WarLines 日本皇国海軍士官奮闘録   作:佐藤五十六

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VOYAGE.16

4月15日(日)

「今日に限って、なんで仕事じゃないんだ?」

ライブチケット片手に、溜め息をつく。

昨日まで、書類の山に逐われていた佐竹中尉にとって、待ちに待った休日であった。

それでも気が重いのが、今日と言う日である。

「制服で行くか」

ひとりごちりながら、着替える。

冬用の第1種制服である。

黒く糊の利いた制服は、若い佐竹中尉ですらも、一端の海軍軍人に仕立ててくれる。

昨日、手紙と同時に届いたメールによって、朝から出かける羽目になった。

「大正駅の地下鉄乗り場階段そばに、10時に来いとは、暴君ぶりは変わらないなあ。

うん、これでよし」

白手袋を入れた革のカバンを持ち、警備府をあとにする。

禁足令が発令されているとは言え、定期修理中の艦艇乗員には無意味に近い。

今乗る船がないからだ。

ごく稀に、特設陸戦隊を編制する場合があり、その場合は歴戦の沿岸警備部隊将兵が中心となることが多い。

警備府正門脇の受付で、目的を告げて外に出る。

「佐竹中尉、外出許可あり。

目的は……はい、了解しました。

気を付けて、いってらっしゃい」

「ありがとう」

警備府から少し歩いたところに、八幡町という南海バスの運営する

バスの停留所がある。

大阪警備府最寄りのバス停で、南海堺駅西口までのバスがある。

そこからは、南海本線があり、岸里玉出駅のところで高野線が合流し、新今宮駅でJR線、終点なんば駅にて、JR線、近鉄線、阪神線、地下鉄線に連絡している。

大正駅に向かうには、新今宮駅で大阪環状線に乗り換える必要がある。

おおよそ35分もあれば、大正駅に到着できる。

大正駅の地下鉄乗り場階段脇にて、時間がくるのを待つ。

「やっはろー」

誰かに話しかけられたようだ。

見るとコスプレを着た女がいたが、軽く無視する。

「そこの海軍コスのお兄さん?

こんぱっぱー」

「どちら様でしょうか?」

「ひどいなあ、まったく。

幼馴染みの顔も忘れたのかね?」

「私には人の仕事着をコスプレ扱いする知り合いはいません」

「ごめんよ~。

だから無視だけは止めてえ」

「分かりましたよ。

で、今から何するんですか?

夕子さん?」

あるアニメに登場する高校の制服を着て眼鏡をかけた姿は、そのアニメに登場するモブキャラのようにも見える。

「男と女が二人っきりですることは1つよね?」

腕に抱きつきながら言うが、佐竹中尉には皆目見当がつかない。

「分からないの?

デートよ、デート。

あんたの朴念仁は昔からねぇ」

もしくは、セックスも選択肢としてはあるだろうが、この国の貞操観念は江戸時代から大して変わっていないから、娼婦が相手でもない限り、付き合ってもいないのに手を出すということはしないのだ。

「さっきまで、打ち合わせしてたのよ。

今夜のライブのね」

「そうなんだ?」

「うん。

でもね、私が決められることなんて、1つもないから。

暇で暇で仕方なかったのよ」

物憂げな様子を浮かべて言う。

「アニソン歌手ってそんな感じなんだ?」

「まあね。

有名な人なら裁量も多いんだろうけど、私みたいに駆け出しだとねぇ。

大抵、プロデューサーさんが決めちゃうからね。

それにしても、あんたは役職持ちなんだって?」

「一応はね。

これでも、艦のNo.2ですよ」

「そんなのでも、役職持ちなんだぁ。

いいなぁ。

よし、難波行こう、難波。

あんたに一杯、奢らせてやる」

「ほどほどにお願いしますよ。

お金ないから」

地下鉄大正駅は大阪市営地下鉄長堀鶴見緑地線の駅で、大阪市が市内を中心に張り巡らした地下鉄道網の構成要素の1つであった。

ホームの上で、電車が到着するのを待つ。

[各停、門真南行きは6両で参ります。

ホームの白い線の内側でお待ちください]

「最近はどう?

