TALES OF THE ABYSS ~ Along With the Nargacuga ~   作:SUN_RISE

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どうも、SUN_RISEです。

前回から随分と間が空いてしまい、申し訳ありませんでした(実は「艦これ」にハマり過ぎて、一時期睡眠時間を削ってまでやっていた、なんて言えない……)。

それにしても、思いが通じたのでしょうか。次のモンハン(クロス)では、堂々のナルガ復活です!! いやあ、今から本当に楽しみですね!!
また、あの紙一重の戦いをしたいものです。

さて、では本編、はりきって始めていきましょう。



幕間2:激闘の跡、脅威の足跡

音素の恵みに溢れた惑星、『オールドラント』。かつては多くの国がひしめきあい、それぞれが争う事無く独自の文化を築き上げていた。

 

しかし幾星霜を経て国は集まり、統合し……今ではたった二つの大国と一つの宗教自治区が、オールドラントの全てを支配している。

 

国王インゴベルト六世を頂点とし、譜業を(たっと)ぶ文化を持つ国、キムラスカ王国。

皇帝ピオニー・ウパラ・マルクト九世を頂点とし、譜術を尊ぶ文化を持つ国、マルクト帝国。

導師を頂点とし、ユリア・ジュエを始祖にもつ伝統ある宗教団体、ローレライ教団。

 

この中でキムラスカ王国とマルクト帝国は、互いに全く異なる文化を持つが故に、昔から国土を巡って幾度となく争いを続けていた。

 

 

……そして、その争いの中で数々の悲劇が生まれた。

 

ホド島の大崩落のように、大きく世に知られる事となった出来事もあれば。

ある銃士の死のように、殆ど誰にも知られる事無く終わった出来事もある。

 

しかし、全ての悲劇は繋がり、混じり合い……後の、更なる悲劇を生みだしていった。

 

 

そして、今。

悲劇の連鎖が激しい憎悪の嵐を産み、預言(スコア)に頼り切った世界を飲み込む大きなうねりとなって襲い掛かろうとしている。

 

 

人々はまだ、気付かない。

 

預言(スコア)にも詠まれていない、『希望の未来』と『絶望の未来』を分ける歴史の転換点が。

 

もうすぐそこまで来ている事に……。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

マルクト帝国の領土の半分近くを占める、広く穏やかなルグニカ大平原。

帝都グランコクマが山と森に囲まれた天然の要塞と呼ばれるならば、農業の街エンゲーブを(いだ)くここは、さしずめ自然の恩恵溢れる天下の台所といった所であろう。

 

しかし、そんな平野のど真ん中で異質な雰囲気を放つ巨大な影があった。

マルクト軍が誇る最新鋭陸艦、タルタロスだ。

 

『作戦名、骸狩り。始動せよ』

 

もはや敵の支配下となったタルタロス艦内に、伝声管を通じて若い男の声が朗々と響き渡る。

短くも不吉な内容に敵兵は困惑するが、何事かと惑う間は一瞬であった。

 

なぜならその直後、艦内の全ての照明が落ち、譜業機関も動力供給を完全に停止してしまったからだ。

 

稀代の譜術士であり、権謀術数に長けたマルクトの死霊使い(ネクロマンサー)こと、ジェイド・カーティス。万が一に備えて彼が仕掛けておいた非常停止機構が、皮肉にも役立つ時が来てしまったようである。

 

「やれやれ、使うつもりは無かったのですがね」

 

感情の読み取りにくい、胡散臭い微笑みを浮かべるジェイド。指揮する艦が完全に敵の手に落ち、また自身の本来の能力を封じられた今の状況は、彼にとって相当に悪い状況のはずである。

しかし彼の表情には、ありありと余裕の色が浮かんでいた。まるで全てを見透かしていたかのように、一連の行動にも(よど)みは全く見られない。

 

「そんなのあるなら、最初から使えよ」

「いえいえ、こういうのは使い時が肝心ですから」

 

そんなジェイドの隣には、いつも通りの不機嫌そうな顔をしたルークと、辺りを(しき)りに警戒するティアの姿があった。

 

