WarLines 日本皇国海軍士官奮闘録   作:佐藤五十六

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VOYAGE.1

2018年3月、神奈川県横須賀市走水にある国防大学校横須賀本校と呼ばれる施設に、その組織へと配属される人物がいた。

この国防大学校は、日本皇国陸海空軍における高級幹部養成のための国防省に設置された特別の機関であり、生徒数は5学年全て合わせておよそ4600人、その内訳は陸軍が2000人、海軍が1500人、空軍が1000人と各国からの留学生が100人ほどである。

また、1学年では40名前後の学生で、1個の分隊が編成され、陸海空軍の要員別に分かれた候補生たちで、合計22個分隊が存在している。

また、この学校の特徴として、各分隊が持ち回りで、学校の事務業務や大学校施設の警備などを実施していることがあげられる。

というのも、士官の1番の仕事は、事務仕事であることは有名な話であり、少尉という士官の1番下の階級であっても、4等水兵の数倍の仕事が待っているのだ。

そのため、学生のうちから、それに慣れさせることは必要なことだったのだ。

あとは人件費の削減と言う重要な問題の解決にも繋がっている。

そして、今日はその学校の最高学年である5回生の卒業式が執り行われていた。

5年間の長きにわたる教育期間を終えた学生たちが、その中でも一番、濃くて、辛くて、そして、思い出に残る1日となるであろう日である。

その卒業生の集団のなかに、佐竹紀一兵曹長がいた。

彼は日本皇国海軍出身の父母を持ち、俗に2世軍人と呼ばれている人物である。

第22分隊の先任曹長という中学や高校で言うところの学級委員のような立場に就いており、職務としては、分隊教官と学生間の相互連絡に当たるものと、国防大学校の内規に規定されている。

人柄よし、成績よし、頭脳よし、体力よしという文武両道という言葉の似合う男であった。

今日卒業する佐竹学生以下の900名は、国防大学校学生の制服を着て、講堂の指定された席に着席して待機していた。

今回卒業する佐竹学生たちも去年までにやってきたことだが、国防大学校の卒業式は1回生から4回生で編成された実行委員会を筆頭とする各役員による式の運営が行われ、毎年、天皇陛下のご臨席を賜るほどに、豪華な式が開かれている。

国防大学校制服を着た学生が、警備・儀仗、運営、会場誘導、調理などの諸役員に分かれ、卒業生を見送るために式を行うのだ。

去年までお世話になった先輩たちだ。

役員に当たる学生たちも、準備に気合いが入る。

全校生徒の3倍近い人数を収容できるほどの、大規模な地下講堂には、多数の来賓や卒業生の家族でごった返していた。

そうしている間に、開式の時間となったのを確認した司会がマイクを取り、話し始める。

「ただ今より、第68期国防大学校学生卒業式を開式します。

開式の辞、卒業式実行委員会委員長、島田学生」

大きな返事をして、壇上に上がったのは、4回生のなかでも最先任の立ち位置にある学生であった。

「ただ今より、国防大学校卒業式の開式を宣言します」

そう言うなり、島田学生は舞台脇に下りていった。

「本校学生による特別儀仗を行います」

司会の学生の言葉に、4回生の学生の指揮のもと、95式小銃と呼ばれる木製のボルトアクション式儀仗銃を携行した学生が、3個小隊入場する。

「右向け、止まれ。

立て銃」

控え銃と呼ばれる両手で銃を保持して、行進するための姿勢から、立て銃と呼ばれる身体の脇に銃を保持する姿勢に、指揮官の指示を持って移行する。

黒い詰め襟の上に、儀仗隊飾緒と呼ばれる金色のモール、銃剣を着けた白い弾帯を肩から提げた学生たちが、整然と行進して、指揮官の指示の通り、揺らぎのひとつもなく止まり、銃を動かす様には、部隊の士気の高さが現れていた。

