物語はついに動き出す
彼女が向かう先はどこなのか
すべては運命のままに
―今日未明、冬木市郊外で女性の死体が発見されました。女性の死体は内蔵が抜き取られており、即死だということです。なお、犯行に使われたであろうナイフが遺体のそばに置いてあり、警察が回収、検査しています。このような犯行はこれで3件目であり、東京都荒川区、福島県いわき市でも同様の事件が起きております。どの事件も女性が狙われた犯行であり、遺体の内臓の一部が抜き取られております。警察は事件の関連性について調査しています。それでは次のニュースです。先日オープンした冬木科学館で、人型ロボットの模型が展示されました。多くの子供が見学に・・・―
地元のニュース番組を見ながら、綾香は過ごしていた。よくもまあ、グロテスクな事件のあと、明るい顔で、次のニュースを言えるものだ、と綾香は思ったが、まあ仕事ってそんなもんかな、と一人納得した。
「冬木で殺人事件か・・・。殺人、殺し合い・・・」
殺人事件、だけにかかわらず、何かしらの事件というものはテレビでやっている分には他人事である。しかし、自分の住んでいる近くで起こったりするとそれは他人事ではなくなる。急に、恐れが増してくる。それは綾香も例外ではない。しかし、綾香の頭には別の悩みが渦巻いている。
綾香はソファーに寝転がり、左手を掲げた。左手には包帯がまいてある。その包帯の中にあるのは切り傷でも火傷のあとでもない。綾香の左手の甲には赤い紋章が刻まれている。それはまるで赤黒い刺青のような、まるで血が固まってしまったような、そんな雰囲気を出している。綾香はその紋章のことを思い、また困惑の渦に陥る。大変なことになっちゃったな。綾香の気持ちを全く知らない昼の太陽が綾香を照らしていた。
三日前、綾香の左手にこの紋章が現れた。朝、綾香が目を覚ますと、異様な形の文様が手に刻まれていた。綾香は、この前みたいにまた手から血が出たのだと思い、手を洗ったが一向にその紋章が消える機会がない。おかしなものだとは思ったが、そのうち消えると思い、深くは考えなかった。しかし、そのまま晒しておくには、いかんせん風紀が悪いので、包帯を巻いた(手の紋章はガラの悪い不良がしているような刺青を綾香に連想させた)。これでまあ誤魔化せるだろう、と思った綾香だったが、手の紋章の暴露は、綾香の思っていた以上に早くに訪れた。
「綾香、その包帯とって私に見せなさい」
包帯を巻いたその日の朝に、凛が綾香の異変に気づいた。凛にしては、有無を言わせないきつい言い方だった。綾香は堪忍して包帯をとり、凛にその左手を見せた。凛はその左手を見るなり、息を飲んだ。
「違うのよ凛さん。これ刺青とかじゃなくて、朝起きたらこうなってたの。多分何かの油性ペンとかが気づかないうちについちゃっただけだと思うから・・・」
「近くで見せなさい」
凛は綾香の手をつかみ、自分の目の前に寄せた。予想以上の凛の力の入り具合に、綾香は絶対に怒られる、と思い、いつ怒号がやってくるのかとビクビクしていたが、凛の口からでた言葉は、綾香の思うところとはまったく別のことだった。
「やっぱり、これは”令呪”よ」
「レ、イジュ?」
綾香は予想外の言葉に混乱しながら、凛が言った言葉を反芻していた。レイジュ?なんだろうそれ。
「あなたは、聖杯に選ばれたのよ」
別次元の言葉にさらに綾香は困惑した。聖杯?聖杯ってキリストのあれのこと?
