VOYAGE.27
早朝のJR広島駅、そこに"ひなぎく"乗員たちの姿はあった。
竹島の海戦から、早くも2週間が過ぎ去り、この頃には各地で頻発した暴動も終息し、国民の生活は平穏そのものに戻りつつあった。
しかしまだ、停戦協定が結ばれたばかりであるということもあり、日本皇国軍の警戒態勢はほとんど解除されていない。
そして竹島で勝利の凱歌をあげた"ひなぎく"は、松江警備府に寄港して、簡単な休息と修理を行い、呉の海軍工廠に再入渠したあと、海軍軍令部総長から発せられた出頭命令に従って、東京に向かっているのだ。
「出頭命令か……面倒だな」
二階堂少佐は呟いたあとに、思い直したように聞く。
「先任は東京育ちだったな?」
「はい。
山口は下関の生まれではありますが、物心つく前に母が離婚したので、それを機に、市ヶ谷に引っ越しました」
「そうか……」
空気がどんよりとする。
しかし、行きも帰りも新幹線のグリーン車という特別待遇に、乗員たちも自分も心が躍っていたのも、また事実だ。
「新幹線で東京駅に到着した後、海軍がチャーターしたバスに乗り込むらしいですね。
およそ4時間の鉄道の旅です。
ゆっくり行きましょう」
駅の構内には、広島県警察鉄道警察隊の警察官が、巡邏を行っていた。
如何せん、国鉄時代から日本の公権の象徴と見做され、暴動で設備が破壊されることも多かったからだ。
「国防省海軍部からの通達だが、今回の新幹線は貸し切りではない。
周囲のお客さんの迷惑にならないように、注意するように。
以上だ」
佐竹中尉が、国防省から届いた通達文の内容を、読み上げた。
全員がうなずくのを見てから、3階の新幹線ホームに上がる。
『8時57分発、東京行き"のぞみ10号"は、14番線ホームに参ります。
2列に並んで、お待ちください』
ちょうど、14番線ホームに白く長いノーズが特徴で、カモノハシとも表されるN700系が滑り込んでくる。
時刻は、8時55分、しかも後10秒で56分になろうか、という具合である。
きっかり定時での運航だ。
「乗車用意だ」
艦長の指示と共に、乗員たちは2列縦隊になると待機列に並ぶ。
ドアが開くと、列を保って、秩序をもって、乗車する。
「全員の乗車を確認しました」
最後列にいた佐竹中尉が、二階堂少佐に報告する頃には、時計の針が8時57分をまわって、ホームドアと新幹線の扉が閉まっていく。
『14番線ホームの新幹線は、のぞみ10号、東京行きです。
まもなく発車します。
柵に手を触れないようご協力願います』
大音量の発車ベルが鳴り響くなかを、N700系はJR広島駅を発った。
8時57分に広島駅を出発した"のぞみ10号"は、一路東京駅を目指している。
途中、"のぞみ10号"は岡山駅の23番ホームに9時32分に到着し、1分間の停車の後、9時33分に発車し、その次の新神戸駅には10時4分に着し、そして10時5分発、広島駅から大阪警備府最寄りの新大阪駅に10時18分に到着した。
「二階堂少佐、佐竹中尉、現地で活躍だったようだな?」
「九十九少将!?