「捧げ銃」

指揮官の号令に、銃を持った全員が銃身の被筒に 両手をかけて、持ち上げる。

その動きひとつとっても、澱みはなかった。

タイミングも申し分なく、臨時に召集された隊員も2週間の猛特訓の成果が現れており、舞台袖から様子を見ていた陸戦教官も頷きを見せるほどであった。

「立て銃」

タイミングを見計らった指揮官が、腰に提げた剣を抜く。

指揮官の号令を待たずに、半分の学生が回れ右をし、事前の訓練の通り、銃を振り回した。

控え銃から様々な構えに移る。

一通りの展示が終わった後に、令なく気を付けの姿勢に戻る。

それを確認した指揮官が、剣を鞘に戻して、号令をかける。

「右向け前へ、進め」

会場が拍手に包まれる中を、指揮官の号令で、儀仗隊が退出していく。

「学校長、式辞」

式は司会の言葉と共に、粛々と進んでいく。

「諸君らに私が出会ったのは、5年前のことだった。

まだ私が副校長をしていて、全国各地から着隊してきた諸君らを、この学校の正門で出迎えた。

そのときの諸君らの様子は、期待や不安の混じった姿であったと記憶している。

だが、5年間の課程を終えた諸君らの顔には、立派な兵士としての顔が浮かんでおり、これからの未来への期待が見てとれる。

ここまでの長い長い課程のなかで、諸君らは大きく成長した。

この学校を出た後は、陸海空軍の実戦部隊の指揮官として、日本各地に配置されることになり、そして、この中からは、陸海空軍のトップに上り詰める人間もいるでしょう。

これからの人生において、ここで得た経験が糧となることを祈り、訓示とする」

「天皇陛下、訓示」

学校長と入れ替わるようにして、登壇された天皇陛下に敬意を表し、司会の学生が卒業生と教官方といった軍人たちに、学校長と同じように(かしぃーらぁ)(なか)の号令をかける。

頭の敬礼は、日本皇国陸海空軍統合参謀本部第8号礼式規則に関する達に定められたものであり、主として軍に在籍する人物に向けて、行われるものである。

それには憲法上は唯一の大元帥であり、日本皇国軍の統帥権を、名目上保持しており、最高指揮官である天皇陛下、天皇陛下から指揮権を委任されている総理大臣、行政組織としての国防省の最高責任者であるとともに、日本皇国軍の最高指揮官代行である内閣総理大臣の下で、統合参謀本部長を通じて、日本皇国軍全体を統督する国防大臣、国防大臣不在時の代行を行う国防副大臣、大臣、副大臣の補佐を行う国防大臣政務官も含まれると、日本皇国陸海空軍統合参謀本部から出された第8号礼式規則に関する達の補則に定められている。

「この度は、ご卒業おめでとうございます。

あなた方は、国防と言う重大な責務に就かれることと思います。

そして、日本各地においても同様の高貴な志を持って、日本皇国軍に入隊し、教育訓練に励む若者たちがおられ、この国の未来への期待を一身に背負っておられます。

諸君らは、その若者たちを指揮すると言う立場である士官である。

その意味と立場の重さを感じて、此れからの職務に当たってもらいたい。

純粋で高貴な若者たちの活躍を祈念して、私からの訓示とします」

天皇陛下の優しげな、それでいて凛とした口調で話されるお言葉は、短いながらも多くの卒業生に感銘を与えた。

それは佐竹学生にも変わりはなかった。

天皇陛下が壇上から下りられると同時に、司会が次の人物を紹介する。

「総理大臣、訓示」

司会の言葉に、来賓席から総理大臣が登壇する。

「第68期国防大学校学生の諸君、卒業おめでとう。

君たちはこれから、国防の最前線で活躍される若人の一人として、全国に配置されることとなります。

今現在、北朝鮮の核・弾道ミサイル問題、竹島、尖閣諸島を巡る問題など、我が国を取り巻く国際情勢は大きく変化を続けています。

先行きの見えないことも多く、諸君らには大きな苦労を掛けることになると思う。

また、昨年度には災害が多発し、また離島や海洋における救難や急患輸送など、600回近い数にも及ぶ災害派遣任務が、日本皇国陸海空軍部隊によって実施されるなど、今では諸君らの存在は国民が文化的な最低限度の生活を維持するためには、必要不可欠なものとなっています。

