飛行隊司令官よりの命令を受けて出動した、SH-60Mシーカイトのクルーたち4名は、SH-60Mを駆って、館山から東京に飛び、やっとの思いで千代田区皇居の上空にたどり着いた。
やっと、ここまで飛んできた。
そんな安堵の空気が、SH-60Mのなかを漂っていた。
「嘘だろ?
アパッチが墜ちてる……」
ちょうど坂下門の上空を通過したときに信じられないものを見たかのように、機長は絶句する。
「まさか、そんなわけないじゃないですか?
我が陸軍最強のヘリですよ」
機長の隣に座るコ・パイロットが言う。
信じられないことを目前にして、コ・パイロットは本音がぽろっと出たようだ。
安堵の空気が一瞬で消失すると、SH-60Mの機内を陰鬱とした重苦しい空気が支配する。
この場にあるのは、警戒感や恐怖心である。
そんななかで、機長は命令を下した。
「音探員、特号機材を準備せよ。
整備小隊により急設されたラック内に格納されている特号機材を、ソノブイ・シューターの脇に置いておく。
「音探員、投下用意。
特号機材の装填を急げ」
「了解」
音探員は、ソノブイ・シューターの蓋を開け、特号機材を装填を始める。
「陸軍が地上でドンパチやってます」
ふと顔を横に向けて、陸軍のいるはずの地上を見て、状況を報告した音探員が指示通り、ソノブイ・シューターに、第1弾を装填する。
技本の要員から手渡された取扱説明書を片手に慎重に、慎重に作業する。
「装填完了しました」
地上では、警告を受けた陸軍部隊が退避を始めるところだった。
「
何ぃ、友軍部隊が皇居内にまだいる?
分かった。
音探員は次弾装填の準備を急げよ」
陸軍との通話は、この場の最高階級者である機長が行っていた。
どうやら、皇居内に友軍部隊が残っているようだ。
「了解」
ヘリコプターの騒音のなかにも、4人は自らの仕事を継続していた。
都市上空というのは、海上を飛ぶ以上に気を使う。
「あれじゃないですか?
残っている友軍部隊って言うのは」
特号機材を装填中に、ふと外を見た音探員は指を指した。
「馬鹿者、方位と距離をはっきりさせろ」
音探員の曖昧な報告に対して、機長が後ろに怒鳴る。
「はっ。
方位10、距離2000、角度は45度」
機長は音探員が言った通りの方角を見る。
日本の植生に合わせた迷彩を使用している戦闘服を着た兵士たちが、ぞろぞろ進出している。
野戦防護衣と呼ばれる防弾チョッキを装着した兵士たちが、敵兵を蹂躙していた。
「おう。
あれか?」
それを眺めた機長は、改めて確認をいれる。
「おそらくは」
機長の問いかけに、音探員は頷く。
「
スピーカーからなら、バカどもにも聞こえるはずだ」
「了解」
機長の命令を受けた
「おい、そこのバカども。
さっさと坂下門から200メートルのところに戻れ。
これは命令だ、退避しろ」
「聞こえているのか?
おい」
大声で呼び掛けている。
だが、反応がない。
「ちっ、死にたがりのバカ共め」
マイクを叩きつけるように、
「こちらからの呼びかけを無視。
どうしますか?」
「改めて、陸軍にお伺いをたてる。
特号機材投下の是非をだ」
赤坂御用地、第1作戦軍司令部
「第二小隊はまだなのか?
