第81話 全ての大人達は全ての子供達のインストラクター
「フッ……フッ……フッ……」
早朝、俺は寮の外周を走る。呼吸は一定のリズムで繰り返す。
師匠から出されている毎日の練習メニューの一つである走り込み。早朝に起きるのはいまだ慣れないが繰り返したこのメニュー、確実に力がついて来ていることが分かる。
数か月前の俺だったらメニューの三分の一も消化した辺りでペース配分もできずばてていたことだろう。成長していないようで俺もしっかり成長していた。だが――
「まだ……まだ足りない!」
友人たちとの練習の中で自身の課題はおのずと見えてくる。
確かに新装備も増え、『火焔』の能力は向上しただろう。だが、向上したのは『火焔』だ、俺じゃない。その証拠に俺のこれまでの勝ちは装備や『火焔』の力によるものだろう。
今のままじゃダメだ、いまのままじゃ。
「やっぱりそろそろ練習メニューをもっと厳しいものに変えてもらおうかな……後で師匠に相談してみよう。夏休みもあと二週間くらいあるし、長期的な修行とかいいかも」
俺は走り込みをしながら考えをまとめる。
○
と、言うわけで、早朝のメニューを終え、シャワーと朝食を済ませた俺は師匠を訪ねて生徒会室へ。途中あったシャルロットもついて来ていた。
「…………」
生徒会室の定位置の机で書類に判を押していた師匠の正面に立ち、俺は意を決して口を開く。
「……強く、なりたいんです」
俺の顔をじっと見返す師匠に俺は再度言う。
「強くなりたいんです、俺!」
「………ふ~ん、なればいいじゃない。頑張ってね」
そう言って師匠は視線を書類に戻し仕事を再開――って!
「は?え?」
「いや、頑張ってね、じゃなくて……え?聞いてませんでした?強くなりたいんですよ、俺。夏休みもまだ二週間近くありますしジャンプ漫画とかで言えばそれこそ修行編突入の流れだと思うんですけど?」
困惑する俺とシャルロット。
「修行編って何?そんなのに突入するの、颯太君?大変だね」
「いや、大変だねって……あなた俺の師匠ですよね?俺にISの操作技術教えてくれるとか…何か修行メニュー考えてくれるとか……」
俺は言いながら咳払いをして意識をシリアスな方向に戻す。
「師匠…強くなりたいんです!」
「…………」
「それから…二週間の時が流れた…
いや~、大変だったわねぇ、修行」
「流れてねぇよ!モノの二秒ですよ!」
「でもやっぱりこうして学園に戻ってくると落ち着くわね」
「なにナレーションぽく修行終わらせた感だしてんですか!」
「心配しなくても向こうとこっちでは時間の流れが違うのよ。向こうでの一週間はこっちの一秒にも満たないのよ」
「向こうって何だよ!全然意味わかんないっすよ!?」
「二秒でも私たちは二週間の成果を得たってわけよ」
「一歩たりともここから動いてませんけど!?なんですか向こうって!?精神と時の部屋ですか!?ねぇよそんな部屋!」
「いいじゃないのこんな感じで~」
俺のツッコミも何のその。いつも以上になんだかやる気のない師匠。
「なんですか、いつもなら相談にのってくれるのに。なんか変っすよ師匠」
「颯太…今のお姉ちゃんに何を言ってもダメ……」
「うんうん、タイミングが悪いよ~」
「簪……と、のほほんさんいたのか」
「うん、結構序盤から~。それまで寝てたけどね~」
生徒会室に併設された給湯室もどきから顔を出した簪と、机のぐで~んと突っ伏したのほほんさん。
「えっと…どういうこと?」
「今のお姉ちゃん、ご機嫌ナナメ。こういう時のお姉ちゃん、結構めんどくさい」
「むぅ、ひどいわね、簪ちゃん。悪いのはこの仕事の山よ!」