1800年代の創設以来、諸君らの先輩は数千にも及ぶ実任務に出動し、国益の保護に活躍してきたことは、日本人として、いえ日本と言う国に生まれた一人の人間として、大きな誇りであります。

国民からの大きな期待を背負う諸君ら、戦場の最前線に送られるかもしれない諸君らに、幸せが多からんことを祈念して、私からの訓示とする」

卒業式には、その他にも多くのプログラムがある。

優等生賞、精励賞授与、来賓紹介、国防大学校校歌斉唱、宣誓が終わった。

宣誓というものは、私は、わが国の平和と独立を守る日本皇国軍の使命を自覚し、日本皇国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身をきたえ、技能をみがき、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることならびに、幹部たる軍人に任命されたことを光栄とし、重責を自覚し、幹部たる軍人たるの徳操のかん養と技能の修練に努め、率先垂範職務の遂行にあたり、もつて部隊団結の核心となることを誓いますという内容のものを読み上げて、これからの軍人生活に対して、心を引き締めるものである。

卒業式以外のプログラムとして、昼のバイキング形式の食事会、陸戦演練の展示、そして最後が分隊解散式を行った後に、関係者らによる見送りが行われる。

「以上で、卒業式を終了します。

昼食会をはさんでから、陸戦演練展示を行います」

昼食を食べた後、内閣総理大臣や天皇陛下の座る来賓席の前を、陸戦服装に着替えた学生たちは行進して、国防大学校の敷地に隣接する日本皇国軍小原台陸戦演習場に、分隊毎に集結する。

ルール無用の陣取りゲームを陸戦演練として、採用したのは、数年前に在籍していたとあるサバゲー好きの陸戦教官だったという。

空砲の装填された小銃を手に持ち、弾帯に着けたポーチには、多数の30発入り弾倉を持っていた。

これもまた、国防大学校の恒例行事となっており、内外の来賓の楽しみのひとつである。

「いやはや、すごい勢いですな」

高台に設置された観客席には、100インチモニターが数台設置され、演習場各地での戦況を表示していた。

どこもかしこも、戦況は一進一退で、何も起こらない。

この異常さを、理解できる者は軍の関係者に限られた。

突撃を繰り返すというのが、この戦争における唯一許された戦術ドクトリンである。

そこにある結末は単純で、最強を決めて終わるはずであるが、今回はそこに向かうことはない状況である。

正攻法しか、正面からぶつかることしか許されない状況で、勝利を掴み取るためには、鍛え抜いた自らの肉体、高い士気と高い技量の3つが必要である。

そして、ある部隊が動き始めたとき、異変は起こる。

「バレンタインの悪夢の再来だな」

状況を見ていた校長が、その異変の中心に気づいて、ため息と共に漏らした。

陸軍の想定にいつもある戦車や砲兵の支援、それのないこの戦場において、今年は海軍の勢いがすごかった。

「バレンタインの悪夢?