「とりあえず、牢から出れたし装備探そうぜ。このままじゃ、なんもできやしない」

「そうね。でも、気を付けて進みましょう。オラクルの兵がいるかもしれないわ」

「無いとは言えませんが、まあその可能性は低いでしょう。なにせ、タルタロスの復旧作業に駆り出されているでしょうから」

 

余裕のジェイドに対し、ティアの顔には焦燥の影が色濃く浮かぶ。経験の差か、性格の違いか、あるいはその両方か。

 

それは分からないが、今の状況を打開する上で、ジェイドのような精神状態が最適である事は言うまでもないだろう。

……もっとも、そういう意味ではもう一名(匹?)ほど、ある意味最適な精神構造の持ち主がいるわけであるが。

 

「ご主人様、装備はあっちにありそうですの!」

「あ? 何だよブタザル、適当な事言ってんじゃねぇっての」

 

ルーク一行のマスコット、ミュウはこんな緊急時でも平常運転である。無論、ミュウなりに緊張感を持って行動してはいるのだが、それが常人には分かりにくい。

究極の楽観主義。ある意味で、ミュウこそが最強のメンタルの持ち主だと言っても、過言ではないのだろう。

 

「でも、さっき白い鎧の兵士さんが、向こうに箱を持っていくのを見たですの!」

「本当? よく見てたわね、ミュウ」

「まあ、あなた方は気絶していましたからね」

「……嫌味なやつ」

「おや。私にとっては、最高の褒め言葉ですね」

「……精進します」

 

気絶しなかったジェイドも、兵士が箱を持っていく場面を当然の如く目撃している。それでも、ルーク(とティア)に嫌味を言って楽しむ方を優先したジェイド。彼のその時の顔は、やはりと言うべきか笑顔であった。

 

「でも、ミュウは兵士が怖くないの?」

「怖いですの。でも、()()()()さんに比べたら全然ですの!」

 

しかし、無邪気に話すミュウの言葉にさらっと混ざる不穏な単語。

 

『黒い魔物』。

 

それがミュウの口から出てきた瞬間、笑顔だったジェイドが一気に真顔になる。

その変わりようは、ティアはおろかルークでさえも息を飲みそうになるほどであった。

 

「……黒い魔物、ですか?」

 

ジェイドは、決して『黒い魔物(ナルガ)』を直接見ている訳ではない。それがどの程度の脅威なのかも、正確に把握できている訳ではない。

それでも、ジェイドの脳裏にチーグルの森で感じた、肌がひりつくような強烈なまでの『存在感』が思い浮かんでくる。

 

「はいですの! 黒くて、尻尾が長くて、前脚に大きな刃が付いてたですの!」

「我々が森にいた時にも、その黒い魔物は森の中にいたのですか?」

「多分、いたですの。 長老と話して、どこかに行って……その後すぐに、ご主人様とティアさんとイオンさんが来たですの」

「……あー、20メートルはあるって言ってた魔物の事か。ライガクイーンとどっちがでかいんだ?」

「黒い魔物さんは、ライガクイーンさんより大きいですの」

「……マジかよ、アレよりでかいのか」

 

 

「……?」

 

ミュウの説明に、ジェイドは大きな違和感を覚える。

 

一体、どこに違和感を覚えたのか。ミュウの言葉を頭の中で反芻し、探した。

 

―――黒い魔物さんに比べたら全然―――

―――前脚に大きな刃が付いてた―――

―――その後すぐに、ご主人様と―――

 

「ミュウ、黒い魔物とチーグルの長老との話、あなたはどこで聞いていましたか?」

「ミュウは、木の中から離れて聞いてたですの」

「内容は聞こえましたか?」

「全部は聞こえなかったですの。でも、『三人組が……』とか『面倒事になる前に……』みたいな言葉が聞こえたですの」

 

それを聞いたジェイドの表情が、珍しく訝しげなものに変わっていく。

 

ミュウの言葉を信用するなら、明らかに『黒い魔物』はルーク達を警戒している。(こう言ってはなんだが、)大した実力を持たない相手のはずなのに、なぜか『面倒』と発言して逃げるほどに。

 

しかも『黒い魔物』は『三人組』と発言し、去った直後にルーク達が来たとミュウは言った。という事は、人間の接近を早い段階で、正確な人数まで察知するだけの能力を備えている証明にもなる。

 

