[横に並ぶことはあっても、それ以上に進むことはなかった]
『マル対は岩室方面へ逃走中。
その方面の各局にあっては、同車両確保のために必要な措置をとれ。
以上、大阪本部』
『富田林2、金剛駅前のロータリーにおります。
亀の甲方面へ移動します』
『富田林5、国道309号線を移動中。
亀の甲方面へ向かいます』
大阪府警の各車両は、被疑車両を包囲するように動いていた。
「沿警21より、各方面。
現在、被疑車両は岩室の交差点を通過し、大阪狭山市に入りました。
なお、未だに速度を緩める気配はなく、危険域にある状態ではあります。
しかし、これ以上に今現状で追跡を断念すると、対象が調子に乗る可能性が高く、追跡時以上に危険度が増すものと思われます。
どうぞ」
『大阪警備府、了解』
『大阪本部、了解』
大阪警備府と大阪府警では、対象車両を止めるために、別のオペレーションも考えていた。
それこそが陸軍に対する治安出動要請である。
過去には、西成暴動にも出動要請が出され、信太山と八尾の2個の歩兵連隊が出動し、およそ3000人の将兵が暴徒が沈静化するまでの2週間、街頭に立ち続けた。
このうちの片方の歩兵連隊が保有する装甲車による阻止作戦が基本である。
しかし、
「陸軍が出てきますかね?」
「かもな。
それでも止まるかどうか。
五分五分だよなぁ」
[これ以上の逃走は、周辺に危害を与える可能性が高い。
いち早い確保が必要だ。
しかしこれは、言うが易し行うは難しとい言葉の典型例だ]
「岩室東交差点を通過。
現在、亀の甲跨道橋に進入」
佐竹中尉は、クラウンを右に左に揺らしながら、追跡していた。
両端に寄っている車両を避け、抜いていく。
「スピード落とせ。
危ない。
止まれ」
スピーカーから呼びかけること、十数回、それでも白いセダンは反応しない。
『大阪本部から富田林署管内、現在逃走中の車両は、危険な走行を繰り返している。
管内の各局にあっては、民間人保護に全力を尽くせ。
以上、大阪本部』
『富田林3、了解。
交通規制を発令、民間人保護に移ります』
『富田林8、了解』
相も変わらず、大阪府警察の通信はあれこれうるさいが、致し方ないかもしれない。
「艦長、この先片側一車線になります。
民間人への危険度は増します」
佐竹中尉は、小声でいった。
金剛駅そばの跨線橋を越えれば、そこは富田林市市内だ。
『大阪本部から各局、周辺道路からの民間車両の退去が完了した。
引き続き、マル対の動向を報告せよ。
以上、大阪本部』
『こちら航空隊"まいしま"から大阪本部へ。
上空に到着しました。
指示願う。
どうぞ』
「大阪本部から"まいしま"へ。
上空からの情報収集を行い、地上部隊の行動を支援せよ。
どうぞ」
[沿岸警備部隊と大阪府警察の懸命の追跡は続いていた。
そんな中、大阪府警本部と大阪警備府は、陸軍の出動を決断した。
信太山駐屯地に駐屯する第51歩兵連隊には、歩兵機動を支える89式歩兵戦闘車が配備されている。
これなら、逃走車と真正面から渡り合える]
『大阪警備府より沿警21、23、さらには協力中の大阪府警のパトカー隊へ。
陸軍の出動を要請した。
2時間、2時間でいい、奴の目を引き付けろ。
そうすれば、準備は整う。
とにかく、準備が整うまでの2時間を稼げ。
以上、大阪警備府』
「沿警21より大阪警備府。
キルゾーンはどこなんだ?
どうぞ」
『和泉市内を予定している。
周辺道路は既に封鎖、歩兵戦闘車でバリケードを構築中だ。
2時間たったら、府警のパトカー隊と連携して、和泉市内へ追い込む手筈になっている。
詳しい座標は、あとで送る。
以上、大阪警備府』
「確かに
数百万で買えるセダンに対して、89式歩兵戦闘車は、1台4億5000万円だ。
壊れました、分かりました新しいの買いましょうと言えない、つまりそう簡単に買える値段ではない。
「それは経験からかな?」
佐竹中尉の物言いに、二階堂少佐は聞いた。
「その通りです。
操縦を習ったときに、装甲厚を見たんですが、かなり薄いですね。
まず、衝突の衝撃に耐えられないでしょう」
『大阪本部から黒山、河内長野管内。
堺市より逃走車が富田林に入った。
富田林から通ずる道路を封鎖し、民間人を保護せよ。
繰り返す、富田林から通ずる道路を封鎖し、民間人を保護せよ。
以上、大阪本部』
「歩兵戦闘車で止めるのは、かなりの無茶が伴いますよ」
「そうなる前に止めるしかないか。
こうなれば富田林の中で止めるぞ」
「了解。
国道309号は片側二車線ですから、楽に抜けると思います」
「沿警21より封鎖任務に当たっている各局へ。
封鎖線を変更し、逃走車を国道309号へ誘導せよ。
繰り返す、封鎖線を変更し、逃走車を国道309号へ誘導せよ。
どうぞ」
『沿警21、勝手な命令を出すな。
ただいまの命令は無効、無効である。
以上、大阪本部』
「しかし……逃走車を2時間も野放しにできません。
命令の再考を願います。
どうぞ」
『富田林3から各局。
林警部補から命ずる。
即座に移動、沿警21の指定するように封鎖線を変更せよ。
以上』
『林警部補、命令無視は処分の対象だぞ。
戻れ』
「不毛な会話を続けるなら、無線を切ってください。
うるさいので」
「富田林5、了解。
309号方面、向かいます。
どうぞ」
その時、二階堂少佐の仕事用の携帯に着信が入る。
「もしもし、こちらは二階堂ですが、なにか?」
『警備府司令官、九十九莞爾だ。
なにやら、警備府に不穏な動きがあったらしいんだが、外に出ていてな。
今、出張先の横須賀からだが、どこかのアホ参謀が勝手に陸軍の出動を要請したようだ。
そいつは、あとで吊し上げとくから、府警は気にせず現場の判断で好きにやれ。
以上』
電話の相手は、警備府司令官の九十九莞爾少将だったようだ。
「了解。
直ちに取りかかります」
二階堂少佐はそう言うと電話を切り、無線を各局に繋いだ。
「沿警21より各局。
逃走車を国道309号に追い込むために、配置を伝える。
309号へのバイパス以東の各局は、エコール・ロゼ前の交差点にパトカーを集結させよ。
なお、309号以西の各局にあっては、対面二車線の交差点にて待機。
逃走車を確認次第、こちらに合流せよ。
以上、沿警21」
二階堂少佐の判断は、常道を衝いていた。
なぜなら、こちらは上空のヘリから逐一情報を得られるので、逃走する車両がどのような機動を行おうとも追跡の継続は容易だからだ。
[警備府からの指示を無視する形ではあるが、現場主導での確保作戦が幕を開けた]
「緊急車両、赤信号進入します。
緊急車両、赤信号進入します」
逃走車は速度を緩めることなく、金剛団地と呼ばれる新興住宅地の一角を走り抜ける。
「高辺台小学校前交差点、直進。」
[片道一車線の細い道の真ん中を縫うように進む逃走車は、かなり危険だ。
早い確保が望まれる]
唸るエンジン音、軋むタイヤ音、つんざめくようなサイレンが、閑静な町を切り裂いていく。
「止まれ。
車を左に寄せて止まれ」