「いくぞ」
佐竹中尉に肩を貸しながら、堀北少尉は走り続けている。
あと少しで、正門が見える。
背後では、殿を務める部下たちが応戦している。
「すぐに味方も来る。
四分隊は援護しろ」
堀北少尉が叫び、その後ろには第二分隊、第三分隊に、続くように第三レンジャー小隊が来る。
その後ろには、敵兵の追撃付きだ。
「四分隊、擲弾装填。
構え、撃て」
分隊長の指揮のもと、第四分隊員が擲弾を装填する。
ポンポンという間の抜けた音と、ヒュルヒュルという迫撃砲弾を連想させる飛翔音を残して、擲弾は着弾した。
同時に爆発した擲弾の爆発音の響くなかを、続く第2波、第3波、第4波の擲弾が着弾する。
個人が各自で、戦闘服の布地から製作して調達してきた弾薬嚢に詰めてきたすべての擲弾を、このときに撃ち尽くす勢いだ。
「四分隊、退避」
敵兵の追撃を撃滅した第四分隊は、逃げていく敵兵の姿を見送ることなく、皇居外へと退去していく。
「小隊長、何で退去なんですか?」
その先の皇居正門外側で、高機動車に佐竹中尉を乗せていた堀北少尉を見つけた、第四分隊長が詰め寄る。
「俺にも分からん。
出動前に、
なんでも、殺傷性の低い暴徒鎮圧用の武器らしいが」
唐辛子エキスの含んだ水をバラ撒くつもりとは、この堀北少尉たちも知らなかった。
「そうですか」
そう言う第四分隊長は、堀北少尉の説明に納得はしていないようだ。
そこに堀北少尉が、指示を出した。
「第三レンジャー小隊に前線任務を委譲した。
第二小隊は、直ちに佐竹中尉の身柄を、中央病院に移送する。
分隊衛生員はこちらに来い。
直ちに、かかれ」
堀北少尉の出した指示を聞いた、現状で指揮下にある3個分隊の将兵は、車両に搭乗する。
「数分後には、何かが降ってくると思う。
窓を閉めろ」
高機動車の運転席に座った堀北少尉が、助手席の通信兵に窓のガラスを閉めるように告げた。
後ろに寝かした佐竹中尉の様子を見てから、ギアをバックに変え、アクセルを踏み込む。
勢いよく、高機動車は車道に飛び出していく。
それに反応した第二分隊が先導につき、反応が遅れた第三分隊、第四分隊が後続する。
予算が潤沢になったからか、小隊本部車両には高機動車が配備されるようになった。
1/2トントラックと高機動車の組み合わせで配備されている分隊とは違い、たった二人だけの小隊本部には、高機動車が割り当てられる。
「ピィー、ピィー」
戦闘装備としてではなく、駐屯地警備用装備として配布されたホイッスルを鳴らし続ける。
それは、スピーカー代わりだ。
歩いていたり、走っていたりする人影は皆、陸軍の歩兵だが、先程の命令を受けて、背後を気にしながら慌ただしく逃げている。
その光景を見ながら、新宿の市ヶ谷駐屯地内にある日本皇国軍中央病院に搬送するために、第二小隊の1/2トントラックと高機動車は交通法規を無視して走り続けた。
「千鳥ケ淵戦没者墓苑ね」
右側に見えた樹林を、頭のなかの地図に当てはめて考える。
第二小隊の車両群は、内堀通りを左折し、靖国通りに入った。
この辺りには、戦闘状態でピリピリしている将兵ではなく、通常の戦闘服の腕の部分の上に白と黒の腕章を着けた将兵が立っていた。
戦闘状態ではない
日本皇国軍の設定した交戦区域である環状7号以内の要となる随所随所に配置された第1歩兵旅団司令部第6幕僚部(民事作戦担当)の指揮隷下に属する特別憲兵部隊である。
この部隊は、一般市民と戦場とを隔離するための部隊であり、この部隊の隊員の交通誘導のもと、高機動車は高速で進行する。
この憲兵部隊にのみ、非常事態に伴う軍事行動に関しての犯罪行為、詳しく言うと、許可を得ずに日本皇国軍の設定した交戦区域内に立ち入ることや移動する日本皇国軍部隊への妨害等を行った一般市民に対する限定的な司法警察権の行使を容認されている。
この措置に関して、戦場における民間人の被害を、そしてそれの救援を行うことになる現場部隊の負担を局限化することを目的としている。
「今度は靖國神社か。
まだ死ぬんじゃねえぞ。
にしても、やけに不吉な場所ばかり通るじゃねえか」
戦争の英霊を祀る靖國神社は、A級戦犯と呼ばれる人物を合祀したことで、国際問題となった。
