IS~平凡な俺の非日常~   作:大同爽

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第77話 プライド

 モノレールや電車を乗り継ぎやって来た指南コーポレーション本社。見慣れた高層ビルの下、もはや四月から何度目かわからないが見上げ、俺とシャルロットは本社に入る。……入ったのだが――

 

「ねぇ、颯太……なんか…いつもより慌ただしくない?」

 

「確かに。なんかあったのかな?」

 

 俺もシャルロットも周りを見渡す。いつも静かな本社ロビーの受付前はスーツ姿の人や開発部の人らしい作業服や白衣の人が慌ただしく走り回ってる。

 俺たちは不審に思いながらも受付の七海さんの元へ。

 

「こんにちは七海さん」

 

「あ、颯太君、シャルロットちゃん!」

 

 と、なぜか驚いた顔の七海さん。

 

「え?どうかしました?」

 

「いや、あれ?今日来る日だったっけ?」

 

「はい、そのはずですけど……」

 

「ごめん、今日は朝から慌ただしくて来客のスケジュールの確認ができてないの」

 

「それはいいんですけど、何かあったんですか?」

 

 申し訳なさそうに言う七海さんに俺たちは首を傾げる。

 

「うん、ちょっと問題が起きてね……昨日の夜警備員さんが最後に見回りした時にはなかった巨大コンテナが朝になったら屋上で発見されてね。その対応に追われててね」

 

「な、なんですかそれ?」

 

「なんかやばいものなんじゃないんですか?」

 

「そうなのよ。しかもロックがかかってるらしくて中身が何かも分からないし下手に触るとどうなるかわかったもんじゃないからね。おかげで朝からこの状態」

 

 苦笑いしながら周りに視線を向ける七海さん。つられて見ると、確かに周りで動き回っている人たちの会話をとぎれとぎれに聞くと「屋上」や「コンテナ」などの先ほどの七海さんの話に出てきた言葉が聞こえ、また、「爆弾」や「テロ」など不穏な単語も聞こえてくる。

 

「なんか大変そうなときに来ちゃいましたね」

 

「うん。――あ、今確認したらとりあえず社長や責任者さんたちが第三会議室に集まってるらしいからそこに来てほしいって」

 

「了解です」

 

「ありがとうございます」

 

 笑顔で手を振る七海さんに見送られながら俺たちは言われた第三会議室に向かった。

 第三会議室に着き、入室すると会議室の中は物々しい雰囲気に包まれていた。

 

「あ、颯太君にシャルロットちゃん……そっかもうそんな時間か……」

 

 翔子社長がいつもよりテンション低めで言う。

 会議室の中には楕円形の机が置かれ、周りには社長や副社長、ミハエルさんに犬塚さん、サンダーさんにアキラさん、貴生川さんがいた。

 

「えっと…一応七海さんからなんとなく聞きましたけど……」

 

「なんか屋上に謎のコンテナがあったんですよね?で、中身が分からないからどう対応していいかわからない状況であると……」

 

「まあ大体そんな感じ」

 

 苦笑いで春人副社長が頷く。

 

「いったいどこの誰かわからんが面倒なものを……」

 

 ため息をつくミハエルさん。

 

「何かヒントみたいなの無いんですか?これ仕掛けた人を特定できそうなもの」

 

「ん~…特には何も……」

 

「犯人からの何か連絡は?」

 

「今のところは何も報告は来てないな」

 

 犬塚さんがタブレットを操作して確認している。

 

「もうめんどくせぇしパイルバンカーかなんかでドカンと一発やっちまえばいいんじゃねぇか?」

 

「バカ山田は黙ってて」

 

「サンダーだ!……バカって言うんじゃねぇよ!!」

 

 アキラさんの言葉に叫ぶが正直俺も今回ばかりはサンダーさんはバカだと思った。

 

「まあバ――サンダーさんの案は中身が危ないものだった場合アウトなんで無理ですね」

 

「おい、今バカって言いかけなかったか?」

 

「まさか」

 

 サンダーさんの言葉に俺は素知らぬ顔でそっぽを向く。

 

「さてさて、どうしたもんかね~」

 

 翔子社長の言葉とともにみな考え込む。と――

 

「ん?あれ?なんか映りはじめましたよ」

 

 シャルロットの言葉に顔を上げると、壁面にはめ込まれた大型の画面に文字列がずらずらと並ぶ。

 

「え?え、これ……」

 

「アキラ君!」

 