加えて、その『黒い魔物』はライガクイーンより大きく、前脚に巨大な刃が付いているというのだから、相当な戦闘能力がある事は想像に難くない。

 

それに……

 

 

……そこまで思考し、ジェイドは小さな溜め息を一つ吐いた

 

「……やめておきましょう」

「……大佐? どうかなさいましたか?」

「いえ、これ以上の思考は無駄だという事に気付いただけです。今は、イオン様を奪還し無事にタルタロスを脱出する方法を考えましょう」

「……んじゃ、まずは取られた装備を取り返しに行こうぜ」

「ちょっと、だから敵には気をつけてって……!!」

 

スタスタと歩き出すルークに続いて歩くミュウとティア。微かな不安を抱えつつ、ジェイドは静かに歩みを進めていく。

 

彼が黒き風と邂逅する時は、近い。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

陸上装甲艦タルタロスの巨影に混じり、幾つもの小さな影が宙を舞い、地を走る。

広いルグニカ平野の真ん中で、場違いなほど高く冷たい音が、地の底から這い出てくるような低い音が轟く。

打撃音、雷撃音、咆哮、銃声、剣撃音、怒号……。それらは複雑に混じり合い、そして一つの結果をその場に生み出す。

 

すなわち、ルーク一行の戦術的勝利という結果を。

 

「………」

 

閉めきられた非常用扉の前で、アリエッタは呆然と立ち尽くす。ジェイドの策略により機能停止に陥ったタルタロスでは、一度閉じられた外への扉を内から開く事は決してできない。

そしてタルタロスが水陸両用艦である事を鑑みると、低位置にある非常扉を破壊する行為は水上航行機能の減退へと繋がるため良策とは言えない。

 

……アリエッタの心に、無力感が渦巻く。

 

「来なさい、アリエッタ。今はタルタロスを復旧させる事が先決だ」

「……せっかく、見つけたのに……」

「……? どうした、アリエッタ?」

()()()()に教えてもらった、ママの仇……あいつらで、間違い無いのに」

 

悔しげに顔を歪ませ、手に持つ人形を変形しそうなほどに強く握る。しかし幸か不幸か、同年代より小さく非力なアリエッタでは、人形が壊れる様子は微塵も感じられない。

 

「グルル……」

 

傍らのライガはというと目の前の扉に向けて、まるで憎い相手でも見ているかのように牙を剥き、今にも飛びかからんばかりの勢いで姿勢を低くしている。

それを、アリエッタはそっと空いている方の手をかざして制止している。

 

「……アリエッタ、分かっているな?」

 

表面上は落ち着いた様子を取り繕いつつ、流石のリグレットも内心では慌ててしまう。

現状、成すべき事は山積みだからだ。タルタロスの復旧はもちろん、ルーク一行の追跡に加えて、敬愛する閣下が推し進める計画の下準備……リグレットが、個人的にこなさなければならない事だってある。

今、アリエッタに好き勝手に動かれては色々と困るのだ。

 

「……うん、分かってる。でも、いつか絶対……!!」

 

そんなリグレットの焦りに気付かないアリエッタは、憎しみを込めた言葉を吐き捨てると踵を返し、タルタロスの奥へと歩いていく。それを見て、諦めたようにライガも後を追っていった。

 

そのライガの更に後ろを歩くリグレットは、先ほどアリエッタが漏らした言葉を反芻していた。

 

『迅竜さんに教えてもらった……』

(迅竜……魔物の名か? そんな魔物、私は見た事も聞いた事も無い。一体、何者だ?)

 

アリエッタの背後にちらつく、謎の魔物『迅竜』の影。アリエッタの配下ではないにも関わらず助言を行う魔物。

 

しかしそれは、結局のところただの野生の魔物である。重要な作戦(レプリカ計画)に、大きな影響を与えるとは到底思えない。

 

ゆえにリグレットは、『所詮は魔物だ』と己を納得させようとする。大した事はない、何も問題は無い……と。

 

 

だが。

 

 

何度心でそう念じても、なぜだか引っ掛かりを覚えてしまう。無視できない、無視してはならないと、心に僅かなさざ波が立つのだ。

それは言うなれば勘、あるいは第六感とでも言うべき根拠の無い不安。それでも、()()()()()()()()()()()()()()()|リグレットにとってそれは、非常に不快なものであった。

