竹島から遠く離れた関東地方の3ヵ所に、"ひなぎく"の報告は松江警備府を経由して届いていた。
その3ヵ所とは、東京は市ヶ谷の国防省庁舎内に所在する海軍軍令部と
「松江より報告。
敵艦隊を殲滅し、我が軍に損害はなし。
なお、敵艦を1隻拿捕した模様」
通信用紙を覗き込んでいた軍令部員の報告に、
「そうか勝ったか。
沿警隊に、竹島方面に発令されていた避難指示を解除、危険注意喚起を改めて発令させよ」
海軍軍令部総長である田中大将は戦闘が勃発したため、東シナ海の一部、対馬海峡、日本海に発令していた避難指示を、戦闘終了と共に解除するよう指示を出した。
「勝てたのはいいが……そう簡単に諦めるとは思えん」
というのは、この4人の一致した見解であり、意見でもある。
「取り敢えず、海軍の現場指揮官たち全員が松江に戻り次第、市ヶ谷の国防省に出頭するように伝えよ」
「了解」
海軍軍令部総長の指示を聞いた軍令部員は退出する。
「大使以外の外務省の横やりは邪魔だ。
ワシントンの駐在武官の尻を叩いて、先に韓国と接触せねばなるまい」
日本皇国海軍の戦略を担う海軍軍令部総長は頭のなかで、次の展開を練り始めた。
「全くですな。
自ら血を流すことなく、かといって我々の流した血を無駄にばかりする。
やつらを無視しても文句は出ますまい」
海軍軍令部総長の発言に、同調する意見空軍作戦部長が言ったのへ陸軍参謀総長が繋げる。
「ではワシントンの駐在武官に指示を出しましょう。
今なら、能天気な書記官連中は寝ている頃合いかと」
さっき退出した軍令部員に代わって、中央機動憲兵隊員が入室してくる。
彼らは、日本皇国軍将兵や在日米兵の犯罪を調査する
無論、日本皇国は民主的な憲法に基づく立憲君主国家であり、各人の政治的な主張は自由に認められているが、あくまでも犯罪にならない範囲でである。
例えば、戦前から変わらず暴力による革命を主張する非合法政党の日本共産党は監視対象として、リストのトップにいる。
何時の時代も、公安警察や憲兵隊は日本共産党への監視摘発の手を緩めることはなかった。
よって、政府の反対政党としての役割は、社会民主党が担っていた。
「今後の我々の仕事は、前線の将兵の苦労に報いることだ。
外務省の害畜共を黙らせろ」
その3人の発言を受けて、統合参謀本部長が指示を出した。
「至急、報告があります」
「話せ」
そんな4人に近づいた憲兵は、4人の許可を得て口を開いた。
「本部長と隊長からの伝言です。
各地にて、左翼が煽動していると思われる反軍、反戦、反政府、親韓国のデモが発生しており、うち一部は暴動と化しているようです。
その背後には、
割愛された内容を、憲兵が伝えると、統合参謀本部長は指示を出した。
「国内の騒乱に関しては、憲兵隊と警察を投入して食い止めろ。
銃器は使うな。
総員、かかれ」
中央機動憲兵隊隊員が退出すると、田中大将が口を開いた。
「背後関係は明らかですな」
「確かに。
このタイミングといい、主張といい、紛争に大敗した韓国以外に考えられませんよ」
「
情報本部長に確認せねばな」
ちなみに、韓国国家情報院の英略は"NIS"、略さず言うと、"National Intelligence Service"である。
しかしなぜ、"KCIA"と呼ぶのかと言うと、日本で起こった金大中拉致未遂事件で、日本の軍人のなかに、韓国の情報機関と言えば、"KCIA"という意識が刷り込まれたのだ。
そしてその一連の会話を聞いていた軍令部員は近くの参謀本部員に言った。
「昔は銃後の守りには国民が協力してくれていたのに、今ではそれすらも軍単体でやらねばならない。
しんどい時代だよ」
軍令部員の言葉に参謀本部員は同意を返した。
「全くだ」
そして時を同じくして、霞が関にある沿岸警備部隊
「松江より報告。
敵艦隊を殲滅し、我が軍に損害はなし。
なお、敵艦を1隻拿捕した模様」
諸外国の海軍軍人、沿岸警備隊関係者が来日した際、必ずと言っていいほど面会するのが、今の沿岸警備部隊隊長である及川仁一海軍大将である。