「お言葉ですが、会長」
と、簪の背後から布仏先輩がお盆に紅茶の入ったティーポットとカップを乗せて現れる。
「ここにある書類は以前からあったものです。その時にはまだ猶予はあったはずですが?」
「ギクッ!」
「それを井口君の実家帰省に無理矢理着いて行ったりその他なんだかんだと理由を付けて先延ばしにしていたのは会長だったと思いますが?」
「ギクギクッ!」
ダラダラと汗を流しながら視線を泳がせた後、俺の方にガバッと顔を向ける。
「そ、颯太君からもなんとか言ってよ!私が実家に着いて行ってよかったわよね!?」
「確かに師匠が来てもらったおかげで実家での問題解決はスムーズでした」
「でしょ!?」
「でも!あえて言わせてもらえれば……自業自得って言葉知ってます?」
「ガ~ン!」
俺の言葉にショックを受けて顔を突っ伏す師匠。
「そんなわけで井口君、残念ですが今の会長には井口君の相談にのっている余裕がありませんので……」
「そういうこと!悪いけど他をあたってくれるかしら!?」
先ほどよりさらに不機嫌になった師匠がフンッとそっぽを向く師匠。
「なにへそ曲げてんですか?」
「べっつに~?自業自得の師匠には?師匠の味方してくれない弟子に構ってる余裕とかないですし~お寿司~」
「「「……………」」」
このとき、俺とシャルロットと簪はまったく同じことを考えていたことだろう。うっわ、この人めんどくせぇ~――と。
「大体タイミングが悪いのよ!夏休みも残り二週間!二学期に向けて色々と決めなきゃいけないことは山ほどあるの!颯太君に手伝ってもらいたいくらいよ!」
「でも俺が生徒会に正式に入るのって二学期からですから。生徒会じゃなくても手伝えるならいくらでもしますけど?」
「…………」
「残念ながら今ある仕事は……」
師匠と布仏先輩の顔を見ればわかる。結構重要なことが多いのだろう。
「でも、そっか~…師匠に頼れないんじゃ他に誰か頼れる人が…誰かいるかな?」
「先生に頼るとかは?」
「生徒会がこれだけ忙しかったら先生たちはもっと忙しいかも」
簪の言葉に首を振りながら言う。
「他に……あ!他の代表候補生に相談してみるとかは?」
「でも………普段の様子を見てると……」
シャルロットの提案に俺は言いながら一夏のコーチについている三人の人物の様子を思い出す。
~とある侍少女の場合~
『こう、ずばーっとやってから、がぎんっ!どがんっ!という感じだ』
~とあるチャイナ娘の場合~
『なんとなくわかるでしょ?感覚よ感覚。……はあぁ?なんでわかんないのよ』
~とある英国貴族の場合~
『防御の時に右半身を斜め上方に四十五度傾け、回避の際に後方に二十度反転ですわ』
「あれは難解だった……」
「「あぁ……」」
俺の言葉に意味を理解したらしい簪とシャルロットがなんとも言えない顔をする。が、シャルロットがふと思い出したように呟く。
「でも…ラウラは?」
「え?」
「だって、ラウラってドイツ軍の特殊部隊の隊長でしょ?しかも織斑先生に直接指導してもらってた経験もあるし」
「………それだぁぁぁぁぁぁ!!!」
○
「なるほど、話は分かった」
「颯太も大変だな」
シャルロットの電話による呼び出しをうけ、すぐさま生徒会室にやって来たラウラ、ついでに一夏に事情説明をした俺。
「ねえ、今更だけどなんでここで話し合いしてるの?私仕事してるんだけど?」
「あ、すいません布仏先輩。邪魔だったらいつでも出て行きますんで」
「はい、大丈夫ですよ。あ、紅茶のおかわりはいりますか?」
「あっれ~?私は?ねぇねぇ私に言うことはないのかな?仕事してるの私なんだけど!?」
