元帥閣下の女学生生活はじめましたっ!!   作:のこのこ大王

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幕間 ~カタリナ・フェーン・リッツダールの野望~

 

 幕間 ~カタリナ・フェーン・リッツダールの野望~

 

 

 

 

 

 アスタブローグに滞在して3日目の夜。

 

 風呂を終えた皇女は、滞在している自室に戻ると

 終始ご機嫌な様子で手紙を書いていた。

 

 その様子を部屋の隅で見ていた護衛騎士のナナリーは

 無表情のまま、呟くように口を開く。

 

「―――愉しそうですね」

 

 まるでその言葉を待ってましたとばかりに

 振り返った皇女は

 

「当然よ。

 こんなに愉快なことはないわ」

 

 と、帝都では見せたことのない愉しそうな表情をして答えた。

 

 帝都では、いつもつまらなさそうな表情で

 いつも他人を見下し、自身が認めた者以外は

 例え家族であろうが、容赦なく暴言を吐く。

 そんな彼女が、珍しくも表情豊かに笑っている。

 それだけでも、ナナリーからすれば驚きであると同時に

 あまり関わり合いになりたくないとも思ってしまう。

 

 大抵、こういう時の彼女は

 いつもロクでもないことばかりを口にするからだ。

 

 しかしそんな彼女の想いとは別に

 カタリナは、愉しそうに話を続ける。

 

「貴女も見たでしょう?

 

 この街の発展を。

 人々の活気を。

 手間のかかった様々な仕組みを。

 

 どれもこれも計算されて用意されている。

 この街では、誰もが主役になれるけど

 同時に全員が脇役でもあるの。

 

 こんな仕組みを考えた元帥閣下は、本当に凄いわ!

 

 ―――ああ、早くお会いしたいわ」

 

 こんなにも長々と話をする皇女を見たのは、いつ以来だろうか。

 手放しで誰かを褒めているということも驚きだが

 何より、何故こんなにも、かの英雄の評価は高いのか。

 そこに興味がわいてくる。

 

 だからこそ、カタリナにこう問いかける。

 

「―――カタリナ様にしては、かなりの高評価をつけているご様子。

 何故そのようにお褒めになられているので?」

 

 これでもこの気難しい皇女と数年の付き合いになる。

 きっとこう言えば、彼女は間違いなく説明を始めるだろうという予想。

 

「考えてもみなさい。

 こんなに大規模なのに、誰に気づかれることなく

 大きく血を流さずに行われている戦争なんて、見たことあるかしら?」

 

 予想自体は当たったものの、思いがけない答えが返ってきた。

 ここで大きく驚けば、愉しげにちょっかいをかけられる。

 そう思って冷静を装いつつ返事をする。

 

「・・・戦争ですか?」

 

「そう、戦争。

 実際に見てみるまで信じられない気持ちだったけど

 3日間かけて街を見て確信したわ。

 

 これこそ、誰もやったことがない新しい戦争の形よ!」

 

 街の発展と戦争が、どう繋がるのか解らず

 返事に窮していると、それを察した皇女が

 お気に入りの扇子を広げて口元を隠す仕草をする。

 

 ―――ああ、結局こうなるのか。

 

 お気に入りの玩具を見つけた時のような視線に

 思わずため息を吐く。

 

 これから行われるであろうやり取り次第では

 また彼女は、不機嫌になってしまう。

 いつから私は、騎士ではなく彼女の女官になったのか。

 

 皇女に促され、来客用の椅子に座らされる。

 

「―――そうねぇ。

 まず、お金というものから説明しましょうか」

 

 そう言って皇女は、ナナリーの対面になるように座ると

 間にあるテーブルに金貨を1枚置く。

 

「確か貴女、地方出身だったわね?」

 

「ええ、帝国の北側にある村の出身です」

 

「それなら話が早いわ。

 その村で、お金と言えばどういうものかしら?」

 

「お金は、お金なのでは?」

 

「う~ん、どういう感じのものかしら?」

 

「・・・主に税金を納めるもの、でしょうか?」

 

「うん、まあ正解ね。

 では、帝都に来てからのお金のイメージってどう変化したかしら?」

 

「・・・あると何かと便利なもの、でしょうか。

 村では、あまり使うことはなかったですが

 やはり帝都では、何をするにも必要ですから」

 

「そう!

 それなのよ!

 

 地方では、お金というものは、あまり浸透していない。

 今でも物々交換が主流だものね」

 

「まあ、お金があってもなかなか何かを買いに行くにも

 街は遠いですし、食べ物などで保管しておけば

 とりあえず食べることには、困りはしませんからね」

 

「その概念が、この都市周辺にはないのよ。

 正確には、元帥閣下が潰してしまったというべきかしら?」

 

「・・・その辺りがイマイチ理解出来ないのですが」

 

「街を見て気づかなかった?