25番ホームに停車していた"のぞみ10号"には、大阪警備府司令官である九十九莞爾少将が乗り込んできていた。
『25番線ホームの新幹線は、"のぞみ10号"東京行きです。
まもなく発車します。
柵に手を触れないようご協力願います』
駅のアナウンスが響くなかを、車窓のホームが小さくなる。
新大阪駅を10時20分に出発した"のぞみ10号"は、京都駅に10時34分に到着した。
それまでに聞いた九十九少将の話を要約すると、九十九少将も市ヶ谷に呼び出されたらしい。
2分間の停車の後、京都駅から名古屋駅の手前、まで来たところで、佐竹中尉に電話がかかってくる。
佐竹中尉が席をたって、ラウンジで電話を受ける。
海軍公用の携帯なので、すべての端末が盗聴防止仕様であり、情報秘匿の観点から常時使用を監視されるうえに、通話やメールの内容に関しても、市ヶ谷にある情報本部や人事監察本部及び通称:マルグンと呼ばれる警察庁公安警察部担当者に傍受されている。
「もしもし」
『………佐竹紀一海軍中尉だな?』
ボイスチェンジャーで変えられた男の声で、低くなんというか籠ったような声だ。
そして、間髪入れずに、
『……私は天皇を暗殺する。
阻止できるのは、君だけだ』
と述べ、電話を切った。
この会話は、
電話が切れて、まもなく"のぞみ10号"は名古屋駅に到着した。
11時11分に到着し"のぞみ"は、1分間の停車の後、15番ホームを11時12分の定刻通りに出発した。
しかし、通信を傍受していた警察庁は、愛知県警警備部公安第一課の公安警察官を乗り込ませた。
電話を受けた佐竹中尉の事情聴取のためだ。
事態は急転していくなかを、"のぞみ10号"は新横浜に停車、そこを出発し、品川駅に到着する。
品川駅から東京駅までは、 6~7分ほどで定刻通りの12時53分、"のぞみ10号"は東京駅18番ホームに到着した。
佐竹中尉が電話を受けてから1時間の間に、首相官邸には対策本部がたてられていた。
また、テロ対策を担当する内閣情報調査室、警察庁、国防省、公安調査庁、また、皇室関連事案を担当する宮内庁と言った政府機関と連絡用の回線が繋がった。
特に御上の身辺の警衛を担う皇宮警察本部と御所足る皇居の警備を担当する陸軍の近衛第1歩兵連隊を管轄する警察庁と国防省は、その感じている危機感も他の官庁よりも一入だ。
「この予告が政府や天皇家宛ではなく……海軍の1軍人に告げられたのか、その意味が重要だろうな」
「逆探知と電話番号の割り出しには成功しましたが、犯人の発見に失敗しました。
また、使用されたのは、不正に転売されたと見られる携帯で、憲兵と現地の公安関係者を動員して、捜査中です」
警察庁の特別捜査本部長の呟きの後に、警察庁公安警察部からの報告が入る。
「
冷戦は終わり、日本皇国は国際紛争解決のための、必要以上の武力の行使は認めておらんというのに」
と情報本部長が呟く。
既に、日本政府はできるだけの人員を動員して、事件を捜査していた。
「皇宮警察、近衛第1歩兵連隊には、非常呼集が既に発令されており、蟻の這い出る隙間もありません。
また、那須と葉山、京都を守る2個の近衛歩兵連隊にも召集をかけました。
2日後には、皇居は要塞となるでしょう」
宮内庁の警備計画者は断言した。
「では、宮内庁と海軍に聞きたいのだが。
この佐竹海軍中尉は、陛下と面会する予定でもあったのか?」
特別捜査本部長の質問に、
「陛下の強い希望によって、面会が予定されていました」
宮内庁と海軍を代表して、御上の世話役である侍従長が答える。
「まさか、それは何人でも知り得る情報なのか?」
「いえ、そんなことはありません。
知っていたのは、私を含めて宮内庁と皇宮警察、陸海軍の一部だけです。
また、その全員は信頼できる人物です」
その解答から、導かれる答えは1つだ。
「と言うことはだ。
関係者に対して、何らかの脅迫行為等を使ったのかもしれん。
特別捜査本部長からの要請を受け、情報本部長は部下を見回して、部下が頷くのを見て、
