【習作】一般人×転生×転生=魔王   作:清流

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非常に遅くなりました。心よりお詫び申し上げます。
なにかおかしなところがあれば、遠慮なくご指摘下さい。


#05.敗北と魔王の伯父

 徹はカンピオーネとなって以来、負けたことはない。いや、『魔王の狂宴』でまつろわぬ神を招来されてしまったことは、徹にとっては敗北とかわりないので、そういう意味では正しくはないかもしれない。

 しかし、少なくとも純粋な戦闘であるならば、苦戦することはあっても、負けなしであることは間違いない。屠った神の数は10柱を超え、まさに人中の魔王、魔術師達の王、羅刹の君と称えられる絶対の勝者カンピオーネを体現していたといっていいだろう。

 

 そう、今日、この時までは……。

 

 

 

 

 「ゴフッ……」

 

 言葉を発しようとして口を開けば、血が吐き出される。内臓がやられていることの証左であった。まあ、無理もないと心中で自嘲する。控えめに言っても、今の私は満身創痍もいいところであったからだ。

 片腕はすでになく、全身の骨はいたる所が骨折している。正直、己でも立っていられるのが不思議なほどであった。

 

 「まったくやりたい放題やってくれる……」

 

 全身を苛む激痛に耐えながら毒づいて、その元凶に目を向ける。目に映るのは、巨人というに相応しき偉丈夫。それでいて、武骨な肉体とは裏腹に深い知性を宿した瞳を持った男だ。

 

 「ふむ、汝から盗みし焔のなんと凄まじきことよ。神を滅ぼすことにかけては、ゼウスの雷霆にも劣るまい。我が義妹は真恐るべき存在を生み出したものよ」

 

 感心したように言う男……いや、神。カンピオーネの養親であり、最大の支援者たるパンドラを義妹と呼ぶまつろわぬ神。すなわち、まつろわぬプロメテウス。

 

 プロメテウス、ギリシア神話に登場する広義の意味のティーターン神族の一柱。『天界の火』を盗み出し、人間に与えた事で有名な神である。そのことにちなんで、原子力は「(第二の)プロメテウスの火」と喩えられる程である。一説によれば人間を創りだした張本人であるともされる(プロメテウスが粘土から人類を形造り、アテナはそれに生命を与えた)。それ故か、ゼウスや他の神が人間に対してやりたい放題なのに対し、プロメテウスは自身にくだされる罰をも恐れず、「火」をはじめとした文明技術を授けた人間に恵み深い神である。

 また、予言と英知の神であり、その名は「先見の明を持つ者」「熟慮する者」を意味する。その凄まじいところは、『天界の火』を盗み出したことに対する罰すら予想していたことに加え、その罰からもいずれ罰を下した張本人であるゼウスの息子『ヘラクレス』によって解放されることすらも予言していたことから分かるであろう。ちなみに件のパンドラについても、弟であるエピメテウスに警告しているのだが、エピメテウスはこれを無視した為、無駄になった(エピメテウスの名は「後の知恵」の意であり、行動してから後悔する愚者、プロメテウスとは対比的な名である)。

 

 要するに、『エピメテウスの落とし子』たる私達カンピオーネとは縁が深い神であり、またその在り方から相性が悪い神でもある。

 特に私にとっては、最悪の相手と言っても過言ではない。私はそれを嫌というほど実感していた。

 

 「どうしてこう相性の悪い相手と当たるんだか……」

 

 思えばパールヴァティーも相性の悪い神であったが、プロメテウスはその上を行く。なにせ権能を無効化するなんてレベルの話ではない。プロメテウスはその逸話の通り権能そのものを盗むのだから。

 なんとプロメテウスは、開始早々炎化した私を嘲笑うかの如く、迦具土の権能を盗み炎化による絶対的な物理攻撃への防御を無効化してみせたのだ。あわやその怪力の拳をダイレクトにもらうところだったが、片腕を犠牲に多大なダメージを負うことで辛うじて即死を避けることはできた。

 これはヤバイと直感した私は即座にフェンリルに変身。仕切り直そうと逃げをうったが、逃げた先でまるで分かっていたといわんばかりに待ち受けていたプロメテウスに拳の乱打の洗礼を受けることになったのだった。フェンリルの強靭な肉体にも関わらず、その拳打は重く強力で多大なダメージを受けた。

 

 その結果、全身打撲に加えアバラ骨を残らずへし折られた。挙句、権能を盗まれることを警戒して変身も解かざるをえなかったのである。

 

 「どうした、種切れか?まだ汝には、先の魔狼の権能もあろう。それどころか、我を殺しうる神殺しの刃すら持っておるではないか。まだ、諦めるのは早かろう」

 

 満身創痍の身で辛うじて立っているだけの私によくも言ってくれるものである。しかも、フェンリルの権能はともかく、見せていない明日香まで見透かされているとは恐れ入る。オリュンポス十二神をはじめとする神々の王たるゼウスをも怯えさせた予言と英知の権能は伊達ではないということか。

 

 「何もかもお見通しというわけか……。どこまでも癇に障る!」

 

 精一杯の虚勢を張って言い放つが、迦具土の権能を盗まれ、今また魔狼への変身も封じられてしまった以上、奥の手の明日香を使うほかない。

 しかし、それまですでに見抜かれていては、どれだけ有効打になるかは疑問である。正直打つ手がない。それに何よりも迦具土の権能を盗まれたという事実は、想像以上に私の精神を蝕んでいた。まるで半身をもがれたかのようであった。そのせいか、どうにも頭が回らない。

 

 「ふむ、虚勢であろうがよく吼えるものよ。己の絶対の自信の根拠であった権能を奪われて、精神に多大な負荷がかかっていように」

 

 「……」

 

 どこまでもお見通しといわんばかりのプロメテウスの態度に苛立つが、身も心も満身創痍な私には最早否定の言葉を発することすら惜しい。必死に起死回生の一手を模索するが、思考は遅々としてまとまらない。

 

 「とはいえ、さしもの汝も最早打つ手がないようだな。最早、勝敗はけっした。これ以上の戦いは意味がないが────────汝は神殺し。我ら神々の仇敵たる魔王であり、あの愚弟とパンドラの義息である。生かせば、汝は世に災厄をもたらそう。故にここで確実に息の根を止める」

 

 「やってみろよ!」

 

 「汝が頼りとした神殺の炎の味、その身で味わうがいい!」

 

 私の挑発の叫びに、プロメテウスは迦具土の炎で応じた。それは極大の炎であった。中空で輝き密度を増していく黄金の炎。私がイメージしたような煉獄の業火ではない。そもそも、プロメテウスは炎化すらしていないのだ。私から奪った権能であるというのに、私とは異なる手法で明らかに私以上に使いこなしているように見える。いや、それどころかそれ以外のものも加わっているように見える。そうして、プロメテウスの天にかざした手の上に黄金の太陽が顕現する。

 

 (これは無理だな……。)

 

 それを見たとき、私は確信した。これは死ぬと。恐らく骨すら残らないだろう。

 なにせ、フェンリルになるには時間が足りない。仮に間に合ったとして、このボロボロの体でどれだけの速度が出せようか。すなわち、避けられない。その上、防ごうにも神殺の炎の前には生半可な防御は無意味であることは誰よりも私自身が理解している。つまり、防ぎようがない。カンピオーネの肉体の頑強性にかけて耐え忍ぶことも無理だ。そも迦具土の権能あってこその炎への絶対的な耐性だったのである。それを奪われた以上、素の耐久力で勝負するしかないのだが、あの炎の規模と密度ではいかに頑強なカンピオーネの肉体であっても、耐え切れないだろう。というわけで、八方塞である。はっきりいえば、詰んだ。

 

 いや、実のところ手はある。それも、この状況をひっくり返せるかもしれない起死回生の一手が。

 

 しかし、私はあえてそれを使わないことを選んだ。なぜなら、ぶっちゃけた話、この場では負けを認めるほかないないからだ。ここで無駄に粘るよりは、仕切り直して再戦を挑むべきだと私は判断したのだ。

 

