竹島
行政区分上、島根県隠岐の島町に属するその小島の周辺海域には、漁業資源が豊富で、よく日本の漁船団が操業している。
また戦後には日韓の係争地となり、防衛のために島全体が軍施設の指定を受けており、民間人の立ち入りは厳しく制限されている。
この島の沖合では、幾度となく日韓両軍が衝突し、両軍兵士の夥しい血が流れたのだ。
竹島沖 2017年4月25日午前9時23分
12年前、福知山線で未曾有の脱線事故が起こった日の午前である。
そんな日に事件は起こった。
「艦隊司令部より通報。
海軍機が先程竹島沖合、鬱陵島方面にてイージス艦2隻と揚陸艦数隻を含む12隻の敵性艦隊を確認。
至急、これに対処せよとの緊急電文です」
「戦闘部署発動、対水上戦闘用意、総員戦闘配置につけッ。
これは演習ではない。
繰り返す、これは演習ではない」
イヤホンマイクを片手に告げる。
「竹島防備隊司令部より入電。
"これより竹島防備隊は戦闘状態に入る。"
とのことです」
「分かった。
それで、松江の司令部は何て言ってる?」
「松江の艦隊に、漁船団を警護して帰投するように命令が出ています。
本艦には、竹島海域の警戒任務が与えられています」
「んな、無茶な。
こっちは排水量1000トンほどのフリゲート、たいしてあっちは3000トンから7000トン以上の駆逐艦数隻の艦隊、最初からこっちに勝ち目はねえよ」
苦々しげに佐竹中尉は吐き捨てる。
「空軍に上空直掩を要請しろ。
航空優勢を奴らに渡すな。
ったく、定期修理の前倒しから、ここに派遣されて数日、もう少しのところまできたのに、やつらももうちょっと待てなかったのか?」
あと2日で"ひなぎく"は大阪警備府に戻れたのだ。
それに砲雷科要員の長として、一番の懸念は空だ。
「上空直掩は既に到着しています。
IFFレスポンス、小松、
「ならいい。
それで艦長はどこだ?」
「えっと、艦長は…」
『私ならトイレから離れられない。
つまり、指揮が取れる状態ではないのだ。
すぐに合流するつもりだが、その間は先任に指揮権を一任する。
あとは頼んだぞ。
やベーな、昨日の胃薬飲みすぎたかな。
便秘になっちゃったものなぁ』
インカムが艦橋とトイレで繋がりっぱなしである。
佐竹中尉は黙って、インカムを切った。
「聞かなかったことにしよう。
うん」
「私もそれがいいと思います」
二人はなにも聞いていないという建前で押し通すつもりにした。
「あっ、電探にて目標を捕捉。
イージス艦2隻と揚陸艦数隻を含む艦隊です。
通報通りです」
「周辺の友軍艦艇はどうだ?」
「第三艦隊、舞鶴鎮守府艦隊が南下中、第二艦隊、佐世保鎮守府艦隊が対馬を固めて、第四艦隊、呉鎮守府艦隊が関門海峡から北上しています」
「現状では、我々は水上艦隊には頼れないわけか。
しかし、ここで我々が戦わねば、陸空軍に笑われますよねえ。
こうなれば、使えるものは全部使いましょ。
陸空軍部隊に追加で要請。
内容は対艦攻撃の実施をだ。」
「言われなくてもやるとは思いますが、打電しておきます」
「その影に紛れて、接近したい。
砲雷同時戦用意だ」
韓国海軍艦隊イージス艦"
「今回の作戦目標は、我が国が独立を奪われた際、そのどさくさで日本に奪われた独島の奪回である。
傲慢な日本人に鉄槌を下すときが来たのだ」
艦隊の指揮を執るのは、最先任将校で第72戦隊司令官である李世宗少将だ。
彼は全艦隊の将兵に告げた。
麾下の艦艇群は、第7機動戦団を構成するうちの2個の戦隊と、各戦団から引き抜かれた艦艇からなり、揚陸艦3隻、補給艦1隻を守るために輪形陣を組んでいた。
「敵空軍の築城基地には、空軍の戦闘機隊が空爆を実施するはずだ。
海軍が空軍よりも、活躍せねばならん。
総員、独島に太極旗を掲げるのだ」
司令官の李世宗の言葉に、反日教育のなかで育ってきた将兵たちから歓声があがる。
韓国海兵隊を中心とした上陸部隊であれば、日本軍竹島駐屯部隊を壊滅させられるはずだと信じていた。
「対潜警戒を厳とせよ」
「しかし、司令部は対空および対水上戦闘を下命していて潜水艦のことなど触れてはいませんが」
「日本軍は潜水艦の運用に関しては、戦前からの蓄積がある。
それに、独島沖合は敵の海だ。
空や水上、水中からの波状攻撃を受ければ、我が軍に勝ち目はないよ」
"
韓国軍の特徴は、対日と知ると
上は指揮官から下は水兵まで、熱狂して冷静な判断を下す者がいなくなる。
もし、そこで敵の攻撃を受ければ、損害への対処も出来ずに、総崩れになる。
しかし、ごく稀に冷静な者もいる。
そういった者たちによって、韓国軍は動かされている。
「了解」
水雷士はマイクをとり、全艦に放送した。