「で?どうかな、ラウラ。お願いできるなら色々相談にのってほしいんだけど」
「無視!?」
「師匠、口より手を動かしましょう。仕事終わらないっすよ」
「え、何?私が悪いの?」
口の前に人差し指を立てて〝シー〟とジェスチャーをする俺に首を傾げる師匠。
「なるほど………いいだろう、颯太。お前の頼み、聞いてやろう」
「ラウラ……ありがとう。感謝するよ」
「構わん。お前には日本文化のことを前々からいろいろと教えてもらっているからな。また新しいマンガを貸してくれ」
「OK、用意しておく」
「うむ。では、さっそく修行の話に入るか」
ラウラの言葉に俺は姿勢を正す。
「聞けばIS操縦の基本的な技能のレベルアップが今回の目的らしいな。私は以前IS操縦はあまり上手ではなかった。しかし、織斑教官に教えを乞うことで私は今やドイツの特殊部隊の隊長にまで上り詰めることができた。あの時の教官の教えをそのままお前に伝えれば、おのずとレベルアップは果たせるだろう」
「ラウラがかつて行った織斑先生の修行……」
「千冬姉の修行……それ、俺もさせてくれ!」
ラウラの言葉に一夏が立ち上がって言う。
「なあいいだろ?千冬姉のように俺も強くなりたい。いつまでも千冬姉に守られたままじゃいやなんだ!」
「俺はいいけど……」
「嫁がやりたいのなら構わん。颯太もいいみたいだしな。ただし、厳しい修行になる。覚悟はできているか?」
「ああ!もちろんだ!」
「俺も覚悟はできている」
「…………」
力強く頷く一夏と俺の顔をじっと見たラウラはフッと笑みを浮かべる。
「いい目だ。では、教えよう、教官の教えを!」
『ゴクリ』
ラウラの言葉にその場の全員がつばを飲み込む。いったいどんな修業が飛び出してくるのか……。
「よし、ではまずこの亀の甲羅を背負え。重いだろうが外すんじゃないぞ」
「え?あ、うん」
と、ラウラの差し出してきた大きな亀の甲羅をリュックの様に背負う。背中にずっしりと重い感触がのしかかる。
「ではお前たちにはその重りを背負ったままこれからある物を探してもらう。この〝羅〟と書かれた石ころだ。これを今から外に投げる。〝羅〟と書かれている以外は何の変哲もないこの石ころを他の石と見分けて拾ってくるんだ。石は一つしかない。拾ってこられなかった方は今日の夕食は抜きだ。ちなみにその辺の石に〝羅〟と書いてもってきても無駄だぞ?字を見ればわかるからな。では準備はいいか?いくぞ?」
「「ちょっと待て!!!」」
窓を開けて投げようと振りかぶるラウラを全力で止めながら俺と一夏は叫ぶ。
「なんかそれ見たことあるんだけど!ねえおかしいだろ!」
「何!?……どこかでパクられたか?」
一夏の言葉に首を傾げるラウラ。
「ドラ〇ンボール!!ドラ〇ンボールだよね、それ!?それ俺がこの間貸してやった漫画のだよ!引っ張られすぎだよ!影響受けすぎだよ!お前みたいなのにドラ〇ンボール全巻貸すんじゃなかったよ!それともお前は織斑先生があのエロじじぃと同じってか!?お前の尊敬する織斑先生はエロじじぃか!?巨乳のねぇちゃんにパフパフを要求するってのか!?」
「ほう?誰がエロじじぃだと?」
「だから織斑先生が――ゴルパッ!」
背後から聞こえた声に叫びながら答えようとした俺は後頭部に感じた衝撃とともに床と凄い勢いでキスをし、ゴスンと鈍い音を立てる。
「生徒会に書類を持って来てみれば騒がしいから何を騒いでいるのかと思えば……貴様いい度胸だな」
「ち、違うとです、織斑先生これは――」
俺は一連の出来事を織斑先生に話す。
「――なるほど、事情は分かったが……ボーデヴィッヒ、何か申し開きはあるか?」