混乱している綾香にお構いなしに、凛はさらに言葉を重ねる。
「その令呪はね、つまりは聖杯戦争の参加資格なの。あなたは遠坂家の代表として、その戦いの参加者に聖杯によって選ばれた。」
凛は綾香の手を、あとが残るほど強く握りしめていた。
凛に学校を休むように言われ、綾香は学校に連絡を入れるため電話をかけた。電話をかけたあと、凛は綾香にソファーに座って待つようにいい、本をとってくるといって地下にある工房へと向かった。綾香は訳も分からず、ソファーに座り、凛が言っていた「令呪」「聖杯」「聖杯戦争」などのことを考えてみようと試みるが、そんな言葉に全く心当たりはない。考えれば考えるほどよくわからなくなってくる。そうやって綾香が考え込んでいると、凛が工房から戻ってきた。右手には古びた本を抱えている。凛は、綾香の向かいのソファーに座り、そして、聖杯戦争について話し始めた。
「万物の願いを叶える『聖杯』、それを求める7人のマスターたちによる奪い合い、それが『聖杯戦争』よ。そして最後に残った一人に『聖杯』が与えられる」
「聖杯、戦争」
「そう。奪い合いって言っても魔術師通しの殺し合いよ。その殺し合いにあなたは巻き込まれつつあるの。左手の令呪は参加の証よ」
「ちょっとまって、凛さん。どういうこと?殺し合い?なんで私がそんなのに参加することになるの?」
急な凛の言葉に綾香の心がバラバラになる。「殺し合い」という言葉が頭をに反響する。
「参加者を選ぶのは聖杯。聖杯の意思で参加者が決まる。仕組みから考えると、本来なら遠坂の当主である私が選ばれるのだけれど・・・。あなたが選ばれたっていうことは、聖杯にあなたが当主だと思われたのか、それとも・・・」
「おかしいよ!意味わからないよ!聖杯って何なの!」
綾香は立ち上がって声を荒げてしまった。何かよくわからないものに引きずられつつある自分の体を必死に体を動かして抵抗する、そんな悲痛な声だった。目には涙が溜まっていた。こんなこと凛に怒鳴ったところでどうにもならないことはわかっている綾香だったが、怒りの矛先を向ける相手は、目の前の人しかいなかった。綾香は目を伏せている凛の言葉を待った。
「おかしいわ」凛は口を開いた。「とりあえず座りなさい。私もわからないことだらけなの。私もあなたをこんなことには絶対巻き込みたくはない。でもことは起きてしまった。あなたの手には聖痕が刻まれてしまった」
凛の口から出た言葉は真に綾香の身を案じてのものだった。綾香はそれに気づき、目を拭って、おとなしく座った。
「OK。それじゃ説明をしていくわね。聖杯戦争は、元はある奇跡を起こすための儀式として始まったわ」
「奇跡?」
凛は頷く。
「『根源』のことについては前にあなたに話したわよね?その根源に至る奇跡を実現するのに創造されたのが『聖杯』。幾多の伝説にその名を刻み、幾多の者が求め続けた『聖杯』よ。始まりの御三家と呼ばれる三人の魔術師がその儀式を執り行ったわ」
「始まりの、御三家?」
「そう、アインツベルン、マキリ、そして遠坂家。この三つが始まりの御三家と呼ばれる魔術家系よ。アインツベルンが聖杯の器を用意し、遠坂が土地を提供し、マキリがサーヴァントを使役させる令呪の仕組みを作ったわ」
「さっきから凛さん、『令呪』って言ってるけどどういうものなのこれ」
そう言って、綾香は自分の左手を見る。赤い紋章は変わらず鈍い光を放っている。
「あ、まだ令呪についての説明をしていなかったわね。そうね、まずはサーヴァントについて説明しようかしら。サーヴァントは簡単にいうと最高ランクの使い魔よ。使い魔って言ってもそんな生半可なものじゃないけどね。サーヴァントは英霊、抑止力の存在なの。本来人には決して操ることができないのだけれど、聖杯の力によって初めて従えることができるの」
そういえば抑止力という存在があるって前に凛さんから聞いたな、と綾香は思った。
「令呪とはさっきも言ったとおり、サーヴァントを使役することができる証。実は膨大な魔力の結晶でね、さまざまな使い方があるわ。でも令呪は三回限定のサーヴァントの絶対服従権としての意味合いが強いわ。だから大切に使わなきゃいけないの。・・・って
使い方のことを話しても仕方ないわね」
口に手をやる凛。怪訝な顔つきで考えをまとめようとしている。
「まあ、いいわ。知っていることに損はないから。ここからが重要なんだけど、幾多の魔術師、サーヴァントが求めた冬木の聖杯は実はなんでも願いを叶える願望機じゃなかったの」
綾香は唖然とする。
「え、でもまって。それじゃあ前の聖杯戦争に参加していた人達はなんのために戦ったの?」
今までの説明とはなんだったのか。殺し合いという状況も、願望機を手にできるなら起こることにも納得できた。しかし、聖杯はそうではないという。じゃあなんのために?