仕方なく、政教分離を原則としているものの、日本政府が神社に対して介入して、A級戦犯とされている人物以外の英霊を分祀し、新たな靖國神社を建立せざるを得なくなった。
それで、表向きの炎上するような問題は解決したはずだ。
一応、両方の靖國神社の管轄は、一連のゴタゴタの混乱のうちに、国防省に移管されている。
神社の名を名乗るものの、国防省所管の公式の慰霊施設なのが、現在の靖國神社の正体だ。
個人葬が中心の欧米とは違い、家族もしくは一族で葬られることの多い日本人にとっては、靖國神社こそが日本におけるアメリカのアーリントン国立墓地に相当する場所だと言える。
「こうも連続して、不吉な場所の前を通るんだよ」
高機動車のハンドルを握る堀北少尉がぼやく。
先導する1/2トントラックを見てから、ルームミラーでうしろで横になっている佐竹中尉を見る。
「死ぬんじゃねえぞ。
あんときの借り、まだ返してないんだからな」
市ヶ谷駐屯地内の中央病院に、佐竹中尉が担ぎ込まれたとき、病院棟正面エントランスには、緊急外来の医官や看護官が待機していた。
「第二小隊であります。
佐竹中尉をよろしくお願いします」
その中央病院のエントランスに人の姿はあまり見られない。
「はい、了解しました」
そう会釈した医官は、看護官と共にストレッチャーに佐竹中尉を乗せると、地下にある手術室に向かう。
ストレッチャーが手術室のなかに入ると、青い手術服を着た別の医官が待機していた。
「伊熊少佐、所見を」
「琢磨中佐、体表面に銃創が多数、うち胴体には5~6発、四肢には10発以上、また貫通が確認されたものよりも、盲貫の銃創の方が多そうです。
出血も多く、予断を許せないと思われます。
ただ状況を鑑みても、長時間のオペになりそうですが、疲労なども見られ耐えられそうにありません」
「分かった」
手袋をはめた両手を、眺めてから琢磨中佐は手術室に入った。
完全に閉鎖され、ランプの着いた廊下の前で立ち尽くす堀北少尉は傍らの伊熊少佐に尋ねる。
「大丈夫でしょうか?」
「大丈夫でしょう。
あなたの学友はそんなに柔なのですか?」
返答した伊熊少佐に、そう問い直されて、堀北少尉もそれが愚問だったと気付いた。
「確かに、愚問でした。
奴は私以上に、
考えてみたら、堀北少尉と佐竹中尉が国防大学校3年のとき、上層部からの命令で半ば強制的に上海に飛んで、上海騒乱事件に最前線で戦ってその作戦が終了して、帰国する前に中華民国空軍の戦闘機を借りて乗り回して、台湾海峡上空で中国人民解放軍と睨みあったり、こいつ学生じゃないよなレベルのことをしまくっていたのだ。
「台湾で
堀北少尉が言ったのを、伊熊少佐が返した。
「
それは、すごいですね。
本当に海軍の人なんですか?」
「書類上は…ですね。
それこそ、陸戦、海戦、空戦、何でもござれな奴ですからね」
そこへ第二小隊の通信兵と、第1歩兵旅団司令部第6幕僚部(民事作戦担当)の指揮直轄部隊である特別憲兵部隊の隊員がやって来た。
「堀北少尉ですね?」
白と黒の腕章を着けた戦闘服の兵士が言う。
「ええ」
「今回の件で、一応、我々はあなたに説教をせねばなりません」
堀北少尉の肯定の意を含む返答を聞いた特別憲兵部隊の隊員は言う。
「ええっと、今回の走行に関して、現場の部隊から苦情が来ています」
「苦情ですか?」
特別憲兵部隊の隊員から発せられた言葉に、堀北少尉は困惑を隠せなかった。
「ええ、苦情です。
第二小隊の運転が荒っぽい、速度が速くてひかれないようにするので精一杯だった、第二小隊の小隊長の息が臭い、あと全体的に臭い、何もかもが臭い、臭すぎて戦闘どころじゃない、同じ堀北なら女優の方に会いたいなど多数の苦情が寄せられています」
特別憲兵部隊の隊員は、神妙な顔つき、声音で苦情を並び立てていくが、正直に言って最初以外どこが苦情なのか全く持ってわからなかった。
「ですので、車を運転するときは、安全運転に留意してください。
戦時だろうと、平時だろうとです」
「あの、1ついいですか?」
説教の言葉を聞いていた堀北少尉には、疑問点が1つあった。
「並び立てられた苦情があるじゃないですか?」
堀北少尉が1語1語慎重に紡ぐ言葉を、特別憲兵部隊の隊員は頷くことで肯定する。
「何か個人を攻撃してませんか?
