「1つ聞きたい。
お前らのあそこは垂れ下がっているか?」
全艦放送のかたちで、佐竹中尉は話しかけた。
それから数刻たって、艦内各部より返答が入る。
「こちら航海科、全員、垂れ下がっております」
「機関科も同じく」
「砲雷科も同じく」
あそこというのは、男の大事なところのことではあるが、これにも逸話がある。
日露戦争の趨勢を決めたと言われる日本海海戦前、旗艦である戦艦三笠艦内を視察中に、顔面蒼白の水兵を見かけた東郷平八郎は、その水兵にこう問いかけたという。
「おはん。
金玉は下がっちょるか」
後日、部下の秋山真之参謀が東郷に尋ねたところ、東郷は笑いながら語ったという。
「薩摩の侍は、合戦の前に褌に手を入れて、金袋を握る……そのときにダラリとしておったら、戦は勝ちじゃ。
じゃどん、金玉が縮み上がって股に張り付いちょったら、戦は負けじゃ……と西郷どんが鳥羽伏見のときに言われたそうな」
要は戦場でどれだけ冷静でいられるか、そして冷静な判断を下せるかである。
「了解。
ならば、この戦、我々の勝ちだ」
佐竹中尉は、各部からの返事を聞いて、断言して続けた。
「そして本艦の作戦目標は、敵艦隊を殲滅することではなく、我が陸海軍の増援部隊が駆けつけるまでの時間を稼ぐことにある。
それさえ満たせば、我々の勝ちなのだ。
たとえ、敵の方が優位であっても、我々の後ろには連合艦隊が陸軍が空軍がいるのだ。
何も恐れる必要はない。
艦内各部、そして各員各自の薫陶と努力、献身そして情熱に期待している」
佐竹中尉は言い切った。
確かに、連合艦隊隷下の艦艇群、特に第一から第五の各艦隊は三々五々移動を開始していた。
この中で1番近いものは、対馬に展開していた第二艦隊もしくは関門海峡を抜けている最中の第四艦隊だろうが、どちらも距離にして250㎞ほど離れていた。
250㎞だと、攻撃できる位置に進出するまでに駆逐艦の最大速力である32ktで3時間から4時間は移動する必要がある。
ただ、ガスタービンの機関を全力運転させることは、かなりの燃料を消費する。
旧式の駆逐艦であるふぶき型は、20ktの高速巡航で5500海里航行できる。
これは、外洋を航行する上では長いとも短いとも言えない微妙な数字ではある。
しかし、戦闘行動を前提とした航行では、燃費を悪化させる最大出力の発揮や急加速を多用する艦隊機動であるため、かなりの燃料を喰うことになるためもっと短くなる。
ただ、排水量の小ささの割に、兵装が充実しているのが、日本皇国海軍艦艇の特徴でもある。
言ってしまえば、小型艦に過重な兵装を積み込んでしまうのは、日本海軍の伝統ともとれる。
しかし、沿岸防衛を重視する戦略から航続距離が短いのも、また日本皇国海軍艦艇の特徴のひとつである。
そう、日本の海軍艦隊が太平洋で戦闘を行う時代ではないのだ。
そして、日本各地に拠点港を持つ日本皇国海軍は、その方面に所在する艦艇が連携して半日から1日、遅滞戦術などの適切な防御行動をとることで敵の上陸を阻止しつつ、交代の艦船の到着を待ち、戦闘の後に拠点港に戻ると補給と休養をとり、各艦艇が次の戦闘に備えられると気づいた。
だからこそ、軍艦の性能要求は、速度と兵装の2本で済ませることができたのだ。
つまり、連合艦隊が駆けつけるまでにはまだまだ時間がかかるのだ。
「上空にF-2を確認しました。
方位180、距離12000、高度1000、敵艦隊との距離84000。
竹島、隠岐の島方面、さらには上空よりの対艦ミサイルの発射を確認。
数、100ほど」
「うむ。
竹島防備隊やF-2戦闘飛行隊は攻撃のチャンスと見たんだろうな。
結果はあとのお楽しみなんだな。
それでF-2各機からのミサイルは2発だけだったな?
