次は、護堂&エリカの動きかな?書くことが多すぎて、終わる気がしない……。
逢魔が時、夕闇が支配する魑魅魍魎に出会うといわれる不吉な時間に、神聖なはずの七雄神社の境内では薙刀と長い刀身を持つサーベルが激しく打ち鳴らされていた。
薙刀の担い手は黒髪の美しい極東の巫女であり、サーベルを振るうはミラノの誇る神童、銀の妖精と形容される銀髪の女騎士だ。
「ハッ!」
「セイッ!」
薙刀が長い刀身を持つサーベルを受け流し、石突きによる反撃が行われる。
「チィッ!」
銀の妖精は舌打ちしつつも、それを巧みに躱し距離を取る。
しかし、敵である極東の巫女は、それを黙って見ているような相手ではなかった。
「千鳥鳴く佐保の川瀬のさざれ波やむときもなし我が恋ふらくは」
放たれるは無数の折鶴。それは万葉集の和歌を呪言とした言霊にのって、銀の妖精を切り裂かんと殺到する。万葉集は日本に現存する最古の和歌集である。それに含まれる強力な神秘を利用し、さらに尽きぬ恋心を詠んだものである通り、この術は尽きること無き折り鶴による怒涛の奔流だ。
一羽一羽、念と呪力をこめて丁寧に折った千羽鶴を千鳥の刃となす術。巻き込まれたら最後、人間など原型を留めない肉片になるまで切り刻む。
「ウリエルよ、ソドムとゴモラを滅ぼせし、業火の一端をここに!」
銀の妖精は、その見た目とは裏腹な危険性を魔女の直感で察知すると、迷い無く最大の火力でもって焼き払った。いかに呪力で強化されようと、折鶴は所詮紙である。燃やすのは造作も無い。追撃の術を見事防ぎきる。
だが、それは同時に銀の妖精の動きを止めたということと同義である。彼女はライバルであるエリカ・ブランデッリとは違って技巧派であり、この手の力押しの術は隙が多く不得手なのである。
故に、すでに相手が目的を達成していることに気づけなかった。
視界を埋め尽くす折鶴の奔流を焼き払った業火が消え去った後、銀の妖精は困惑した。そこには誰もいなかったからだ。
「なっ!?一体どこに?」
いくら周囲を見回しても、肝心の極東の巫女の姿は影も形もない。銀の妖精は、突然敵を見失ったことに驚愕を抑えきれず、思わず声を漏らす。
「……」
それでも、直ぐ様立ち直り、隠形による奇襲を警戒出来るだけ大したものである。
もっとも、残念なことにそれは完全な無駄骨であったが……。
「まさか逃げられたのか!?」
およそ三分あまり、奇襲を警戒していた銀の妖精は、ようやく敵が離脱したことを悟った。
「ぬかった。まさか、あれ程の使い手が迷い無く逃げを打つとは……」
銀の妖精ことリリアナ・クラニチャールは、ミラノの神童と呼ばれる天才であり、《青銅黒十字》の誇る新進気鋭の俊英なのだ。まさか、その自分と対等に渡り合える程の術者が、劣勢でもないのにあっさり逃げを打つとは、さしものリリアナといえど予想できなかった。
「元より遭遇戦であったのだろうが、何とも思い切りのいいことだ。あれ程の使い手、何者か知りたいところではあったが……。
まあ、いい。今はそれどころではない。候をお待たせするわけにはいかないからな」
ヴォバン侯爵は自身で短気と言い、神と戦う為にわざわざ招来するという本末転倒なことをする人物である。気が進まない役目とはいえ、悠長に行動していたら何が起こるか分かったものではない。
まして、ここは二人の王のお膝元なのだ。行動は迅速に秘密裏に行う必要がある。
「しまった!」
今更ながら、巫女にまんまと逃げられてしまったことは痛恨のミスであったことにリリアナは気づいた。
あれ程の使い手だ。この国の名門か、魔術結社に属しているであろうことは明白である。彼女から情報が渡れば、遠からず己は捕捉されるだろうことは容易に予想できたからだ。
はっきり言えば、相手の力量に感心している暇など微塵もなかった。
「くっ、急がなければ!」
そして、『跳躍』の魔術を用いて、高速で離脱しようとしたところで、それができないことに気づいた。
『跳躍』が発動しなかったわけではないし、高速移動が阻害されたわけでもない。問題なのは、移動したはずなのに、同じ場所に戻ってきてしまったということだった。
「これは…まさかっ!」
リリアナはすぐに己が敵の術中に嵌っていることを悟った。それも仕掛けたのは間違いなくあの極東の巫女であろうと。
「……幻術の類ではないが、惑わし迷わせるものだな。私ではなく、領域に敷くもの故看破できなかったのだな。
だが、大掛かりな術ではないし、直接私に害をなす類のものではないはずだ。そうであれば、流石に気づけただろうからな。恐らく術を破るのはそう難しくはないはず」
リリアナはすぐに術の本質を悟った。優れた魔女でもある彼女には造作も無い。『飛翔』の魔術をはじめとした魔女術と魔女としての霊的感覚は、ライバルであるエリカ・ブランデッリにはない彼女の強みなのだ。
恐ろしいことに、彼女の見解は八割方当たっている。
極東の巫女が仕掛けたのは、『奇門遁甲』。黄帝が蚩尤と戦っていた時に天帝から授けられたとされる中国系の呪術だ。一般的には占術として認識されているが、真伝は違う。『秘巫女』であった極東の巫女は、真伝の方を受け継いでいるのだ。
とはいえ、術の効果はそう大袈裟なものではない。単なる出口へ向かう順番の強制だ。八の方位を八門に見立て、術者が設定した正しい順番でその方位を通らなければ、その場から移動できなくするというものだ。ちょっと勘が鋭い人間なら魔術師でなくとも破れるだろうし、そうでなくとも正しい方向(門)を通ればその感覚はなんとなく分かるので、諦めさえしなければいつかは出ることができるという代物だ。
幸い、彼女の霊的な感覚を研ぎ澄ませれば、なんとなく行くべき方向は分かるので、脱出は容易だ。だが、今のリリアナにとっては最悪であった。一分一秒が惜しい状況で足止めされるなどたまったものではないのだから。
「くっ、まんまとしてやられた!