 故に、これ以上こちらの手札を晒すのは利敵行為にほかならない……というのは建前で、実際のところは────────折角新生した明日香の初陣を負け戦にしてなるものか!というのが本音であるのは秘密である。美雪や明日香に知られたら絶対怒られるだろうが、娘の為に環境を整えるのも、娘の前でいい格好したいと思うのも親として当然だと思うのだ。

 

 私が今すべきことは自身の第二の権能に残存する呪力を注ぎ込み、万全を期して黄金の炎を迎え入れることた。

 

 なにせ、初めての試みである。それができるという確信はあるが、万事がうまくいくという保障はないのだから。

 

 

 

 

 

 「義兄さん、そんな……」

 

 私は目の前の光景が信じられなかった。あまりにも呆気なく6人目のカンピオーネたる義兄が敗れたのだ。それは到底信じられるものではなかった。唯一無二の想い人にして、自らが巫女として仕える人中の魔王たる義兄が負けるなどありえるはずがないと信じていたから。それは最早、私にとって信仰の域に達していた……。

 

 ────────だから、義兄さんの星に僅かに陰りが見えたのを軽視してしまった。

 

 だが、私の信仰は目の前の絶対的な現実によって、あっさりと叩き潰されてしまった。客観的に見て、一方的な展開だった。義兄さんの誇る攻防一体の炎化が解かれ、そこに生じた隙を突かれ腕を引き千切られた。それでもフェンリルに変身して逃げようとしたところを、読んでいたかのように先回りされ、豪腕による乱打を受けて、変身すら解かれてしまった。そうして満身創痍なところに、トドメとばかりに放たれた黄金の炎。義兄さんのもつ絶対的な炎に対する耐性が嘘のように、骨身残さず焼き尽くされてしまい、そこには何も残らなかった。

 

 焼死ならば、パールヴァティーの権能による転生があるはずだが、その気配も全くない。いつもならば瞬時に現れているのに。何よりも、私自身の霊的感覚が伝えてくる。今、この世に義兄さんの魂はないということを……。

 

 「ああ……」

 

 愕然としてしまう。本来ならば、義兄の仇をとるべく、死力を尽くしてまつろわぬプロメテウスに挑むべきだというのに。足は動かない。足だけではない。全身くまなく微動だにしない。まるで、石化の呪法を受けたかのように。

 

 いや、正確には動けないわけではない。私がその必要を認めていないからだ。義兄さんが死んだ以上、私に生きる意味はない。今の私を支配しているのは、義兄さんを殺したプロメテウスに対する憤怒でも憎悪でもなかった。ただ、途方もない喪失感と底知れぬ絶望が私の心を埋め尽くしていた。

 

 「むっ、汝はあの神殺しの巫女か。それも星詠みとは珍しいものよ」

 

 まつろわぬプロメテウスが私の存在に気づいたようで、何かを言っている。

 

 だが、私には最早どうでもいいことであった。義兄以外の人間に身を任せることは絶対にありえないし、穢れきった呪われた神楽の血を残す気もない。義兄さんが死んだ以上、全てが無意味なのだ。私のやるべきことといったら、後は死ぬことくらいしかない。

 

 ────────ああ、そう考えれば、この神は使えるかもしれない。

 

 「我ら神々の仇敵である神殺しに仕えていたことは許し難いが、汝は中々に優れた巫女のようだ。我に仕え、その力を役立てよ。さすれば、汝が罪を許したうえで、我が加護を与え、神の知の一端を与えようぞ」

 

 この神は何を言っているのだろうか。私が仕えるのは義兄さんだけだ。女としても巫女としても、全てを捧げるのは義兄だけなのだ。たとえ、神であろうと血の一滴、髪の一本であろうと捧げるものなどない。

 

 ────────ましてや義兄さんを殺した相手などに、絶対にない!

 

 「来たれ神薙貪狼!貴方に神の血肉を味あわせてあげる!」

 

 私はようやく、怒涛の如き勢いで生じた憤怒の情に身を任せ、その勢いのままに神を切り裂くに足る矛を召喚する。

 

 「なんと、これは驚いた。まさかそのようなものを持っていようとは……。確かにその刃は我が身を切り裂くに足るであろう。だが、やめておけ。汝では我に傷一つ付けられぬよ。我にはすでに見えている」

 

 プロメテウスは神薙貪狼に僅かに驚きを見せたが、それだけであった。それどころか、無駄と断じた。どこか憐憫の情すら見える。流石、「先見の明を持つ者」である。その評価はどこまでも的確であった。

 

 確かに、私だけでは勝ち目はない。素直に認めるのは癪だが、そもそも私には神と真っ向にやりあえる力量はない。神に対抗する術がないわけではないが、それを単独で使う(いとま)もないし、使えたところでできるのは死ぬまでの時間を長くすることだけで無意味だろうし、それに大体にして使う気もない。私一人では、絶対に神には勝てないのは、ここ数年で嫌というほど理解しているのだから。神との戦いで私にできることといえば、あらかじめ星詠みの力と卜占でまつろわぬ神が出現する場所及び時間を予測する程度でしかない。神との実際の戦いにおいては、精々が足止めであり、後はこそこそ隠れて義兄さんがお膳立てして作ってくれた隙をついて一撃加えることくらいしかできないのだから。結局のところ、神との戦いにおいて私はサーポート要員なのだ。けして、主戦力にはなれない。これは諦観などではなく、厳然たる事実である。むしろ、なろうとするだけ、義兄さんの足を引っ張ることになる。

 

 しかし、今使うべきは……普段のセオリー通りの術ではない。神にこちらを木っ端ではなく明確な敵として認識してもらわねばならないのだから!

 

 「迦具土、伊邪那岐、伊邪那美、須佐之男、八十神、諸々の神殺しの神の加護ぞあれ」

 

 プロメテウスの忠告を無視して、神滅の術を唱える。そも日本神話とは、世界に数ある神話の中でも最も神殺しの逸話が多い神話なのだ。故に秘巫女が古来から伝承してきた古の秘術の中にも、神滅の術はちゃんと存在する。もっとも、かつては使う機会は皆無と考えており、術の存在は知っていても習得はしていなかったのだが……迦具土の一件で、己の無力さを悔やんで習得したのだ。

 

 とはいえ、今まで実戦で行使したことはなかった。これは神滅の術行使において大きな2つの問題があったが故である。

 一つには、得物のほうが術行使に耐えられないという問題があった。かつての自身の薙刀は業物であり、それなりの神秘を帯びたものであったが、それでも神滅の術に耐えるのは一度が限度であった。しかも、そのレベルのものですら、高価で稀少であり早々に手に入るものではないのだ。いくら神楽家の莫大な資産があるとはいえ、容易に使い捨てにすることはできなかったのである。

 そして、もう一つの問題点は純粋に術者としての技量の問題である。そもそもが習得していなかった術であることに加え、対神特化の術である為使用機会が限られていたのだ。故に、非常に高難度の術であるにもかかわらず、容易に修練することができなかったのである。先にも言ったとおり、私の役割は補助であって私が神との戦いにおいて矢面に立つことはほとんどなかったのだから当然だ。

 

 しかし、義兄と共に神と戦うことで私の術者としての技量は研鑽され、正真正銘の神器である神薙貪狼がある以上、話は別だ。今こそ、その成果を示そう!

