アンケートの結果から颯太が怪盗側の物語にしました。
「そっちに行ったぞ!」
「追え!逃がすな!」
サイレンの鳴り響く中、黒ずくめの人物は逃げ、それを追う警官たち。
一人に対して数十人という警官が追いかけるが、それを嘲笑うかのようにするりするりと逃げ回る。――否
「フフフ……」
笑っていた。
「フハハハハハ!」
高らかに黒ずくめの人物は笑っていた。
自身を追う警官たちを、自身を捕まえることのできないその無能さを、まるでゲームの様に、鬼ごっこにはしゃぐ子どもの様に、高らかに笑っていた。
「それでは――また会いましょう」
そう言い残し、黒ずくめの人物は忽然と姿を消す。
その場に残されたのは数十人の警官、そして――
「くそっ!またまんまとジョーカーに逃げられた!」
悔し気に叫ぶ刑事――織斑一夏だった。
これはとある怪盗と三人の美少女探偵の物語である。
○
『お疲れ様です!』
現場に先に来ていた警官たちが現れた女性に一斉に敬礼をする。
「うむ、ご苦労。首尾は?」
言いながらその女性、織斑千冬警部は近くにいた眼鏡の刑事、山田真耶警部補に視線を向ける。
「予告されている時間、22時までは残り二時間と少し。総勢百人の警官と、もともとのここの警備員20人の計120人を館内に配置済みです」
「うむ」
「あ、千冬姉ぇ!」
満足げに頷く千冬警部。そんな千冬警部に駆け寄るスーツ姿の男が一人やって来る。
「千冬姉お疲れ!任せてくれ、今度こそあのにっくきジョーカーを――へぶ!」
「織斑警部だ!まったく……仕事場では公私混同するなといつも言っているだろう?」
「うっ……すみません、織斑警部」
鉄拳制裁を受けげんこつが落とされた頭を押さえながらしょんぼりと言う織斑一夏巡査長。
「それで?毎回ジョーカーに逃げられるダメ刑事の織斑はどうかしたのか?」
「あ、ああ。今回の予告状が届いたこの篠ノ之美術館の館長、篠ノ之箒さんと警備責任者の凰鈴音さんをお連れしました。」
「ど、どうも」
一夏巡査が示す先には黒髪ポニーテールで紺のスーツに身を包んだ箒館長、また警備員の制服に身を包む黒髪ツインテールの鈴警備責任者である。
先ほど一夏巡査長への鉄拳制裁に驚きながらも二人の女性はお辞儀をする。
「初めまして。今回の責任者である織斑千冬警部です」
胸元のポケットから警察手帳を取り出して開きながら見せる。
「それで今回の予告状ですが……」
「はい、ここに」
言いながら箒館長が示すと鈴警備責任者が文庫本サイズの一枚の真紅のカードを取り出す。
「なるほど……これを最初に見つけたのは?」
「私です。朝最初の見回りで受付の上に置かれているのを発見しました」
挙手をしながら言う鈴警備責任者の言葉に頷く千冬警部。
カードを受け取りその表面に書かれた文言に視線を走らせる。
「えっと……」
「――『本日22時、篠ノ之美術館最奥のホールに飾られた「セシ・リアの微笑み」を頂戴する。怪盗ジョーカー』公式には発表されていないジョーカー特有のサインも書かれているので本物でしょうね」
千冬警部が読み上げようとしたところで別の人物がカードの内容を読み上げる。
全員が視線を向けると千冬警部の後ろに三人の少女たちが、その真ん中の少女が口元に閉じた扇子をあてながら悪戯っぽく笑う。
「君らは……」
「こんばんは、織斑警部」
「前回の事件以来ですね」
「今回も呼んでいただきありがとうございます」
三人の少女たちの言葉に頷く千冬警部と姿勢を正しビシッと敬礼をする一夏巡査長と真耶警部補。
「ご苦労様です、楯無さん!シャルロットさん!簪さん!今日もよろしくお願いします!」
一夏巡査長の言葉に三人の少女が頷く。この少女たち、更識楯無、シャルロット・デュノア、更識簪こそ今巷で話題の美少女探偵である。
民間の探偵社にしてその高い推理力によって警察からの信頼も厚く犯人検挙率も高い。またそのビジュアルから世間の人気も高い。そんな少女たちに唯一黒星を付けるのが――
「間違いないですね。この予告状…やつのものです」
簪の言葉にふたりの少女も頷く。
そう。彼女たちの華麗なる経歴に唯一の黒をつけた人物こそ、この予告状の主にして世間を騒がせる大怪盗、現代のアルセーヌ・ルパンと言われる人物、怪盗ジョーカーである。