着弾を確認後、接敵までに第二波を要請せよ。
竹島防備隊に余力は無くても、多分F-2は余力を残してるはずだ」
佐竹中尉の予想通り、F-2飛行隊は、現在、竹島から少し離れた空域の高度2000メートル付近を、小松基地のF-15Jの護衛を受けたKC-767J空中給油機から適宜、給油を受けながら旋回を続けていた。
その左右の主翼の下には、2発の空対艦ミサイルを抱いたままだ。
「はい、その通りです」
「では、我々も行こうか?
機関出力いっぱい、
突撃」
CIBの手すりを掴みながら、佐竹中尉は命令を出す。
彼は戦闘前の作戦会議にて、こう言っていた。
「ミサイルの陰に隠れれば、敵艦隊に肉薄して砲雷同時戦を挑める」
実際、佐竹中尉の見立ては正しい。
無論、戦場では想定外の事態が頻発するとはいえ、竹島や隠岐の島には陸軍の地対艦誘導弾部隊が、小隊や中隊単位で展開している。
それだけでも、40発近い地対艦ミサイルが襲来する上に、築城から飛来するF-2や岩国に展開するP-1/P-3Cからも空対艦ミサイルによる攻撃を受ける。
F-2であれば4発、P-1/P-3Cであれば倍の8発を発射できる。
仮に20機ずつ存在したとしたら、240発の対艦ミサイルが襲うことになる。
それらを同時に展開する飽和攻撃戦術は、その戦術の本家であるところのソ連海軍ですら恐れたというから驚きだ。
しかも、数が半端ではないから、それの対応に忙殺される。
となると"ひなぎく"は、たとえレーダーに映っていても、差し迫った脅威ではないので、放置される可能性が高い。
だが、"ひなぎく"はその弾幕の中を、敵艦隊攻撃のために進むのだ。
そのことへの恐怖感やストレスは計り知れない。
何かしらの事故が起こる確率は跳ねあがる。
「雨か夜だったらなお良かったんだけどなあ」
戦闘部署配置に移行した"ひなぎく"艦橋にて佐竹中尉はポツリと漏らした。
レーダー含む電子機器の発達によって、天候や夜間といった環境の阻害を受けなくなったのが、第二次大戦後の戦闘である。
しかし、その機械を扱うのは人間であり、そして人間だからこそ、操作ミスや見落とし等の後々に考えられないと評価されるようなミスを起こす。
特に、今でも悪天候や夜間であれば、その傾向は強い。
その結果が、自機や自艦の喪失である。
「本日の予報ですが、明日未明までは風は強いようですが、晴れが続くようです。
これ以上は期待できないんじゃないですかね」
高山軍曹が気を利かせて、天気予報を読み上げる。
「敵戦力の詳細を。
特に周辺の予備部隊などの情報は?」
「情報収集を行っている情報本部もしくは通信を傍受した海軍佐世保基地隊通信隊または舞鶴基地隊通信隊によると、この周辺の敵艦隊は1隊のみ。
残りは本国海域防衛に残っているようです。
潜水艦の雷撃後は、交信が増加しており、虎の子のイージス艦を失ったことで、作戦を継続するのか中止するのかを、上級司令部と協議しているものと思われます。
また電探によると、かなり陣形の間隔は狭まっているようです」
「間隔はどのくらいまで狭まっているんだ?
できるだけ詳しく教えてくれ」
「先ほど、溺者救助を完了して陣形を組み直しました。
各艦の間隔はおよそ11000メートル、対潜警戒を重視しているものと思われます」
「なるほどなあ。
こんな詩があったなあ。
確か、
三千の馬に倍する力が
ただひとつの指揮にしたがい
荒ぶる部隊を束ねるは信義の誓約
誓約を保証するは憎悪の念
運命の稲妻が闇に放たれ
機雷が大海原を切り裂く
白き航跡を熱くたぎらせ、めくるめく速力で疾駆するもの―
それは
なかなか今の状況に似てるなあ」
「何の詩ですか?