 

 「御身らの背負いし業の刃、災禍たる刃をここに顕し給え!」

 

 「あくまでも逆らうというのか……愚かな。よかろう、己が身をもって人の矮小さを知るがいい!」

 

 私のとった行動は、明らかにプロメテウスを怒らせたらしい。最早、憐憫の情などなく、その顔には敵を滅殺する意思だけが垣間見える。挑発の意ももこめた神滅の呪だったが、見事にのってきてくれたようだ。これで私を確実に殺してくれるだろう。折角の神滅の術の初披露が、自殺の為というのが全く救われないが、呪われて穢れきった神楽の人間にはお似合いの末路であろう。そんなことすら思いながら、私は黄泉路への一歩を踏み出したのだった。

 

 

 

 

 

 「やれやれ、本当に間一髪でした」

 

 九死に一生を得た甘粕冬馬は深々と嘆息しながら、そうこぼした。

 

 「まさかとは思いましたが、(かおる)さんの予想が大当たりですか。武蔵野の媛巫女の霊視は確かなものだったというわけですね」

 

 甘粕冬馬は日本の呪術組織正史編纂委員会のエージェントである。彼は主から命じられれて、同じく正史編纂(へんさん)委員会の外部調査員である観無徹を調査しにきたのだ。勿論、徹本人には内密でだ。

 

 きっかけは『魔王の狂宴』と呼ばれる魔王三人による破壊事件についての詳細を記した徹の報告書だ。それはあまりにも詳しすぎた。それも現地の呪術者組織でも得ていないであろう詳細さだ。まるで当事者であったかのようなレベルであった。正史編纂委員会は特に疑問を抱かず、むしろその内容の充実振りを喜び、ボーナスすら与えていたが、冬馬の主である沙耶宮馨(さやのみやかおる)は違った。その詳細さに不審を覚えた馨は冬馬をその追及の為に派遣すらした。結果、徹から現地にいて仔細を見届けていたという答とその理由を聞かされて、一応納得し矛を納めたのだが……。

 

 武蔵野の媛巫女『万里谷祐理』の霊視による託宣によってそれは覆された。

 現在の媛巫女の中でもっとも霊視に長けた少女は断言したのだ。その神社において、確かにまつろわぬ神が現出し、何者かによって滅ぼされたことを。それは駄目元で試みたものだったので、報告を受けた冬馬と馨は大して期待していなかったこともあって、余計に驚愕することになった。まつろわぬ神を滅した者、すなわち神殺しの魔王カンピオーネ。正体不明の六人目は日本で生まれたのではないかというのだから無理もない。馨は早急に箝口令をひき、情報を封鎖した。幸いにも調査に同行したのは、霊視をした媛巫女を除けば沙耶宮の郎党だったのでそれは容易だったのが救いであった。

 

 とはいえ、人の口に戸は立てられぬもの。どんなに引き締めても、いずれ情報は漏れるものである。そうなれば、日本初のカンピオーネの誕生で組織に走る激震は想像に難くない。しかも、それが元とはいえ敵対組織の呪術者であるというのだからたまらない。せめて在野の民間術者か、全くの一般人であればよかったのだが……。現実は無情であった。なにせ、候補者はいずれも反四家の急先鋒にして歴史ある京の術者組織のトップである神楽家に属する者であったのだから。正史編纂委員会からすれば、今までの恨みとばかり、潰されるのではと戦々恐々になってもおかしくないのである。

 

 しかし、冬馬や馨からすれば、その危惧は全くの見当違いであった。冬馬は候補者である徹と美雪が、そのような人物ではないことを知っていたし、馨はそんなつもりなら今の今まで正史編纂委員会が健在であるのはおかしいし、徹が外部調査員として協力する意味もないということから、組織に害が及ぶことはないと判断していたからだ。

 

 まあ、だからといって放置しておける事ではないで、馨は極秘裏に早急な調査を命じた。その結果、冬馬はこうしてグルジアくんだりまで派遣されたわけである。なぜ、冬馬かといえば、候補者である徹も美雪も一流以上の術者である為、並の術者では気取られる可能性が高いからだ。故に、調査員は隠形に長けた者である必要があった。加えて、最悪バレても両者の知己である冬馬なら、流石に殺されることはないだろうという安全面の事情もある。

 

 もっとも、当の冬馬からすればいい迷惑である。下手をすれば、神との戦いに巻込まれるかもしれないし、最悪神から簒奪した権能を自分にむけられるかもしれないのである。徹達の性状から、後者はまず有り得ないだろうと理解はしているが、前者だって十分に生命の危機なのだから。誰とて自分の身は可愛いものだし、命は惜しいのである。

 

 「寒いのは嫌いですし、まだ死にたくないんですけどねー。給料は悪くないのですが、仕事が選べないのが宮仕えの辛いところです。まあ、十分過ぎる収穫はありましたが……。まさか、本当に先輩が魔王様だったとは」

 

 冬馬が危惧していた通り、まるで何かに導かれているかのように徹と美雪はまつろわぬ神と遭遇し、二人の後をつけていた彼もまたものの見事に巻込まれた。早々に徹がカンピオーネであることが判明したわけだが、 冬馬にさして驚きはなかった。美雪か徹のどちらかがカンピオーネだというならば、徹しかないと彼は確信していたからだ。敵に対しては一切の容赦がなく、必要ならば非情な手段も躊躇いなく取ることができるあの男ならば、神殺しも全くありえないことではないと思っていたからである。

 

 それはさておき、まつろわぬ神であるプロメテウスと魔王カンピオーネである徹の戦いは、まさに人知を超えたものであり、手助けするなど思いもよらぬものであった。幸い徹達に気取られぬように細心の注意を払っての隠形は神にも通用したので、まつろわぬ神の攻撃の標的にされることはなかったが、その余波だけでも十分に洒落にならなかった。建物は崩落するわ、辺り一面火の海になるわ、そこかしこで地割れが起きるわで、冬馬は生きた心地がしなかった。当然、冬馬は傍観に徹するつもりだったのだが……。

 

 「さて、これからどうしたものでしょうか?」

 

 そんな風に独り言ちながら、腕の中で意識を失っている美雪を見やる。冬馬は美雪がプロメテウスへと踏み込んだ瞬間にその意識を刈り取り、命からがらプロメテウスから逃げおおせたのである。いや、正確には見逃されたというべきだろうが……。

 

 本当は手を出すつもりはなかったのだが、美雪の捨て鉢な行動に思わず動いてしまったのだ。

 

 「自身の感情を制御しきれないとは、忍失格ですね。まだまだ修行が足りませんね……。でも、あれで先輩が本当に死んだとは思えませんし。もし、先輩が生きてて、美雪さんを見殺しにしたなんて知られたら、どうなるかわかったものではないですからね」

 

 冬馬は、徹が死んだとはどうしても思えなかった。焼き尽くされる場面を直接見てはいたが、あの時の徹はまるで炎を自ら迎え入れるようだったのが気にかかっていた。それに徹の腕ならば、完全に防ぐには至らなくても炎を減衰させたり、そらして直撃を避けることはできたはずなのに、それすらしなかったからだ。 

 

 「先輩がカンピオーネになったのは美夏さんの一件で間違いない。だとすれば、あの炎の権能は迦具土のものでしょう。狼の権能は何由来のものかは分かりませんが、先輩のカンピオーネとなってからの期間を考えれば、他にも権能を簒奪していたとしてもおかしくない」

 

 そう一人分析している冬馬の後ろに火柱が突然吹き上がる。

 

 「例えば、復活の権能とか……。どうです、先輩あたってますか?」

 

 冬馬は振り返ることなく、突如現れた気配に対して問う。

 

 「そうだな、それだと30点といったところかな?」

 

 火柱が消え去った後には、傷一つもない裸身の徹が立っていたのであった。

 

 

 

 

 

 「落第ですか……。なるほど、単なる復活ではないということですね。先輩、当然事情は説明してもらえるんですよね」

 

 平時と変わらない穏やかな口調と飄々とした態度だが、その考察は鋭く油断ならない。何より、表情とは裏腹に鋭い目が、洗い浚い吐くまで絶対に逃がしませんよと言外に語っていた。

 

 「分かっている。そろそろ潮時だとは思っていたし、元々お前には話してもいいと思っていたからな。それに何より今回美雪を助けてもらった恩義は忘れん。この際だ、全部話してやるよ」

 

 用意しておいた予備の服を召喚し早々と着こみながら、観念してこたえる。最早、ここに至って隠す意味はないだろうし、誤魔化すことも不可能だろう。大体にして、こうして冬馬自身が探りに来ている以上、八割がたバレていると思った方がいい。

 

 「とりあえず、今はここを離れよう。いつ、奴に見つかるかわかったもんじゃないし、美雪もちゃんとした場所で休ませてやりたい」

 

 「そうですね。確かにまた先輩と神の戦いに巻込まれたら堪りませんし……。行き先は先輩の宿泊先で?」

 

 「ああ、あそこなら予め結界を張っているし、一応の呪的防御も期待できるからな。一日二日なら、奴の目をごまかすこともできるだろう」

 

 「分かりました。美雪さんはどうします。このままお運びしますか?」

 

 「いや、それには及ばない。俺が運ぼう」

 

