【習作】一般人×転生×転生=魔王   作:清流

19 / 23
#16.最古の魔王VS最新の魔王

 闇の帳が降り月明かりすらない新月の夜、現存する最古の王サーシャ・デヤンスタール・ヴォバンと最も新しき魔王である草薙護堂は、七雄神社へと至る石段の前で邂逅した。

 強者と強者が惹かれあうというならば、その出会いは必然であったのだろう。いや、そも両者の目的地は同じであったのだがら、それは十分にありえる事態であったのだが、その出会いは護堂には不意打ちの以外の何者でもながった。

 

 「まさか巫女という餌にかかったのが、あの慮外者ではなくもう一人の方だとはな。この国は国土どころか、人間関係も狭いのか?」

 

 そう言って、溜息をついたのは長身痩躯の知的な鋭さに満ちた老紳士だった。とはいえ、その外見とは裏腹にひ弱さは微塵もなく、底知れぬ何かを感じさせる。

 

 「……あんたがヴォバン侯爵か?」

 

 「いかにも。名も知らぬ同胞たる少年よ。本来なら、先達として少し遊んでやるところだが、今はそのような暇はない。疾く去るがいい」

 

 ヴォバンは護堂を一瞥したものの、すぐに興味を失くしたように視線を外すと、そんな事を宣った。

 

 「あんたには無くても俺にはある!万里谷を狙うってなら、あんたは俺の敵だ」

 

 「ほう、私を前によくぞ言ったものだ。だが、貴様が私の敵だと―――身の程を知れ!」

 

 ヴォバンが不愉快そうに腕を振り上げた途端、闇の中から十数匹の『狼』が泡のように湧き出た。

 無論、『狼』と言ってもただの狼ではない。馬かと見紛う程の巨躯を持った灰色狼だった。

 『狼』達は寸暇も待たず、護堂へと牙を剥き、凄まじい速度で殺到する。

 

 「っ!」

 

 大きく横に跳んで、どうにか難を逃れるが、『狼』達の追撃はやまない。

 護堂は権能を使うしか無いと判断するが、真っ先に浮かんだ『雄牛』は早々に選択肢から除外する。

 

 無双の剛力を与えてくれるウルスラグナ第二の化身『雄牛』―――「人間を凌駕する力の持ち主と戦う時」に発動できる。ウルスラグナの化身の中でも比較的容易に使用でき、護堂も多用する権能だったが今回は状況が悪かった。ヴォバンの『狼』は十分に条件に該当する為、問題なく発動することはできるのだが、一対多という状況は、純粋に剛力を与えるだけの『雄牛』に向いていないのだ。護堂が格闘術の心得でもあれば話は別だったのだろうが、護堂はそっち方面は完全に素人である。どうにかなるとは、自分でもこれっぽちも思えなかった。

 それでも、エリカがいれば、フォローを任せてある程度戦うこともできたのだろうが、生憎とエリカはここにいないのだから無理な相談である。祐理の危機と聞いて、連絡等の諸事をエリカに任せて、取る物も取り敢あえず自分だけで駆けつけたつけがここに出ていた。

 

 (くそっ、『鳳』を使うしか無い!)

 

 凄まじい速度で追い縋る『狼』達に確かな死の気配を感じ取り、護堂は逡巡を捨てて言霊を唱える。

 

 「羽持てる者を恐れよ。邪悪なる者も強き者も、羽持てる我を恐れよ!我が翼は、汝らに呪詛の報いを与えん!邪悪なる者は我を打つに能わず!」

 

 護堂を神速へと加速することを可能とさせるウルスラグナ第七の化身『鳳』―――「人を凌駕する超高速の攻撃にさらされた時」に発動できる。その使用条件と、発動中は胸に激しい痛みが走り、解除後しばらく行動不能になるという副作用から、護堂はあまり使いたくない代物だが、この状況ではそんな事を言っていられなかった。

 護堂自身が加速し、それ以外の全てが減速する。最早、『狼』達の動きなどスローモーションに等しく感じられる。常人ならば、喉笛を噛み千切れられるそれを、護堂は余裕さえ持ってあっさりと躱した。

