【習作】一般人×転生×転生=魔王   作:清流

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#03-1,2,3.魔王の爪痕

 魔王三人が入り乱れて争った狂える宴の数日後、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバンの機嫌は最悪だった。己の獲物であったはずのまつろわぬジークフリートを奪ったサルバトーレ・ドニもさることながら、その原因を作り儀式を邪魔した名も知れぬ王にも、彼は底知れぬ怒りを感じていた。

 

 しかも、凄まじく遺憾なことながら、ヴォバンは満足もしていた。魔王三人が入り乱れたあの狂宴は、彼の過ごした三百年でも稀に見る激戦であった。彼の戦闘欲求は意図したこととは違う要因で、充足されることになったのであった。それがヴォバンにはなんとも言えず腹立たしく、二人の王への怒りをさらに深いものにしたのだった。しばしの間とはいえ、自身の狼の権能『貪る群狼』を使うのを控えた程であったから、ヴォバンの感じたそれがどれ程のものであったかは想像に難くないだろう。

 

 ヴォバンに従う魔術師の一人が六人目にについて言及してきた時など、あまりの不愉快さに『ソドムの瞳』を使ってしまった程であったから、最早天敵認定したといってもいいだろう。あれとサルバトーレとは不戦などありえない。相まみえた時は、命尽き果てるまで殺しあうだけだ。

 

 「このままでは済まさぬぞ、若造どもが!」

 

 無意識の内に持っていたワイングラスを握りつぶし粉々にしながら、ヴォバンは人知れず呟いたのだった。

 

 

 

 

 「……」

 

 自身も参加した儀式の数日後、祖父に従い現場検証に参加したリリアナ・クラニチャールは現場に残された魔王達の爪痕に戦慄していた。

 

 リリアナは天才である。比喩でも自意識過剰なわけでも何でもない。彼女はエリカ・ブランデッリと並び称されるミラノの神童である。齢12歳にして騎士として叙勲を受け、褒められた手口ではないとはいえ聖ラファエロに認められ、匠の魔剣『イル・マエストロ』を受け継ぎし新しき担い手。青銅黒十字の誇る銀の妖精。

 

 だが、そのリリアナにしても、目の前の惨状には言葉がなかった。大地は抉れ、所々には底が見えないと思えるような巨大な地割れができている。森などは、存在すらなかったように根こそぎ薙ぎ払われている。これが人の所業などと誰が信じようか。まだ、天変地異でもあったと言ったほうが説得力があるだろう。

 

 「これが魔王……カンピオーネの力」

 

 ありえない大きさの爪痕が散見され、巨大な獣が存在した名残を思わせる。朧気ながら覚えている儀式場に乱入したあの白銀の巨狼の仕業であろう。あれの正体は神獣などではなく、権能で変身した未だ名もしれぬ六人目の王であったらしい。今や、イタリアの盟主である七人目の王サルバトーレ卿はそう言っていた。ちなみにヴォバン侯爵には彼のことは禁句となっているらしく、不用意に発言した魔術師が塩の柱にされたことは、リリアナも祖父から聞き及んでいた。

 

 「私はどこか思い上がっていたのかもしれないな」

 

 機会があれば、第二のサルバトーレ卿にとも豪語していた悪友エリカ・ブランデッリの言を思い出し、言葉にこそしなかったが己もそれに負けないと思っていただけに、苦々しい思いを抱かざるを得なかった。

 

 何を自惚れていたのか?直接サルバトーレ卿が権能を行使するのを見ていたというのに、己は全然理解してなかったらしい。あの時は自身に向けて使われたわけではなかったからだろうか。それとも、最高峰の剣士達の試合に魅せられて感覚が麻痺していたのだろうか。はたまた、この髪型を真似た憧れの聖ラファエロに会えた感激で危機感が吹っ飛んでいたのかもしれない。まあ、いずれにせよ、こんな所業ができる者達に少しでも抗えるとか、自惚れが過ぎよう。

 

 「上には上がいるということか……」

 

 匠の魔剣を手に入れいい気になっていたのを冷水をぶっかけられ、正気に戻された思いであった。朧気にしか覚えていないが、血も凍るような極寒の覇気を纏った白銀の巨狼、ジークフリートの威に魅せられ全く身動きできなかったリリアナ達を尻目に最終的にそれを見事斬ったサルバトーレ卿。そして、精神の昂ぶりだけで嵐を呼び、さらにそれを武器とし死者を従僕として従えるヴォバン侯爵。いずれ劣らぬ怪物(フェノメノ)達だ。騎士の叙勲を受けた程度の小娘がどうして挑もうなどと思える道理があろう。

 

 自然の猛威など嘲笑うかの如き、目の前の惨状を見ながら、同じようなことができる者が七人もいるのだと思うと、暗澹たる気持ちを抑えきれないリリアナであった。

 

 

 

 

 「この考えなしの大馬鹿者が!ヴォバン侯爵だけでなく、もう一人のカンピオーネにまで喧嘩を売るとは何事だ!」

 

 怒鳴っているのは銀縁の眼鏡をかけた黒髪の青年である。知的で神経質そうな細面に眉間に皺を寄せて、頭痛をこらえるように頭を抱えていた。

 青年の名はアンドレア・リベラ。サルバトーレ・ドニの『王』となる前からの友人にして、後に『王の執事』と呼ばれる大騎士である。

 

 「いやー、ついついね。それに僕にとっても、彼の存在は予想外だったんだから仕方ないだろう?」

 

 それにどこ吹く風で応じたのは、脳天気そうな金髪のハンサムな青年だ。言わずと知れた『剣の王』サルバトーレ・ドニである。

 

 「大体、なんだってこんなことになったんだ?!」

 