最後の方の苦情」
「えっ、まあそうですね。
そうですよね。
確かに、最後の方のやつは、苦情ではないですよね」
堀北少尉の指摘に、特別憲兵部隊の隊員もたじたじだ。
「それにしても今回、逮捕者は続出ですか?」
「ええ」
堀北少尉の問いかけ、強引な話題の変更でもあるこの問いに特別憲兵部隊員が答えた。
「対テロに伴う治安出動とはいえ、野党の一部には殲滅を前提とする、今回の計画は受け入れ難いものがあったのでしょう」
事前の予告を受けて、日本皇国陸軍を中心に立案された作戦計画案においては、国際的な陸戦規約に基づいた殲滅作戦を中心としていた。
武器を捨てて投降すれば逮捕、捨てなければ射殺、これが日本皇国陸軍参謀本部対遊撃戦対策室の策定した基本方針だった。
世界初とも言える先進国の首都、人口が密集し、中心街にあっては高層ビル群の林立する近代的な都市空間のなかでの市街地戦闘であり、例えばアフガンやイラクで米軍が得たものとは、比べ物にならないこの戦訓は米軍も喉から手が出るほどほしい代物だろう。
「そうですねえ。
表現の自由、思想の自由がある以上は、規制線ギリギリでのシュプレヒコールぐらいなら構わんのですが、区域内に無断で立ち入ろうとする人間が多くて、それが困りましたよ」
「戦場の危険性を無視した人間の面倒すら軍任せ、そんな民間人に死傷者が出れば、左翼は軍を叩きにかかる。
そんな人間のために、600人も余分な任務に割かれることになった。
600人も人間がいたら、旅団隷下の両方の歩兵連隊にそれぞれ2個中隊を新編して、最前線に張り付けることができるのに」
現役兵により2個中隊を新編すると、戦時に連隊に編入される内の予備役中隊2個が横滑りで編成から弾き出される。
それを動員解除で予備役を減らすか、別部隊を新設するなどして減らさないかは、上が決めることだ。
「とりあえず、参謀本部よりの通達。
事態は終息に向かいつつあり。
陛下は東大病院で簡単な検査を受けた後、赤坂御用地に入られる予定となっていて、一応の安全は確保されているとのことです」
堀北少尉が特別憲兵部隊の隊員との会話を終えた頃合いを見計らった通信兵からの報告を受けて、堀北少尉は感慨深い気持ちになった。
佐竹、お前の守った陛下は無事だぞ。
お前も無事に戻ってこい、そう心のなかで呟いて、手術室の方に、ちらっと視線を流した堀北少尉は踵を返して、第二小隊の本隊と合流すべく、通信兵と共に玄関に向かう。
「第二小隊は、直ちに国防省警備に就き、事態の変化に備えよ。
とのことであります」
第二小隊の通信兵が、上級司令部からの命令を伝えた。
「了解。
これより第二小隊は、日本皇国軍統合市ヶ谷基地施設警備隊の増援に就く。
総員配置に着け」
誤字が多かったので、改めて投稿しました