怪盗ジョーカー。その正体は謎に包まれ年齢も性別すらも分かっていない。しかし、そのキザな立ち居振舞いや口調、予告状の言い回しなどから男性であるともっぱらの噂であり、ネットを中心に根強い人気である。
「ふむ。それは疑う余地がなさそうだ。そしてこれが――」
「はい。今回やつが予告して来たターゲット、『セシ・リアの微笑み』です」
千冬警部が視線を向け箒館長が頷く。
八人の視線の先の壁に掛けられているのは一枚の絵画だった。
77 cm×53 cmの枠の中に描かれているのは一人の女性であった。
先端がカールされた長いブロンドを湛え椅子に腰かけた姿勢で上半身のみ、その表情は微笑を浮かべていた。
「これをやつが……」
その場の全員がごくりと息を呑み
「見てろ、怪盗ジョーカー!今度こそお前を捕まえて牢屋にぶち込んでやるからな!」
一夏巡査長がぐっと拳を握りしめて叫んだ。
○
ジョーカーの予告状が届いたとあって篠ノ之美術館前には報道陣やジョーカーの姿を一目見ようと押しかけたファンたちによってごった返していた。
そして、そんな篠ノ之美術館を見下ろせる美術館の真横のビルの屋上に彼はいた。
全身黒ずくめ。真っ黒なロングコートを翻し、目元を隠す白い仮面の中の瞳を眼下に向け口元に笑みを浮かべる。
手を覆う真紅の手袋をグッと嵌め直しながら彼は誰に向けてでもなく、強いて言うならば眼下の観客たちに向けて宣言するように言う。
「さあ…ShowTimeだ」
○
現在時刻は21時50分。予告の時間まで残り10分。
残り30分を切ったあたりから最奥の展示室、『セシ・リアの微笑み』の前には楯無、シャルロット、簪、一夏巡査長、真耶警部補、千冬警部、そして美術館の責任者である箒館長と鈴警備責任者が集まり、今か今かとその瞬間を待っていた。
「現在21時53分。10分をきりました」
真耶警部補が自身の腕時計を見ながら言う。
「このまま来ないなんてことは……」
「ないですね」
鈴警備責任者の言葉にシャルロットが首を振る。
「やつは時間に正確です。予告すれば確実にその時間に現れます」
シャルロットの言葉にこれまでジョーカーと渡り合ってきた二人の少女と警察のメンバーが賛同するように頷く。
「しかしこの警備の中でいったいどうやって……」
心配げに呟きながら箒館長も自身の腕時計に視線を向ける。
「5,4,3,2,1…予告まで5分をきりました。動きがあるとすればそろそろ――」
真耶警部補の言葉と同時に変化が起きた。
突如視界が暗闇に包まれる。
ブレーカーが切れたのか設置されていたライトも照明もすべて同時に暗転する。
「なんだ!?」
「誰かがブレーカーを落としたんです!」
「やつか!?」
「まずは灯りをどうにかしないと!」
「落ち着いてください!」
「安心してください!ブレーカーが落ちても一分もあれば補助電源に切り替わってすぐに電気が――」
箒館長の言葉と同時にカチッという音とともに灯りが少しづつ点く。と――
「ああ!大変です!」
一人の警官、長い銀髪と眼帯が特徴的なラウラ・ボーデヴィッヒが壁を指さしながら叫ぶ。
「え、絵が!『セシ・リアの微笑み』がありません!」
「何!?」
ラウラ警官の言葉に驚きながら見ると、そこには――
「くそっ!ジョーカーか!」
額縁だけがかけられ中に入っていたはずの絵が忽然と消えていた。絵のあった額縁の中には向こう側の壁が見えていて壁には白い張り紙がはられており、紙には
『警備ご苦労様です。予告通り「セシ・リアの微笑み」確かに頂きました』
と書かれていた。
「付近を捜索しろ!やつはまだこの近くにいるはずだ!」
『はい!』
千冬警部の掛け声に警備についていた警官たちが頷きすぐさま美術館内をジョーカー捜索に走り出す。
「ジョーカーめ!ぜってぇつかまえてやる!」
「私たちは監視カメラを確認しに行きます!ジョーカーが映っているかも!」
「頼むぞ山田警部補!」
警官の後を追うように千冬警部と一夏巡査長が駆けだし、真耶警部補と箒館長と鈴警備責任者はモニターのある部屋へと走り出す。
美少女探偵の三人は
「「「…………」」」
少し周りを見渡した後、揃って展示室を出て行く。
展示室の中はもぬけの殻となり、静寂が支配する。
「……………」
と、一人の制服警官が展示室に戻ってくる。
「……………」