 地方から出てきた村人ですら、お金のやり取りに慣れていたわ。

 それどころか、商人達とやり取りさえしていた。

 

 これは、地方の村にもお金でやり取りをするという文化が浸透している証拠。

 これほど脅威であり、凄いことはないわ」

 

「・・・そう、なのですか?」

 

「帝国と比べれば解りやすいわ。

 

 帝国では、人の集まる場所ような大都市を中心とした所でしか

 お金のやり取りは発生しない。

 だからお金は、地方都市で止まってしまう。

 

 使うのは、貴族や商人だけ。

 民衆は、税金を納める際にたまに利用する程度になってしまう。

 これだとお金は、貴族達の中と商人達の中でしか基本的に回らなくなる。

 一部は民にも回るでしょうが、ほとんどが税金としてしか使われることがない。

 こうなるとね、商人達は地方の村などから商品を仕入れる際に

 物々交換が中心になる。

 

 物々交換だけでは、地方の村はその村だけで生産と消費が完結しがちになってしまうの。

 わざわざ街まで更に取引をしてまで利益を出そうとしなくても

 既に現状でやっていけるなら、人はそれ以上動こうとしないものだから。

 

 でもこの街は違う。

 末端の民にまで支払いを全てお金で済ませている。

 何をするにしても商人や貴族達と同じくお金を使わせることで

 誰もがお金という価値を信じ、それを財産としている。

 

 商人達も、地方に商品を取りに行った際

 地方の村でもお金を持っている人々が居るのなら

 そこで商売をすることが出来る。

 物々交換なんて面倒なことをしなくてもお金だけでやり取りが可能になる。

 物ではなく、お金を使った商人と村人の間で商売が成立することになり

 そうなると地方にドンドンとお金が流れる。

 

 お金は、何にでも変えることが出来てしまう。

 そうなると、人は余裕があれば衣服や家具に農具などだけでなく

 装飾品や食事などにもお金をかけ始めるわ。

 

 そうなれば、地方でも商売をする商人達が現れ始め

 更に商売が加速する。

 物とお金が領地内を駆け巡り、それ無しでは生活が出来なくなっていく。

 ―――今の貴族達や帝都のようにね」

 

 それを聞いたナナリーが、ハッとなる。

 都市は、発展していくのに地方の村々になると

 途端に発展しにくくなる。

 

 大抵が、それ以上の暮らしを望まぬ村人のせいだ。

 今でも十分やっていけるのなら、そのままでいいと考える人間が多い。

 特に地方になるほど、その傾向が強い。

 もちろん、今のままではやっていけない村も多く存在するが

 そういう所に、どう支援すれば解決するのかなんて誰も解らない。

 対策があるなら既に行っているからだ。

 地方領主達の永遠の悩みといってもいい。

 

 だが、今のようにお金という文化が浸透し

 それを引っ張って来るだけの商品が用意出来れば

 村は、それを中心に商人達と取引をし、勝手に発展していく。

 要するに自立する切っ掛けと

 自立するまでの支援を用意してさえすればいいのだ。

 

「地方の発展だけじゃないわ。

 お金を浸透させることで、誰もが気づかないうちに

 元帥閣下に支配されていく事実を理解していない」

 

 語り出しているうちに興奮してきたのか

 カタリナは、立ち上がりながら演説を続ける。

 

「貴女も見たでしょう?

 誰もが皆、嬉々として元帥閣下を褒め称えている。

 『自分のような平民に過分な役職を~』とか

 『病人でも出来るような仕事で、これだけの給金を~』とか

 誰もが、感謝しながらお金で支配されていたわ。

 

 仕事をすればお金が貰える。

 頑張れば、より良い役職に就ける。

 そうなれば、更にお金が貰える。

 お金があれば、今より更に良い暮らしが出来る。

 

 子供に教育を受けさせることも

 病気の親を治療することも

 良い服や装飾品で着飾ることも

 美味しい食事をすることも

 全部、お金があれば出来てしまう。

 

 お金を持っていればいるほど

 人としての価値が上がったような感覚になってしまう。

 

 そのお金をくれるのは誰?

 今の暮らしをさせてくれるのは誰?

 今の幸せをくれるのは誰?