 冬馬はそれに抵抗することなくあっさりと、私に美雪を委ねた。壊れ物を扱うように両腕でゆっくりと抱き上げる。腕にそのはっきりとした重みを感じると共にその細身の温かみが確かに生きているのだということを伝えてくる。それだけで、狂おしい程の焦燥が消え、安堵が胸に満ちる。

 

 焦燥の残滓と安堵の念に押され、美幸の顔を覗き込む。美しい長い髪が顔にかかてはいるが、傷一つ見えない。ただ、その表情はけして穏やかなものではなく、苦悶というべきものであった。目の前で私が死ぬ様を見せつけられたのだ。無理もないだろう。

 

 (プロメテウスを騙すためとはいえ、美雪には伝えておくべきだったか……。いや、それをしていれば気取られていた可能性がある。あの場では、あれが最善だった。でも、美雪の心情を全く無視していたのは反省だな)

 

 迦具土の権能を盗まれた挙句、プロメテウスに手も足も出ない絶体絶命の状況で、私が選んだのはパールヴァティーの権能による再起であった。新生のタイミングを遅らせることは初めての試みであったが、できるという確信があったし実際にうまくいった。後は、プロメテウスがこちらが死んだと誤解して去ってくれるのを待つだけだったのが、美雪の思わぬ行動に危うく新生を早めるところであった。

 

 (俺はどうやら、自分が思っている以上に人でなしだったらしいな)

 

 迦具土の際の房中術、冬馬を誤魔化すための嘘として亡き最愛の妻である美夏を使ってしまったこと、そして、今回。必要だと判断すれば、それがどんなに非情なものでも躊躇いなく実行できてしまう。それは間違いなく私が持つ人間としての歪みであった。それをこの時、私ははっきりと自覚した。

 

 思い返せば、今生の肉親に対してもそうだ。情報収集は必須だったとはいえ、あんなにも急ぐ必要はなかった。幼稚園はまだ厳しいとしても、小学生ならば新聞を読んだとしても異常だとは思われなかっただろう。そこまでは子供らしい演技をしてやれば良かった。いくら今生の肉親を親として認められなかったとはいえ、自分の異常さをわざわざ曝け出す必要はなかったのだ。だというのに、私はあえてそれをした。必要だったからだ。私が今生の肉親を親として認める前に、かつての両親を忘れぬ為に、早急に彼らから離れる必要があったからこそ、私は自身の異常性を今生の肉親に認識させたのだ。

 

 「先輩、どうしたんですか?行かないんですか?」

 

 どうやら、些か以上に考え込んでいたようだ。冬馬が訝しげにしている。

 

 「すまん、ちょっと考え事をな。今はそれどころじゃないっていうのにな。行こう、早く美雪を休ませてやりたい」

 

 私はそれまでの考えを一旦棚上げにし、ホテルへの道を急いだのだった。

 

 

 

 

 

 「なるほど、そういうことでしたか……。先輩が所属組織を抜けて、正史編纂委員会(わたしたち)についたのは、先輩なりの意思表示だったというわけですか?」

 

 徹と美雪が泊まっているホテルの一室で、徹から粗方の事情を聞いた冬馬は深々と溜息をついた。思っていたとおり、正史編纂委員会(こちら)のお偉方が恐れるような事態にはならないことを確信できたからだ。同時に彼とその上司に洒落にならない仕事ができることも。

 

 「ああ、そうだ。まあ、純粋に金を稼ぐという意味合いもあったが、どちらかといえばお前達に対する実績作りというのが本来の目的だ」

 

 徹は自身がカンピオーネであるということを、いつまでも隠し切れるとはもとより考えていなかったのである。とはいえ、早々に明かせば、この上なく面倒な事態になるのは間違いない。故に徹は王でありながら、正史編纂委員会の仕事をあえて請け負ったのである。自身の所属していた組織から抜けることで、そちら側につかないということを示し、同時に外部協力員とはいえ形式上正史編纂委員会の傘下に入ることで、徹は敵対の意思がないことを示していた。それは自身との付き合い方の遠まわしな提示でもあった。

 

 「外部協力員、図らずも先輩の思惑通りだったというわけですか。つまり、先輩は敵対する気もないが、神輿になる気もない。精々がビジネスライクな関係でいようと」

 

 冬馬は皮肉気に笑った。なにせ他ならぬ彼が斡旋した仕事であり、立場である。それが徹の企図していたこと偶然にも一致していようとは、夢にも思っていなかったのだから。

 

 「まあ、そう言いたくなる気持ちは分からんでもないが、別段私が企図したわけでも誘導したわけでもない。偶々、私にとって都合が良かったに過ぎない。

 付き合い方にしては、基本はそうだ。私はお前達の四家の権力争いなどどうでもいいし、介入する気もない。当然、利用する気も利用される気もない。あくまでもビジネスとしてなら、お前達の依頼を受けてやろう。但し、例外もある」

 

 「例外ですか?それは一体どのような場合でしょう?」

 

 「おいおい、私にだって故国を大切に思う気持ちくらいある。護国の為であるなら、私は無条件で依頼を受けよう。日本にまつろわぬ神が襲来するようなことがあれば、必ず討滅すると誓おう」

 

 「それはこちらとしては非常に助かりますが、本当によろしいので?」

 

 「まつろわぬ神は()にとって、宿敵だ。現出した神など最早神ではない。神は幻想の存在であればいいのだ。それに神殺しが神を殺さずしてどうする。もとより、カンピオーネとはその為の存在だろうが」

 

 「……」

 

 徹の声色が一変し、空気がどんよりと重くなる。それは絶対零度の冷徹さと鋼如き強固な意志と秘められた激情を感じさせ、その苛烈さが冬馬に言葉を失わせた。

 

 「まあ、補助や後始末等の面倒ごとは引き受けてもらうし、ある程度の報酬も請求するつもりだから安心しろ。その時になって、支払いをケチるなよ」

 

 直前の空気を一掃するかのように冗談めかしてそんなことを徹は言う。

 

 「ははは、心しておきましょう。魔王様への報酬とか想像するのも怖いですからね」

 

 冬馬はあえて乗った。感じたものを詮索するのは鬼門でしかないと確信していたからだ。そして、徹の負った傷は深く未だ癒えていないのだと悟ったのだった。

 

 

 

 

 

 義兄さんが甘粕冬馬に事の次第を洗いざらいぶちまけ、自身の意図を説明しようとしているところで、私は目を覚ましていた。

 

 『まつろわぬ神は()にとって、宿敵だ。現出した神など最早神ではない。神は幻想の存在であればいいのだ』

 

 甘粕冬馬の軽薄な笑い声が耳に響くが、胸中では義兄さんの悲痛な叫びが反響しており、じくじくと痛みを発する。

 

 (義兄さんは、今も憎いのね。姉さんの命と明日香の人としての生を奪ったまつろわぬ神が……。)

 

 義兄のまつろわぬ神々に対する憎悪の炎は、数年経った今も些かの陰りもないようだ。それは元凶である神楽家が滅んでも、仇である迦具土を殺しても、それは些かの陰りもない。いや、神々を何柱滅ぼそうとも、けして消えることはないのではないか。そう、いつか義兄さん自身をも諸共に灼き尽くすその時まで……。

 

 (今思えば、最初の頃のまつろわぬ神との異常なほどの遭遇は、ほかならぬ義兄さん自身が望んでいたからなのかも……。いえ、もしかしたら義兄さんは────────)

 

 「しかし、先輩にしては随分迂遠なやり方ですね。その気になれば、正史編纂委員会(こちら)に気を使わないで強引に意を通せたんじゃありませんか?それなのに、世界を旅してまつろわぬ神討伐行脚ですか────────先輩、死にたかったのですか?」

 

 義兄さんがカンピオーネであることをあえて隠匿し日本を離れたのは、王と崇められることを嫌ったのでもなく、故国の安全をはかる為ですら無い。それらは他者に対する建前で、本当は死に場所を探していたのではないか?私が考えないようにしていた疑惑だった。

 