「聖杯はね。そのひとの願いを最悪の形で叶えるものなの。いえ、叶えるのではないわ。ただの『災厄』よ。もともと失敗した魔術だったのよ」
「聖杯がそんなものだと知りながらなぜ戦うの?おかしいじゃない。意味のないことになぜ命をかけたの?」
「私が聖杯の真実に気づいたのは10年前の聖杯戦争のとき。この世に現界した聖杯は悪の塊だったわ。私は10年前、聖杯戦争に参加してこの目で見た」
綾香の顔が凍ばる。その綾香をみて、凛は言葉を続ける。
「そう、私も参加したの。驚くかもしれないけど、士郎もね。」
「ええっ!!」
「私たちは敵通しだったの。士郎と戦って本当に殺そうとも思ったわ。でも一般人への被害を考えない魔術師がお互い許せなくて、聖杯戦争中はほとんど共闘してたの。ほら、士郎ってああいう性格じゃない?そのうち殺す気も起きなくなっちゃたわ。」
少し過去を振り返る凛。凛の顔を見る綾香だったが、凛の表情は昔を懐かしんで笑っているようにも悲しんでいるようにも見える。
「そんなわけで私たち二人は最後まで勝ち残った。そして聖杯が出現した。士郎がその聖杯を破壊して、聖杯戦争は終わったの」
「二人にそんな過去があったんだね・・・。ん?でもまって。聖杯を破壊したのに、なぜまた戦いが始まるの?」
「私も壊したと思ってたわ。もう二度と起こるはずがないと。でもこうやって令呪が出現したということは、起こってしまった、ということね。私が調査でこっちに戻って来たって話したじゃない?私が頼まれた調査は聖杯戦争に関わることなの。今、聖杯戦争を復活させようとしている魔術結社があってね。それが冬木で活動を始めたから調査をしろと師匠に頼まれたの。私は目の前で聖杯が破壊されるのを見たし、その魔術結社の活動も一次的なものだと思ってたんだけど。あなたの令呪をみて事情が変わったわ。もしかしたら、聖杯戦争が起こることは一部の人間には分かっているのかもしれない。あの魔術結社も聖杯戦争の復活に気づいて、冬木で活動を始めたのだとすればだとすれば・・・。でもなぜ魔術協会が聖杯戦争の復活に気づかない?まさか、裏で手を引いている者が・・・」
考え込む凛。綾香は自分の頭を整理する。聖杯戦争が復活した。そして自分はそれの参加者に選ばれた。私はこれから戦わなくてはならないのか、殺し合いの世界に、しかしそこで生き残っても、手に入るのは災厄だという。
「凛さん、私はこれからどうしたらいいのかな?」
綾香の声に、考え事をやめる凛。
「私はこれから、このことを師匠に伝えるために時計塔に行くわ。そこで聖杯戦争が起きないように対策を立ててみる。今、あなたがどうすべきか、具体的には言えないけど、あなたには聖杯戦争に参加して欲しくない。5日後また日本に戻ってくるわ。それまでは家にいてほしい。家に結界と護衛はつけておくわ。苦しいかもしれないけど、耐えるのよ」
「結界と護衛って、私襲われる危険があるの?」
「その危険は否定できないわ。と言っても保険の意味合いが強いわよ。まだサーヴァントは召喚されてないと思うし、そもそもマスターが7人揃ったのかも怪しい。でも油断することはできないわ。これからは外にもあまり出ずに、できるだけじっとして欲しい」
「わかったわ。学校は休む。家でじっとしてる」
「こんな状況になってしまって、精神的にキツいと思うわ。とりあえず、少しの間我慢してね」
「うん、大丈夫よ。凛さん」
「あなたは強い子よ。私はあなたをやわに鍛えた覚えはないわ。それと護身用に、あなたに宝石をいくつか渡しておくわね」
綾香に宝石を渡す凛。宝石は紅に、深緑に、群青に輝いている。これらの宝石には凛の魔力が込められている。凛ほどの魔術師が魔力を込めた宝石なので、一種の強力な兵器のようなものだ。それらを受け取り、さらにことの重大さを認識する。
「なんで私こんなことになっちゃったのかな・・・」
「聖杯の意思は何者には図ることはできないわ。これはもしかしたら運命だったのかもしれない。運命は誰にもわからないわ。起こってしまうまでは・・・」
そのあと半日かけて凛は結界魔術を施した。柔らかいヴェールが屋敷を包んで行くのが見える。そのヴェールを見て綾香は身震いする。あんな結界に触れてしまえば、無事では済まない。
「こんなものね。これだけ結界を張り巡らせば、きっと大丈夫でしょ。それじゃあ私は夕方の飛行機でイギリスに戻るわ」
「うん。気をつけてね、凛さん」
「あなたもね、綾香」
そういって綾香を抱きしめる凛。
「大丈夫。何も心配はないわ。明日からは頼りがいのある護衛も付けるし」
にやり、と笑う凛。凛の不敵な笑顔にキョトンとする綾香。
凛はキャスターバッグを片手に夕焼けに歩き出す。その背中を綾香は見る。夕焼けの光は明るくオレンジ色に凛の姿を輝かせる。日が沈んでいく。雲が朱色に染まっている。綾香は上を見上げる。真上の雲は朱色から紫に変わっている。
「今夜は、星が綺麗かな」
誰に聞こえることなく、綾香はそう呟いた。
2回目の投稿です。まじで2週間かかりました。
キャラ紹介ですが、本作の主人公綾香はFate prototypeの主人公、沙条綾香と同一人物です。ただしこちらはFate staynightのパラレル世界の沙条綾香です。なので姿はまんまプロトタイプのを想像してください。0話に書いたある召喚儀式に巻き込まれる前は沙条綾香として暮らしていましたが、事件後、凛に引き取られ、遠坂綾香となりました。召喚儀式のことについてはまた後ほど書く事があるかもしれません。
それではまた2週間後、できれば以内に次の話を投稿したいと思います。本当は1話をすべてあげたかったのですが、時間がなくて途中までしか完成できませんでした。なので次は1話Bという形になります。ちぐはぐな文章ですがよろしくお願いします。