無言のまま『セシ・リアの微笑み』の展示されていた額縁の前に立つと、おもむろに額縁の端に触れ……
「よっと」
小さな掛け声とともに額縁の表面に貼ってあったシートを剝がす。
シートの下からは変わらぬ微笑を湛えたブロンドの美少女、『セシ・リアの微笑み』が姿を現す。
「フッ」
警官は満足げな笑みを浮かべ、シートを回収し、額を壁から外すと中の絵を外して額縁だけを壁に戻し額縁の中の壁に張り紙を張る。
「さて、それではそろそろお暇しますか」
「あら、まだいいじゃない」
「僕たち、あなたにいろいろと積もる話もあるし」
「ゆっくりと…警察で話そう……」
と、絵を抱えた警官が立ち上がったところで展示室唯一の入り口から先ほどジョーカーを捜索しに行ったはずの美少女探偵の三人が現れる。
「……………」
「なかなか上手くだましたわね」
「ぱっと見は気付けなかったよ」
「おかげで今も警察の皆さんは外を大捜索してる」
笑みを浮かべ悠々と警官に向けて褒める三人。
「そろそろ正体を現したらどう?――ねえ、「「怪盗ジョーカー」」」
三人がジッと警官に視線を向ける。
「………フフフ」
と、警官が突如声を漏らす。
「フハハハ、さすがですね。他の人とは一味も二味も違う」
笑いながら警官が自身の服に手をかけ引っ張ると、そこには
「一筋縄ではいきませんね。やはり美少女探偵の名は伊達ではない」
先ほどまで警官だった人物は、黒いロングコートに身を包んだ黒ずくめに顔の目元を隠す白いマスクの人物、怪盗ジョーカーに姿を変えていた。
「美少女もその通りですが、もはや探偵では足りないですね。今度からは美少女〝名〟探偵と言っても差し支えないのではないですか?」
「あら、嬉しいことを言ってくれるわね」
「さすがに今はまだ〝名探偵〟は言い過ぎだよ」
「私たちにはまだ実績足らず」
「そうですか?意外と謙虚ですね」
「ええ、だから――」
言いながら楯無は口元にあてていた扇子を開く。扇子には「大検挙」と達筆に書かれていた。
「ここであなたを捕まえて」
「実績とともに名乗ることにするよ」
「美少女名探偵ってね」
ニッと笑みを浮かべてじりじりとジョーカーへと距離を詰めていく三人。
「美少女三人に言い寄られてうれしい限りですが――残念、この後も予定がつまっているもので」
言いながら恭しくお辞儀をするジョーカー。
「それでは、失礼します」
頭を垂れていたジョーカーのコート脇からゴトリと筒状の金属が地面に落ちる。と、同時に――
「「「っ!?」」」
三人の目を強烈な閃光が襲う。
○
「ふう。これで後は逃げるだけですね」
言いながらジョーカーは中庭を走っていた。
展示室で閃光弾を炸裂させ、一瞬視界を奪われた三人から隙をついて逃げ出した。
「さて、ここは――」
「待ちなさいジョーカー!」
と、角を曲がろうとしたところで後ろから自身を呼ぶ声に振り返る。そこには追いかけてくる三人の美少女探偵たちの姿があった。
「おや、追いつかれるとは思いませんでしたね」
「ふふん。窓から飛び降りたりいろいろと近道したからね」
「おやおや、随分と無茶をする」
シャルロットの言葉に少し苦笑いをうかべながらも走る脚は一切緩めず、むしろ加速する。
「さぁ観念しなさい!そこから先に行っても――」
「あ、そこ危ないですよ」
「「「え?」」」
カチ
ジョーカーの言葉に首を傾げると同時に三人の足元で音がする。見ると三人は何かスイッチのようなものを踏んだらしく、同時に横の壁にあいた複数の穴が煌めく。
「「「っ!」」」
避けられないことを悟り、頭を抱えて顔をそむける三人。だが――
「まったく、危ないですよ」
三人が顔を上げると三人の前に立ち、特殊警棒で飛んできた矢を叩き落としたジョーカーの姿が。
「あ、ありがとう」
「ていうか……なんで矢?」
「ここの館長が設置した防犯装置です。なんでも館長のお姉さんが発明家のようですよ」
「だからってこんな……」
「あ、そっちも危ないですよ?」
「「「へ?」」」
カチ
壁に手をつきながら立ち上がった簪の手元から音がする。
「簪ちゃん!?」
「何したの!?」
「し、知らない…!私はただ壁に――」
「あ、話してる時間はありませんよ?」
と、ジョーカーが後方に視線を向ける。つられて三人が後方に視線を向けると
ドン!ゴロゴロ!