 

 ―――そう、全て元帥閣下。

 

 彼の支配を受けるだけで

 誰もが今よりも良い暮らしが出来て

 幸せに暮らしていける。

 

 お金というただ1つのものに縛られていることに彼らは気づかない。

 気づいた所で、もうどうしようもないけれどね。

 だってもうその急所とも呼べるお金を元帥閣下に

 握られてしまっているのだから。

 

 今更、商人達が団結して反旗を翻そうとも

 もう今の流れを止めることはできないわ。

 聡い商人なら今の状況を理解した上で、利用されていると知っていてなお

 自分もこの仕組みを利用して成りあがろうとしているでしょうね。

 実際、この仕組みで一番権力を握ることが出来るのは商人達なのだから。

 お金を持つ者が権力を得る構造が出来上がっている。

 でも誰もそれを不思議に思わない。

 だって既にその仕組みに取り込まれ、それが当たり前の生活を享受し

 もう元の暮らしには戻れないのだから。

 

 だからこそ、誰もが頭を下げる。

 喜んで支配を受ける。

 頑張れば頑張っただけ報われる世界。

 誰にとっても暮らしやすい世界。

 理想的よね、そんな世界は。

 誰だって、今が幸せなら、それを手放そうとは思わないでしょ?」

 

 長々とした演説を聞いていたナナリーは

 いつもの無表情ではなく、驚きに満ちた顔をしていた。

 

「だからこそ、これは新しい戦争。

 

 もう周辺の人間は、誰一人として自国の王よりも

 自身の生活を豊かにしてくれる元帥閣下に忠誠を誓っているわ。

 建前上は、いくら国の王に跪こうが、心の中ではどうでしょうね?

 

 今の彼と関係を絶てば自分達の生活基盤が潰されかねない。

 例えどこかの領主が、それでも強引に関係を切れば

 今度は、自国の民の反乱に遭うでしょう。

 

 既に王国の東側と南側のほぼ全てに

 北側と西側からも、一部貴族が関係を持っている状態。

 ガーランドは、完全に飲み込まれてしまっている。

 ガーランド相手に苦戦してるコルスンなんて吹けば飛ぶでしょう。

 

 東側に隣接するもう1つの自由国家連合も

 かなり取引が多いみたいだから時間の問題でしょうね。

 帝国側もガーランド側からジワジワ侵食を受けている。

 

 お金、経済というものを利用して

 これだけ大規模に支配地域を伸ばしているのに

 誰も気づいていない。

 それどころか、誰もが嬉々として支配されていく。

 誰も支配されることに疑問を抱かない。

 だから血も流れないし、軍隊も動かす必要がない。

 

 ―――もし、レナード・ライドックが本気で戦争を起こせば

 果たして、どれだけの国が飲み込まれてしまうのかしら?

 

 いえ、その頃には

 そもそも戦争になるのかしらね?」

 

 愉しくて仕方がないという感じで話す皇女の言葉で

 初めてナナリーは、カタリナの言いたかったことを理解すると同時に

 経済を支配する戦争に寒気を覚える。

 

「だ・か・ら。

 この手紙が、とっても重要なのよ。

 明日の朝一番に帝都へ送って頂戴」

 

 いつの間にか丁寧に封蝋のされた手紙を渡してくる。

 

「なるほど、先ほどの話を皇帝陛下に―――」

 

「いやね、そんな訳ないじゃない」

 

「えっ!?」

 

「心配しなくても、お父様なら・・・帝国の東側が、さっきの支配地域に

 完全に取り込まれた辺りで気づかれるわ。

 まあ、その頃には手遅れなんだけど、ね?」

 

「で、では、この手紙は―――」

 

「レナード・ライドックが、私でも思いつかなかった戦争の形を実現させた

 天才であることは、疑いようがないわ。

 

 だからこそ、彼を待っている間に正式に婚姻の話を進めて頂こうと思ってね。

 その話が書いてあるのよ。

 

 今は、周辺の女共が、そういう話を寄せ付けないようにしているみたいだけど

 私からの求婚は、別問題。

 勝手に跳ね返すことは出来はしない。

 

 そしてレナード・ライドックなら

 私を妻に出来るチャンスを逃すはずがない。

 私を手にすれば一気に決着が付くのだから。

 

 いくら王国が愚鈍の集まりだろうとも、私が妻になった時点で

 帝国という後ろ盾があるレナード・ライドックが次期国王になるのは確定。

 まあ彼なら単独で建国出来るだけの実力があるでしょうけど

 これなら面倒事を抱えなくて済むわ。

 

 帝国は、お兄様達(マヌケども)の誰かが皇帝になってから

 3年もあれば飲み込めるでしょうし、お父様が賢明な判断をされるのなら

 帝位をこちら譲られるでしょう。

 

 日和見主義の連合なんて話にならないし

 騎士国家は、どの道孤立するから

 こちらも数年あれば飲み込める。

 

 そうなれば、歴史上初めて周辺全てを治めた偉大なる国で

 偉大なる母となるのよ!」

 

 自身の国の命運など知ったことかと

 他人事のように話すカタリナに対してナナリーは、言葉が出なかった。

 

 

 

 

 

 幕間 ~完~

 

 

 


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