外国の詩みたいですけど」
「高校時代に読んでた小説に出てたんだけどね。
キップリングの"駆逐艦隊"っていう詩らしいんだけどね。
調べても出てこないから、詳しくは知らないんだよ」
「そうなんですか?」
「んでね。
今の状況だけれども、電探や音探で探ってた限りだと、うちの潜水艦は鍵の空いてる玄関から入ったみたいだな。
泥棒に入られるとは考えていないその無防備な入口から。
それで今は、玄関の方に人が集まってるわけだが、そこに陸空軍がミサイルをバラ撒いたことで、その集まった人たちに銃を乱射したような形になった訳で、鳩が豆鉄砲食らったような騒ぎになる訳だ。」
「まあ、言っていることはよく分かりません。
ですが、言いたいことは理解しました。
まあ、敵艦隊はいま上に下にの大騒ぎでしょうから。
うまくすれば、斬り込んでも無傷で帰れるんじゃないですかね」
敵艦隊への針路をとった"ひなぎく"は、欺瞞行動をとりつつ、韓国艦隊に接近しつつあった。
「艦橋より艦内各部へ。
あと1時間ほどで、敵艦隊と接触する。
艦内各部の要員にあっては、最終チェックを済ませ、ダメコンの準備に当たれ…」
佐竹中尉の訓示を受けた艦内では、防火服や酸素ボンベ、手近の隔壁などを確認し、すぐ使えるように用意しておくなどしていた。
「…以上、海防艦"ひなぎく"先任将校、佐竹紀一」
改めて、艦内に呼びかける。
こうして、部下を気にかける姿はまさしくオカンだ。
着任して、十数日でそこまでいくとは、ある意味末恐ろしい。
「接敵時間を修正、
「敵艦隊の右舷前方に出る。
「
よおそろー」
艦橋内にいる操舵員が佐竹中尉の命令に応答する。
艦が軽く右に傾く。
艦橋の窓ガラスの向こうには、F-2から発射された対艦ミサイルの忘れ形見である白煙が見えた。
すぐに、吹き荒ぶ風に掻き消されそうなそれは、真っ直ぐに韓国艦隊に向かっていた。
それは、1発1発が那須与一の放つ矢のごとく、正確に韓国艦隊を狙っていた。
「舵戻す」
「舵戻す。
よおそろー」
敵のレーダーに捉えられた"ひなぎく"の航路を欺瞞するために、大きく弧を描くように針路をとった。
第二次攻撃を確認すれば、一直線に進撃する。
「改めて周辺の艦隊の集結状況が知りたい。
教えてくれ」
「連合艦隊司令部の命令を受けて、第一艦隊は太平洋を南下中で、対馬防衛に当たるはずだった第二艦隊には先ほど移動命令が発令されてこちらに向かっているようです。
また、第三艦隊、第五艦隊は、それぞれここから300㎞そして550㎞の地点にあって、目下日本海を南下中です。
第四艦隊は関門海峡にあって、竹島に向かって進行しており、以上の部隊が20ktの高速巡航で移動しています。
また、潜水艦救難母艦"ちとせ"を旗艦とする特設役務船艇群が呉で編制されました。
それは潜水艦救難母艦、工作艦が1、補給艦、給糧艦、給弾艦が2、曳航にあたる航洋タグボート10で編制され、竹島防衛の支援にあたるようです。
それらは呉鎮守府艦隊に護衛されて第四艦隊の後を追うように、竹島に急行中です。
第一陸戦大隊と第4水陸機動旅団を載せた輸送艦隊が、対馬海峡を同じように急行中で途中で特設役務船艇群と合予定で、松江からは松江警備府艦隊の護衛のもと、揚陸艦"あさひ"が第二陸戦大隊を連れてきます。
