WarLines 日本皇国海軍士官奮闘録   作:佐藤五十六

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VOYAGE.34

式典の終了後、宴会の開催場所である呑み処"佐竹"、佐竹中尉の実家に"ひなぎく"乗員は集まっていた。

「今日は美味しい地酒を用意してるから、楽しんでくれ」

佐竹予備役中将と、佐竹、旧姓田中予備役少佐は、海軍軍人として日本各地に知己が多かった。

その伝を辿れば、各地の旬が、地酒が一堂に会する。

そんなお店は、東京中を探してもここしかない。

その味に魅せられた某有名芸能人もお忍びで通っているとかいう噂もたっているほどである。

「今日は堺市に馴染みのある地酒を用意しました。

"千利休"と"金の鳩"ですよ」

とは、佐竹中尉の言葉である。

"千利休"は堺市北区にある酒造会社が製造している日本酒であり、"金の鳩"は、70年前まで堺市にある百舌鳥八幡宮に奉納されてきた由緒あるお酒だ。

戦争による空襲で、製造拠点が焼失。

70年もの長い間、日の目を見ることがなかった。

それが、昨年に復活したとの話を聞いて、伝を総動員して入手したのだ。

「津軽の狩りは楽しかったな。

またしてみたいよ」

壁に掛けられた駆逐艦"つなみが左回頭する様子の"写真を見て、先任伍長が呟く。

この写真は、まさしく津軽の狩りで撮られたものだ。

津軽の狩りとは、日本皇国海軍大湊鎮守府が津軽海峡周辺海域で、主催する多国間対潜掃討演習の異称で、過去には数々の伝説を産み出してきた。

「この写真を一瞬で見抜くとは、確かにこの写真は、私が一介の中佐だった頃、この駆逐艦の艦長をしていた頃の写真ですよ。

まさか先任伍長さんは、こういうのいける口ですか?」

先任伍長の呟きを聞いた佐竹予備役中将は聞いた。

演習の内容は苛烈を極め、日本皇国海軍の精鋭たちが、沿岸警備部隊、連合艦隊の水上部隊と、第六艦隊のさらには練習艦隊隷下の練習潜水隊を含む一大勢力が、殺し殺されの殲滅戦を繰り広げ、ある年には参加戦力の9割が撃沈判定を喰らったという地獄である。

これを好む人間は、早々いないのだが。

「ええ」

「珍しい人もいたものですな。

私も人のことは、言えませんが。

大湊に知り合いがいるんで、参加できるか聞いてみましょうか?」

佐竹予備役中将の言葉に、先任伍長である

「お願いします」

「と言っても、鎮守府の長官なんでね。

それの実務に関与していないから、いい返事が聞けるか、分かりませんが」

大湊鎮守府、日本皇国海軍の北部海域防衛を担う最大の基地である。

日本皇国海軍内での愛称は、"北鎮"または"大鎮"である。

併設されている大湊海軍工廠といった後方支援設備群の規模は小さいものの、その分熟練した技術者の多い基地である。

むつ市にある鎮守府は陸奥湾内にあり、陸奥湾を出ると、すぐに津軽海峡が存在するという要衝の地であり、冷戦の最中、ウラジオストクに所在するただの日本海艦隊にすぎないソ連海軍太平洋艦隊が文字通りの太平洋艦隊となるためには、宗谷海峡から千島海峡を抜けるルートか、津軽海峡を通るか、対馬海峡と大隅海峡か宮古海峡を通過するルートかを選択しなければなかった。

しかし、宗谷海峡を通るルートは時期によっては流氷により使用できない上、対馬海峡のルートは太平洋に出るまでに日数がかかるために、安定して太平洋に進出できるのは、津軽海峡という選択肢しか存在しない。

だから、津軽海峡に一定の戦力を配置することは、日本列島が存在することによって、自由に太平洋に進出できないソ連海軍太平洋艦隊を牽制する意味合いが強い。

さらに言うと第二次大戦後、この日本列島が東西で分割されることがなかったのは、言い方は悪いが原爆のお陰だ。

強欲なスターリンは、千島列島を占領するだけでは飽き足らず、北海道や東北地方までも、占領することを目論んでいたという。

それを断念せざるを得なかったのは、ソ連がアメリカの保有する原爆に対抗できる兵器を保有していなかったというその一点があげられる。

無論、原爆を含む核兵器、生物兵器、化学兵器などの大量破壊兵器を使用すること、さらに言ってしまえば、それに関する個人や国家単位で保有すること自体が、批判されるべきだ。