 「やれやれ、お前も美雪も買いかぶりが過ぎるな。妻子の後を追って自分も死ぬ。なるほど、ある種の美談やもしれん。だが、私はそんな殊勝な人間ではないぞ。ただ単に、あのまま日本にとどまっていれば、色々厄介なことになるのが目に見えていたからだ。王として他者に傅かれるのも御免だったし、いずれそうならざるをえないにしても猶予が欲しかった。それに手に入れた権能(ちから)を把握する必要もあったからな。当然だが、大っぴらに権能を振るえる機会など、まつろわぬ神との戦い以外にないだろう?ただ、それだけの話だ」

 

 義兄さんの言っていることはいちいちもっともで、疑う余地などないように思える。だが、甘粕冬馬はそうではなかったらしい。

 

 「なるほど……。ですが本当にそれだけですか?」

 

 「くどい!他に何がある?!」

 

  再度の確認に義兄さんが苛立たしげに叫ぶ。普段の義兄なら、絶対にありえない態度だ。やはり、甘粕冬馬の言葉は核心をついていたのではないだろうか。

 

 「……」

 

 それに対し、甘粕冬馬は無言で応じた。張り詰めた雰囲気が室内を満たし、自然と空気が重くなる。寝たふりをしているため、実際どうだったかは知ることはできないが、両者は互いに目をそらすことなく睨み合っていたように思う。その無言の応酬に根負けのは、驚くべきことに義兄さんの方であった。

 

 「チッ、相変わらず勘のいい奴だ。認めよう。それが全くなかったとは言わん。肉体の方は常人とはかけ離れちゃいるが、精神の方は()だって人間だ。妻を目の前で失い、挙句我が子を手にかけりゃ死にたくもなるわ!だがな、そんなものは早々に吹き飛んでしまったよ」

 

 「なぜですか?先輩はそんな簡単に考えをかえるような方ではないでしょう」

 

 「美雪がいたからだ。常に命がけのまつろわぬ神との戦いに私と共に赴き、文句一つ言うこともなく私を支えてくれた。私自身が死ぬのは構わなかったが、この健気で一途な義妹が死ぬのは絶対に認められなかった」

 

 髪が手櫛で梳かれるのを感じる。そこには如何程の想いと感情が込められていたのかは、分からない。だが、義兄さんの言葉が紛れもなく真実であり、そこには万感の思いが込められていることは理解できた。義兄さんにそこまで思われていたと言う事実に背筋、いや全身に震えがはしり、義兄を現世に繋ぎ止めていた楔は己だと再確認して、心が、魂が昂ぶる。浅ましいかもしれないが、一人の女として喜びを抱かざるをえなかった。

 

 「なるほど、先輩の弱点が美夏さんと美雪さんであるのは変わりはありませんでしたか」

 

 どこかおかしそうに甘粕冬馬は言うが、義兄さんの返答は絶対零度の冷たさであった。

 

 「一つだけ言っておく。美雪は()のものであり、他の誰にも渡すつもりはない。美雪を利用しようなどとは思うなよ。そんなことをすれば、その瞬間から()はお前達の敵に回る。正史編纂委員会どころか、四家全てが灰燼と化すと思え」

 

 それは凄絶な殺気すら込められた王の言霊であった。私にとってはこの上なく嬉しい宣言であっても、それを真っ向からぶつけられた当人はたまったものではなかったろう。甘粕冬馬の気配が義兄さんから距離をとったように感じられた。恐らく、義兄さんの殺気に耐えかねて思わず身構えてしまったのだろう。

 

 「……肝に銘じておきますよ。やれやれ、先輩あんまり脅かさないで下さいよ。私はこれでも小心者なんですよ」

 

 「お前が小心者だと?笑わせる。心臓に毛が生えているような人間の間違いだろう。大体、カンピオーネ相手にサシで交渉できるような輩が小心者であるはずがなかろうに」

 

 「それは先輩だからですよ。一定の信頼がありますから」

 

 「どうだかな?お前は私以外の魔王だろうと、態度が変わらないと思うがな」

 

 「ハハハッ、まさかそんなことはないですよ」

 

 この義兄さんの指摘は、八人目のカンピオーネ草薙護堂の誕生で後に正しかったことが証明されるのだが、今の私達はそれを知る由もない。

 

 

 

 

 

 「しかし、ものの見事に負けたな。正直な話、完敗だ。カンピオーネになってから初めてだな。あそこまでの敗北は」

 

 「確かに。パールヴァティーも相性の悪い上に強敵だったけど、今回みたいに一方的な展開じゃなかったものね」

 

 「ほほう、パールヴァティーですか。シヴァの妻で「山の娘」を意味する名を持つヒンドゥー教の女神ですね。なるほど、かの女神は焼死したサティが新生したものでしたね。あの復活の権能はそれからですか。確か狼の権能もあるんですよね?先輩、他にはどんな神と戦ってきたんですか?」

 

 徹の染み染みといった感のある言に美雪は同調したが、冬馬は情報収集に余念がない。

 

 「ハア、冬馬。仕事熱心なのはいいが、時と場合を考えろ。後で改めて私の権能については説明してやる。勿論、全てとはいかんがな」

 

 「ハハハッ、すいません。ついついですね」

 

 徹が苦笑して自重を促すが、冬馬は笑って誤魔化した。二人共笑ってはいるが、目は欠片も笑っていない。

 

 「やっぱり義兄さんが敗れたのは、迦具土の権能を盗まれたのが大きいと思う。義兄さんにとって、迦具土の権能は特別だもの」

 

 失言だったと美雪は心中で歯噛みするが、表情にはださない。何事もなかったように話を進めた。

 

 「それは否定できないな。あれで精神的にかなり追い詰められたのは間違いないからな。しかし、まさか権能を盗まれるとはな」

 

 「流石はまつろわぬプロメテウスというべきでしょうか。ゼウスの元から天界の火を盗んで人類に与えたという逸話は伊達ではないことですね」

 

 「『天界の火』とは「火」そのものじゃなく、「稲妻」、あるいは「啓発」、あるいはゼウスが人類には秘密にしておきたいと望んだ「神々の知恵」だというから、恐らくあの権能を盗む権能は、迦具土以外の権能にも有効だと思う。義兄さんが他の権能を盗まれなかったのは、盗むための条件を満たしていなかったからだと思うの」

 

 余談だが、このことからプロメテウスは、同じく博愛心に富み、神に反抗して、人類に「光」あるいは「啓発」を与えたことによって不当に罰せられたルシフェルに通じる文化的英雄としての側面を持つともいわれている。

 

 「それはそのとおりだと思うが、どうして迦具土の権能はあんなにもあっさりと盗まれたんだ?」

 

 美雪の指摘は納得のできるものであったが、だとすると初見のはずの迦具土の権能があっりと盗まれたのか説明できない。盗む為の必要条件を満たしていなかったのは明白なだけに徹は首をひねる。

 

 「案外、そんなに難しく考える必要はないかもしれませんよ。単純に迦具土の権能が正真正銘の「神火」だからではないですか?まさにプロメテウスの逸話に当て嵌まりますし、例外的に条件を無視できたのではないでしょうか?」

 

 「なるほどな、至極単純な話か。ありえないことではないだろうな。まあ、それはそれとして奴はそれ以外もかなり厄介な相手だ」 

 

 「あの先読みと義兄さんの手札を尽く意破ったのは予言の権能でしょうね。加えて、文明をもたした英知の神でもあるから、頭も切れる。こちらの動きを先読みされて、尽く最善手で対応されたら、手も足も出ないのも無理は無いよね」

 

 「忘れてはいけないのがあの怪力だ。巨人であるということを差っ引いても洒落にならん身体能力だ。巨体で強靭な変身体にすら軽々とダメージを与えてきたからな。流石は天の蒼穹を支える者であるアトラスの弟なだけはある」

 

 「後、不死であることも忘れては駄目だよ。プロメテウスはゼウスから罰として、生きながら肝臓を禿鷹についばまれるという永遠に続く責め苦を強いられたけど、これはプロメテウスが不死だから、夜の間に肝臓は再生するためなんだから」

 

 「なんか聞けば聞くほど難敵ですね。先輩、勝算はあるんですか?」 

 

 各々で列挙すれば、するだけ勝ち目が薄いように思えてならない。室内に重苦しい雰囲気が漂う。冬馬はそれに耐えかねたのか、肝心要の徹に問うた。

 