「な、なんで!?」
「道いっぱいの!?」
「大きな鉄球が!?」
「まあそういうトラップですからね。まるでインディーなんたらジョーンスみたいですよね」
「「「言ってる場合!?」」」
驚きながら走り出そうとするが先ほどの矢の恐怖で腰が抜けている三人はうまく走ることができない。
「こ、このままじゃ!?」
「仕方ありませんね。しっかり掴まっていてくださいよ?」
混乱しそうになっている三人に言いながら背中に楯無を背負い、右手でシャルロットを抱え上げて首に掴ませ、左手で簪を抱える。
「え?ちょっ!?」
「な、な、な!?」
「こ、これは…!?」
「舌噛むんで黙ってた方がいいですよ」
言いながら右手で何かを投げる。と、それはフックの様になっており、その後ろにはワイヤーが取り付けられていた。
ジョーカーの投げたフックは横の建物の上、二階建ての建物屋上へと飛んでいく。
「じゃ、しっかり掴まっててくださいね」
言うと同時にベルトのバックルの部分をカチリと押す。と、モータ音とともにワイヤーが巻き取られ勢いよく四人の体は上へと引っ張られていった。
○
「ふぅ。危なかったですね。三人ともケガはないですか?」
言いながらニッコリと三人に笑いかけながら両脇のシャルロットと簪を下ろし、楯無を下ろしにかかる。
「一つ聞いてもいいかしら?」
「はい、何でしょうか?」
楯無を下ろそうとしたところで質問される。
「あなた、『セシ・リアの微笑み』はどこにやったの?」
「ああ。そこにありますよ。三人を抱えて絵も抱えて逃れるのは難しかったので先にここに投げておいたんですよ」
「そう。それじゃあ――今よ、簪ちゃん、シャルロットちゃん!」
「っ!?」
言葉とともにジョーカーにおぶさっていた楯無はジョーカーにチョークスリーパーをしかけ、簪とシャルロットもジョーカーの指した方向に落ちていた『セシ・リアの微笑み』をよたよたと駆け寄り確保する。
「どう?これで私たちの勝ちね!」
「…………」
「フフ。言葉も出ないようね」
嬉しそうに微笑む楯無。だが――
「あんまり無理しない方がいいですよ」
「え?」
「よっと」
「あっ!」
掛け声とともにあっけなく楯無の拘束から逃れたジョーカーは逆に楯無を抱え込む。俗に言うお姫様抱っこの体勢だ。
「さっきまでのでまだ力が入らないんでしょう?大人しくしていた方がいいですよ。さて――」
言いながら楯無を簪とシャルロットの横に下ろし絵を回収しようとする。が――
「これは渡さない!」
「ほしかったら力づくで!」
シャルロットと簪が絵を守るように抱え、ジョーカーの手から守る。
「………はぁ。そんな風にされたら盗れないですね。あなたたちを傷つけてしまえば僕の美学に反する」
「「「え?」」」
「でも、こんな無茶は次回からはやめてくださいよ。かわいいあなたたちにはこんな危ない目にあって苦しそうな顔をするより――」
ポポポン
言いながら差し出したジョーカーの手に次々と真っ赤なバラが計三本現れる。
「笑っている方がチャーミングですよ」
三人に一本ずつバラを渡し立ち上がるジョーカー。
「それでは美少女探偵の皆さん、またお会いしましょう」
○
「三人とも無事ですか!?」
屋上に一夏巡査長が現れた時、そこにジョーカーの姿はなかった。
「なんとかね。でも」
「またまんまと逃げられちゃった」
「悔しい……」
不機嫌そうに三人が漏らす。
「でも、今回は絵を守り切ったじゃないですか!あのジョーカーのやつの初黒星ですよ!」
「それじゃダメなのよ!」
「そうそう!」
「ジョーカーのやつ、またまんまと盗んでいった」
「え?でも絵はここに……」
「いいえ、ジョーカーはとんでもないものを盗んでいったわ」
「……?」
「それはね」
「私たち三人の心です」
「…………はい?」
三人の言葉に首を傾げる一夏巡査長。
「ジョーカーのやつ!」
「次は絶対に負けないんだから!」
「私たちの手で…絶対捕まえる!」
「「「覚悟してなさい!♡♡♡」」」
○
