阿櫻夕時の朝は早い ───
「あー、ねむ……」
眠たい眼を擦りつつ大きく欠伸。それからは何時もの朝が始まる。
まずは簡単に身だしなみを整える。顔を洗い歯を磨き服を着替える。その後は部屋に掃除をかける。
そしてそのまま朝食をとらず玄関から外へと向かい鍵をかけ、目指すは隣の部屋。
なんの迷いもなく鍵を開け靴を脱ぎ歩を進めること数十秒。扉の前で止まる。
コンコン
一応ノックをするが、意味は薄い。問題なく返事は返ってこないことを確認するとそのままガチャリとドアを開け放った。
「はぁ……」
そこには涎を垂らしつつ抱き枕に抱きついた己の愛しい彼女の姿が…
そうここは宮永照の部屋。
彼は毎朝こうして宮永照を起こしにくる。
それは彼女の親が仕事で忙しいためだ。
ポンコツなことに定評がある宮永家女子の為、夕時は自分の家の家事を終えるとその足で宮永家の家事をこなすのだ。
尚、長野の実家では父親がいない時に限り度々京太郎の姿が目撃されている。
「すぅ…………ん、」
「おい起きろ照。朝だぞ」
規則正しい寝息を立てるその肩を揺らす。
しかし目を覚まさない。
「いくら休日っつても限度があるだろ。ほら起きろ」
「…んー」
生返事をしながら、その体はぎゅっと枕を抱える。
がっちりと固定されたその腕は何がなんでも起きないと意思表示している。
そんな姿を見て、夕時もやれやれと諦めの表情になる。
そしてボソリと
「仕方ない、か。そんなに起きないなら朝飯はナシにするしかーーーーー」
「おはようございます。いい朝だね、夕」
キラリと夕時の目が光ったかと思えば、照の柔らかな頬は横いっぱいに引っ張られた。
「いひゃい。いひゃいよゆう」
「そうか良かったな。これが夢なら朝ご飯抜きだったからな。それで?いつから起きてたんですかね照さん?」
「のっくのあひゃりかりゃ」※ノックの辺りから
「さっさと起きんかーー!!!」
「ごめんなひゃいごめんなひゃい!!ほんひょにいひゃいぃぃい」
ぐにぐにと伸びる照の頬。なんだか楽しくなってやめられない夕時。
ハッと我に返った頃には照の頬は真っ赤になっていた。
「と、とりあえず!さっさと顔洗ってこい。その間に用意しとくから」
「あい……」
飴と鞭の使い分け。それで有耶無耶にしようとはしてなくとも、真っ赤な照も可愛いなと当事者意識ゼロなことを思う夕時であった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「ほれ、あーん」
「あーーん」
もぐもぐもぐ
「どうだ?」
「さすが夕。プロ顔負け」
「当たり前だ。ほらもう一個」
「あーーん」
顔を洗った照が戻ってきた時にはもう既に朝食の準備は終えていた。
台所に立つこと約15年の俺からすれば朝っぱらから何時ものようにハイテンション・ハイスピードな母さんを相手しないでいい朝食なんて僅か10秒で支度完了だ。
知り合いには5秒で終わらせる凄腕執事なんているがな。
「夕も食べて。あーん」
「ん?あーん」
「おいし?」
「あぁ美味いよ。今度は目玉焼きでも乗せてみるか」
「おぉ」
「……またお昼な。今日はこれで終わりだ」
「むぅ…」
むくれる照をたしなめつつ食器を片していく。
これも10秒程で終了。綺麗になった食器は照も手伝ってパパッと直した。
さて、
「暇だな…」
「そうだね…」
やることがなくなってソファへと座り込む。
照は、どうやら今日は膝の上に乗ってくるようだ。すっぽりとはまる身体が可愛らしい。
「とはいえ、最後の休みだからな。しっかり英気を養うってのも必要なんだろうけどな」
「来週からは本格的に練習が始まるからね」
そう、これは最後の週末なのだ。
来週からはとうとうインターハイへの本格的な練習が始まる。
俺や照、菫にとって最後の夏。気合いが入らないといえば嘘になる。
とは言え団体戦に出る照や菫とは違って個人戦しかでない俺は少しだけ時期がずれるんだけどな。
「明日は久しぶりのデートだしなぁ。今日遊ぶのも控えたい」
「そうだね」
ゴロゴロゴロとソファの上からカーペットへ。照を抱えたまま転がっていく。
んー、何しようか。
そうしてゴロゴロしているうち、一つの名案が浮かんだ。
「お、そうだ。あそこ行こう」
「???」
分からないという風にこちらを覗き込む照。かわいい。
じゃなくて!
「ちょっとからかいに行こうぜ」
「あ、なるほど。分かった」
どうやら照もわかったみたいだ。
そうと決まれば善は急げ。早速出発だ!
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「それで……なんで私の所に来るんだ!?!?」
「「暇だったから」」
「答えになってない!」
そういう菫は何時ものように怒っているが、しかし今日は何時ものようにはいかないぜ?