 「うーん、どうも彼六人目は、儀式を止めさせるために来たみたいだよ。実際、僕がいなきゃその目論見は成功したんじゃないかな?でも、なぜか神様は結局呼び出されたんだよね。どうしてだろう?」

 

 「なんだと?!それはどういうことだ?貴様は何をした!答えろサルバトーレ・ドニ!」

 

 「うーんとねえ……」

 

 面倒臭げに自身の行動を仔細に語るドニ。話を聞くにつれて、リベラの顔色は蒼白になっていく。

 

 「それではヴォバン侯爵が呼び出したのではなく、貴様が……。ああ、なんということだ!」

 

 リベラはドニが意図せず祭司の役割を果たしたことを察した。正直に言って、最悪であった。最古参の魔王の獲物を奪ったというだけでも頭が痛いのに、さらに六人目のカンピオーネを敵に回し、この上儀式の実行者がドニであったなどと知られた日には……。

 

 「何をそんなに悲嘆に暮れてるのさ。ヴォバンのじいさまはともかく、六人目は残念ながら自分から喧嘩売ってこないと思うよ。頑なに正体隠しているみたいだからね」

 

 綺麗に再生した腕を違和感がないか確かめるように動かすドニ。

 

 「そうか、それは朗報だ。貴様は性格破綻者だがそういうことには鼻が利くからな。

 待てよ、表に出てこないということは、あの儀式についても詳細を語ったりはすまい。それならば……」

 

 リベラは高速で頭を回転させ、最適解を導き出す。

 

 「よし。この際だ、責任はヴォバン侯爵にとってもらおう。最早完全に敵対しているのだから、睨まれても今更だしな。ドニ、貴様は今回の詳細を誰にも話すなよ」

 

 「うーん、別にいいけど。そもそも君以外にわざわざ説明する気なんて起きないだろうし」

 

 「確かにいらぬ心配だったな。貴様の戯言に付き合うのは私ぐらいのものだからな」

 

 リベラはあくまでも儀式を行ったのはヴォバンで、その結果を掠め取ったのがドニということにすることに決めた。というか、真実を知らぬ世間ではそう思われているのだから、今更わざわざこっちの不利になる真実を明かす必要など無いのだ。

 

 「まさか、貴様の才能の無さに感謝する時がこようとはな……」

 

 疑う者がいても笑い飛ばせばいい。ドニが魔術師としては落ちこぼれなのは有名な話なのだから、神招来の儀式などできようはずがないと。

 

 「酷いこと言うなあ。まあ、魔術の才能がないのは事実だけどさ。僕には剣があるからいいんだよ。じいさまや六人目にだって、僕の剣は通じたよ」

 

 そう言って確かめるように振るわれる剣。ただ、それだけだというのにその剣閃は美しい。まさに天才。いや、規格外。リベラが大騎士の位階にありながら、シエナの落ちこぼれ騎士でしかなかったドニと交友を持っていたのは、その圧倒的な剣才に惚れこんだが故なのかもしれない。

 

 「問題なく腕は再生したようだな。それにしても聞いてはいたが、カンピオーネはつくづく化物だな。四肢欠損すら再生するとは」

  

 「うん、そうだね。それだけはこの体質に感謝かな。彼の牙の前、いや炎の前では、ジークフリートの権能も役に立たなかったからなー。ヴォバンのじいさまの攻撃は防げたのにな」

 

 実はドニの左腕は一時的に失われていたのだ。ヴォバンの攻撃を後に『鋼の加護(マン・オブ・スチール)』と呼ばれることになるジークフリートから簒奪した権能で防ぎ、ヴォバンに痛撃を加えたところを六人目に狙われて、左腕を食い千切られたのだ。

 

 「炎か……。独立した権能だと思うか?あるいは炎を纏う狼なのかもしれんぞ?」

 

 「あの狼の権能とは似て非なる印象を感じたから、違うんじゃないかな?恐らく、狼の権能だけなら防げたはずだからね。きっとあの炎の権能は僕の簒奪した権能と相性が悪いんだと思う」

 

 「権能の同時行使か……。お前より先にカンピオーネになったのは間違いなさそうだな。全く厄介なことだ」

 

 「あ、そういえば……。ほら、アンドレア本当のことだったろう?やっぱり僕が七人目じゃないか、六人目はちゃんといたんだし」

 

 ほら、見ろと言わんばかり胸を張るドニ。だが、リベラは慣れたもので、あっさり流し反撃すら加えた。

 

 「ふん、信用して欲しかったら、もう少し日頃の行いを良くするのだな」

 

 「酷い言われようだ……」

 

 ドニはそれを聞き流しながら、新しい左腕を見る。本来、新しく再生したのだから筋力等のバランスがおかしくなっていても不思議ではないというのに、新しい腕は前のものと遜色ないし、違和感も何もない。これもカンピオーネの能力なのだろうか。

 

 「楽しかったなあ……。うん、またやろう!」

 

 カンピオーネになって、初めて感じた命の危険。研ぎ澄まされる剣筋に鋭くなる感覚。なるほど、師の言う通りだった。同格の相手との戦いは、どこまでも己の剣を高みへと導いてくれる。次なる機会に胸を踊らせるドニ。

 

 「アホか、貴様は!少しは自重しろ!」

 

 そんなドニの頭を容赦なく叩くリベラ。世界が騒がしかろうと、いつも通りの二人であった。 




折角、リクエストを頂いたので書いてみました。何というか、意外な程に筆が進みそれなりに長くなりました。リリアナがヴォバンに最初から協力的だったのは、所属する結社の命令というのもあるでしょうが、それ以上に力の差をエリカより理解していたからじゃないかなあと思いまして。

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