ごはん食べてる?」

「一応は。

これでも艦のご飯を預かってますから」

「初任給ってどのくらいなの?」

「貰うまで詳しくは分かりませんが、23万円位らしいです」

「ふぅん、さすが公務員、民間より高いわね」

一応、軍人にも公務員的な呼び方がある。

例えば、自衛官は特別国家公務員と呼ばれているが、同じように陸海空軍軍人も国家公務特別職員と呼ばれることがある。

「まあ、アニソン歌手も楽じゃないわ」

[次は西長堀、西長堀。

地下鉄千日前線はお乗り換えです]

「そろそろ、乗り換えだから。

荷物持った?」

「持ちっぱなしですよ」

車両から下りて、ホームを階段に向けて歩いていると、発車メロディとともにホームから車両が滑り出ていく。

「次の環太平洋共同演習(RIMPAC)は来年?」

「そう、来年。

どこの部隊が派遣されるとかは知らんけどな。

まあ、うちかもしれんけども」

「知り合いがそれを取材に行くんだよ。

外国系のメディアなんだけど、

もしかしたら、ハワイでそいつと会うかもね」

「まだ決まった訳じゃないって」

「でもねぇ、前に会ったとき、C4Iシステムがどうとか言ってたんだよ。

それでC4Iシステムって何?」

「C4Iシステムって言うのは、戦闘(Combat)通信(Communication)指揮(Command)統制(Control)情報(Information)の頭文字を纏めたものなんだ。

そして戦場の状況を友軍部隊と共有することで、戦闘の効率化を図るのが目的なんだけど、現在、陸海空軍共通で使用されているのが、LINK16って言うものなんだ。

例えば、これによって、友軍部隊と敵軍部隊の入り乱れる中でも、海軍は艦砲射撃ができるし、空軍も空爆ができるから、ありがたいシステムだね」

「そいつが何か、新しいC4Iシステムを日本海軍が試験中とか言ってたなあ。

何か知らない?」

御堂筋線ホームに入り、

「試験艦"あすか"かもね、それって。

まあ、機密の塊だから、取材はできないだろうけど」

「ふぅん」

部隊研修の名目で"あすか"内部を見学したことのある、と言うよりも、皇国軍士官たるもの万能であれの不文律のある国防大学校で教育を受けた佐竹中尉は、電子戦にもそれなりに造詣が深い。

だからこそ、ある程度はそのシステムにも想像がついている。

しかし、それの内容は米軍にすら極秘の機密事項である。

もしばれたら、米軍は五月蝿いだろうというのが、本音である。

誰も厄介事には、首を突っ込みたくないものなのだ。

不用意に民間人に漏らすことは許されない。

「まあ、いいわ。

なんばパークス行きましょ」

「はいはい」

なんば駅に乗り入れる鉄道会社はかなりの数に上る。

JRに南海が2路線、近鉄、阪神、地下鉄が3路線、毎日ここで発着する電車は、数百を越える。

そして、1日に数万もの人間が利用しているのだ。

「人多いわね。

この日に来たの間違いだったかしら?」

「それに関しては、激しく同意します。

明日じゃダメだったんですか?

明日なら仕事だったのに」

「せっかく誘ったのに。

で、今日暇だったら何してたの?」

「古本屋でも廻ってたでしょうね」

「味気ないわね。

しかも、本の虫なところは変わらないなあ。

紀子さん、怒ってたわよ。

紀一は自分の本も持ってかないんだからって。

置いとける部屋はあるの?」

「ない。

あくまで、艦艇乗員は艦内で寝泊まりするのがルールだから。

それを知らない母さんじゃないんだけどな」

「そう。

そう言えば陸軍に知り合いはいないの?」

「いるにはいるけど、そんなに偉いさんじゃないよ。

俺と同じで、まだ下っ端だし」

「いやねぇミュージック・ビデオを録るのに、アニメの内容と被せたいからって」

「なら陸軍の広報と関東方面地方協力本部辺りに、話を持っていけばいいんじゃないか?