 「甘粕冬馬、いくら義兄さんと貴方が懇意であるとはいえ、その言い様は王に対しあまりに不敬ではありませんか!」

 

 これに反応したのは徹ではなく美雪であった。冬馬の言い様が余程気に障ったのか、鋭い目つきで睨みつけた。

 

 「よせ美雪」

 

 「ですが義兄さん」

 

 「お前の言わんところとするところは分かるが、冬馬はこういう男だ。何を言おうが、変りはしない。何よりこいつに傅かれるとか、鳥肌を通り越して、蕁麻疹(じんましん)がでそうだ」

 

 徹は宥めるように美雪の頭を一撫ですると、心底嫌そうな顔をして身を震わせた。

 

 「……酷い言われようですね。先輩、流石にその反応はないんじゃありませんか?」

 

 「ハハハッ、悪い悪い。だが、事実なのは否定はすまい。今更態度を改めるつもりもないだろう?」

 

 まあ、こんな反応されれば、流石の冬馬も苦言を呈したくなる。憮然として言うが、徹は悪びれずどこ吹く風であった。

 

 「……」

 

 何を言っても無駄だと悟った冬馬は無言で抗議するに留めた。

 

 「まあ、安心ろ。勝算はある。再び権能を盗もうとした時が奴の最期だ。もっとも、それまでに決着がつくかもしれんがな」

 

 先刻、プロメテウスに完敗したというのに、美雪と冬馬が戸惑うほど徹の態度は楽観的であった。

 

 

 

 

 

 「きっとここに来ると思っていたぞ。まつろわぬプロメテウス。貴方にとってここは消し去ってしまいたいほど、いまわしい地だろうからな」

 

 明朝、徹はコーカサス山脈のある山の山頂においてプロメテウスを一人待ち受けていた。プロメテウスより先回りできたのは、フェンリルの権能を用いた為だ。昨晩の内にプロメテウスに気取られないように反対側に通常の交通機関で移動するという念の入れようである。流石に予想していなかったのか、プロメテウスは驚愕を露わにしていた。

 

 「まさか生きていたとはな。いや、あの時汝は確かに死んだはず。なれば我のような不死ではなく復活の権能か。いずこの神から奪ったもものかは知らぬが、大したものよ」

 

 相変わらず察しのいい神である。それでいて、神特有の傲慢さや油断が見えず、徹はどうにもやり辛いものを感じていた。そして、やはり、このまつろわぬプロメテウスは難敵だと気を引き締める。

 

 (勝算は見出したとはいえ、油断すればたちまちに全て持ってかれる。故に、余計な時間は与えない。奴に考える時間は与えない。短期決戦で決着をつける!)

 

 「さあ、リベンジマッチといこうか!偉大なる先見の英知の神よ」

 

 「何度やろうと同じことよ。己が身の矮小さを知るが良い!そして、汝ら神殺しの滅びをもって、我が弟の過ちを正そう」

 

 「やれるものならやってみろよ!我は主神すら呑み込みし、神秘を喰らう大神。死と恐怖の象徴にして、神々の災いの具現。我こそが神々の黄昏(ラグナロク)なり!」

 

 紡ぐ言霊は神喰いの魔狼フェンリルのもの。

 

 (さあ、晩餐の時間だ。私は全てを喰らう。かつて私が殺したお前とその眷属の如く、神だろうが太陽だろうが月だろうが喰らって見せよう!)

 

 徹のそな苛烈な意志を具現化するかのように、一瞬の後にその身は白銀の巨狼と化した。

 

 「その狼の権能……北欧の魔狼のものか。先の神殺しの炎権能といい、今また神喰いの狼とは、貴様はよくよく業が深いと見える」

 

 『神殺しらしくて、いいだろう?』

 

 短く返し、問答無用とばかりに襲い掛かる。天を駆けることのできるフェンリルにとって、山頂という地形は何ら不利にはならない。むしろ、相手の動きを制限できるという意味で、この上なく有利であった。

 

 「その程度、読めぬと思うてか」

 

 プロメテウスも当然、座して待つわけがない。岩を雨あられとと投げて、迎撃してくる。その怪力からはじき出される岩の弾丸は、常人ならば避けることも防ぐこともできぬ必死の攻撃にほかならない。されど、フェンリルの強靭な肉体には無意味である。ただの木石などフェンリンルの肉体が内包する神秘を揺るがすことなどできないからだ。大体にして、天を駆けるフェンリルにとって、如何に早かろうが岩の投擲など、欠伸がでる遅さなのだから。

 

 しかし、だというのにプロメテウスの投擲は徹に迫っていた。まるで避ける先が分かっているかのように、岩の弾丸は少しずつ白銀の巨狼を追い詰めていく。それは異常な光景であった。まるで圧倒的なスピードを誇る白銀の巨狼が自ら当たりにいているかのようであった。

 

 『こうも読まれるか!』 

 

 「我はゼウスの末路を予言せし者。汝如きの運命を読むのは容易きことよ」

 

 誘導されれば、当然罠が待っているのが道理である。プロメテウスが用意したのは巨大な岩石の杭。徹から盗んだ迦具土の権能で焼かれ研磨されたそれは、フェンリルの肉体であろうと貫けるだけの神気を帯びている。それをアトラスの弟たるプロメテウスがその怪力でもって、渾身の力で投擲する。それは神気によるミサイルだ。直撃すれば、死は免れない。それどころか、その余波ですら多大な被害をもたらすであろう。

 

 「そいつは当たってやれないな!明日香来い!」

 

 徹は瞬時に変身を解いて的を小さくさせることで直撃を避け、素早く手印を切る。その上で愛娘を呼び、瞬時にその紅蓮の刃によって刀印を切る。

 

 「臨める兵、闘う者、皆陣をはり列をつくって、前に在り!」

 

 九字護身法。早九字の略式ではなく、真言もきっちりとした手印によるものに、神器である明日香で増幅した刀印によるものを重ねた二重結界。カンピオーネの莫大な呪力に編まれたそれは、数瞬後に間近で起きた神気の爆発を見事防ぎきった。岩の杭を中心として大きなクレーターができており、その威力をありありと物語っていた。

 

 「なるほど、中々に芸が細かい。汝の本質は術士か」

 

 「本当に察しがいいよな。剣持ってるんだから、誤解してくれればいいのに、なっ!」

 

 プロメテウスは感嘆するように言うが、一々見ぬかれているようで、徹としては面白くない。故に、間髪入れずに斬りかかると見せかけて、お返しだと言わんばかりに明日香を投擲する。カンピオーネの莫大な呪力が込められた神剣の投擲である。権能によるものではないとはいえ、その破壊力は先のプロメテウスのものに劣ることはない。

 

 「だから甘いというておろうに!」

 

 不意を打ったものだというのに、それでもなおプロメテウスは余裕を持って回避する。全て分かっていると言わんばかりである。

 

 「甘いのはお前だ!」

 

 しかし、此度は徹に軍配が上がった。徹の声に呼応するかのように避けたはずの紅蓮の刃が、背後からプロメテウスを斬り裂く。

 

 「────────?!意思ある神剣だというのか」

 

 「明日香そのままたたみかけろ!」

 

 徹の声と送られる呪力に呼応して、プロメテウスの斬り裂かんとする明日香。だが、ここで一方的にやられる程、プロメテウスは甘くはなかった。その身がたちまちに炎に包まれ、次の瞬間胴を薙いだはずの刃は虚しく空を切った。徹はその見覚えのありすぎる現象に歯噛みする。

 

 「くっ、戻れ明日香!私から盗った迦具土の権能か……」

 

 「然り。使うまでもないと思うて追ったのだがな。汝を甘く見過ぎたようだ」

 

 

 

 

 

 不意討ちの形で、無防備な背中を斬りつけたずなのにあっさり炎化できたところ見ると、思いの外傷は浅そうだ。ティーターン神族故の強靭な肉体と不死による回復力もあるだろが、それ以上に、やはり私自身がこの手で振るってこそその真価を発揮すると言うことだろう。むしろ、不完全な状態で、手傷を与えた明日香を褒めるべきだろう。

 

 ────────分かってはいたが、本当に面倒な相手だな。

 