人を人ならざるように扱う大量破壊兵器は、できるならば即座に全廃されるべきだ。

そして冷戦期に日本列島が磐石で日本皇国海軍の活動が活発だったからこそ、ソ連海軍太平洋艦隊は日本海に封じ込められ、アメリカの太平洋支配が磐石のものとなったのだ。

だが、最近のアメリカ大統領候補は、日本はアメリカに対し、貢献していないなどと発言している。

しかし、それは間違いだ。

アメリカの太平洋支配が磐石なのは、日本列島がそこにあるからだ。

冷戦期から現在にかけて、中ソ両国はアメリカに対し、太平洋の覇権を争ってきた。

けれども、日本列島という巨大な防波堤が存在することによって、その野望を押し止めてきたのだ。

アメリカ海軍は、西太平洋に第七艦隊を、東太平洋に第三艦隊を置いているが、米国の同盟国として日本列島が存在しなければ、アメリカ海軍はハワイ近海に押し止められていてもおかしくはないのだ。

話は脱線したが、大湊鎮守府は冷戦中、日本皇国の戦略上、最も重要な鎮守府であり、要求される技量を錬成するための訓練の質も高い水準となるのは当然のことだ。

「全員、グラスやジョッキは持ったな?

全員の無事な帰還を祝して、乾杯」

「「乾杯」」

佐竹中尉の音頭とともに、グラスの当たる音が響く。

机の上には、タラの芽の天ぷら、菜の花の天ぷら、淡路産のフグのてっさとふぐちり、信州牛のすき焼きと焼肉、日本各地の地鶏の焼き鳥や蒸し鶏、棒々鶏など多彩な料理が並んでいる。

「フグはあるのに、豚は無いんですね」

「生憎と言うべきかな。

義父(ちち)に、豚を卸してる知り合いがいなくてね。

鹿児島にも、那覇にも知り合いはいるらしいんだけど」

独自の人脈をフルに活用して、店の料理の原材料は仕入れている。

この独自の人脈に引っ掛からない限り、新しい食材は仕入れられない。

「チキン南蛮ありますか?」

乾杯の音頭をとったあと、佐竹中尉は板場に立った。

40人を越える団体の客の注文を捌ききることは、2人だけでは無理だからだ。

「鯛の駆逐盛り1つ」

「もつ煮込み、ホルモン焼き、唐揚げ盛り合わせ、焼き鳥は追加お願いします」

「生2つ」

「チキン南蛮、ホルモン焼き、焼き鳥上がり」

2人は40人から受ける注文を、息ぴったりに捌いていく。

「仕事の方はどうだ?