片手で杖をつき、左目に刀傷を負い、それを隠すように眼帯を着けている姿は、どこぞのヤクザである。
「所属は大阪警備府やったね?」
詳細を言わずとも沿岸警備部隊司令部警備救難参謀は理解している。
「はい。
第五管区の大阪警備府艦隊麾下の"ひなぎく"であります」
及川大将の問いに、警備救難参謀が答える。
このヤクザ顔に、泣かされる初任幹部は多いが、日常を共に過ごしている参謀たちには慣れたものである。
「田中の甥っ子かいな。
どうせ、彼奴が呼んどるわ。
ついでに、こっちにも顔を出すように言っといてくれや」
霞が関のドンとして名高い及川大将は、15年前の尖閣沖騒乱事件の際、駆逐艦艦長の職にあって、中国軍の偽装漁船と大立ち回りを演じ、魚釣島に上陸した中国海軍兵士数人を一掃して追撃していたところを、数十人に囲まれ、こんななりになったのだ。
彼曰く、調子に乗り過ぎたという。
今度あんなことになったら、機関銃を持ち出すつもりらしい、と言うのが周囲の評判だ。
「そういうと思って、その旨連絡してあります」
「仕事早いのう。
エエこっちゃ。
じゃあ、避難指示も解除しとけ。
どうせ覚爺からも、指示は来るけぇなあ」
そう言いながら、及川大将はソファの上でのびをする。
この
「これで、家に帰ってゆっくりできるのう。
非常当直は解除、各員は家で嫁さんとゆっくりしいや」
そう言って、及川大将は自分でコーヒーを注いだ。
そのコーヒーを飲みながら、事後処理に移る。
「市ヶ谷の軍令部より、避難指示を解除するよう指示が届いております」
「やり終わったわい。
他は?」
「特にはありません」
「そうか。
それじゃあ、大阪警備府艦隊"ひなぎく"に部隊褒賞、艦長と先任、機関長に海軍勲功章、その他の乗員に部隊勲功章の授与を行うように、私から強く推薦しておいてくれ」
「了解。
人事に連絡しておきます」
部下の1人は、卓上の電話を取り上げ、海軍部の人事課にかけ、2~3言話すと、電話を置く。
「戦時の
なんで、今回はおらんかったんや?
沿警隊は対潜は強いけど、艦隊戦はまるっきりやて、わかっとるはずや」
そう呟いて、及川大将はコーヒーを飲み干した。
横須賀市船越にある
「横須賀警備隊いや全基地の警備隊に緊急命令だ。
今後数時間以内の、暴徒いや破壊工作員の侵入を警戒せよ」
特殊警備班を擁する鎮守府警備隊の他にも、各地の陸軍歩兵科部隊と共同訓練で練度を高めているのが、海軍基地警備隊である。
「戦争か終わったあとに、各地で騒乱とはねえ。
それに戦時のGF、平時の沿警という区分けが、またしても役に立たないなあ。
短期戦になると、沿警隊だけで方がつくから、
ならば、
2つの部隊が日本の海を守る理由を、理解していない国会議員が何かある度に主張してしまうのだ。
特に沿岸警備部隊の各部隊は、基盤的防衛力整備戦略に基づき配置されている。
また、装備品の多くは、拠点港から近い距離で運用されることを主眼において、開発されている。
何かしらの事態が発生した際の、初動対応を行うのが、沿岸警備部隊なのだ。
そして、それ以降を対処するのが、最寄りの鎮守府から駆けつけてきた
沿岸警備部隊と言うのは、所詮、
被派遣国の要請を受けて派遣される日本皇国海軍軍事顧問団の存在は、その国が海軍を最重要に据えているというサインにすらなっている。
「結局のところ、面白い人材を見つけることしかできないのよな」
沿岸警備部隊の使える人材を無理矢理、
それが分かっているから、米内光隆大将は人材を見つけても、にやつくだけである。
「この"ひなぎく"の先任の子、面白いねえ。
唾つけとこうかなあ」
支給品のノートパソコンで、人事記録を眺めていたものの、すぐに止める。
嫌な予感がしたからだ。
何か霊的なものが、周りを飛んでいるような、嫌な予感が。
(まさか、近衛海軍予備役大将が……
どちらにしても止めておこう。
寒気がする)
それから少し時間がたって、ワシントン.D.Cのアメリカ国務省の会議室に3ヵ国の代表がいた。