 

 「ほう、『神速』の権能か。我が猟犬の牙もそれでは届かぬか。悪くないぞ、小僧。

 だが、それだけでどうなる程、私は甘い相手ではないぞ」

 

 感心するような言葉に、護堂は思わずヴォバンを見る。だが、すぐに後悔することになった。

 神速状態にあるにも関わらず、ヴォバンと目が合ったからだ。それどころか、不敵な笑みさえ浮かべているではないか。

 

 「っ!」

 

 ヴォバンの余裕のある態度に護堂は歯噛みするが、すぐに侮ってくれている方がいいと思い直す。

 常のヴォバンであったなら、事は護堂の目論見通りに進んだだろう。

 しかし、今のヴォバンにとって、徹以外の相手は邪魔な障害物でしかない。故に、一切の遊びも加減もない。

 

 『心眼というものを知っておるか?優れた魔術師や武侠の者が修めているものでな、その目は神速をも見切るという。もっとも、私には使えんがな』

 

 神速状態にある為か、その声は遠くから呼びかけられるような、不思議な響きであった。

 

 ゾクッ

 

 護堂はえもしれない怖気を感じ、飛び退いた。

 そして、それは正解だった。護堂が直前までいたそこには、長剣を振り下ろした何者かがいたからである。

 それすなわち、あの剣士は護堂の神速を捉える事ができるということだ。つまり、ヴォバンは言外にこう言っているのだ。自分は使えないが、己の下僕の中には使える者がいると。

 

 『ほう、存外に勘のいい小僧だ。これが今でなければ、我が無聊を慰めるいい遊び相手になったであろうに。……残念だな、ちょうど貴様を屠るに足る者達がもどってきたところだ』

 

 ヴォバンは、さらに二人の従僕を召喚した。それは戦斧を携えた巨漢の戦士と、弓矢を携えた中世風の騎士だった。今し方、美雪によって倒されヴォバンの下に戻ってきたことなど、護堂はしる由もなかった。

 

 (まずい!逃げることも難しくなった。くそっ、どうする)

 

 神速を捉えられる剣士が出てきたことで、護堂は一時撤退を視野に入れていた。この老王の権能は自分と相性が悪いものが多い。せめてエリカと合流して戦うべきだと結論づけたからだ。万里谷の身が心配ではあるが、ここで自分が死ねば何もできなくなる。甘粕達正史編纂委員会もエリカから連絡がいっている以上、動いているであろうから、一先ず心配はいらないだろう。剣士も神速を見切ることはできても、純粋なスピードで追い縋ることはできないであろうから、逃げるだけなら問題ない。そう判断しての結論だったのだが、戦士と騎士が追加されたことで、その目論見はあえなく潰えてしまった。

 

 (ヤバイ!)

 

 どうするべきか思案する護堂だったが、感じ取った危機感の命じるままに跳躍し、飛来する矢をすんでのところで躱した。

 ところが、そこに待ち受けたように巨漢の戦士が、戦斧を振り下ろしてくる。が、咄嗟に飛び退くことで護堂は難を逃れた。

 そして、トドメと言わんばかりに突出された長剣を地面を転がることで避ける。無様極まりないが、四の五の言っていられる状況ではなかった。

 

 (こいつら全員、ドニみたいに心眼とやらを身につけていやがるのかよ!)

 

 心中で毒づくが、状況は一向に改善しない。むしろ、状況はより悪い方向へと悪化している。このままだと封殺される。

 

 (ああ、もうこうなったらとことんやってやろうじゃないか!もってくれよ、俺の体!)