「ほんの冗談のつもりだったんですが、まさかここまで真に受けるとは」
「お前の冗談わかりずらいわ!ただでさえ普段から表情変えないやつがこのタイミングで冗談言ってんじゃねぇよ!甲羅まで準備して用意周到過ぎんだろ!」
「うちの部隊の副長にドラ〇ンボールの話をしたらノリノリで作ってくれてな」
「どうなってんだよ、お前の部隊は!!いつかその副長と話させろ!」
ラウラのおかしな日本観の原因はきっとのソイツが原因だ。
「まったく…で、話を聞いていればもとはと言えば井口の発言から始まったようだが。井口、お前は本当に強くなる覚悟があるのか?」
「………あります。正直今のままじゃダメだと思うんです。『火焔』はどんどん強くなるのにそれを扱う俺が未熟なままじゃいけない……これはISを使う上で必要なことだと思うんです」
「そうか……」
俺の言葉に織斑先生が少し考え込むような動作をするがふぅと息を吐く。
「これは時期尚早だと思って話していなかったが……井口、お前、アメリカに行く気はあるか?」
「……はい?」
「というのも、近々アメリカ軍で一週間の軍事訓練が行われるそうだ。以前から打診はあったんだ。しかし、お前は世界でも珍しい男性IS操縦者だ。安全面などを考慮しこちらで断っていたんだが…つい今朝がたもまだ間に合うからと連絡が来ていてな」
「アメリカ……」
「メニューとしては午前中は基礎体力面のトレーニング、お前であれば男性の軍人とのトレーニングと生身での格闘訓練だな。午後からはISの訓練をアメリカ軍のIS部隊とともにうけることになるようだ」
「…………」
織斑先生の説明に俺は黙考する。
「どうだ?やる気があるならすぐにでも申請してやろう」
「………やります。やらせてください!」
俺の返答に頷いた織斑先生。
「わかった。では参加する旨、先方に伝えておこう」
「ありがとうございます!」
「さし当ってお前には出されている学園の宿題を提出してからアメリカに行ってもらう」
「はい!――って、ええっ!?」
勢いで大きく頷いてからその意味を知り驚く。
「はい?え?どういうことですか!?」
「当たり前だろう。アメリカの軍事訓練に参加して宿題をする時間があるのか?期間から見るに日本に帰国したら残りの休みは二、三日しかない。まあ全てとはいかないまでも日本に帰国してからでも余裕で終わらせられるくらいにはしていってもらわなければ困る。あくまでお前の本分は学業なのでな」
「ら、らじゃーです……」
俺は織斑先生の言葉の説得力に論破することもかなわず宿題地獄を感じながらそっと涙を拭った。
これは今日の午後から取り掛からないとマズそうだ。
「そう言えば…なんでアメリカからそんな打診が?」
「確かに。颯太君って別にアメリカに関係があるわけじゃないし」
ふと呟いた簪の言葉に師匠も頷く。
「ああ、アメリカで軍事訓練が組まれたときアメリカ軍のIS操縦者の一人が推薦したらしくてな。その人物が何度も連絡を寄越していた。何度断ってもしつこくてな」
ため息まじりに答える。
「ちなみにお前たちも知っている人物だ」
………はて?アメリカ人に知り合いがいたっけか?
「えっとその人っていったい……」
「アメリカとイスラエルの共同開発された機体、『銀の福音』の操縦者だった人物、アメリカのテスト操縦者ナターシャ・ファイルスだ」
というわけで颯太君のアメリカ行きが決まりました!
さて先日行ったアンケートの結果を鑑みて自分なりに結論を出しました。
番外編の内容は颯太君が怪盗側で描きたいと思います。
でも、その前に無い物をもう少し更新してからにしますので少々お待ちください(-_-;)