"ひなぎく"が前倒しで定期修理に入った二日後の大阪警備府駐車場
「これが我が海軍沿岸警備部隊が誇る覆面車両、トヨタクラウンNモデルだ」
トヨタクラウンNモデル、平たく言うと日本警察の採用している覆面クラウンの海軍、特に沿岸警備部隊仕様だ。
「今日はこれで違法漁業従事者逮捕に向かいます。
アンダースタンド?
あと、今日はテレビの取材がある。
言動には、注意するように」
「了解」
二人は車に乗り込む。
佐竹中尉は、キーを差し、エンジンをかける。
「今回の取り締まりは、水産庁資源管理部管理課特命係と共同で行う。
相手には十分に敬意を払うようにというのが、警備府司令官の九十九少将の言葉だが、常識だよな?」
「ええ、分かっています。
それで特命係ですか?
某警察ドラマのやつみたいですね?」
「そんな感じじゃないが、海軍にも特設部隊ってあるだろ?
部隊編成基準に」
「ありますね」
日本皇国海軍における特設部隊とは、常設の各艦隊より選抜された艦艇、人員をもって編成された部隊である。
「それみたいなもので、普段は他部署で働いているんだ。
彼らは先行して、被疑者宅を監視している。
何かあれば、すぐにこちらへ連絡が入るはずだ」
車の外を流れていく景色を、佐竹中尉は眺めつつ、クラウンを走らせていく。
「了解」
[日本警察機構密着24時、次は日本の海の治安を守る海軍沿岸警備部隊。
彼らは常に、緊急事態に備えている。
場所は大阪警備府。
そこには、海に陸に空に活躍する精鋭たちがいる。
海軍沿岸警備部隊の職務は、多岐にわたる。
海洋権益の保護、領海警備、沿岸防衛、そして密漁者の逮捕などである。
そして、今回は密漁者の元締めを逮捕するために、海軍沿岸警備部隊は水産庁と協力し捜査を進めてきた。
証拠固めの段階を過ぎ、今日確保に向かうのだ。
そして、衝撃の結末が待ち受けているとは、その場にいた誰も予想できなかった]
「指定された住所はここみたいですね。
一旦通り過ぎて、その先で止まりますけど、あのバンが水産庁ですか?」
左に曲がった後ろには、目立たなそうな3台のバンが止まっていた。
「ああ、執行は
男に逃亡の恐れがある」
クラウンを角に紛れるように止めると、水産庁職員からの合図を、そして時間が過ぎるのを待つ。
「じゃあ、バックして門前の右を塞ぎます。
そうすると相手は車で逃げても左しかなくなりますから、追跡は容易です」
「分かった。
必要なら、発砲してでもやつを止めろ」
「了解」
車内の時計が8時53分を回った。
佐竹中尉はゆっくりクラウンを家の前につける。
さっきのところを見るとバンからも、10人ほどの人間が下りてくる。
[我々、取材班は特別な許可を得て、水産庁職員の側にもカメラを置くことができた]
「8時53分か」
時計を見た職員の一人が言う。
「後ろで、海軍さんが動いてます。
容疑者の家の前に、クラウンをつけるつもりでしょうか?」
「奴らはアホか。
奴さんに気付かれんど」
「仕方ない。
何人か下りて、出入り口を固めろ。
私も出る」
バンのスライドドアを開けて、地面に下り立つ。
「もしかしたら、奴さんの退路を絶つつもりなのか?」
[男が何時に家を出るかなどは、数ヶ月にも及ぶ内偵活動によって、確認されている]
家の玄関から出てきた男が車に乗り込もうとしていた。
「××××(個人情報保護のため修正)やな?