 予言の権能による先読みでの卓絶した回避能力と英知による優れた対応能力、それに加え神でも上位に入るであろう身体能力と格闘術。隙あらばこちらの権能を盗もうと虎視眈々と機会を伺っているし、本当に面倒極まりない相手である。

 だが、大体把握した。接近戦ではフェンリル状態でなければまず勝ち目がないだろうが、中~遠距離での撃ち合いならばこちらにも勝ち目がある。予言の権能による先読みは確かに脅威だが、明確に先読みできるのは致命的な攻撃だけのようだ。投擲は避けれても明日香の攻撃は避けられんかったのがその証左だ。盗む権能の必要条件は、どの神に由来するものなのか、どのような権能かを把握することだろう。恐らくフェンリルの条件は満たされている。こちらとの接近を狙ってるところを見るに、本来盗るには直接的な接触が必要なのだろう。迦具土の権能は冬馬のいうとおり、逸話にものの見事に嵌ったが故の例外だったのだろう。ただ、厄介な事に盗める数に制限はないようだ。今現在も迦具土の権能を使える以上、フェンリルを盗まれたら迦具土の権能が戻ってくるというようなことはないと考えるべきだ。

 

 ────────仕込みは終わり、確認すべき事は確認した。後はどれだけうまくやれるかだけだ。

 

 とはいえ、炎化している以上、物理攻撃はほぼ無意味。加えて、生半可な術では炎を削ることはできない。大体、多少削ったところで、すぐさま炎は燃え上がり、原型を取り戻してしまう。故に、一撃で全て消し飛ばすレベルのものでなければ意味がない。故に、現状での最も有効な手はフェンリルで炎ごと呑み込んでしまうことだろう。

 

 しかし、致命の攻撃には予言の権能が働く。先読みされて、その隙を突かれると厳しい。なにせ、あの怪力から繰り出される拳はフェンリルの肉体にすらダメージを与えてくるだのだから。幸い相手は空を飛ぶことはできても、空中を自由自在に動けるというわけではないので、機動戦では天を駆けるフェンリルに軍配があがるが、プロメテウスはそれを先読みと卓越した身体能力で埋めてくる。その上、フェンリルの巨体はどうしても的が大きくなり、相手の攻撃を回避しづらい。接近戦となれば尚更である。

 

 しかも、恐らく隙を突かれて直接接触する機会があれば、間違いなく奴はフェンリルの権能を盗むに違いない。そうしない理由がないし、何よりフェンリルの権能はプロメテウスにとって天敵なのだから。

 

 つらつらと考えている間も、プロメテウスの攻撃は止まらない。先の返礼と言わんばかりに、迦具土の権能を用いて、炎の雨を降らしている。それも自身の炎化を維持したままでだ。

 

 ────────盗んだものなのに明らかに本来の持ち主である私よりも権能を使いこなしているよな。なんという理不尽か……。

 

 だが、そんなものは何も意味をなさない。元を正せば自身の権能なのだ。その性質も威力も誰よりも理解している。当然、対策もだ。どんなに降り注いだところで、炎の雨は絶対にこの身を傷つけることはできない。

 

 「小癪な奴よ、対策済みというわけか」

 

 「自分の武器で気を負うような間抜けじゃないんでね」

 

 これみよがしに火除け及び耐火の護符を大量に取り出し、忌々しげなプロメテウスに見せつける。

 

 「ふむ、ではこれならばどうかな?」

 

 「なっ?!」

 

 次の瞬間、プロメテウスの腕に紫電が絡みつく。その内包された莫大なエネルギーは、魔王である私をして戦慄せざるをえないものであった。

 

 「我が天界の火を盗み、人間達に与えたことは知っていよう?それは『火』だけを意味するのではない。我が人に与えしは『神の知』そのものよ。すなわち、人の生み出せし英知の全ては我が与えしものが元となっているのだ。故に、相手の権能を盗むだけではなく、使いようによってはこんな真似もできるというわけだ」

 

 「まさか、この辺り一帯の電力を収奪したのか?!」

 

 「然り」

 

 なんという出鱈目か。つまり、まつろわぬプロメテウスは周辺地域の電力を集め、自身のものとして扱っているのだ。いかにカンピオーネの肉体が強靭だとて、あんな莫大な電流を浴びてただで済むわけがない。1Aの電流でも、人は感電死する可能性があるのだから。

 

 「屁理屈にもほどがある。それなら何か、核反応とかも奪ってこれると言うのか?」

 

 「できるであろうがやる気はない。安心するがいい。それでこの星を穢してしまっては元も子もないのでな」

 

 平然と肯定してみせるプロメテウスに戦慄する。

 

 ────────本気で洒落にならん。絶対にここで殺す!

 

 できるということがすでにヤバ過ぎる。まつろわぬ神の気まぐれで世界滅亡とか、死んでも御免である。絶対に野放しになどできない。

 

 「汝はこう考えていたのではないか?我に飛び道具は汝から奪いし権能しかないとな。その心得違いを正してくれようぞ!」

 

 プロメテウスの突き出した腕にそって紫電の槍が飛び、私を襲う。

 

 「明日香頼む!」

 

 私は咄嗟に明日香を投擲し、避雷針とすることで紫電の槍をどうにか防ぎ、間髪入れずにフェンリルへと変身する。最早、考えている暇はない。プロメテウスにこれ以上、僅かな時間であっても与えてはならない。

 

 「読んでいるといったはずだ!」

 

 しかし、案の定完全に読まれていたらしい。プロメテウスは変身が終了する頃には、すでに指呼の間にいた。フェンリルとなった私を待ち受けていたのは、剛拳どころか鋼拳ともいうべき、破壊力を秘めた拳の嵐だった。

 

 『ガッ、グオオオオー』

 

 咆哮し、どうにか耐え凌ごうとするが、プロメテウスは止まらない。その怪力から繰り出さる拳は、フェンリルの巨体を容赦なく叩く。それも紫電のおまけつきでだ。完敗だった初戦の時を遥かに超える威力である。

 

 「ぬううん!!」

 

 ダメ押しとばかりに渾身の正拳突きを受け、大地に叩きつけられる。フェンリルの強靭な肉体であっても被害は甚大だが、文句は言えない。恐らく生身であったなら、確実に死んでいたであろうから。

 

 『ガフッ』

 

 内臓さえも傷つけられたのか、叩きつけられた衝撃で吐血するが、私はそれを無視して無理やり身体を起こし、爪をもって薙ぎ払う。プロメテウスはそれを炎化することで正面から無効化して、ようやく動きを止めた。

 

 「しぶといな。この期に及んで心が折れぬとは、汝は余程業が深いと見える……」

 

 どこか呆れた様子でそんなことを言ってくるが、呆れたいのはこちらの方である。全身を返り血で紅く染めながらも、プロメテウスの身には少しも傷もない。明日香がつけた背中の傷すら再生しているようだ。仮にも真正の神器のよる一撃であったというのに、不死の権能のなんたる厄介な事か。

 

 『生憎と伊達や酔狂で神殺しなんてやってるわけじゃないんだよ!()の命は貴様らまつろわぬ神にくれてやれるような軽いものじゃない』      

 

 「ほう、威勢のいいことよ。だが、頼るべき権能、その全てを奪われてなお、同じ事が言えるかな?」

 

 プロメテウスの手がフェンリルの肉体に触れる。これまでとは異なり、全く殺気を感じられず、かつ挙動も本当にゆったりしたものだったので、反応ができなかった。私はまた権能を盗まれようとしているのだと直感した。

 

 ────────来た!さあ、気合を入れろ。最初から勝機などここにしかないのだから!