「憲兵の他にも、保全隊を投入します。
公安部隊、テロ対策局もです。
それだけの人員があれば、すぐにでも取りかかれるかと思われます」
と頷きながら、発言した。
「憲兵と公安警察は全力で、犯人の追跡を継続します。
また、事態は発生したわけではない。
関係者全員に事態の秘匿を要請します」
「海防艦"ひなぎく"御一行様は、東京駅のバスターミナルに海軍のチャーターしたバスが到着しています。
一旦、海軍市ヶ谷地区にある国防省庁舎に向かい、明日からの
海軍ホテルには、
東京駅バスターミナルには、桜のマークの入ったバスが止まっていた。
桜のマークは、日本皇国軍の象徴でもある。
「日本皇国陸軍特殊輸送大隊所属、阿倍野軍曹であります。
本日は運転手を命ぜられております。
よろしくお願いします」
国防予算が削られ、平成29年に軍備再編を余儀なくされた際、多くの軍部隊が廃止されたが、直後の1年の間に、軍の象徴である桜に関連する企業が多く誕生している。
無論、その企業の大半が、軍と関係が深いことは言うまでもない。
例えば、このバス会社は"桜エキスプレス"という名前で、都市間輸送に従事しているが、社員全員が陸軍予備役である。
ゆえに、現役復帰後の原隊名を各会社で持つことも多く、軍関係者にはそれと階級を述べてしまうのだ。
また、おなじような会社に、桜警備保障だとか桜海運、桜陸運、桜空輸、さらには変わり種で言えば、ヘリコプターで都市を飛ぶ桜遊覧があり、すべてが陸海空軍の予備役兵員で構成された会社である。
だから、互いに仕事を融通し合える関係だ。
軍からの仕事もあるので、これらの会社の経営は順調だ。
「奥から順に座れよ。
階級順にな」
佐竹中尉が声をかけつつ、てきぱきと乗車していく。
「私から基本的な説明をしておく。
これから向かう海軍で言うところの市ヶ谷地区は、総面積は23万㎡、haに直すと、23haもの広大な敷地の南側に正門があり、その正面、儀仗広場のその先に地上7階地下6階の国防省本館があり、ここの地上部分に、陸軍部、海軍部、空軍部などの内局と呼ばれる部門や情報本部隷下の地理測量局、陸海空軍の基地施設の建設管理を担当する国防施設本部、軍人の素行を監視する国防監察本部と隷下の中央機動憲兵隊、そして軍法会議を開催する第1部、戦地や後方での補給を担当する補給兵站本部、兵器類の開発と調達を行う国防装備庁、軍に対する地元の理解協力のための広報活動を行う地方協力局、軍人教育と文化振興を担当する教育部の事務オフィスがあり、地下には
情報本部と
ほかに地上3階地下9階の北館には、蔵書数800万冊を誇る国防省立図書館があり、国防省所管ということもあって、軍事、国家安全保障、国際関係に関する書籍が多数揃っています。
また、国防省の広報施設、記念館などを管理しているのもここです。
その北館の3階には防衛研究所、日本皇国軍の公式非公式両方の戦史を編纂するのが仕事です。
南館と呼ばれる建物は、地上3階地下2階という小振りの建物ですが、陸海空軍の統合システム通信群、統合システム通信支援群が管理しており、地上220mの高さの通信用鉄塔が特徴ではありますが、通常、使用するのは朝霞や札幌、伊丹等にある陸軍の方面軍司令部か、海軍の連合艦隊、沿岸警備部隊の司令部、空軍の立川の航空総隊司令部との通信だけとなっています。
また、航空機との通信は、日本皇国空軍の立川通信所を介して行われています。
また、本館のとなりには、西館と呼ばれる病院棟があります。
これは、各部署の移駐によって、手狭になった三宿駐屯地から日本皇国軍中央病院を移設したもので、内科、呼吸器内科、消化器内科、循環器内科、神経内科、代謝内科、感染症内科、外科、呼吸器外科、心臓血管外科、脳神経外科、整形外科、形成外科、精神科、リウマチ科、小児科、皮膚科、泌尿器科、産婦人科、眼科、耳鼻いんこう科、リハビリテーション科、放射線科、麻酔科、歯科そして救急診療科が開設され、病床数は650床あり、そのうち一般病床が520床、精神病床が50床、生物兵器等対応病床が50床、感染症病床が10床、結核病床が20床という感じです。