にしても、今年の陸軍は、腰が引けておるな」

陸軍参謀総長も口を開いた。

校長の言葉に疑問を持ちながらも、自分が気付いたことを感想として述べる。

情報科将校として、最前線の将兵から臆病者の謗りを受け続けてきた参謀総長にとっては、歩兵科将校としての教育を受けた者の含まれる部隊が苦戦は、許されない事態であったらしく、こう続けた。

「直ちに対策を練らねばなるまい。

栄光ある皇国陸軍歩兵が、この様では陛下に顔向けできん」

その言葉を聞いていた校長が、学生たちを援護するべく、口を開く。

「彼らも全力で戦っています。

何しろ、今年の海軍は上海の生き残りがいますから。

実戦経験のない彼らでは、対抗することは難しいでしょうな」

「上海事変の生き残りですか?」

第三次上海事変と呼ばれる戦闘は、人民解放軍南京軍区の台湾強硬派により、中華民国主席が拉致監禁された事件を発端として、生起したものであり、日台両国の特殊部隊数百名と中国軍歩兵師団数個、10万人との全面衝突であった。

戦闘の経過について多くを語る必要はなく、日台両国の戦略的勝利、戦術的敗北であった。

台湾主席は無事に台湾に到着したが、特殊部隊には多くの死傷者が出た。

たった数百の特殊部隊を包囲したのは、台湾強硬派の将官の率いる部隊であり、一般市民をも巻き込むことに、一切のためらいがなかった。

20倍とも言われる敵兵に包囲された特殊部隊の隊員たちは、無謀な突撃を血路を開くために行い、その命を散らしていった。

「あの時の……あの地獄からの生き残りが、学生にいたのですか?」

参謀総長は、当時、情報本部対外情報局東アジア方面監督官として、沖縄県嘉手納町にある日本皇国空軍嘉手納基地で、作戦の後方支援を行っていた。

アメリカ陸軍特殊部隊、デルタフォースの隊員がその話を聞いて、モガディシオの戦闘を引き合いに出して、日本の特殊部隊とは戦いたくない。

あのような状況であれば、ソマリの民兵にすら苦戦した我々の部隊は全滅している。

生き残りがいたことすら、奇跡だと言えるレベルだ。

我が米軍に、ぜひスカウトしたいね。

その言葉で、救われた兵士が何人いただろうか。

そんな話を聞いたことがあったのが、今の陸軍参謀総長であった。

その言葉に頷きを見せた校長に、その地獄の生き残りの存在を知り、それは仕方ないとの意識も芽生えてきていた。

「むう、ならば、うちが負けるのも致し方あるまい」

「まあ、それがうちの甥っ子なんだがな」

隣に座っていた海軍軍令部総長が、会話に割り込んで言う。

「いやはや、上海に行ってたとは知らなかったがね。

報告書を見て、目玉が飛び出そうになったよ」

黒いスーツの制服に身を包んだ海軍軍令部総長は、豪快に笑う。

「やはりと言うか、子は親の背中を見て育つ。

そして、血にも抗えないようだ」

海軍軍令部総長は言うが、嬉しさと同時に憎々しさをも感じさせる言葉であった。

「失礼、今私が口にしたことは、忘れてください」

軍令部総長という役職に就いているとは言え、彼にも出来ること出来ないことがある。

例えば、気に入らない人間を消し去ることなどである。

「そうですね。

今は観戦に集中しましょう」

校長はそう言って、話題を打ち切った。

その頃、佐竹曹長率いる海軍兵中心の第22分隊は、ゲリラ戦の準備を進めつつあった。