 

 「我もとに来たれ、勝利のために。不死の太陽よ、輝ける駿馬を遣わし給え!」

 

 化身を切り替えたことで、襲い来る『鳳』の副作用である胸の痛みに耐えながら、護堂は言霊を唱える。

 

 使う化身はウルスラグナ第三の化身『白馬』―――「攻撃対象が民衆を苦しめるような大罪を犯していること」が使用条件であり、十の化身の中でも最も厳しいとも言える。

 だが、流石は現存する最古の魔王、標的になるだけの悪行をたっぷり重ねてきたらしい。最初から『白馬』が使えると確信できた相手はそうはいない。

 

 そして、その厳しい使用条件に比例するように、『白馬』のもたらすものは絶大だ。

 

 「む?」

 

 それは護堂と自らの下僕の戦いを傍観するに過ぎなかったヴォバンが、ここに来て初めて表情を変えたことからも分かるだろう。

 

 ヴォバンは危険の兆候を感じ取っていた。それも明確な命の危機をだ。

 月明かりすらない新月の夜だというのに、暁に染まる東の空を食い入る様に見つめた。

 

 「太陽―――天の焔、だと……?」

 

 まるで暁の曙光が差す明け方のように、東の空から太陽が昇ろうとしている。有り得べからざる第二の太陽から、護堂の求めに応じて太陽王の焔が天かけて来たる。

 

 天より来たる白いフレアの槍―――それこそが『白馬』の化身の力だ。

 

 一発限りの大技だが、鋼鉄さえもドロドロに融解・蒸発させる超々高熱の塊であるそれにかかれば、いかに頑丈で強靭極まりない肉体をもつカンピオーネやまつろわぬ神であっても、死は免れない。

 護堂にとって最大火力のそれは、間違いなく切り札である。

 

 しかし、ヴォバンは護堂の想像を超えていた。周囲を囲む『狼』と下僕達が消えたと思いきや、ヴォバンはその身を人狼を経て、銀の狼へと姿を変えたのだ。そして、体長30メートル前後のありえない巨体にまで膨張した。

 

 ―――オオオオオオオオオオオオオォォォォォォンンンンンッッッ!!

 

 巨大な咆哮が夜闇のなかに響き渡る。

 太陽のフレアが凝縮された巨大な白き焔に、銀の巨狼は一気に躍りかかった。牙をむき、その巨大な顎で焔にかぶりついたのだ。

 

 「……何だよ、それは。ありえないにもほどがあるぞ」

 

 さしもの護堂も驚愕を禁じえない。そして、切り札を防がれてしまったことに歯噛みする。このままでは死ぬしかなくなる。『鳳』は使ってしまった以上、逃げる術はない。防がれることも覚悟はしていたとはいえ、流石に何の痛手も与えられないのは予想外である。それとは別に『白馬』にも妙な違和感を感じていたが、今は考えている暇はないと切り捨て、打開策を練る。

 

 (待てよ、あの大きさなら『猪』が使えるか?いや、それだけだと負けるかもしれない……。ならっ!)

 

 「我は最強にして、全ての勝利を掴む者なり!人と悪魔―――全ての敵と、全ての敵意を挫く者なり!」

 

 護堂は、選択肢から排除していた『雄牛』の化身を使い、『白馬』の焔を今にも喰いつかそうとする銀の巨狼の足に組み付いた。その様は巨人に挑む小人に等しかったが、次の瞬間起きたこともまた有り得べからざる光景であった。

 

 「おおおーー!」

 

 なんと護堂は、銀の巨狼の足を持ち上げた挙句、投げ飛ばしたのだ。これはヴォバンといえど完全に予想外であったらしく、地面に為す術無く叩きつけられる。無論、『白馬』の迎撃に力の大半を割いていたのも大きいが。

 

 「鋭き牙―――ガッ、ああああああっ!」

 

 ダメ押しに黒き猪の神獣を召喚するウルスラグナ第五の化身『猪』―――「大きなものを破壊させる時」に発動できる。を使うべく、言霊を唱えようとしたところで、それまでどうにか耐え忍んできた『鳳』使用の副作用が護堂を襲う。これは護堂が未熟ということではない。

 むしろ、『白馬』に加えて、『雄牛』の化身を使うまで保たせたことが奇跡のようなものであり、それを成し遂げた護堂の精神力を賞賛すべきだろう。

 

 しかし、それだけの無理をしたつけ、後回しにしてきたつけが、今護堂に襲いかかる。耐え切れぬ程の心臓の激痛。それは指一本動かせない金縛りの状態になり、護堂は無様に倒れ伏すことしかできなかった。