 

 私の中からフェンリルの権能が奪われようとするその時、私は暴発寸前まで身内で高めていた迦具土の権能を替わりに押し付けた。

 

 「なっ、馬鹿な!なぜ、すでに盗みとった権能があるのだ?!」

 

 すでに盗んだはずの権能を再び押し付けられるのは、さしものプロメテウスも予想外の事態だったのだろう。驚愕も露わに後ずさる。こちらも盗まれかけたことで、フェンリルの変身が解かれてしまったが、今はむしろ都合がいい。

 

 「私の持つ権能は全部で3つ。貴方が奪った迦具土の炎の権能にフェンリルの変身の権能、そしてパールヴァティーの転生(・・)の権能。そう復活ではなく転生の権能」

 

 「まさか?!」

 

 「流石に察しがいい。転生時、それまでの負傷は勿論、呪力・体力も含めた疲労は全て回復され、万全の状態に戻る。盗まれた権能も含めてな」

 

 そう、昨日転生した時点ですでに迦具土の権能は戻っていたのだ。迦具土の炎がこの身に通用しなかったのはその為なのだ。あえてフェンリルの権能だけで戦ったのも、用意した大量の火除け及び耐火の護符も迦具土の権能を取り戻していることを知られないための見せ札でしかない。大体、あの程度の護符で神殺しの炎が防げるはずがないのだから。全ては迦具土の権能を再びプロメテウスに盗ませる為の伏線に過ぎない。

 

 「こ、小癪な真似を……」

 

 「いくら貴方でも神殺しの炎の権能を二つも身に入れては、ただでは済まないだろう?」

 

 何かを押さえつけるように自身の身を抱きしめるプロメテウス。私には分かる。プロメテウスの中で荒れ狂う神殺しの炎の猛りが。必死に制御しようとしているのだろうが、いかなプロメテウスでもそんなことは不可能だ。そもそも迦具土の炎は制御するものでは無いのだから。むしろ、真逆。迦具土は伊邪那美を殺したくて殺したわけはないように。好きなだけ荒れ狂わせることが必要なのだ。それで初めて自身の意思に従えることができるのだ。一つしか無い状態ならば、誤解したままでもかつての私のようにある程度操ることができただろうが、二つとなればその本質を誤解したままで操ることなどできるはすがない。

 

 「最初からこれを狙っていたというのか?」 

 

 「御明察。貴方はとても厄介で面倒な難敵だ。普通の罠なら、あっさり見破られていただろう。だから、貴方の自身の権能への信頼を利用させてもらった」

 

 予言と英知の神であるプロメテウスには、生半可な罠は通用しない。なにせ出してもいない段階から明日香の存在を見透かされたのだから。故にプロメテウス自身の思考を誘導し利用したのだ。その為にあえてフェンリルに変身する際に言霊を用い、権能を盗む為の必要条件を満たすように行動したのだ。

 

 そして、これは同時に脅しでもある。先にも言った通りフェンリルの権能はプロメテウスの天敵である。なぜなら、フェンリルはラグナロクの予言を受け、それを回避しようとオーディンが懸命に努力したにも関わらず、最終的に自身の血族と共にその全てを覆し、ラグナロクを成就させたからだ。フェンリルの爪牙はそれが当たるという予言を受けた時点で回避する術はないのだ。これに気づいたのは、フェンリルの権能を初戦で使用した時だ。いいようにいなされ手酷い反撃を受けたというのに、なぜだかいずれ届くという確信があったのだ。これまでそんな感覚を覚えたことはなかったから、恐らく予言や予知の権能を持つ神限定の能力なのだろう。つまり、フェンリルの権能であると知った時点で、プロメテウスは是が非でもフェンリルの権能を盗む必要ができてしまったのだ。

 

 後はフェンリルの権能を盗もうとした際に迦具土の権能を押し付けてやるだけだ。幸い無理やり持って行こうとするのに替わりにどうぞどうぞと押し付けつけてやるのは至極簡単なことだった。さらに盗む際の霊的・呪的なつながりを利用して、プロメテウスの中にある迦具土の権能にも干渉てやったのだ。元より制御することなどできない権能に、暴発しやすくしておいた権能を加えたのだ。暴走しないわけがない。

 

 盗んだ権能を返そうにも、完全暴走状態ではそれも無理だろう。仮に返せたとしても返せるのは一つだけで、返したところでもう一つは暴走状態で残る。それに内で焼かれているというのに、外からも焼かれては最早どうにもならないだろう。

 

 「ぐうう、おのれ……!」

 

 身内で荒れ狂う神殺しの炎を未だ抑えきっているのは賞賛に価するが、最早動くことすらできないようだ。

 

 「人から盗んだ物でいい気になっているから、そうなるんだよ。さあ、終焉の時だ」

 

 明日香を手に構え、その紅蓮の刃をプロメテウスへと突き立てる。それまで見せた肉体の頑強性を無視するかの如く紅蓮の刃はその身内へと埋まっていく。

 

 「があああー」

 

 明日香を通して、私はプロメテウスの中の迦具土の権能と繋がり、一つを取り戻す。そして、残った一つを元にプロメテウスを薪にして、神滅の焔を顕現させる。

 

 「迦具土滅びて、原山津見神(はらやまつみのかみ)戸山津見神(とやまつみのかみ)志藝山津見神(しぎやまつみのかみ)羽山津見神(はやまつみのかみ)闇山津見神(くらやまつみのかみ)奥山津見神(おくやまつみのかみ)淤縢山津見神(おどやまつみのかみ)正鹿山津見神(まさかやまつみのかみ)を産むなり。我、神を滅ぼし、神を生じさせるものなり」

 

 たちまちにプロメテウスを神滅の焔が包み込む。如何に不死身であろうと存在そのものを灼き尽くされれば死ぬだろう。しかも、今回は己ではなくまつろわぬ神自身を薪にし、明日香で増幅までしたのだ。権能を盗む権能を持つプロメテウスと奪われた権能すら回復させる転生の権能が合わさってできた最凶最悪な攻撃である。二度と再現できる自信はないが、これで死なないはずがない。

 

「この身が滅びる……我があの愚弟の愚息に負けるというのか。────────今は敗北を認めよう。無念であるが我が一部は貴様のものとなろう。だが、ただですむとは思わぬことだ。

 我は代価として、汝の滅びを予言しよう。汝はいずれ最強の『鋼』と出会うであろう。その時が貴様の最期よ!けして忘れるな!汝が道に災い……あ…れ!」

 

 プロメテウスの怨嗟の声が聞こえるが、最早私に影響を及ぼす事はかなわない負け犬の遠吠えである。呪いと不吉な予言を残し、灰も残さずプロメテウスは消滅した。

 

 「最強の『鋼』か……。まつろわぬ神であるならば、なんであろうと殺すだけだ」

 

 

 己の最期であるというその存在に思いを馳せるが、やることは何も変りはしないと頭を振った。相手が誰であろうとまつろわぬ神であるならばそれは私の敵なのだから。いつか死の顎が私をとらえるその時まで、私は紛い物の神々を殺そう。

 

 

 

 

 徹と美雪はこの後冬馬を伴って帰国し、沙耶宮馨との会談に臨んだ。結果、馨が根回しに猶予期間を要求し、徹の魔王としての周知は半年後と決まった。この時、まさかその半年の間に八人目、それも日本人のカンピオーネが生まれるとは誰も思っていなかった。このことがちょっとしたすれ違いを起こし、後に大きな火種となるのだった。

 ちなみにこの会談の際、徹はカンピオーネの特権を用い正式に改姓を要求し、公的にも神無徹になった。そのあんまりな使い方に美雪と冬馬が呆れていたのは余談である。




<補足&解説>
日本語では、長音を省略してプロメテウスと呼ばれますが、ギリシャ語だと「プロメーテウス」となります。同じくアテナも「アテーナー」だったりします。長くなるので省略しましたが、ゼウスが人類を滅ぼす為に起こした大洪水対策に方舟の作り方を息子に教え、見事生き残らせてたりもします。また、彼がゼウスの課した懲罰から解放されるのは、本作中に書いたヘラクレスに救われるという説とゼウスの破滅についての予言の内容と引き換えに解放されたという説があります。

プロメテウスは原作には未だ登場していませんが、非常に原作とは縁の深い神です。エピメテウスの兄であることはもちろん、原作主人公がカンピオーネになる為に用いた神器も彼由来のものです。プロメテウスを人間の創造者であるとする説では、アテナの原型であるリビアの「アテーナー」は彼の妻であるとされます。また、「カンピオーネ! XII かりそめの聖夜」ででてきたサトゥルヌスと同一視されることもあります。
そんなわけで、なにかと原作とは縁が深い神なのです。興味がありましたら、調べて見るといいでしょう。プロメテウスが磔にされる際の問答などは、一見の価値があります。

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