いや、落ち着け!今は心静かに霊感を研ぎ澄まし、一刻も早くこの場から離脱することが肝要なのだから」
必死に自分に言い聞かせ、霊感を研ぎ澄ますリリアナ。だが焦りは集中を乱し、それは自然所要時間を長くしていった。それでもリリアナが脱出に要した時間は五分程で済んだのは、一重に彼女の非凡さを示していたが、今回に限って言えば、何の慰めにもならなかった。
結局、リリアナは不意の遭遇によって、都合十分もの貴重な時間を浪費したのであった。
それは両者とも、予期せぬ遭遇戦であった。
いや、リリアナは公にはされていない万里谷祐理を守護する存在がいるかもしれないという覚悟はしていたので、ただ義兄である徹の代わりに見舞いと謝罪に来ていた美雪よりは遥かマシであったのかもしれない。
だが、少なくとも美雪にとって、それは完全な遭遇戦であった。
七雄神社の境内で、隠形しながら行動する何者かを察知した美雪は、不審に思い誰何した結果剣を向けられ、なし崩し的に戦闘状態に陥ったのだった。
兎にも角にも、早急に対処するべきだと判断した美雪は、躊躇いなく逃げを打った。勝てる自信はあったが、相手の力量は侮れるものではなく、敗北する可能性もゼロではなかった。万一のことを考えれば、確実に徹と委員会に情報を伝えるのが最善だと判断したからだ。
加えて、当初はどこか迷いが見え容易に勝利できそうな敵ではあったのだが、打ち合うごとに雑念を捨てて戦いに集中しだしたのか、剣閃も鋭くなっていったことを考えれば、あのまま戦い、敵の迷いを消し去ってやるのは愚策であった。
その場から離脱する為に、美雪は己の術の中でも敵の視界を奪うに足るものを使った。
用いた千羽鶴は、用意にそれなりに手間暇のかかるものだが、それでも彼女に躊躇いはなかった。ああも見事に焼き尽くされるとは思っていなかったが、防がれるのは計算の内である。
むしろ、防がせ、一時的にせよ視界から自身を外させる事こそが目的であったと言って良い。
美雪は己が完全に敵の視界から外れた瞬間、彼女の十八番である隠形術を使ったのだ。
美雪の隠形術は、徹がカンピオーネになって以来、その力になるべく磨き続けてきた努力の結晶である。今や、まつろわぬ神からも隠れ通すことさえも可能なそれを人間相手に行使する。
敵は優れた術者だ。視界に収められ意識下であれば、万が一にも見破られる危険性がある。美雪は九分九厘の成功ではなく、確実な成功を望んだのだ。
故にこそ、些か過剰な敵を滅殺するに足る迎撃しなければならない術を、呪具を消費してまで放ったのだから。
そして、それは見事成就した。美雪の思惑通り、敵は彼女を見失い、隠形を看破することもできなかった。焼き尽くされた折鶴であったが、あれには美雪の呪力が染み付いていてる。空気中を舞うその灰が、チャフのような働きをし、美雪の隠形をさらに確固たるものにする。リリアナが三分近くも奇襲を警戒していたのはこのためであったのだ。
後はささやかな嫌がらせとして、方位を八門に見立てた『奇門遁甲』の陣を敷き、離脱した。もっとも、本当におまけで大した時間稼ぎになるとも思っていなかったが……。
「あの娘、何者かな?外来の魔術師の情報は、義兄さんの護国方針の表明以来、委員会も神経を尖らせているはずだから。あの娘があまりやる気じゃないから助かったけど、最初から全力だったら苦戦していたかもしれない……。あれ程の使い手が来ていたなら、私達の耳に入っていないのはおかしい」
異国の魔術師との不意の遭遇戦という虎口をどうにか逃れた美雪であったが、現状を考えると竜穴に入る気がしてならない。護国を掲げる義兄の膝元である日本で、それも異国の魔術師が、よりにもよって万里谷祐理が媛巫女を務める七雄神社で敵対的行動をとってきたのだ。これで何もないと思うのは無理があるだろう。
「このお社に何かあるとは聞いたことがない。何かあれば、甘粕の奴が義兄さんに伝えないはずないし……やはり、狙いは―――」
その先は、流石に直接言葉に出すことは憚られた。言霊とは馬鹿に出来ないもので、口にするということはそれを本当にしてしまうことがあるからだ。
七雄神社は神域とはいえ、異国の魔術師が狙うに値するようなものが収められているわけでもない。そう、世界有数の霊視術士である媛巫女万里谷祐理以外には。