紛争当事国である日本皇国の駐米大使と駐在武官、大韓民国の駐米大使と駐在武官、そして講話に向けた仲介者のアメリカ合衆国国務長官である。
「我が国が、この場所を両国の講和会議の会場として貸与しているのは、両国間の緊張状態を非常に憂慮しているからであり、また両国間の緊張状態が他のアジア地域に波及することを、我が国は望みません。
また、両国間の対立の激化を、基本的に我々は容認できません」
仲介者を務める米国の国務長官は、努めて冷静に告げる。
国務長官は元外交官であり、駐日米国大使を務めたあとに退職している。
韓国のことも知っているが、それ以上に日本に、詳しく親しみを持っていた。
彼の心は大きく荒れており、韓国側に怒鳴り散らしたい気持ちはあったが、米国の国益を守るというその一心であった。
韓国側に散々警告を与えて、軽率な行動を慎むように、
それが、最終的に東アジアの安定、ひいては米国の国益に叶うからだ。
もし、ここで米国が韓国の行動を容認すれば、南シナ海の南沙諸島などを中国に占拠されているベトナムやフィリピンが無謀な軍事行動をとりかねない。
それは米国国務省や米国国防総省が望むシナリオではない。
そんな米国の思惑を知ってか知らずか、やってしまった韓国側からは、とんでもない言葉が、いや要求が飛び出した。
「今回の紛争に関し、我が国に非はない。
よって、貴国に独島の返還と、拿捕した艦船、捕虜全員の返還、今回の不法的行為によって生じた損害の賠償、さらには懲罰的金額の賠償金を要求します」
誇らしげに自国の要求を語る韓国外交官の向かいに座る日本の外交官を見る。
顔は赤面し、青筋が浮かんでいる。
韓国側の対応は、国際常識を激しく逸脱しているのだった。
韓国が竹島で敗北したのは、日本皇国海軍が発表した事実の通りであり、敗戦国は韓国の方であるはずだからだ。
そして、中立であるはずの米国から見ても、明らかなほど状況は悪化しつつあった。
日本皇国は朝鮮半島に利権を持っていない。
当たり前の話で、国交もないのに交流が大規模になるはずがない。
だから、対韓宣戦布告や武力による経済封鎖を行っても、日本皇国政府や経済に痛みがあるはずがない。
実行を躊躇う理由がないのだ。
また、この交渉にあっても、日本はその海軍力や空軍力のあるかぎり、韓国側の優位になることはないのだ。
米国国防総省から依頼されたシンクタンクが国防長官に提出したレポートによると、日韓の全面戦争が発生した場合、海軍は数時間とかからずに全滅し、数日で陸空軍が日本方面に配置した部隊は壊滅するとの予測が述べられていた。
それは、
韓国軍はいたずらに兵力を損耗するだけで、何も得るものがない。
そうなると亡国の危機だ。
そういう危機感という点において、外交官と軍人は違う。
軍人は冷静に戦力差を見つめることができるが、1人の文官にすぎない外交官はそれが理解できない。
「そんな条件、我が国が呑めるわきゃねえだろ。
お前らは戦争でもしたいのか?
人のこと、舐めくさすのもええ加減にせえや」
数刻の後、顔を赤面させて怒鳴ったのは、駐在武官である日本皇国陸軍の大佐であった。
彼は元部下を今回の紛争で亡くしている。
仲間を奪ったのに、それを謝罪しないどころか、人を舐めた態度をとる。
正直いって、この態度には仲介者であるはずの国務長官ですらも、腹を据えかねていた。
「やっぱりですわ。
こんなことにはしたくなかったんやけども、大使、よろしいか?」
「よろしいよ。
ここは引いてもダメなら、押してみよってとこですな」
えびす顔の大使は、大佐の問いかけに答えた。
「貴国の度重なる失礼な態度、我が国はこれ以上、我慢はできそうにありません。
我が国は、貴国に宣戦布告いたします」
大使は言い切った。
「日本皇国軍は、今後数時間以内に韓国に対する懲罰的軍事行動に出るでしょう。
以上、終わり。
加藤大佐、帰ろう」
早口に捲し立てた大使が、席を立つ。
頷いた加藤大佐は、席を立ち後に続く。
後に残されたのは、心のなかでニンマリしている国務長官と、唖然としている韓国側の人間だけだった。