「おいおいそんな口聞いていいのか?俺たちはお客様だぜ?」
「ぬっ…!」
「お客様への奉仕は絶対。プリーズ」
「ぐっ…!」
「「可愛い可愛いスミレちゃんの、ちょっといいとこ見てみたい!!」」
「ぐっ……。いいだろう貴様らそのになおれ!直ちに斬り伏せてやる!」
鬼神のように荒ぶる菫をひょこりと避けテーブルへと座る。こうすれば店員である菫は手を出せない。
そう、ここは菫がバイトしている喫茶店だ。
正確には麻雀喫茶。奥にはちゃんと卓もある。
暇だった俺たちは、友人として菫をからかい(ゲフンゲフン。応援しに来たのだ。あー!なんて素晴らしい友人愛(棒読み)。
「ほら、菫。注文聞いてくれよ」
「……はぁ、わかった。私も疲れたよ」
「ごめんね菫。でも何度見てもその制服可愛いね」
「そうだな。菫そういうヒラヒラした制服も似合うんじゃないか?」
「そ、そういうことを言うな!」
「「可愛いー」」
「うがー!!」
菫の叫びはお店中に木霊した。
「正直な所お前たちは今年のインターハイ、どう思う?」
昼休憩に入った菫と軽く三麻を打っていると、突然そんなことを聞いてきた。
「どうってのは?」
聞き返すも牌への視線は話さない。おっと、いいツモ。ついてるな。
「今年の出場校の事だ。お前たちも選手だしな。考えるところはあるだろう?」
「ひでぇ言われようだな。………ツモ6000オール」
「はい。でも菫の言う通り。今年は簡単にはいかない」
「4000バックだ。まぁ毎年簡単だったわけじゃないがな」
点棒を受け取り千点棒を4本渡す。
牌は全自動卓の中へと吸い込まれ、再び山と手配を築いた。
「女子で言うなら、姫松や臨界。永水、千里山、新道寺辺りは必ず準決勝に入ってくるだろうな。チーだ」
「…龍門渕が無いのは何故だ?」
「「清澄がいるから」」
「…………」
「まぁ、正直な所は分かんねぇけどな。麻雀は時の運。運が悪けりゃ負けるし運が良けりゃ勝てる。大事なのはその運をどう引っ張ってくるか。要は気合いだな」
「それに新しい高校も出てくるかもしれない。そういうのは、大会を掻き乱す。あ、それポン」
「……今の時点で予想をつけることは難しいか。ロンだ。タンヤオピンフドラドラ、11600だな」
はいよ、と点棒を渡す。相変わらず菫の狙いは正確だな。
そして三度牌は積み直される。
「ま、千里山。特に怜の奴なんかは今年からレギュラーに入って来る気満々だぜ?他の奴らも打倒白糸台を掲げてるらしいしな」
「…そういえばお前は千里山の選手と幼馴染だったか。たしか園城寺怜だったか」
「…怜ちゃんかぁ」
「照は会ったことがあるのか?」
「うん。その時ちょっと色々あって。嫌いってわけじゃ無いけど」
「あー、まぁアレはあいつの口癖みたいなもんだからな。気にすんなって」
「大丈夫。それなりにあの子との関係は良好だから。今ではメル友」
「……それ、死語に近くないか?」
会話をしながらも賽は回り山は積まれ杯を打つ。
そしてーーーーー
「おっしゃ一位!」
「むー、おしい」
「ふぅ…。割と接戦だったな」
俺、照、菫の順で卓が終了する。
ホント、結構接戦で久しぶりに楽しい麻雀だった。
「もうこんな時間…」
照の呟きに窓を見れば、確かにもう暗くなっている。そろそろ家に帰って飯の準備をしなきゃな。
そうして身支度を済ませ
「んじゃ菫、邪魔したな」
「楽しかった。またね」
「次来るときはもっと静かに頼む」
「ははは。やだね」
「やだね」
「くっ…!言っても治らないことは分かっているさ!」
そう言って悔しがる菫さんホント面白い。
と、本格的に時間がやばいな。
「それじゃ菫引き続き仕事頑張ってな」
「ばいばい」
「…ああ、また来い」
呆れながらも手を振る菫の声を背中越しに聞き、俺たちは店を出た。
店の外はすっかり暗くなっているが、流石は東京。街灯の明かりで見通しは良好だ。
そんな歩道を、照と並んで歩く。
「もうちょっと遊んでたかったな」
「そうだな。でも明日はデートだからな。楽しみはそこそこにとっておこうぜ」
「そうだね、それにしても夕とのデートは久しぶり」
「まぁ俺たち殆ど一緒にいるからな。改めてデートする機会なんて殆どねぇし」
「うん。だから楽しみ」
そう言ってにこりと笑う照。
いつも一緒にいるけれど、照の表情一つ一つが飽きないのは、惚れた弱みというやつか。
「んじゃ!明日に備えて今日はさっさと飯食って寝るか。照何食べたい?」
「ハンバーグ!」
「即決かよ…。よし、それなら挽肉買って帰るか。おまけに今日はチーズハンバーグにしようぜ」
「やった!」
そんな楽しげな声が夜の空に響いた。
明日は久々のデート。俺も凄く楽しみだ。
デート早く書きたい