最近じゃよほどぶっ飛んだ内容でもない限り、許可は下りるし。

亡命のイージス艦なんか良い例だよ」

亡命のイージス艦とは、福岡泰敏原作の小説を映画化した作品で、日本海で突如、海軍の指揮下を離脱逃走したイージス艦とそれを巡る日本と中国・北朝鮮との三つ巴の暗闘を描いた作品である。

日本の防諜能力の低さを赤裸々に描いた作品でもあった。

「ああ、あれねぇ。

すごかったよねぇ。

最後、中国の核ミサイルでめちゃくちゃに吹き飛んだのよね」

「そう。

どういう構図で、どんな映像を撮りたいかを素直に伝えれば、許可は下りるよ」

「プロデューサーさんに言ってみるわ。

流石、軍のことなら詳しいわね」

「国防大学校卒業者は皆、皇国軍士官は万能であれが信条だからね。

辞令1枚で、全然違う仕事に行かされることもあるし、色々な知識が必要になるよ。

歌手が自分の歌の歌詞と振り付けを全部、覚えてるようにね」

「なるほどねえ。

ちなみに、これがそのミュージック・ビデオのアニメです」

取り出したチラシには、AEGIS~鉄壁の楯~と書かれていた。

「これは海軍じゃないんですかね?

どこに陸軍の要素があるんだよ?」

「あれ?

そうだっけ、どれどれ。

確かにそうだね。

詳しく見てなかったから、知らなかった。

テヘペロ」

「国防省広報室許可ありか、それに関連する撮影なら、繰り返しだけど普通に許可は下りるよ」

[近畿厚生局麻薬取締部じゃ。

動くな、全員逮捕や]

駅のホームでは、厳ついおじさんが染髪した若い兄ちゃんを連れて、ヤクザらしき人間を取り囲んでいた。

そんな風景を超え、列車は難波に着こうとしていた。

[次は難波、難波。

お出口は、左側です。

千日前線、四つ橋線、JR線、南海線、近鉄線、阪神線はお乗り換えです]

ホームに下り立った二人は改札口の

「アニマート行こう。

アニマート、私の心のふるさと」

「全国に何ヵ所あるんだよ?」

「もともと、腐ってるから大丈夫。

心配ないわ」

「答えになってねぇよ」

「おっ、鋭い突っ込み。

流石、大阪勤務!」

「まだ大阪には数日しかいてねぇよ」

「だから何?」

「大阪人とはまだ会ったことはねぇよ」

半ば引き摺られるように、アニマート難波店に連れていかれる。

「何をする気だ?」

「大丈夫、今じゃ軍自体が病気じゃないの。

苦しいのは最初だけ、それを過ぎれば、立派なアニヲタです」

「やめろ、俺は立派な軍人であって、アニヲタじゃない」

「カモン、カモーン、ベイビー。

立派な軍人?