第六艦隊は、各待機点にて海域封鎖に参加する予定です。
基地航空艦隊は、日本海、東シナ海における対潜哨戒を継続して実施中です。
佐世保鎮守府艦隊は、対馬防衛を第二艦隊より委任され、戦闘状態に入っています。
横須賀鎮守府艦隊、舞鶴鎮守府艦隊、大湊鎮守府艦隊はそれぞれ第四艦隊、第三艦隊、第五艦隊の担当区域防衛にあたる予定です。
以上です」
連合艦隊の各艦隊と沿岸警備部隊の大規模部隊である各鎮守府艦隊は互いがペアを組むように配置されている。
が、これはただの偶然である。
なぜなら大規模な海軍施設であるところの鎮守府に戦力を集中させているからで、しかし、平時であっても鎮守府に居留守の艦艇は少ない。
例えば、平時には連合艦隊隷下の艦艇であっても、時折沿岸警備部隊の指揮下にあって、犯罪対処・海上治安維持任務に当たっているからだ。
また逆に戦時には沿岸警備部隊艦艇は、連合艦隊からの要請に従い、各地での防衛作戦行動に従事する。
日本海軍の位置付けでは、連合艦隊と沿岸警備部隊は自転車の両輪であり、前後揃わなければ動かないのである。
「それで陸空軍の展開は?」
佐竹中尉は海軍艦隊の配置を頭の中に描きながら、次に陸空軍の状況を確認した。
「日本海沿岸に旅団管区を持つすべての部隊が沿岸防衛のために出動命令が出ています。
また、習志野の第6空挺旅団が輸送機に座乗して、百里基地に待機しているようです。
相馬原の第10空中機動旅団はヘリに分乗して、空軍の美保基地に移動している最中です。
残りの部隊にも待機命令が出ており、いつでも出動できる態勢にあるようです」
「そりゃあまだ展開は完了しませんよ。
それにしても、あのキルゴア中佐に取り憑かれた
ああ、まあ、あれでもヘリ機動だけなら、陸軍一ですし、表向きは精鋭部隊ですから大丈夫なんでしょう」
怪訝な表情を浮かべながら佐竹中尉は聞き返すが、思い直して納得する。
佐竹中尉の頭の中に、国防大学校時代に体験した苦い思い出が蘇る。
陸軍部隊の見学に行った佐竹中尉の見学先は、精鋭として名高い第10空中機動旅団であった。
旅団司令部のある群馬は相馬原の演習場でUH-60Jブラックホークに乗せられ、大音量でワルキューレの騎行を流しながら、空中宙返りなどの変態機動を体験させられた。
それ以来、佐竹中尉にとってワーグナーのワルキューレの騎行はトラウマなのだ。
胃から胃酸が逆流して文字通り苦い思いをし、さらにそのグループの中には昼食を戻す者もいたぐらいだ。
胃酸が逆流して程度で済んで幸せだったとも思うが、それとこれとは話が別である。
話がそれたが、今は朝の10時頃、戦闘が開始されたのが1時間前だから、陸軍部隊が移動を開始したのは同じく1時間前だろう。
臨時展開する場所である小学校などのグラウンドや公園などの広い平地は、地方自治体が管理しており、軍の権限が及ばない。
だからこそ、弾道ミサイルの迎撃のための事前展開以外はできないのだ。
平時にそこら辺の権限が弱いのが軍隊である。
無論、戦時になれば権限は強化されるので、バランス的にはトントンである。
「高山軍曹、万が一ヘリの音と同時にワーグナーのワルキューレの騎行が聞こえたら、全力で迎撃しろ」
「それは味方への攻撃では?」
「味方への攻撃?