 

(……勘など、あてにするものではないな)

 

ゆえに、リグレットはその心のざわめきを小さな溜め息に乗せ、一緒に吐き出す。溜め息など彼女にしては珍しい事だが、重要な場面である今、勘や迷いなどという不確定な要素に行動を左右される訳にはいかないのだ。

 

そして、心を無理矢理落ち着けたリグレットは次の手を考え始める。

 

「追撃隊の組織と、手近な町の封鎖……その前に、一刻も早くタルタロスを復旧させなければ」

 

己が慕う閣下の為に、今日もリグレットはその辣腕を振るう。

追い出しきれぬ迷いを、心の底に抱えながら。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「おいおい、六神将が勢揃いだって?」

「いやぁ、なかなか壮観ですねぇ~」

 

ガイが驚きを交えた呟きを漏らせば、ジェイドも感嘆と呆れが入り混じった皮肉を口にする。

 

高い城壁に囲まれた城塞都市、セントビナー。マルクト帝国軍の重要拠点であるこの街には、正門以外の出入り口が一切存在しない。

防衛の観点上、それは当然の事ではあるのだが……。

 

「分かった、入れ」

「……失礼します」

 

その正門が神託の盾(オラクル)騎士団によって封鎖されているため、非常に不便な状況に陥ってしまっている。

街へ出入りする度に、高圧的な態度をとるオラクルの兵士をいちいち相手にしなければならないからだ。

 

「おいおいジェイドさんよ、気楽過ぎやしないか?」

「うまくいかない時もありますから」

 

壁の影に隠れて様子を窺う、ルーク一行。ガイが軽く非難を込めた言葉をジェイドに投げつけるが、ジェイドは笑ってそれを受け流している。

 

彼らはタルタロスを脱出してからセントビナーに着くまでにも、何度か襲撃を受けていた。故に何かしら妨害があるのではと警戒していたが、まさかオラクル騎士団が国際問題発展スレスレの行為(街の封鎖)までしているとは夢にも思っていなかった。

一計を案じてどうにか見つからずに街へ潜り込み、用件を済ます事には成功した。しかし封鎖が思った以上に長引き、今度は一歩も街の外に出られなくなってしまった。

 

「導師は見つかったか?」

「いえ、この街には来ていないようです」

 

おまけに、すぐ外にはオラクル屈指の戦闘能力を誇る六神将が(一人を除いて)勢揃いする始末。流石に街中へは踏み込んで来ないようだが、お陰で余計に出られなくなってしまった。

 

 

……太陽が直上を通り過ぎ、城壁の影を長く伸ばし始めてから既に四時間。かれこれ二時間以上様子を窺う内に夕刻が近付き、空は僅かに赤らんできていた。

今の時間からフーブラス川、更にその向こうのカイツールを目指して出発すれば、道中で確実に野宿が必要になる。体が弱いイオンの事を考えればそれ(野宿)は出来るだけ避けたい……と皆が考えていた。

 

今日はこの街で足止めか……と、ルーク含め誰もが諦めていた。

 

「ママの仇……()()()()()()()()()()()。あの人達で、間違いない」

 

アリエッタがこの話を始めなければ、六神将の話し合いを流し半分で聞いてしまっていたかもしれない。

 

「『ジンリュウ』……? 聞いた事の無い名だな」

「なんだい、その『ジンリュウ』というのは?」

 

「……『ジンリュウ』、ですか」

「初めて聞く名ですね。大佐はご存知ですか?」

「私も初めて聞きますね。アリエッタが言うのであれば恐らく、何らかの魔物の名だと思うのですが」

 

シンクとラルゴが、初めて聞く単語に思わずといった様子で聞き返す。その一方でジェイドも記憶の辞書を辿るが、優れた頭脳を持つ彼でも『ジンリュウ』という言葉は全くヒットしない。

 

しかし。

 

「黒くて大きな魔物さん、アリエッタが森に行った時に会ったの。暗くてよく見えなかったけど、両腕が銀色に光ってた。多分、刃だと思う」

 

説明文に関して言えば、大いにヒットしたようだ。

 

「刃……もしかして、チーグルの森にいたという……」

 