「ま、まずいです!こ、これは……」

 

 言いながらアキラさんがパソコンを開き何か操作する。

 

「やっぱり……まずい…何者かにうちのサーバーがハッキングされてる!」

 

「な!?」

 

「どうにか防げない!?」

 

 翔子社長がアキラさんに言うが

 

「だ、ダメ…無理…。対応が早すぎる。ふ、防いでも防いでもどんどん突破される」

 

 カタカタと目まぐるしい動きでキーボードの上を縦横無尽にアキラさんの指が走るが苦しげな表情で言う。

 言っているうちに大型のモニターに走る文字列はどんどん増えていき、最終的に一つのイラストが画面に浮かび上がる。それは――

 

「に、にんじん?」

 

 犬塚さんが素っ頓狂な声をあげる。犬塚さんの言葉通りそれはデフォルメされたにんじんのイラストだった。

 オレンジ色の逆三角形の上には緑の葉っぱが生え、その中の一本が長く伸び、先端には火がついていた。それが徐々に短くなっていく。そう、それはさながらにんじん型の爆弾のようだ。

 

「あの……これもしかして爆弾なんじゃないですか?」

 

「この導火線みたいなのがにんじんに到達したらどうなるって言うの?」

 

「まさか……」

 

 俺は言いながら上を見上げる。つられるようにアキラさん以外の全員が上を見る。

 

『……………っ!』

 

「アキラちゃん、なんとか阻止!」

 

「やってる!」

 

 いつも翔子社長にだけは柔らかい態度のアキラさんも相当切羽詰まっているのか言葉使いが荒くなっている。

 

「い、今のうちに社員を避難させるか!?」

 

「パニックになる!」

 

「このままじゃ全員避難する余裕もない!」

 

「俺とシャルロットでIS展開して上のコンテナどこかに移動させるってのはどうですか!?」

 

「ダメだ間に合わない!」

 

「シェルター的なものは!?」

 

「一個人企業にそんなものあるわけないだろう!」

 

 などと議論している間も導火線は進み

 

「もうだめ!」

 

『ドカァァァン!!!』

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………あれ?」

 

 頭を抱え机の下に避難するものの一向に何も起きないことに首を傾げながら顔を出すと俺と同じようにきょとんとした顔でみなさん首を傾げていた。そして――

 

『てってれ~♪』

 

 画面にでかでかとドッキリ大成功と書かれた看板を持った人物が映っていた。それは――

 

「し、篠ノ之束!?」

 

 普段能面のようなミハエルさんが驚きの表情を浮かべていた。そう、画面に映っていた人物はかの大天才にして天災の篠ノ之束だった。

 

「……何してんですか、篠ノ之博士?」

 

『何とは不愛想だね。せっかくわざわざこの天才束さんがアフターサービスで連絡してやってるのに』

 

「アフターサービス?」

 

 篠ノ之博士の言葉に俺も含めみな頭の上に?が浮かぶ。

 

『なんだよ、こっちは果たしたくもない約束守ってわざわざ作ったもの送ってやったのに、もしかしてまだ開けてすらいないの?』

 

「それって……まさか屋上のコンテナ!?」

 

『そうだよ。IS学園じゃ入るのめんどくさいからそっちに送ってやったんだよ。泣いて感謝しろよ』

 

「アンタのそれのせいでこの会社朝からてんやわんやだよ!」

 

『口の利き方に気を付けろよ?前にも言ったけど私はお前が嫌いなんだ。今回の件もちーちゃんが絡んでるから仕方なくやってるんだよ。本当ならお前みたいなやつに私がここまで骨を折ってやる義理はないんだよ』

 

「知るか。賭けに負けたアンタが悪い」

 

『負けてません~。引き分けでした~』

 

「結果的にはね。でも俺の意図に気付けなかった時点でアンタは負けてるようなもんでしょ?」

 

 画面越しに火花を散らす俺と篠ノ之博士に周りはおろおろしながらも翔子社長が口を開く。

 

「あの~、それであの屋上のコンテナっていったい……」

 

『あれには約束通りそこの凡人の機体用につくった装備が入ってる。あれをどう使おうが好きにすればいいからこれで約束は果たしたから』

 

 心底嫌そうに言う篠ノ之博士。

 

『なのに…何?まだ開けられてなかったの?ちょっと遅すぎるんじゃない?』

 

「普通朝突然謎のコンテナが屋上にあったら警戒してすぐには開けられんでしょ。そもそもロックかかってんですから」

 