 

 「局面に応じて、自らの能力を変化させるとは芸達者な小僧だ。珍しい権能だ……現存する『王』の中ではジョン・プルートーぐらいだな、似たような力を持つのは。もっとも、この手の権能は行使に際する制限を持つ。そう、今の貴様のようにな」

 

 いつの間にか、人間の姿に戻ったヴォバンが倒れ伏した護堂を見下ろして、そんな事を言った。

 

 「存外に楽しめたぞ、小僧。それだけは感謝しよう。今でなければ見逃してやっても良い程度にはな。

 だが、貴様は私の敵と宣言した。故に慈悲はやらぬ。自らの無力を嘆きながら、我が下僕に成り果てるがいい」

 

 再び、見覚えのある剣士と戦士、騎士が現れる。いずれも剣呑な得物を携え、護堂へと近づき、それを躊躇いなく振り下ろした。

 

 剣・斧・鎚、そいのいずれもが魔剣に準ずるものであり、カンピオーネの肉体であっても害せる逸品であり、担い手達もまた生前は達人と言っていい者達であった。故に、その全てが致命傷であった。

 

 (ガハッ、危ねえ。どうにか即死は免れたが、次は無理だな。というか、このままでも死ぬな。後はもう、こいつにかけるしかない!)

 

 今際の際に護堂が思い浮かべるのは、思い浮かべるのは黄金の毛皮を持つ羊。それに全てを託し、迫り来る死を覚悟する。

 そして、顔面に迫る巨大な戦斧に、今更ながらに違和感の正体に気づく。

 

 (そう言えば、『白馬』の焔がいつもより小さかったよ―――)

 

 グシャリ、肉を砕く嫌な音が響き渡り、草薙護堂は間違いなく死んだのだった。

 

 

 

 

 

 「ふむ、為す術無くやられたということは、本当に打てる手はなかったということか?いや、この小僧の戦いぶり、私の若い頃を思い出す。油断はならぬ。それに未だ我が従僕の列に加わらぬことを考えれば、仮初めの死に過ぎぬということなのやもしれん。『不死』あるいは『復活』の権能か……。

 放置してもよいのだが、サルバトーレの痴れ者の例もある。ここは後顧の憂いを失くしておくべきだな」

 

 ヴォバンはそう独りごちて、下僕を消し再び自らの猟犬たる『狼』達を呼ぶ。

 

 「いかに権能といえど、肉片に至るまで食い殺されてはどうしようもあるまい。いや、不可能とはいわんが、遅らせることくらいはできよう。私があの慮外者との決着をつけるくらいの時間は稼げよう」

 

 その手があげられ『狼』達が護堂に殺到した瞬間、『狼』達は塵も残さず消し飛ばされた。

 

 「ほう、ようやく本命のご登場か。待ちかねたぞ、神無徹。長上をこれ程待たすとは、つくづく礼儀を知らぬ輩よな」 

 

 ヴォバンはそれに驚きもせず、それを放ったであろう人物の方へと向き直る。

 

 「あんただけには礼儀云々を説かれたくないね、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン。よくも()の国で、()の可愛い後輩に好き放題してくれたな。覚悟はできているな」

 

 その人物は式服を身につけた中肉中背のどこか陰のある青年だった。その青年、徹は護堂の死体を一瞥すると怒りを露わにさせた。

 

 「吐かせ!貴様こそ、あの時の屈辱相応の苦しみを与え、滅殺してくれるわ!」

 

 売り言葉に買い言葉でヴォバンの感情が昂ぶり、それに伴い風雨が吹き荒び、雷鳴が轟く。ヴォバンは文字通り嵐を呼ぶ男なのだ。

 

 こうして、暴君たる老王と神滅の炎王の戦いの火蓋は切って落とされたのだった。




護堂がちょっとは名誉挽回できましたでしょうか?とりあえず一戦目は護堂の負けです。『戦士』の剣も用意出来てませんし、そも根本的にヴォバンの権能と相性悪いんですよね。十分以上に善戦したと思います。
それにこれで終わるほど、潔い男じゃないですから。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。