ズタズタに切り裂かれた木々や魔物の姿が、イオンの脳裏に蘇ってくる。聞き覚えのある特徴、特に()の部分が、チーグルの森の状況と完全に一致した。

 

「多分、『黒い魔物』さんの事ですの」

「なんだ、そんなのがいるのか?」

 

タルタロス脱出後に合流したため、ガイは『黒い魔物』の事を知らない。ただし、かく言うルーク一行も直接姿を見た事があるのはミュウだけなので、単に知ってるだけという何とも言えない状況なのだが……。

 

「20メートルはある、大きな魔物だそうよ」

「……ちょい待った。俺の聞き間違いか何かか?」

「合ってるぜ、ブタザルんとこの長老様が言うには、それぐらいはあるんだとよ。ま、俺は直接見た訳じゃねえけどな」

「……そのうち、戦う事になるか?」

「どうでしょうか。中々に頭の良い魔物のようですし、それに……」

「……それに?」

「……何でもありません。まあ、アリエッタと接点があるようですし、今は敵として見ておいた方がいいでしょう」

 

ジェイドが、笑顔を浮かべたままアリエッタを一瞥する。

 

そのアリエッタはというと……。

 

「なかなか興味深いですねぇ……是非とも捕獲して、研究したいものです」

「……貴方(あなた)には無理だと思う、です」

「残念だけど、僕も同意見だね。あんな脆そうな譜業で、20メートルもある魔物を捕まえられるとは思えないね」

「なっ、私のカイザーディスト号をバカにするのですか!?」

「どうでもいいけど、まずその自意識過剰な性格丸出しの名前を何とかしたら? 」

「……むきー!! そこまで言うなら、見てなさい。絶対にその『黒い魔物』とやらを捕まえてみせますからね!!」

 

(比喩でも何でもなく、文字通りの意味で)椅子に乗って飛んでいくディストの背中を、冷ややかな目で見つめていた。

他の六神将はというと、リグレットのみやや難しい表情を浮かべているが、他は概ねアリエッタと同じような表情だった。

 

「……まあいいだろう、ここに導師が来なかったのなら、これ以上街を封鎖していても意味が無い。一度戻って、今後の対応を検討しましょう」

「そうだな……全兵、帰還せよ!!」

 

ラルゴの号令で、街を封鎖していた兵士達が離れていく。

 

 

やがてその姿が見えなくなると、ホッと安堵の溜め息が一つ、ジェイドの口から出る。

 

「ようやく行ってくれましたか。まあ、もう日が落ちそうですし今夜はここで宿をとりましょう」

「……仕方ねえな。イオンもあんまり顔色良くないみたいだし、ちょうどいいか」

「……!! 気付いていたのですか」

「病人みたいにフラフラ立ってたら、誰だって気付くっつうの。……ほら、さっさと行くぞ」

 

ルークが宿屋に向かって歩き出……そうと一歩踏み出した所で方向を変え、イオンに歩み寄って肩を貸す。

その肩に寄りかかり、一歩ずつゆっくりと歩くイオン。その後ろから他のメンバーもついていく。

 

 

各々が、次なる激戦の予感を胸に眠りについた……。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

時は、ルーク一行がアリエッタの話に聞き入っていた時間から二時間ほど遡る。

 

「うえぇ、暑い、気持ち悪い、面倒くさい……なんでアニスちゃんが、こんな所を通らなきゃなんないのぉ……」

 

フーブラス川の川縁に、巨大な人形『トクナガ』の上で寝そべりだらしなく四肢を放り出す、ツインテールの小さな女の子の姿があった。

 

彼女の名は、アニス・タトリン。導師に付き従い、導師を守る重大な役目を負う、神託の盾(オラクル)騎士団の導師守護役(フォンマスターガーディアン)である。……もっとも今はとある事情により、守るべき相手(導師イオン)とは別行動をとっているが。

 

彼女は、封鎖されるより少し前にセントビナーを出発し、足取り重くカイツールへと向かっていた。

しかし、今はまさに一日の内で最も日光が強く暑い時間。季節柄、気温がそこまで高くなる事は無かったが、水面に反射する太陽の光がアニスをあらゆる方向から容赦なく照りつけ、更に川の高い湿度が彼女の体感温度を倍加させていく。

 

「………」

 