『ハッキングでもなんでもして調べればいいだろ』

 

「中身わからないのに迂闊に開けられるわけないでしょうが!……まあもうそれはいいんでとっとと開け方教えてください」

 

『そんなの簡単だよ。あれは音声ロックがかけてあるんだよ』

 

「音声ロック?」

 

 博士の言葉に俺が首を傾げる。

 

『登録してある声でキーとなる言葉を言えば開くようにしてある。君の声を登録してあるから』

 

「そうですか。で?なんて言えば開くんですか?」

 

 俺がため息まじりに訊くと、待ってましたとばかりに博士はにやりと笑い

 

『「この度は私のような卑しい負け犬の豚に大天才篠ノ之束様自ら作っていただき本当にありがとうございました。このご恩は一生忘れません」って〝大きな声で〟言ったら開くよ』

 

「………シャルロット…パイルバンカー持ってこい。無理矢理壊してでもこじ開ける」

 

「ちょっと颯太!?」

 

 俺の言葉に慌てるシャルロット。

 

「そんなことして中身まで壊れたらどうするの!?」

 

「うるせぇ!あんな言葉言うくらいなら俺がこの手で壊してやる!」

 

『あ、ちなみにあのコンテナは私のお手製だから丈夫にできてるよ。ISのパイルバンカー程度じゃ傷ひとつつかないくらいにはね』

 

 言いながらニヤニヤと笑う篠ノ之博士。

 

『さぁほら、言ってごらんよ。大きな声で!気持ちを込めて!さぁさぁさぁ♪』

 

「~~~~~~!!!」

 

 俺は歯ぎしりしながら怒りに震える。

 

「颯太君。諦めて言ったら?」

 

「えー、社長そっち側っすか?」

 

「だってもうどうしようもないでしょう?それしか開ける方法がないんだから」

 

「そうですけど……そうなんですけど!」

 

 俺は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

『いいんだよ、私は。ただせっかく私が作った装備を使えなくて困るのは…誰だろうね~』

 

「…………」

 

 楽しくて仕方がないと言った顔で笑う篠ノ之博士を冷ややかに見ながら俺は口を開く。

 

「この度は……うな………負けい…………に大天才篠ノ之束……自ら作って…………本当に………とうご……ました。この………は一生………ません」

 

『ん~?よく聞こえな~い。もっとはっきりと!大きな声で!言ってくれないと機械も反応してくれないよ~?』

 

「………チッ」

 

 俺は舌打ちし大きく息を吸う。

 

「この度は私のような卑しい負け犬の豚に大天才篠ノ之束様自ら作っていただき本当にありがとうございました!このご恩は一生忘れません!」

 

「……颯太」

 

 俺が大声で叫ぶと哀れなものを見るような目で口元を押さえたシャルロット。

 

「颯太、よく言った!よく我慢したな!」

 

「お疲れ……」

 

 サンダーさんがどこぞの動物博士のごとく俺を撫でまわし、いつもは厳しいアキラさんも優しい笑みを浮かべている。

 貴生川さんも春人副社長も犬塚さんも苦笑いを浮かべ、社長に至ってはまるで息子が何か大仕事をやり遂げたかのように涙目になっていた。

 ミハエルさんは呆れ顔である。

 

『いや~OKOK』

 

画面の中で満面の笑みで頷く篠ノ之博士。

 

「どうですか!?これで文句ないでしょ!?」

 

『うんうん。大きな声ではっきりと言えてたし十分だね。じゃあ――この調子で本番頑張ってね』

 

『……………は?』

 

 篠ノ之博士の言葉にその場の全員が呆然と呟く。

 

「え?今言ったじゃないですか」

 

『言ったね。でもコンテナに向けて言わないと開くわけないじゃん。何言ってんの?バカなの?死ぬの?』

 

「……………」

 

 篠ノ之博士の言葉に俺の顔から表情が消える。

 

『じゃあいいもの聞けたし、満足満足』

 

「…………ぶち殺すぞ、駄兎が!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこから『火焔』を使って無理矢理コンテナを破壊しようとする颯太を押さえつけなだめるのに一時間。

 もう一度颯太が同じ言葉を言うまでに一時間。

 計二時間という時間を要して朝から続く、後に社員から「平凡なプライド事件」と呼ばれる一連の騒ぎはひとまず収束したのだった。

 




颯太&シャルロットの新装備のお披露目はまた次回!

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