そんな幻想は私がぶっ壊す」

「いやぁぁぁあ」

傍目から見て、関わりたくない二人組が歩いていく。

端から見れば、コスプレ×コスプレの二人は、周りから遠巻きにされていた。

「おおー、ここ凄いね」

「この辺の古本屋にでも行ってきます。

終わったら、電話してください」

アニマートの入口にて、目を輝かせて感嘆の言葉を漏らす彼女を放置して、佐竹中尉は戦略的撤退を敢行しようとした。

「行かせると思ったか?」

襟首を掴まれ、店内に引きずり込まれる。

「ここが全て遠き理想郷(アヴァロン)なのだよ。

ムスリムにとってのメッカは聖地、アニヲタにとっての聖地はアニマートなのよ!」

ないとも言えないが、大きくもない胸を張って宣言するが、あくまでも彼女の意見であり、アニヲタの総意ではないのである。

首根っこを掴まれた佐竹中尉は、着ていたワイシャツが頸動脈を絞めたために、息ができなかった。

そのなかでも、声を絞り出す。

「恥辱にまみれるぐらいなら、舌噛みきって死ぬ」

「それは困るわね」

何かを思案する表情を浮かべ、考え込むその隙に、アニマートから逃走する。

「ああ、待ちなさい。

仕方ないわね」

そう言って、鞄からスマホを取り出す。

「警察呼ぶわよ。

そうやって有ること無いこと吹き込んでやるから」

「すみませんでしたー」

なげやりに、棒読みに謝罪(笑)をしておく。

いつの時代も、男は女に勝てないのだ。

「よし。

相良探検隊は、アニマート難波店に突入す。

総員、我に続け」

「続きたくありません」

そう言いながらも、とぼとぼ付いて行く。

気分は、味方(督戦隊)に狙われるソ連赤軍歩兵だ。

「これなら陸軍の空挺の方がかなりましだ。

いや、空軍対外作戦部隊の訓練の方がましだ」

空軍対外作戦部隊(Air Force Foreign Operations Service)とは、紛争地における在外邦人の救出活動や、政府専用機における警乗活動、撃墜された戦闘機パイロットの戦闘捜索救助活動(Combat Search And Rescue)を担う特殊部隊的性格の強い部隊である。

それだけに訓練も苛烈で、この部隊には陸軍の空挺レンジャー持ちが複数いるのだ。

「もしもし」

そうこうしているうちに、佐竹中尉の携帯に着信が入る。

『佐竹中尉か?

今、どこにいる?』

「難波です」

『たった今、非常呼集が発令された。

点検中の各艦にあっても、対象となっている。

堺駅に迎えをやるから、至急、警備府に戻れ』

「了解。

すぐに戻ります」

『急いで、呉に向かう。

準備だけはしておいてくれ』

『分かりました』

電話を切ると、相良夕子に伝える。

「仕事が入った。

ライブには行けそうにない。

すまない」

簡潔に伝えると、彼女の目には涙が浮かんだ。

数年の付き合いだが、それなりに情もあるということだろう。

「仕事じゃしょうがないね。

頑張ってきなよ」

「本当にすまない」

佐竹中尉は頭を下げると、踵を返して歩いていく。

南海なんば駅から特急に乗り、南海堺駅を目指す。

堺駅について、西口に出ると、青いパトランプを載せたクラウンが待機していた。

「警備府警備隊の千葉兵曹であります。

二階堂少佐が警備府にてお待ちです。

すぐ向かいます」

「分かりました」

非常呼集による出撃の場合、稼働艦艇の乗員よりも、非稼働艦艇の乗員を優先することがある。

今回はその場合だ。

サイレンこそ鳴らしていないが、クラウンはかなりのスピードで警備府に向かう。

今はそれほどの事態なのだ。

大阪警備府の正門を超えると、二階堂少佐の他にも、九十九少将が待っていた。

「遅くなりましたが、佐竹紀一中尉、ただいま戻りました」

「うむ、ご苦労。

で、状況だが、米国防情報局(DIA)筋によると、仁川沖合にて韓国海軍艦隊が集結しつつあり。

どこへの攻撃を意図したものかは不明だが、日本皇国領域である対馬か竹島のどちらかだろうというのが大本営の結論だ。

よって、先程政府より各領域の警備防衛態勢の強化が命ぜられた。

ただいまより、大阪警備府は第一線配備となる。

二階堂少佐と佐竹中尉は呉工廠で点検中の"ひなぎく"を受領し、竹島の警備の応援につけ。

以上だ」

「「了解」」

「しっかり頼んだぞ」

佐竹中尉は手荷物を持ってくると、二階堂少佐とともに、新幹線に飛び乗った。

そして2日後の朝には二人は、"ひなぎく"にて海の上に出ていた。

「合戦準備。

"ひなぎく"の可燃物は全て下ろしたな?」

「はい、全て確認しました」

「よろしい。

今後、1週間以内に紛争が勃発する可能性が高い。

艦内各部にあっては、最大限のパフォーマンスを発揮できるように気を付けてほしい。

以上だ」

 

 




少し長くなってます。
二話分ぐらいの分量です。
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