さらに、万里谷祐理にはヴォバン侯爵に巫女として狙われ攫われた前歴がある。そこに先頃義兄が言っていたことを加えて考えれば、結論はそれ以外にありえない。
たとえ、それが真実であっても、今は自身の推測でしかないのだから。
(つくづく、ついていない娘ね。あの娘にとって今日は人生最大の厄日に違いないでしょうね。
しかし、義兄さんの勘&予感は大当たりか。もう、ここまで来ると、予知に近い気がしてくるわ。義兄さんがプロメテウスから簒奪したのは、『偸盗』の権能らしいけど、実際には『予言』の権能も簒奪しているのかもしれない。)
そんな事すら美雪は思うが、無論そんな事実はない。殺した神一柱につき一つの権能の簒奪は、神殺しの絶対の大原則である。パンドラを満足させるに足る戦いをしなかったとして、権能が与えられないことはあっても、二つの権能が与えられることは絶対にない。徹がプロメテウスから『偸盗』を簒奪した以上、『予言』を簒奪はありえないのだ。
「まあ、今は詮無きこと。一刻も早く、万里谷祐理の護りに入らなきゃ。後は義兄さんが来るまで、時間を稼げば私達の勝ちよ」
すでに徹と甘粕(美雪的に不本意ではあるが)に連絡済だ。
義兄はすぐに来てくれると言ったし、甘粕も陣をひき援軍を要請することと相手の背後関係の調査を確約してくれた。義兄の強さは言うまでもなく、甘粕もあれで優秀な男だ。程なく件の魔術師は、捕縛されるだろう。
つまり、時間は美雪の味方である。後は、時間稼ぎに徹するだけでいいはずだ―――いいはずだった。
背後から飛来する何かを感知するまでは!
「フッ!」
それが何かを判別する間もなく、美雪は瞬時に召喚した薙刀でそれを打ち払う。果たしてそれは銀の矢だった。それもただの矢ではない。彼女が所持する矢避けの護符の護りを貫くだけの呪力が込められた呪矢だ。
放たれた方向を見やれば、そこには中世の騎士を思わせるいでたちの男が弓を引き絞っていた。二の矢、三の矢が容赦なく放たれる。それを再び打ち払おうとして、美雪は無理矢理大きく飛び退いた。
美雪の無理矢理な挙動の答はすぐに出た。先程まで美雪が立っていた場所に巨大な戦斧が振り下ろされたからだ。地面に見事なクレーターを穿ったそれを見れば、美雪が矢を打ち払うためにそこを動かずにいたらどうなったかは明白だろう。
「これはっ……!」
戦斧を振り下ろした敵の顔を見て、美雪は絶句した。それは欧州風の顔立ちの男だった。いや、そこまではいいのだ。問題なのは、男の血の気の通わぬ蒼白な顔色に、焦点の合わぬ空虚な瞳だ。それは紛れもなく死相であったのだから。
「
思考を言葉にだすことで、冷静に客観的に現実を俯瞰すると共に状況を把握する。そして、敵の手練手管を見通そうと可能性を列挙し、ありえないものを除外していく。
無論、そんな美雪の事情は敵の知った事ではない。戦斧を持った巨漢の男が、その身に見合わぬ凄まじい速度で突進してくる。それも百発百中を思わせる弓騎士の援護つきでだ。
美雪は戦斧をわざと受け、さらに自身でも飛び大袈裟に吹き飛ばされることで、矢の射線から外れると共に戦斧の間合いから脱出し、素早く態勢を整えながら一人ごちる。
「魔術に加えて連携までも!これではまるで
あるではないか。そんな方法が。徹と同様に埒外の力を、権能を持つ同格の存在がいるではないか。義兄が自身の権能の情報を開示する代わりに、賢人議会にから得た資料にそれは書かれていた。美雪自身にも関わりがあった王だけに鮮明に覚えている。
その王は、東欧と南欧に多大な影響力を持つ暴君。風雨雷霆を操り、自らにが殺した反逆者を忠実な従僕として死後までこき使う暴虐非道の王。
「該当する権能は『死せる従僕の檻』―――。所有する魔王は、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン!ヴォバン侯爵がこの国に来ているというの!」
思い当たった最悪の可能性を、美雪は驚愕と共に叫んだのだった。
呪文や術理とかは適当です。資料を漁り、必死に頭こねくり回して捻り出しております。
真剣に厨二回路が欲しいと思いました。