だらんと力を抜いたまま、目だけであたりをぼんやりと見回すアニス。傍目からは、魔物が闊歩する地を一人で歩いているとは思えないほど、緊張感の無い挙動に映るであろう。しかし……実のところアニスはその目に映る風景、もっと言えば今の自分を取り巻く状況に一抹の不安を覚えていた。

その証拠と言うべきか、彼女は暑さに辟易(へきえき)している点を除けば()()()()()である。彼女がどれほど高い実力の持ち主だったとしても、町の外を一人で歩けば魔物に襲われ、多少は傷を負うのが普通であるはずなのに、だ。

 

それは、なぜか。

 

「……ここも魔物が少ない……ううん、()()()()()()()()()()。邪魔が入らないのは嬉しいけど、なんで?」

 

そう、なぜかセントビナーからフーブラス川へ至る道中も、ここフーブラス川でさえも、魔物に襲われる気配がまるでないのだ。

……より正確に言えば、魔物はいた。それも、結構な数が。しかし、どうしてかどの魔物もアニスを遠巻きに見つめるばかりで、一向に襲ってくる気配が無いのだ。

 

あまりにも異常な、魔物の行動。その裏に重大な()()があると、アニスは直感的に理解していた。

 

「うーん。アニスちゃん、もしかしてヤバいかも?」

 

内容に反して口調は軽いが、それは己の心を騙す為の虚勢、アニスの処世術である。本当はすぐにでも逃げ出してしまいたいぐらいに、彼女の心は緊張している。

それでも、アニスは逃げない。その年齢にそぐわないほどの冷静さも、計算高さも、狡猾さも……己を守る為に、何よりかけがえのない大切な者を守る為に身に付けたものなのだから。

 

「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか、アニスちゃんの運命はいかに!! ……なんちゃって」

 

努めて明るく振る舞い、結果として幾分軽くなった足取りでアニスは進む。

静寂が辺りを支配し、強い日差しが残るフーブラス川を―――

 

 

 

―――やがて、迅竜と金剛亀が激しく争った中洲へとアニスが辿り着く。

やはりというか、魔物の襲撃は一切無かった。道中と同じく、魔物は遠巻きに眺めるだけで全く攻撃を仕掛けてこなかったのだ。

 

「うう~、戦わなくていいから楽だけどさぁ。本当に何があったの?」

 

魔物に(わずら)わされなくて嬉しい反面、本来なら絶対にあり得ないような状況が続いた事で、アニスの不安は更に深まっていく。

 

「願わくば、このまま誰とも出会いませんように……!?」

 

徹底した現()主義のアニスが思わず願掛けをするほど、彼女は不安に(さいな)まれて()()()()()……心なしか早くなっていた足を(はた)と止め、アニスが目の前の光景に目を丸くする。

 

そして直後、アニスの目は全ての不安が吹っ飛んだようにギラギラと輝きだす。

 

それも当然、なぜなら彼女の目の前には……

 

「ダイヤモンド、ルビー、サファイア、金鉱石……これ、もしかして幻と言われるダイヤトータスの甲羅の欠片!?」

 

金剛亀(ダイヤトータス)から撒き散らされた特殊な鉱石が、これでもかと散らばっていたのだから。

 

 

ナルガ()は全く知らなかった事なのだが、金剛亀(ダイヤトータス)の甲羅の鉱石は非常に高値で取引されている。

 

天然ではあり得ないような配分で絶妙に配合された、各種宝石や貴金属の原石。元々の希少価値に加え、金剛亀(ダイヤトータス)自体が特殊な個体で世界に一体しか存在が確認されていない事、警戒心が強く人前に殆ど姿を現さない事、更に金剛亀(ダイヤトータス)の戦闘力が段違いに高く、運良く出会えたハンター達が多数返り討ちに遭っている事……。

それらの要因が重なり、市場における金剛亀の価値は凄まじい事になっているのだ。

具体的にどれぐらいの価値があるかと言うと……

 

「だいぶ細かく砕けてるけど、20万ガルドぐらいにはなりそう♪ はわー、アニスちゃん超ラッキーって感じ♪」

 

手放しに喜ぶアニス……だが、後に彼女がこれを商人に売ろうとしたところ、あまりに量が多い為に『限りなく本物に近い精巧な偽物』認定されてしまう事になるのだが。

 