あれは味方じゃないからな、攻撃しても問題ない」
佐竹中尉の言葉は、明かな友軍攻撃命令であった。
高山軍曹は聞き直すが佐竹中尉は命令を変更しない。
「それに一歩でも迎撃が遅れると、
まあ、それは置いといて、で空軍は?」
佐竹中尉はなにか妄想に近いことを口走ったあと、冷静に聞く。
「空軍は新田原基地の232戦闘飛行隊と飛行教導隊が築城基地に移動。
作戦配備に就き、九州、中国地域における防空任務に従事しています。
既に北九州には攻撃があったようです。
また、131戦闘飛行隊が美保から敵艦隊への攻撃に従事しています。
輸送飛行群は、第6空挺旅団のために百里基地にて待機しているようで、支援飛行群は、ほとんどの機体を美保基地や小松に展開させたようです」
「他の任務に
転用できないのは痛いよな。
海軍でもたまにリースさせてもらうらしいんだが、あれの能力はすごいって聞いたことがあるよ」
空軍では、第三次C-X計画において、国内開発か既存機を購入するかで揉めた経緯があり、C-17Aをライセンス生産することが決定したときには、空軍内で血の雨が降る大論争が勃発した。
なんとかそれは、陸海軍が間に入ることで、沈静化した。
ただし、導入に関してのネックだった速度関係は、開発元のボーイング社の許可を得てエンジンを換装するなどして、改善を行った。
その改善型の性能はA型仕様を上回り、日本の採用を後押ししたアメリカ空軍がC-17Bとして採用したほどで、無論、アメリカ空軍の保有するA型仕様機は、すべてB型仕様機への改造が行われた。
また1機で装備込みの人員、数百名を輸送できるその大輸送力は日本各地で必要とされていた。
その話をしている間にも、ミサイルは韓国艦隊に襲来した。
「対艦ミサイルの着弾を確認。
3発の命中を確認、うち2発が独島に、1発が広開土大王級の1隻に命中しました」
「旧世代型だと最新装備を保有する艦艇群に命中を期待するのは間違いということか。
第一撃目の敵防空網が健在な場合、攻撃の効果は低いねえ。
しかも、クソッやっぱりだ。
空軍はケチって、初期型のASM-2を撃ちやがったな。
んなもん、数撃っても当たらねえよ」
F-2の放った対艦ミサイルはほとんどが外周部の
自分達に被害がなかったとはいえ、自分達だけでも40発近い対艦ミサイルを撃ち込んで、小破以上の損傷を受けた艦が2隻だけというのは、陸海空軍の切り札である対艦ミサイルが通用しないというのと同義である。
「現用のASM-2Bもしくは最新のASM-3は今、三沢の弾薬庫に優先的に配備されていて、築城の弾薬庫には在庫がないんじゃないですか?」
オペレーターである高山軍曹の冷静な意見ではあったが、すぐに否定される。
「今のところ、新型ミサイルが実用試験中で最前線に配備できない陸軍ならともかく、新型のミサイルを北か西か、どちらに配備するかは常識で考えられるはずだ。
それに冷戦の崩壊後、経済破綻したソ連もといロシアと軍拡を進める中国か韓国どちらが脅威かぐらいはな」
現在の日本政府とロシア政府は、友好的関係にあった。
なぜなら、北方領土のロシア領有を容認する代わりに、北方領土付近、さらにはオホーツク海での年間漁獲量の3割から4割に相当する量の漁業の操業をロシア側が容認する協定を結んだためで、この二つの海域は、漁業監視のため日露両国の沿岸警備当局の艦船が入り混じる形となっている。
その上、冷戦後に経済的な理由から極東ロシア軍は戦力を削減している。
陸軍部隊は減り続け、海軍艦隊は錆びだらけの旧式艦ばかり、空軍部隊は稼働率が下がり続ける一方だ。
だから、今では国境防衛で精一杯で、日本領土への直接侵攻を計画する余力はない。
企図しているのは、中国か韓国だけである。
そのどちらにも対応できる位置にある築城基地のF-2用にASM-3やASM-2Bが用意されていないわけがないはずなのだ。
「ということは武器担当士官が……」
「そう、武器担当士官がケチったんだよ。