生物兵器等対応病床、感染症病床、結核病床は地下2階のlevel4対応病棟におかれています。
以上が、市ヶ谷地区国防省の説明ですが、質問はありますか?」
佐竹中尉は合間に息継ぎをしつつ、この長い説明を終えた。
「ないですね。
続けます。
ちなみに統合参謀本部長の河野作造陸軍大将は、防大25期卒業の最古参の将校です。
また、陸軍参謀総長は前田利光陸軍大将。
武家の名門加賀前田家の現当主で、主に諜報・謀略畑を進んできたようです。
海軍トップの海軍軍令部総長は、田中覚治海軍大将。
近衛予備役海軍大将の弟であり、私の伯父に当たる人です。
空軍作戦部長は、武藤安名空軍大将。
優秀なイーグルパイロットだったらしいですよ。
しかも空軍の勇猛果敢、支離滅裂という気質を体現した人だとか。
小さい頃にお世話になって、お中元とお歳暮、年賀状は書かさず送るようにしてますね」
佐竹中尉の説明に、全員ポカンとしている。
今、挙げた人物たちは、平の日本皇国軍将兵が人生のなかで、1度会えばその軍歴に箔がつくとも言われている重鎮たちである。
そのうちの1人と親戚で、もう1人とは年賀状をやり取りする仲ということに驚きを隠せないのだ。
つまり、雲の上の人である。
そうして、全員が思っていた。
こいつは出世すると。
その予想は、当たらずも遠からずというところで、佐竹中尉は出世になど興味はなかった。
元々、佐竹中尉は軍人よりも図書館司書になりたかったのだ。
無類の本好きである佐竹中尉は、両親の言葉に従って国防大学校に入学したのだが、夢は諦められなかった。
国防大学校の勉強の合間に、図書館司書資格を通信口座で勉強して、資格を取得していたのだ。
そして、配置希望には国防省立図書館と書いたはずなのだが、なんの因果か海上勤務に配置になった。
「市ヶ谷に近づいたようです。
あと少しで到着です」
外の標識看板を見ていた佐竹中尉は、そうアナウンスした。
バスは順調に走行し、5分もしないうちに国防省の正門前に到着する。
「桜エキスプレスの阿倍野ですが。
通行許可をお願いします」
運転手が正門の警備隊員に、写真入りの身分証と通行許可申請書の控えと共に提示する。
元々からの知り合いなのか、身分証を一瞥しただけで返却する。
正門から少し入ったところに、駐車場があり、そこでバスを下りる。
「整列、4列縦隊」
バスから下車すると、警備隊員2名と海軍中佐の階級章をつけた人間とその副官らしき男がいた。
「全員、気をつけ。
敬礼」
目敏く気づいた佐竹中尉が、号令をかけて、敬礼させる。
答礼を返されるのを待ってから、号令をかけ直す。
「やめ」
全員が手を下ろす。
「海軍軍令部付きの宮原護中佐だ。
総長の指示により迎えに来た」
チタンと思われる細いフレームの眼鏡を押し上げた男は名乗った。
「同じく諏訪部譲一大尉です」
その後ろにいた男も名乗る。
「大阪警備府司令官、九十九莞爾少将だ。
出迎え感謝する」
「総長たちは、迎賓室でお待ちです」
国防省迎賓室というのは、一種の多目的室である。
部屋はかなりの広さを誇り、武骨な印象の強い国防省庁舎のなかで、唯一といってもいいほど、気品のある調度品で揃えられたそこは、記者会見場として使用されたり、国防省を訪れた国賓の休憩室、国防省日本皇国軍主催の安全保障セミナーの会場もしくは何かしらのパーティーの会場として使われている。
「今日は内輪だけでの非公式な祝勝会だ。
飲め、叫べ」
迎賓室の前の扉で、宮原中佐はそっと佐竹中尉に耳打ちした。
はっと振り返った佐竹中尉に、宮原中佐は部屋のなかを指さした。
背筋を伸ばし、ネクタイを締め直した佐竹中尉は室内に入った。
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