「「「はぁ………」」」
楯無と簪とシャルロットの三人は丸いテーブルに着いてため息を吐く。昨日の夜ジョーカーに逃げられたことがまだショックのようだ。
ここは都内某所の喫茶店、「あんていく」。マスターの人柄なのかゆったりとした雰囲気と豊富な種類のコーヒーや軽食、デザートの楽しめる知る人ぞ知る穴場の喫茶店である。
「どうしたんですか、ため息なんてついて?」
と、三人の横に同年代くらいの少年がお盆を持って現れる。
「ああ、颯太君」
三人の前におしぼりとお冷を置く少年、井口颯太に三人は顔を上げて視線を向ける。
ここ、「あんていく」は初老のマスターが経営しており、この少年、井口颯太はここに勤務するバイトの一人である。
ここの常連の三人はバイトの彼とも顔見知りで同世代ということもあり仲良くしているのである。
「ご注文は?」
「いつものブレンド三つ。ホットで」
「はいは~い、ブレンド三つですね。店長!ブレンド三つです」
席の目の前、カウンターの中の厨房に向けて言うと初老のマスターが優しい笑みを浮かべて頷く。
「そう言えば新聞で見ましたよ。あの怪盗ジョーカーから『セシ・リアの微笑み』を守り切ったらしいじゃないですか。すごいっすね」
カウンターの向こうの店長の元に少し消え、戻って来た颯太が言う。
「……すごくなんかない」
「今回はたまたまだよ」
「本当ならジョーカーは『セシ・リアの微笑み』を盗めたはずなのに……」
三人は言いながらもう一度大きくため息を吐く。
「ん~……よくわからないけど、別にいいいじゃないっすか」
颯太はにっこり微笑みながら言う。
「今回はそうかもしれませんけど、世間的に見ればあの怪盗ジョーカーに黒星を付けた名探偵ですよ。三人がそれだけの実力を持ってることは俺が知ってますから」
「「「颯太(君)……」」」
「それに、手を抜かれたのが嫌なら次はちゃんとターゲット守り切ってにっくきジョーカーを捕まえて終止符を打てばいいんですよ。大丈夫です。三人ならできますよ。俺はそう信じてますよ。ね?美少女名探偵さん♪」
「……フフ。ありがとう、颯太君」
「なんだか元気が出た」
「颯太って優しいよね」
「よかったです。頑張ってくださいね」
「井口君。運んでくれるかな?」
「あ、店長。すみません、今いきます」
言いながらカウンターの方に颯太が消える。
しゃべり相手がいなくなったことで手持無沙汰になった三人は置いてあった新聞に視線を向ける。
新聞にはデカデカと「怪盗ジョーカー初黒星!お手柄美少女探偵!」の文字が躍っている。細かいところに目を向けると事件の詳細が書かれているが、ジョーカーが盗める獲物を見逃したとはどこにも書いていなかった。
「はぁ…颯太君が言ってたように考えようとは思うけど、やっぱりなんとも言えない気分ね」
「僕たちが勝ったとはいえ、完勝ではなかったですからね」
「やっぱり悔しい……」
「失礼します」
三人が暗い方に思考が行きかけたところで颯太がお盆を手に戻ってくる。
「こちらブレンドコーヒー三つです」
カチャリと三人の前にコーヒーカップを置く。
「で、こちらケーキセットのケーキになります」
「え?知らないわよそれ」
「僕たちはコーヒーを三つ頼んだだけで」
「ケーキなんて……」
と、三人が首を傾げるが、颯太はそっと人差し指を立てて口にあて、〝静かに〟のジェスチャーをする。
「俺からのジョーカーに黒星付けたお祝いです。ケーキの分俺が奢ります。他のお客さんには内緒ですよ」
「「「…………」」」
悪戯っぽく笑った颯太はそのまま三人に、ごゆっくりどうぞ、と言い残し自身の仕事に戻っていった。
「「「…………はっ!」」」
颯太が仕事に戻って数秒後、呆然と思考停止していた三人が意識を取り戻す。
「な、何だろうこのときめきは?」
「な、なんだかまるで……」
「ジョーカーに感じてるときめきみたい…ですね」
三人が言いながら呆然と颯太に視線を向ける。
洗ったコップを拭いていた颯太は三人の視線に気付き、顔を上げるとニッコリと微笑みこっそりと手を振る。