あとで文句つけてやる」
言いかけて、それが友軍批判に繋がると感じた高山軍曹が口を噤むが、佐竹中尉が言い足した。
「明確な友軍批判は軍法会議ですよ」
高山軍曹は言うが、その目には別の真剣さがあった。
友軍批判以前の問題として、勝利のために全力を尽くすのが、軍人としての常識である。
それが守られないと、戦意不足で更迭される。
「よし、いっちょ嵌めてやろうか。
人事記録にアクセスして、築城の責任者が誰か調べてくれ」
佐竹中尉の言われたことを、なにか思うところがあった高山軍曹は忠実に実行した。
「築城弾薬庫武器担当士官は安田明大尉、一般幹候にて入隊。
勤務態度は問題ありで、過去に2度の懲戒処分を受けています。
それでも、まだ
国防省にも国家公務員試験1級を通過して就職した幹部事務職員はそれなりにいる。
その他の省庁であれば、デカイ顔して威張れたのだろうが、軍人優位の国防省内では、能力がものを言う。
だからこそ、国家公務員試験2級を合格して入省した優秀な一般事務職員は国防省では軍と仲が良い。
それに、キャリアとして幹部職員となっても、無能であればスキャンダルをでっち上げられて闇の中に葬られる。
それでも彼らは、軍人優位の国防省内で勢力拡大を画策しているという。
「典型的な官僚タイプか。
上に弱く下に強い。
なら手はある」
悪戯を思い付いたように、佐竹中尉はニヤつく。
「海軍の上層部に陳情書を送ってやろうか。
軍の上層部は仲良いしなあ。
すぐにでも動くだろうよ」
職業軍人である軍上層部は、
だからこそ、何かしらの事態が発生すると、長い長い暗闘が始まるのだ。
軍上層部は、軍の情報部門や非公然作戦部隊、憲兵隊を投入して、幹部職員たちは同期職員のいる警察庁公安警察部の協力を受けて、水面下で互いを追い詰めあい、潰しあう。
ある年には、互いに数十人単位で逮捕者が出たぐらいだ。
組織を維持するには、清廉潔白なだけでは勤まらないとはいえ、これは異常な事態である。
それで、国防大臣が場を納めるのだが、納まる場合と、納まらない場合がある。
これは国防大臣の力量の問題である。
「じいさんたちには、まだまだ踏ん張ってもらわなくてはならんよな」
「雲の上の人すぎて、何て言ったら良いのか。
というか、海軍のトップをそんな風に言っていいんですか?」
「そこは、そうですね的なことを言っとけば良いんだよ。
それなら、小さい頃によく遊んでもらったし、その頃にこんごう型のCICにも連れていってもらったし」
こんごう型駆逐艦とはアーレイバーク級イージス駆逐艦の日本仕様であり、呉海軍工廠や三菱重工業長崎造船所でライセンス生産されたものである。
日本のイージス艦建艦史の嚆矢となったスタンダードモデルである。
1996年1月1日にアーレイバークの艦名になったアーレイバーク米海軍退役大将がベセスダの海軍病院で没した。
バークが死去した際には哀悼の念を表するため、就役済の全アーレイバーク級駆逐艦が1分間、31ノットで航行した。
これには、日本のこんごう型もアーレイバーク級フライトⅠAのうちの4隻として参加した。
そして就役後の10年間は一切の情報公開が行われなかったほど、機密度の高い艦艇である。
そんな艦に、しかもその10年のうちに子供が出入りしていたなんてことがあれば、ただの不祥事である。
「そうですか」
高山軍曹の声は平坦であった。
驚きの連続すぎて、却って冷静になったようだ。
「俺、陸軍のレンジャー徽章取るんだ」
「そうですか。
って、えーと、あのレンジャーですか?」
「思ってるそのレンジャーで間違いないと思うよ。
予定でだけど
きつくない冗談のお陰で高山軍曹は復活した。
「頑張ってくださいね」
「おうよ」
竹島沖合を"ひなぎく"は敵艦隊との接触に向けて、針路をとった。
その先に待つのは、地獄かはたまたそれ以上の恐怖が待つのか、どちらに転がったとしても平坦な道のりではないだろう。
今回はまさかの三話分。
量的に末恐ろしいです。