密漁対策基本法違反で、裁判所から
おとなしく観念せい」
水産庁の密漁Gメンとも呼ばれる漁業監督官が声をかける。
ボンネットの前には、水産庁職員がいて、発進を阻止する構えだ。
「うっさいんじゃ、ボケェ」
そう怒鳴った男は、車を急発進させて、ボンネットの前の水産庁職員をはねとばす。
「艦長!」
佐竹中尉が叫ぶ。
さらに、数名の水産庁職員が2台目、3台目のバンから下りてくるが、ここでの事態には間に合わない。
佐竹中尉は心の中で、遅い、と叫んでいた。
「二階堂少佐、追跡を頼む」
水産庁職員の言葉に、二階堂少佐はホルスターからピストルを取り出そうとしていたが止めて、車に飛び乗った。
そこでアクセルを踏み込み、急加速する。
「
強引にでも止めます」
メーターのスピードは、時速180㎞を軽く越えた。
目前に、白いセダンが見えた。
「こちら沿警21から各方面」
『こちら大阪警備府、どうぞ』
『こちら大阪府警本部、どうぞ』
「現在、密漁者が車両にて逃走中。
車種は、×××の××××、色は白、ナンバーは、堺・
対象車両は、ときはま線を東進、現在、北条町一丁交差点を右折、泉北1号線を南進。
応援を要請。
どうぞ」
『『了解』』
『こちら沿警23。
"ふぶき"の間宮だが、ときはま線を西進中、10分もすれば合流できる。
どうぞ』
「了解」
『大阪本部から各局、現在、被疑車両が泉北1号線を南進し、泉ヶ丘方面へ逃走中。
警戒中の各局にあたっては、追跡中の海軍車両を支援せよ』
『こちら西堺5、深井駅裏おります。
現場急行します』
『南堺3、泉ヶ丘周辺警戒中、待機します』
『黒山6、岩室東交差点付近おります。
岩室方面へ移動します』
『南堺1、西陶器小付近おります。
泉北1号線方面へ移動します』
『機捜20、現場急行します』
『交機31、田園大橋直上おります。
待機します』
被疑車両を囲む包囲網は、完成し狭まりつつあった。
『了解。
被疑車両の逃走方向にある、和泉、泉大津の各局にあっては、十分に警戒せよ。
終わり』
[逃走していた車両だったが、完全にその姿を捉えた]
「こちらは沿岸警備部隊だ。
前方の白いセダンに告げる。
即刻、停車せよ。
繰り返す、こちらは沿岸警備部隊だ。
前方の白いセダンに告げる。
即刻、停車せよ」
サイレンが鳴り響くなか、白いセダンは諦めない。
深井駅前の交差点は片側二車線の道路が交差する形になっている。
「交差点、緊急車両通行します」
[逃走する車両は、交差点にスピードを緩めずに侵入した。
朝の交通量の多いときでもあり、非常に危険だ]
「止まれ。
事故るぞ」
二階堂少佐が叫び、停止を求める。
『沿警21へ、こちら沿警23。
もうすぐ後ろにつく、どうぞ』
『西堺5、合流します』
「了解」
一向に止まらない逃走車に、佐竹中尉の血は騒いでいた。
(上等じゃ。
無理にでも止めたらぁ)
「前に出て、無理矢理止めます。
衝撃に注意してください」
国防大学校の運転講習で、扱かれる60名のうちの一人が、佐竹中尉である。
これは将来のスキルアップに備え、希望者から選抜されて行われるものである。
これを修了すると、峠でレースしている某漫画真っ青な
「分かった」
アクセルを全開に噴かして、スピードを上げる。
時速は180㎞を越え、200㎞近くまで上がっている。
そして、徐々に間隔が狭まる。
[間隔は徐々に狭まり、車が大きく見えるようになった。
そして、横に並んだ。]
「止まれ。
左に寄って止まれ」
高速以上の速さで走る2台に、何とか追随しているのが、沿警23の覆面パトカーと西堺5、南堺1のパトカー、交機31の白バイであった。
「現在、泉ヶ丘、JOINパークそば、左折、大阪狭山方面向かっております。
どうぞ」
『南堺3、合流します。
どうぞ』
「了解。
犯人は既に、捨て鉢になっている可能性が高く、非常に危険です。
接触は十分に注意してください。
どうぞ」
唸りをあげるエンジンの音を聞きつつ、佐竹中尉は目の前の逃走車に目を向ける。
前に出ようにも、周りの車が邪魔で上手くいかない。
むしろ、接触事故を起こしていないのが、不思議なくらいではあった。
『大阪本部から各局、マル対は泉ヶ丘のところを左折。
大阪狭山、富田林方向に逃走。
黒山、富田林の各局は警戒せよ。
終わり』