まあ、聞かなくても分かるが」

聞かなくても分かると言っても、可愛い息子である。

息子の口から聞きたいのが、親の情というものだろう。

「死にそうなくらい働いてるよ」

そのことは、胸に輝く金鵄勲章が証明していた。

黒い制服に金色の勲章は、日本皇国軍将兵が死地を潜ってきた証だ。

勤続20数年の将兵でも、持っていることは少ない勲章である。

それが言外に、佐竹中尉の仕事ぶりを主張していた。

「飯は食ってるのか?」

「基本的には、自分で作って食べてるよ」

佐竹中尉は、手元で唐揚げを揚げている。

今は、2度揚げの2回目だ。

外はこんがり、中はジューシーに仕上げるために、もう1度揚げるのだ。

網で掬って、バットの上に一旦上げる。

それを、さらに盛り付ける。

手に取れるぐらいに冷えるまでの間に、生簀から鯛を引き出し、1匹丸々捌く。

それを、専用の皿に盛り付ける。

捌くまでにかかる時間は、ものの数分だ。

「鯛の駆逐盛り、唐揚げ揚がりました」

佐竹中尉の母である佐竹予備役少佐は、

「ウイスキー・オン・ザ・ロックください」

ウイスキー・オン・ザ・ロック、呑み処"佐竹"唯一の変わり種の料理である。

岩に見立てた信州牛のカツの上に、潜水艦を象ったハンバーグを載せ、ウィスキーベースの特製ソースをかけて完成という品だ。

ワインにはない独特の甘みが、味に深みを出しているとかいないとか、とりあえず常連客には好評だ。

ちなみに、潜水艦のハンバーグには、ソ連らしい赤い旗が刺さっている。

冷蔵庫から牛カツとハンバーグを取り出し、牛カツは油で揚げつつ、ハンバーグはきっちりと火を通す。

大皿にキャベツとレタスを盛り付け、その上に牛カツを並べる。

焼き上がったハンバーグを、さらにその上に載せる。

余りの油に、砂糖、醤油、ウィスキーを入れ、それを一煮立ちさせたところに、隠し味のウスターソース、ケチャップを少し入れ、塩コショウで味を調える。

「第四分隊はお前1人か?」

ウイスキー・オン・ザ・ロックを作っている最中の、佐竹中尉に佐竹予備役中将は話しかけた。

「まあ、うん」

「そうか、そんな気はしてた。

全員、料理し慣れてるって感じじゃねぇからなあ。

まあ、防大出のお前はこの程度のことで逃げ出すようなタマじゃねぇしな」

その間にも先程作ったソース、これを盛り付けたハンバーグの上から掛けていく。

「戦争ばっか上手くても、世の中やっていけないのにな。

残りの全員、補給学校烹炊課程(鬼松婆さんの料理教室)に突っ込んでやろうか?」

「義父さんが言うと、洒落になんない。

っと、ウイスキー・オン・ザ・ロック上がり」

補給学校烹炊課程、舞鶴鎮守府内に設置された日本皇国海軍の烹炊担当第四分隊所属将兵の教育を担当し、各課程の厳しさは砲術もしくは水雷学校に勝るとも劣らない。

特に厳しいのが、烹炊幹部部門である。

その烹炊幹部部門の首席教官は、御年87歳の岩松花子少将待遇である。

元々、日本皇国海軍軍令部直轄の迎賓艦"はしだて"烹炊長だった彼女は、海軍特務大尉として72歳で退官後、少将待遇で補給学校烹炊課程の烹炊幹部担当教官として再雇用され、世界一とも言われる日本皇国海軍烹炊部の伝統を背負う後身を育成している。

その厳しさは、鬼松婆さんの異名を生徒からつけられたことからも読み取れるのである。

「ハイボールください」

「すみません。

ハイボールは置いてないんですよ」

「そうですか。

じゃあ、オン・ザ・ロックください」

「分かりました。

はい、どうぞ」

グラスを食器棚から取り出し、氷を入れ、ウィスキーを注ぐ。

琥珀色の液体が、グラスを満たしていく。

その頃の宴会場のなかは、戦場と化していた。

「えんまのゑの字はこう書きます」

そしてへべれけ状態の将兵たちは、セクハラ紛いのことをし始めていた。

これでは、日本皇国海軍の威信が、将兵としての矜持が崩れかねない。

そうなる前に、佐竹中尉はホテルに戻すべきだと判断した。

「義父さん、強制排除しようと思います。

いいですかね?」

「お前さんの部下だ。

好きにすればいい」

その言葉を聞いた佐竹中尉は、即座に行動を起こした。

「阿倍野軍曹ですか?」

国防省の駐車場に待機しているはずの阿倍野軍曹に、佐竹中尉は電話を掛けた。

「今から指定する住所というか、場所に来てください。

はい、はい、場所は市ヶ谷駐屯地国防省正門前にある呑み処"佐竹"です。

はい、はい、お願いします」

電話を切った佐竹中尉は、腕捲りをした。

「じゃあ、1人ずつ摘まみ出しますか」

腕を掴んだ佐竹中尉は、正面の入り口の方に運んでいく。

「佐竹中尉、お手伝いします」

電話からすぐに、出入口の前にバスが来る。

すぐに止まったバスのドアが開き、運転席から阿倍野軍曹が姿を見せる。

「お願いします」

酔っぱらいのを両肩に担ぎ、バスの座席に座らせていく。

背後にパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。

赤いパトランプが、近寄ってくるのが分かる。

バスの後ろでパトカーが止まり、警察官が下りてきた。

「警察ですけど。

ここで、ぐでんぐでんに酔った人をバスに連れ込んでいるとか言う通報があったんで、駆けつけてきたんですが」

「お疲れ様です。

日本皇国海軍大阪警備府の佐竹中尉です。

宴会が終わって、これからホテルに帰るところなんですが、見ての通り、全員酔い潰れちゃって」

「なるほどね。

では警視212より警視庁」

佐竹中尉の説明に納得した警察官は、左胸の無線機を取り上げ、警視庁本部に報告する。

『こちら警視庁、どうぞ』

「先程の110番事案は誤報と確認。

これより警らに戻る。

どうぞ」

『警視庁、了解』

無線の通信が終わると、警察官は佐竹中尉に軽く会釈をして、パトカーに戻った。

そして、そのバスのなかに全員が座っていた。

「全員が乗りましたね。

明日は私を除く全員が非番、つまりは休みな訳です。

対して私は、明日は戦場に向かわねばならんのですよ。

その差はなんですか?

私も休みたいんですよ」

そばにいる阿倍野軍曹に話しかける。

「もしかしたら、その休暇たんまり貰えるかもしれませんよ」

そして、ミラーを使って後ろを見ていた。

「公安警察部に露骨に守られているんですからね」

バスの後ろには、黒のクラウンが数台止まっている。

「ほしいのは、明日からですけどね」

2人で笑い合うと、バスはゆっくりと、ホテルに向かって進んでいった。

 

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