「「「っ!?」」」
まるで電流の流れたような衝撃を感じながら三人は手を振り返し、治まらない胸の高鳴りをごまかすように颯太の用意してくれたケーキにフォークを伸ばしたのだった。
○
「はぁ、今回もまんまとしてやられたわね」
「あんていく」を出た三人は歩きながら楯無が言う。
「でも!次こそは!」
「僕たちの手でジョーカーを捕まえて!」
「ジョーカーのハートを私たちが盗み返す!」
「やってやるわよ!「「おお~!!」」」
「うおっ!なんか寒気した」
「大丈夫~?風邪ー?」
「あんていく」にて仕事を続けていた颯太がブルリと背筋を震わせる。そんな颯太にカウンターに座ったおっとりとした少女、布仏本音がぼんやりと訊く。
「ああ、たぶん平気。今一瞬寒気しただけで、それ以外特に問題ないし」
「ふ~ん…じゃあぐっちーは体調不良でもなんでもないのに『セシ・リアの微笑み』を盗み損ねたんだ~?」
「うっ!」
「私がせっかく協力して館内のブレーカー落としてあげたのに~」
「うっ!うっ!」
本音の言葉にいたいところを突かれたと苦しげにうめく。
「しょうがないだろ?あの三人がどうしても絵を渡してくれそうになかったんだよ。無理矢理は俺の美学に反する」
「美学じゃお宝は手に入らないよ」
「……すいません」
本音の言葉に頭を下げる颯太。
「まあいいや。それじゃあ次の計画が出来たら呼んでねー。手が必要ならまた手伝ってあげるからー」
「あいよ」
「店長さんもごちそうさまー」
「ああ、またおいで」
「は~い」
笑顔で頷いた本音は上機嫌で「あんていく」を出て行った。
「なんだか彼女、ご機嫌だったね?」
「なっしー?とかいう彼氏がいるらしくて、これからデートらしいですよ」
柔和な笑みを浮かべる老紳士と言った雰囲気の店長に颯太がグラスを拭きながら答える。
「なるほどね……君もお疲れ様。昨日は一段と大変だったようだね」
「ええ、まあ」
店長の言葉にため息をつきながら頷く颯太。
「まあ君が納得しているのならいいんじゃないかな。裏家業と表、両立頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
「さて、今は表の時間だ。ちょっと倉庫のコーヒー豆を取って来てくれるかな?」
「はい!了解です!」
店長の言葉に元気に頷き颯太は店の奥の倉庫へと走った。
怪盗ジョーカーこと、井口颯太と美少女名探偵更識楯無、シャルロット・デュノア、更識簪の一風変わった追いかけっこの物語はまだまだ続く。
さてお陰様でお気に入り件数2500件です。
ここまでやってこれたのも読んでくれているみなさんのおかげです!
予定ではまだ話は続くと思うのでこれからもよろしくお願いします!
~おまけ~(入れようかと思ったけど前後の話の関係で没にした展開)
「ここの警備の具合はどうですか?」
一夏巡査長が展示室前に立つ鈴警備責任者に訊く。
「問題ないです。時間までしっかりと警備します!」
「了解です!では俺は他のところの見回りに行ってきますので」
「はい!お疲れ様です!」
互いに敬礼をしあい、一夏巡査長は去って行く。
警備に戻った鈴警備責任者はネズミ一匹逃さないように真剣な眼差しで周りを開会している。と――
「はぁ!はぁ!り、鈴警備責任者!」
先ほど見回りに行ったはずの一夏巡査長が走って戻ってきた。
「ど、どうかしましたか!?」
「い、今ここに俺が来なかったか!?」
「は!?」
「バカ野郎!そいつがジョーカーだ!俺に化けて入り込みやがったんだ!」
食い入るように鈴警備責任者に詰め寄る一夏巡査長。
「そんなちっさいなりしてフラットな体型してるくせに変装も見破れないのか!?」
「~~~~!!!警備部隊!続けぇ!!!」
怒りで顔を真っ赤にしながら周りに控えていた警備員たちに叫びながら走り出す。
「ジョーカーを逃がすなぁ~(棒)」
一夏巡査長は棒読みで言いながらニッと笑みを浮かべながら展示室に入って行った。