「先任曹長、準備良し」

「了解。

作戦を説明する。

我が分隊は直ちに突撃し、前方の油断しきった陸軍の部隊の後背を突く。

我が分隊の後背には、空軍の部隊がいる。

敵に手酷い一撃を加えた後、空軍部隊の方向に撤退する。

我が部隊の奇襲によって浮き足だった陸軍部隊の注意を、後背の空軍部隊に誘導できれば、共倒れも期待できる。

以上だ。

状況としては、時間がない。

直ちに作戦を開始する」

各方面に派遣した斥候からの報告によると、第22分隊の存在に気付いた者は存在せず、各部隊とも全周を警戒していた。

だが、それは見せかけだけで、油断している人間の存在は、佐竹曹長から見れば、分かりやすかった。

「バレンタインの戦訓を生かせていないな。

自分が教官なら、全員を落第させている」

斥候からの報告をまとめたメモに、目を落としながら、佐竹曹長は呟いた。

そして、顔を上げて、銃のグリップを握り直した。

陸軍部隊を襲える絶好のポイントに差し掛かったときに、佐竹曹長は指示を出した。

「いけっ、いけ!」

海軍部隊は勢子のように騒がしくしながら、陸軍部隊に迫っていく。

予想外の方向から、迫ってきた海軍部隊の存在に、陸軍部隊は壊滅寸前にまで追い詰められていた。

銃撃が交錯しながらも、勢いに乗る海軍の部隊は、最初の1分で半数以上を倒した。

頃合いよしと見た佐竹曹長は、撤退を指示した。

「撤退、反転して空軍部隊に突っ込め」

佐竹曹長の指示に従った部隊は、急停止し、勢いはそのままに、空軍部隊の中央を駆け抜けた。

突然の攻撃に混乱していた陸軍部隊の注意は散漫で、空軍部隊を攻撃してきた敵だと認識してしまうレベルであった。

結果、復讐の念に燃える陸軍の部隊は、空軍部隊に突入していく。

「引っ掛かったな。

馬鹿どもめ」

驚き硬直していた空軍部隊に対して、痛烈な打撃を加えた陸軍部隊は、殺し尽くす勢いで暴れまわったものの、空軍部隊の逆襲を受けて全滅。

空軍部隊の方も、復讐を誓う別の陸軍部隊の攻撃を受けて、全滅するなど戦場は混乱を続けていた。

戦場の混乱の作り方とそれの利用の仕方は、佐竹曹長は上海での一週間で嫌というほど、詳しく学び、身に付けていた。

戦場において、人の心理というものは、重要な要素の一つであった。

陸軍将校であれば、国防大学校後期課程における初級戦場心理学課程において、学ぶはずのことであるが、咄嗟の戦場で応用できるほど、彼らは冷静でいられなかった。

「古人曰く、勝って兜の緒を締めよと東郷元帥も言われている。

一手、一手を確実に指して、確実な勝利を納めていこう」

勢いに乗る海軍の部隊、佐竹曹長の率いる分隊ではあったが、佐竹曹長は油断や慢心を諌め、次からの戦闘に備えた。

後に立体機動と呼ばれるようになる歩兵機動を用いながら、海軍の部隊を運用していた。

「1時間でケリを着けるぞ」

多くの学生、明日からは兵士のタマゴとして、日本各地に配属される若鷲が、次々、戦死判定を受けて、戦線を離脱していく。

「さっきも言ったが、教官の介入による終結まで、あと1時間しかない。

我々の強さを他に示すためにも、ここは一気に畳み掛けるぞ」

佐竹曹長は、ここで決着をつけることにした。

「突撃せよ。

高台を奪取し、我が分隊旗を高台に掲げろ」