それはともかくとして。

 

先ほどまでの不安や緊張はどこへやら。魔物に全く邪魔されないのをいいことに、アニスが目を輝かせながら金剛亀の甲羅の欠片(金になる物)を拾い始める。

 

「ガルド、ガルド、ガルドはどこだ♪ ここだ、ここだ、ここにある♪」

 

手製の謎の歌まで歌い出し、誰が見ても分かるほどに上機嫌な様子を見せるアニス。どこからともかく取り出した大きな袋に目一杯鉱石を詰め、ニコニコ顔でそれを眺めまわす。

その後、トクナガでスキップしながら川を越えていった。

 

 

しかし、浮かれていた彼女は遂に気付く事は無かった。

 

金剛亀(ダイヤトータス)すら退けるほどの実力を持つ黒い魔物(ナルガクルガ)が、近くに潜んで(で眠って)いた事に。

そして、道中通った広場の脇に、多くの穴が空いていた事に……。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

フーブラス川は、雨季と乾季で全く違う顔を見せる。

 

乾季は『仏の川』とも呼ばれるほど穏やかな顔を見せ、風の吹き抜ける音とせせらぎの音が辺りを優しく包む。

しかし雨季には、打って変わって水が激しく荒れ狂う。濁流が渦を巻き、大小様々な岩が凄まじい勢いで流れる様は『死の川』とも呼ばれ、そこではあらゆる生命が文字通り押し流されてしまう。

 

 

そして、今は乾季。

 

水量の少ないフーブラス川は今日も穏やかな……いや、いささか()()()()()()|一面を覗かせていた。

 

「ようやく着いたな。中々遠かったが、何事もなくて良かったよ」

 

アニスに遅れること、一日。ようやくルーク一行もフーブラス川の入り口へ到着し、これから川を渡ろうとしている所であったのだが……。

 

「……静かですね、イオン様」

 

ティアの呟きが、風に乗って周りへと広がっていく。普段なら掻き消されてしまう声も、今のフーブラス川では微かに響いて聞こえる。それほどに、川は不気味な静寂に包まれていた。

 

 

セントビナーを出た直後から、

(若干一名を除く)皆が漠然と感じていた、不穏な気配。それがフーブラス川の入口まで来て、明確な異常事態へと認識が変わる。

 

「はい。……こうまで静かだと、却って不気味ですね。先に行ったアニスは無事でしょうか?」

 

返すイオンの言葉に、不安とアニスへの心配の色が(にじ)み出る。それは表情にも表れており、(とてもそうは見えないが、彼なりに)険しい顔つきでイオンが辺りを眺める。

しかし、草むらの陰でちらほらと姿を認める以外には、その目に魔物の姿は殆ど映らない。

 

僅かに見かける魔物も、まるで強大な何かに怯えているかのようにじっと息を潜めている。

 

「アニスが簡単にやられるとは思えませんが……流石に気になりますね」

 

普段通りの振る舞いをしつつ、さりげなく辺りを警戒するジェイド。表面上は笑顔を浮かべてはいるが、目は全く笑っていない。

周囲から、魔物の姿が消える。それがどれほど()()で、かつ()()な事なのか……ジェイドは他の誰よりもよく分かっていた。

何度も、そのような状況に遭遇した事があるだけに。

 

 

そして、この状況を()()()()で快く思わない者が一人いた。

 

「うぜぇ魔物が来ないうちに、さっさと通り抜けた方が良いに決まってんだろ」

 

そう、他でもないルークだ。眉根を寄せて腕を組み、吐き捨てるように放った言葉の端々に苛立ちがこもる。

 

度々聞かされた、黒い魔物の存在……20メートルはあるというその魔物に万が一でも遭ってしまえば、最悪の場合全滅は免れない。

それを本能的に感じているルークにとって、魔物に邪魔されず進める今の状況は、まさに千載一遇の好機に映るのであろう。

 

確かに、ルークの言う事にも一理ある。ここで躊躇(ためら)っていては、いつまで経っても先に進めないからだ。

 

「……そうだな。ま、ここを通らなきゃカイツールには辿り着けないんだから、早く抜けるに越した事は無いか」

 

不穏な気配を感じつつも、ガイはルークの意見に同意し歩を進める。それに(なら)うように、他のメンバーもゆっくりと歩き出した。

 

