「ゆりさんたち?」
頷く俺に簪が首を傾げながら訊く。
「毎年お盆にはうちではみんなで墓参りに行くんだけど、その時には近所に住んでるうちの父さんの妹夫婦も一緒に行くんだよ。それがゆりさん。そういう時は大抵昼飯はみんなでどこかのお店に行くことになってるんだ」
「「「へ~」」」
納得している三人とともに俺も玄関に向かう。
○
「ほぉら高い高~い!」
「きゃっきゃっきゃ!」
リビングで俺は赤ちゃん(二歳児)と戯れていた。
「相変わらず颯太は和人の扱い上手いわね」
ハイテンションで手足をばたつかせる赤ちゃん、和人を見ながら朗らかに笑う女性、和人の母親にしてうちの父さんの妹、岩瀬ゆりさん。ちなみに僕らが〝おばさん〟と呼ぶと不機嫌になるので俺と海斗はゆりさんと呼んでいる。なんでも自分がものすごく年取った気がするらしい。
「和人って人見知りするのに。颯太は久しぶりのはずなのに平気なのね」
感心したように言うゆりさんに頷く。
「それにしてもホントに久しぶりね。元気にしてた?IS学園に入学するって聞いた時はビックリしたわよ」
「勉強は難しいし、IS関連の色々面倒事はあるけど、基本的には楽しくやってます」
「みたいね。彼女三人も連れて帰って来てるし」
「なんかもう耳タコで否定するのかったるいですけど彼女じゃないですから。勝手について来ただけですから」
正座した体勢で膝の上に和人を座らせて座る俺に…というか和人に群がる三人を見ながら言うゆりさんにもはや何度目かもわからない否定をする。
「師匠と同僚と友達です」
「師匠の更識楯無でーす」
「同僚のシャルロット・デュノアでーす」
「友達の更識簪です」
「叔母の岩瀬ゆりでーす」
師匠、シャルロット、簪と順に挙手しながら言う三人、そして同じノリで自己紹介するゆりさん。
「そう言えば、雄介さんは?」
「ああ、旦那はまだ仕事。夕方の墓参りまでには来るらしいわ」
「へ~、お盆でも大変っすね」
感心しながら視線を前に向けると、三人が和人の気を引こうとガラガラを振ったり、いないいないばぁをしたり、頬をつついたりしているが、どうやら人見知りが発動しているようで顔が強張っている和人。
「……ダメだわ颯太君。私たちじゃ全然笑ってくれない」
「まあ初対面ですし、このくらいの子って人見知り激しい子って多いんですよ。ちょっとづつ慣れてくしかないと思いますよ。試しに抱っこしてみます?」
「え?大丈夫なの?」
「ううん。多分大泣きする」
「じゃあダメでしょ!」
俺の言葉に三人が肩を落とす。
「まあ上手くいけば墓参りに行く頃には慣れてくるんじゃないかな」
ゆりさんの言葉に希望を見出したらしい三人はまた和人と戯れる。
「おっと」
と、座り続けていることに飽きて来たのか手足をばたつかせ始める和人。
「あ…はいはい、じゃあもう一回高い高いな」
言いながら和人の脇に手を入れながら立ち上がり
「ほぉれ、高い高ーい!」
「きゃっきゃっきゃ!」
さっきまでの強張った顔はどこえやら。満面の笑みで声を出して笑う和人。
「はい、いつもより多めに掲げております!」
「きゃっきゃっきゃ!」
「久しぶりだからいつもよりスペシャル!高い高ーい…からの…フリーフォール!
言いながら高い位置から一気に床すれすれまで急降下させる。
「………きゃっきゃっきゃ!」
一瞬ポカンとした顔をした後、さっきまでよりさらに興奮したように手足をばたつかせる和人。どうやら気に入ったようだ。
「颯太ってホントに子供の扱い上手いわね。将来いいお父さんになるわ。いい家庭が築けるわね」
「それは流石に言いすぎっすよ~」
楽しそうに笑うゆりさんの言葉に照れながら高い高いを繰り返す俺。
「へ~…ちなみに颯太君って結婚したら子供は何人欲しいの?」
「……また唐突っすね」
師匠の言葉に言いながら考える。
「ん~……まあ最低二人っすかね。一人っ子より兄弟いた方がにぎやかでいいだろうし」
「ふ~ん」
「家は一戸建て?」
「まあ一戸建てかなぁ。自分の城を持つってのは男の浪漫だし」
「ここに住まないの?」
「あ!その手があったか!」
海斗の言葉に俺は青天の霹靂、全く念頭に置いていなかったことに気付く。
「兄さんって長男なんだし。将来の仕事によってはこっち戻ってくりゃいいじゃん」
「まったくその通りだった」
「なるほど…じゃあ将来颯太と結婚した人はこの家に住む可能性が……」
「「へ、へ~……」」
簪の言葉に師匠もシャルロットも改めてリビングの中を見渡すように見る。
「……てか、なんですか急に。三人ともやけにいろいろ訊いて来るじゃないっすか」
「「「べ、別に何でもないんだよ?」」」
俺の問いに慌てたようにいう。
「……?」
俺は首を傾げるが催促するように体をくねらせる和人にはいはいと頷きながら高い高いを再開する。
「ほぁら高い高ーい!高い高ーい!からのウルトラマン!ジョワッチ!」
和人の体を支えうつ伏せの体勢でまるでウルトラマンが飛ぶようにクルクルとゆっくりとその場で回る。
「か~ら~の、フリーフォール!」
「きゃっきゃっきゃ!」
本日最大の大興奮で手足をばたつかせる和人。と――
「おっと!」
和人が暴れたことで近くに置いていた紙袋に和人の蹴りが決まる。そのままばたんと倒れた紙袋は中身を盛大に吐きだし床にプリントやノートが散らばる。
「あーあー、ごめんね。大丈夫?」
「ああ、大丈夫っすよ。そんな大事なものが入ってたわけじゃないんで」
慌ててプリントを拾い集めるゆりさんに俺は言う。師匠たちも拾い集めるのを手伝う。
「しかし、結構散らばるもんですね」
床の惨状に苦笑いしながら和人を抱っこし直す俺は
「ん?」
ふと、気付く。
「待てよ……て、事は………」
「ん?どうかしたの?」
師匠の問いも耳に入るが右から左。俺は頭に浮かんだあることに思考を深めていく。
「……そうか……そうだよ!なんで気付かなかったんだよ!そうなんだよ!」
「え?どういうこと!?」
「何が分かったの?」
「わかるように言ってよ」
三人が首を傾げているがその言葉に答える余裕は興奮した俺にはなかった。もはや自分の世界に入ってしまっている。
「和人!お前天才だ!はらしょー!」
高い高いしたままクルクルと回る。
「だから……一体ん何なのよ?」
俺の興奮とは対照的にその場の全員が何が何だかわからないまま呆然としていた。