最後まで生き残った部隊は、演習場で1番の高台に陣地を作り、籠城戦を決め込んでいた。

士気に勝る佐竹曹長指揮の分隊は、一気に高台の陣地に雪崩れ込んだ。

「降伏します」

その高台からは、戦闘の状況がはっきりと見えていた。

死にたくなければ、白旗を揚げるしかない。

そんな算盤勘定のできる人間が、高台に立て籠る選択をした堀北曹長で、卒業後は陸軍少尉に着任し、どこかの部隊に配置される予定だ。

「ふむ、戦略目的は達した。

ここの防備を固めろ」

時間が来るまでは、勝利にはならない。

また何が起こるとも知らず、警戒は強く行われていた。

「残る敵は3個分隊120人ほどだな。

ここに攻め込んでくる気概のある奴は、いないだろう」

高台の上を占拠した佐竹曹長率いる分隊を、他の分隊は遠巻きに見守るのみだ。

「状況終了、繰り返す、状況終了。

教務部警備隊による強制介入を開始する」

国防大学校最強の陸戦部隊が、介入を開始した。

遠巻きにしていた3個分隊を撃滅した彼らは、佐竹曹長たちが陣取る高台に向け、侵攻を開始していた。

「着け剣、突撃用意」

佐竹曹長は、決断を下した。

「突撃、俺に続けぇ」

89式小銃を片手に、佐竹曹長は飛び出した。

同期たちもそれにつられて、飛び出していく。

さすがに歴戦の教務部警備隊を相手では、分が悪かった。

第22分隊は、佐竹曹長を残し全滅。

佐竹曹長は奮戦虚しく、戦死判定が下った。

だが、彼は警備隊に一矢報いることができた。

教務部警備隊半数の戦死判定とともに。

陸戦演習が終わると、分隊解散式と全員がうきうきで待つ配属発表がある。

「お前らは今日をもって、国防大学校海軍部を卒業するが、未だにてめえらはどうしようもない連中だ。

しかし、ここで学んだことを忘れずに薫陶努力すれば、ちょっとはまともになるだろう。

これまでの努力を継続していくように、以上」

分隊解散式の途中、これまでエリートとして天狗になっていた幹部候補生の鼻っ柱を幾度となくへし折ってきた分隊の班長の言葉は、学生達の胸に大きく刻まれていた。

そして、彼らには大きな楽しみがあった。

それは、自分の配属先である。

開校当初の学校長の意向から、配属先は知らされないことが慣例となっていた。

その秘匿具合は、生徒一個人が持つ情報収集能力を上回っていた。

秘匿の徹底は、情報軍人により行われており、それを凌駕することなど学生では不可能だった。

全員の職種・特技は、教育の都合上、既に知らされている。

だからこそ、自分の職種・特技から類推しようとする人間もいたが、そんなことができる人間は少ない。

先任班長である准尉が、前に歩んできた。

手には赤い蝋で封をされた封筒がある。

そして、封筒の封印を解いた先任班長が、大きく深呼吸をして、嗚咽の混じった声で言った。

「配属先を知らせる。

一回しか言わんからな、聞き逃すなよ」

敗戦時に再編成された日本皇国軍は初等士官教育も、他国に例を見ないものとなっている。

これが陸軍士官学校、海軍兵学校、それに新設される空軍の教育機関を統合設立したもので、国防大学校である。

5年制の省庁管轄の大学校で、各軍部と学部があり、陸軍部、海軍部、空軍部が軍部と呼ばれるもので、後は理学部、工学部、医学部、人文社会学部の四つの学部から成り立っている。