風とせせらぎの音が全てを支配する、異様な気配のフーブラス川へと―――

 

 

 

 

 

―――何事も起きなかった。

()()()()()()()()()()()()()かのように抉れた岩を中洲で発見した時や、そこを越えた辺りで魔物が急に一斉に動き出した時はルーク一行も警戒したが、それ以外は何事も無く川を渡り終えた。

 

「ったく、靴の中水浸しじゃねえか」

「文句を言わない。ここを通らないと、国境線まで行けないんだから」

「あ~!! 分かってるよ、いちいちうっせーな……ん?」

 

その直後だった。

 

 

 

穴だらけの広場が、ルーク一行を出迎えた。

 

「………!!」

「これは……!?」

 

正確には、広場の周囲の草むらや崖が悉く抉られ、大きいもので直径2メートル、深さ1メートルはあろうかというクレーターが幾つもできていた。

しかも、そのどれもが道を塞いでいない。広場を直線に貫く通り道だけが、綺麗に残っている。

 

「おいおい、マジかよ……」

 

ルークも、ティアも、ガイも、イオンも、ジェイドでさえも、驚愕で足を止める。

陸艦の砲撃でもない限り、ここまで巨大なクレーターはそうそうできない。だが地形的に陸艦が入り込める場所ではなく、ましてやここに砲撃を加える意味など皆無に等しい。

 

あまりに静か過ぎる川の、その理由がルークにさえも少しずつ分かってきた。

 

 

 

そう、『()()』がこの辺りにいる。

それも、とびきり強力な『何か』が。

そして、その『何か』にルーク一行は心当たりがあった。

 

 

 

「見つけた、ママの仇!!」

 

そんな状況で、急に後ろから大声が響けば誰でも驚くだろう。

 

「うわっ!! ……だ、誰だよ急に大きい声出しやがって!!」

「この声は……」

 

それぞれの得物を持って振り返ったルーク一行の前には、彼らの予想通りの人物がいた。

 

「……?」

 

ライガに乗ったアリエッタだ。ルーク一行の反応があまりに過剰だった為か、目を丸くして呆気にとられていた。

ただしライガは臨戦態勢だったので、不意を狙ったジェイドの思惑は外れてしまったが。

 

「……これは、貴女の仕業ですか?」

「分からないけど……あ」

 

アリエッタと向き合いつつ、手近に空いた大穴を槍で指しながらジェイドは隙を窺う。

それに対するアリエッタは、何か思い付いた様子で言葉尻を締める。

 

「何か、心当たりでも?」

 

恐らく、思い浮かんだものは双方とも同じ。それでもジェイドは、念のために問い掛けてみた。

 

「……迅竜さん。まさか、ここにいるの?」

「……やはり、また黒い魔物ですか。最近やけにその話を聞きますね」

「やはり、ここに黒い魔物が……大佐、すぐにここを離れた方が……」

 

身の危険を感じ、すぐにこの場を離れる事をティアが提案する。

 

「……ううん、甘えたらだめ。私達だけで、ママの仇をとらなくちゃ」

 

だが、アリエッタがそれを許さない。

近くにナルガ()がいる状況は、(現状の彼らの認識においては)アリエッタの方へ有利に働く。

故にアリエッタはナルガ()を探す事はせず、すぐに臨戦態勢へと入る。

 

「向こうは逃がしてくれそうに無いですね……仕方ありません。迅竜とやらが来る前に、終わらせるしかありませんね」

 

脚力なら、明らかにライガの方が上。

覚悟を決め、戦闘態勢に入るルーク一行。それを見たアリエッタも態勢を整え、ライガと共に今にも飛びかからんばかりに気勢を張った―――

 

 

 

―――その直後に、瘴気が吹き出してアリエッタは気絶する事となる。





読んで頂き、ありがとうございます。

お気付きの方も多いと思われますが、幕間でのライガやフレスベルグは言葉を喋りません。本編の喋りを見つつ、どんな事を言っているのか想像してみるのも面白いかもしれません。

さて、そろそろ『あの悲劇』の事も考え始めないといけない時期ですね。ナルガ()は、その決められた未来の中で何を為すのか……。

では、次話もお楽しみに。
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