『艦内各部に通達。
対潜警戒を厳とせよ』
スピーカーから水雷士の声が響いた。
竹島沖合、第六艦隊潜水艦伊-501/SS-501"しょうかく"
「音探が目標を探知。
音紋照合の結果、駆逐艦"世宗大王"の可能性、99.7%。
方位、305度、距離、23000」
「全艦に音響規制を発令する」
「了解」
潜水艦には、発令所と呼ばれるCICのような場所がある。
そこでは、艦長含む艦内の主要幹部のほとんどが待機している。
また、そこには駆逐艦のCICのように、モニターが設置されていて、そこには音響情報を視覚的情報に変換して表示できる。
「深度100につけ。
敵潜水艦の存在は?」
「音探では確認されておりません」
「目視にて目標を確認する。
潜望鏡深度まで浮上せよ」
潜水艦に搭載される魚雷は、12式長魚雷である。
これは、艦載用の短魚雷である89式/5式魚雷よりも、射程が長い。
大体、12式の射程が30000メートルを上回るため、短魚雷との差は20000メートルを軽く超える。
「ワン・トゥー」
呟きながら、潜望鏡を一回転させる。
潜望鏡のグリップを折り畳み、潜望鏡を収納する。
「副長、奴さん警戒を全くしていないぞ。
奴さんはアホなのか?」
「と言うよりも、過去の戦闘では潜水艦が参戦しなかったので、考慮のうちに入っていないのでは」
艦長の問いに、かけていた眼鏡を押し上げた副長が言う。
「隙を見つければ一撃加えるのが、我々潜水艦乗りの伝統なのだがな。
封緘命令書の内容に従い、本艦は戦闘状態に入る。
戦闘部署発動、総員、配置につけ」
先日の出航時に手渡された封緘命令書を担当海域に到着後、開封したところ、敵性艦隊を発見次第、即座の邀撃の許可が出ていた。
「アイ・サー」
艦内各部に設置されたランプが黄色から赤に変わる。
このランプの緑色は航海中を、黄色は音響規制を、オレンジは教練戦闘つまり訓練を、赤は戦闘中を意味する。
あまり大きな音を出すことができない潜水艦ならではの装備である。
「これはどういうことだ?
コマンダー・ニワ」
発令所に怒鳴り込んできたのは、駐日米国大使館駐在海軍武官であるフランクリン・リー大佐であった。
と言うのも、日本皇国の潜水艦技術に目をつけたアメリカ政府は、駐在武官による見学を強引に要請してきた。
その対象である日本皇国とスウェーデンが共同開発したスターリングエンジンは、低速から中速までカバーできる高性能品である。
財政難により予算削減を求められた米国国防総省では、次期攻撃型潜水艦計画を高価な原子力潜水艦ではなく、比較的安価な通常動力型潜水艦にする方向で動いている。
その第一段階が、海軍武官による潜水艦の見学である。
その見学側の我儘によって、"しょうかく"は無関係な人間を戦地に連れて行く羽目になった。
「リー大佐、落ち着いてください。
たった今、本艦は本国からの命令に従い、戦闘を開始しました」
「戦闘?
どことやってるんだ?」
「韓国海軍です」
「まさか、ここは竹島なのか?
コリアン・ネイヴィーを攻撃するのかね?」
まさかの答えに、リー大佐は口をパクパクさせるほかなかった。
「その通りです。
本艦の作戦行動を見学するという名目で乗艦されたのですから、我々の行動にけちをつけないで頂きたいものですな」
「しかし、我が国の外交方針は日韓の間でのいかなる紛争にも中立を維持している。
それは変わらない。
そのどちらか一方に荷担したという事実すらあってはならんのだ」
リー大佐の背後に、先任伍長の姿を認めた丹羽中佐は切り出した。
「先任伍長、リー大佐を自室に軟禁しておくように。
本艦の行動を妨害されることがあってはならん」
「了解」
先任伍長と2名の水兵に拘束されたリー大佐は大人しく、自室に向かって歩き始めた。
「魚雷戦用意。
目標、駆逐艦"世宗大王"」
艦長の命令に、艦内はにわかに活気づく。
「魚雷は全門装填を確認。
命令あり次第、いつでも撃てます」
「発射用意」
「発射管扉開け。
注水始め」
「完了まであと5秒、4、3、2、1。
完了しました」
「諸元入力完了」
「1番2番、
前方の発射管から、必殺を誓った魚雷が2本、海中に放たれた。
海中を50ktの高速で進む2本の魚雷は、"世宗大王"の舷側目掛けて突き進んでいた。
そして、時間はきた。
「命中まであと5秒、4、3、2、1、じかぁーん」
ストップウォッチを片手に、水雷長が静かに叫ぶ。
その直後に音探を担当する音測員がヘッドセットを外す。
外からはソナーでなくとも、爆発音が2発聞こえてきた。
「命中音、2。
魚雷は両方とも命中しました」
「よし、急速潜航。
深度300につけ。
敵艦をやり過ごすぞ」