軍部では、各軍における戦術、戦略を教えている。

ここは、最初の三年間で大学課程を終わらせると、後の二年を使って各陸海空軍の士官候補生教育が行われる。

また、医学部であれば、4年間の集中教育の後、研修医としての訓練を国防大学校医学部付属病院で受けながら、陸海空軍軍人としての教育を受けている。

また成績が優秀であれば、どの人物であっても、中尉任官も有り得る。

それに戦前では考えられなかったことだが、陸海空軍の仲は良好だ。

共通の財務省()がいて、さらに同じ釜の飯を食った仲というのは強固である。

そしてここを卒業した者は、そのまま第一線の部隊へと配属される。

「佐竹紀一兵曹長、海軍中尉に任命する。

沿岸警備部隊大阪警備府艦隊海防艦"ひなぎく"砲雷科付きを任ず」

「拝命します」

全員の配属を言い終わった後、最後に分隊長が前に出る。

朝礼台の上に立った分隊長は、目に涙を浮かべ、嗚咽を漏らしながら、言った。

「本日をもって、第22分隊の指揮を解く。

私は諸君らの赴任地での、幸福と幸運を祈っている」

陸海空軍のどこに進むのかも問わず、今年卒業する全員が卒業式のあった講堂の前に集合する。

全員が帽子を脱いでいる。

そして全員で帽子を放り投げた。

これが国防大学校卒業式の恒例である。

そして、もう一度、国防大学校校歌を全員で熱唱し、それぞれの同期の友人との別れを惜しむのだ。

「佐竹か?」

「どうした、堀北?」

「卒業だな」

「だな」

「俺は東京に残るが、お前はどうなったんだ?」

「大阪へ行くよ」

「そうか、頑張ってくれよ」

「警察には捕まるなよ。

後、憲兵にも」

「ああ、分かってる」

「じゃあ、行くか」

短い言葉を交わした後、二人は別れた。

真反対の道を歩むことになる二人ではあったが、この二人の胸のなかは、再会の予感が溢れていた。

 

2018年 4月4日 堺市堺港 大阪警備府

四大鎮守府や新設された大湊鎮守府とは違い、沿岸警備部隊がもっぱら使用している基地が多数あり、それらをまとめて警備府もしくは分駐所と呼称している。

大阪警備府もその一つではあるが、意外とその歴史は古い。

他の警備府が新設されたのに対し、大阪警備府自体は戦前に発足した阪神海軍部が前身である。

それが1941年11月に改編され、大阪警備府となった。

大阪市から堺市に移転したものの、その歴史は連綿と続いている。

警備府の事務所で挨拶をした後、埠頭に出ようとして美人の女の人にぶつかった。

「君が佐竹中尉だな?」

「そうですが、貴女は?」

「海防艦"ひなぎく"艦長、二階堂雪少佐だ」

「失礼しました」

謝罪の言葉とともに敬礼をする。

これは軍人としての礼儀だ。

「かしこまらんでいい。

今は私服だ。

時に佐竹中尉、君は料理が出来るかい?」

何故そんなことを聞くのだろう?

調理員ぐらい何処の艦にもいるだろうに。

「高校時代に定食屋(実家)を手伝ってたんで、人並みには出来ると思いますが」

「ちょうど良かった。

君を補給員長に任命する」

「えっと、失礼ですけど、調理員いないんですか?」

質問に返ってきたのは、肯定の言葉であった。

私を絶望させるには十分である。

「曹がもっぱら料理を担当してたんだが、そいつも連合艦隊に引き抜かれてな。

料理の出来る奴がこの"ひなぎく"に残ってないんだよ。

というか幹部自体、この艦にほとんど残ってない。」

切実そうな、なおかつ涙まで浮かべてそう言う。

(えっ、今なんて言いました?、幹部がほとんど残ってない?、やってられるか。

とやさぐれかけたこともありました。

しかし、来てしまったものは後悔のしようがありません)

「あっ、そうだ。

ついでに君を先任将校にも任命する」

再び思いついたように、役職を付け加える。

ちなみに、先任将校というのは昔であれば駆逐艦クラスの艦艇にあった役職で副長に相当する。

大抵が砲術長もしくは水雷長のどちらかの兼任であった、つまり現在に当て嵌めると同時に砲雷長にも任命されたことになる。

「あの私に重責を負わさないでいただきたいのですが」

(ついでに言うと私の自己紹介をどれだけ長くすれば気が済むのだろう。

日本皇国海軍沿岸警備部隊大阪警備府艦隊海防艦"ひなぎく"先任将校兼補給員長、中尉、佐竹紀一。

とてつもなく長い。

文句の一つでも言いたくなるが、我慢だ我慢。

上官に文句を言ったら、即刻離島に飛ばされる)

「構わないだろう。

特に難しい仕事なんて無いし」

精一杯の抗議をこの人はばっさり切り捨てた。

「ようは慣れだ慣れ。

頑張って慣れてくれよ。」

(最後のは無理ですって、私は天才じゃありません。

平々凡々な凡人ですから。

お願いですから無茶なことは言わないでください。)

私の精一杯の心の声が聞こえること等なかった。

「では"ひなぎく"に行こうか」

こうして私の海軍での生活が始まったのでした。

 

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