やつらはまだ、撤退しないのか?」
仮設のテントには、多数の幕僚たちがいて、第1旅団の隷下部隊である第1通信大隊が、電纜を敷設して開設した電話越しに、現地部隊と連絡を取り合っている。
「攻撃はまだ行わないでください。
友軍部隊が、まだなかにいるらしく」
「第1旅団の特殊武器防護大隊を呼び寄せろ。
こうなれば、ヘリの誤爆も考慮のうちだ」
陸軍最大の戦闘単位である作戦軍は、通常は司令部のみで、旅団などのより実戦的な戦闘単位を持たない。
有事、戦時の際に、戦闘部隊を臨時に配備されて、初めて戦闘能力を保持しうるものである。
「司令官、ご決断を」
誰かが言った。
今までの各方面との調整に奔走している幕僚たちの発していた喧騒が、一気に静まり返る。
「奴さんらは撤退せえへんのか?」
「はい」
司令官からの問いかけに、幕僚の1人が答えた。
「しゃあないな。
仕方ない、奴らもろとも殺ってしもたれ。
わしが許可したる」
司令官の言葉に、幕僚たちが慌ただしく動き始める。
司令部に投下の許可を得ると、機長がそう述べた数刻後には、陸軍から許可が下りた。
いや、下りていたというべきか。
「
例の物を、落としてやれ」
日本皇国海軍沿岸警備部隊が装備しているSH-60Mは3つのタイプが存在する。
ソノブイ・シューターを搭載したタイプである1型、吊り下げ式ディッピング・ソナーを搭載したタイプである2型、両方を混載したタイプである3型である。
今回の飛行を行っているSH-60Mは、それら両方を混載した3型である。
ただでさえ、各種の重い機材を搭載した上に、今回の特号機材は重量がかさんでいる。
いつものSH-60Mの俊敏性などは見る影もなく、愚鈍な機体と成り下がっている。
「しかし、友軍部隊がまだ残っています」
「陸軍の上の方の許可は出ている。
今更ながら、俺たちが何をグダグダ言っても、結果は変わらん。
今は、自分の任務に集中しろ」
「了解、任務に集中します」
不満の色は隠せていないものの、
そして、目覚めの悪いこの気分を切り替えるために、自分の両頬を叩く。
「しゃあー」
自然と掛け声も出た。
気合いを入れ直し、ディスプレイに向き直る。
「音探員、投下用意。
マル特、ナウ・ドロップ」
ソノブイ・シューターから射出された特号機材は、重力の影響を受けて、加速しながら落ちていく。
速度がある程度まで加速すると、特号機材の頭部に装着されたパラシュートが開く。
特号機材の加速に一気に急減速がかかり、目に見えてゆっくりになる。
そして、ある一定の高度に達すると、特号機材の本体より霧状に噴出した唐辛子エキス入りの水が地上に降り注ぐ。
それを確認することなく、
「第2弾、投下用意。
装填急げ」
SH-60Mは、特号機材を必要量である15個ほど積み込んだ。
新開発の特号機材1個が7㎏ほどの重さであり、30個合わせての重さは200㎏を優に越える。
1個単位では、スーパーで売られている米袋程度の重さであり、音探員はすらすらと装填していく。
「装填完了。
いつでもいけます」
「了解。
マル特、ナウドロップ」
音探員の報告に、
2個目の特号機材も、1個目と同じように落下していく。
「今、思ったんですが、良いですかね?」
「構わんよ」
「なんで、うちなんでしょう?」
「は?
どういうことだ?」
間抜けな声を出した機長は、思わず聞き返してしまった。
そういうのは、柄じゃないと思いながらも。
「こういう暴徒鎮圧は、普通なら陸軍の領分でしょう?」
機長に聞き返された
「まあ、そうだな」
「なんで、UH-60Jを使わなかったのかなって、そんな細かいことを気にしちゃうんです」
日本皇国陸軍の保有するUH-60Jは、米軍のUH-60Aを、日本でライセンス生産したものだ。
本家本元の米軍の要求によってメーカーは、UH-60をベースにSH-60を開発したのだ。
SH-60ほどではないが、ベースとなっているUH-60も武装を取り付けることは可能である。
SH-60Mのように1機で、任務を遂行することはできないだろうが、2機以上の複数機の編隊を飛行させれば済む話だ。
「まあ、そうだな。
そんなことになっていれば、俺たちは今ここにいないだろう。
だが、俺はこれで、こうなってよかったと思ってる」
機長はそう言った。
「どうしてですか?」
しかし、
機長は改めて、
「これは、ある人からの受け売りなんだが、後世で歴史と呼ばれるものを作るのは、誰だと思う?」
「歴史を作るのは、ですか?」
「そうだ」
「政治家たちですか?」
「それは違う。
歴史を作るのは、今この時代を生きてる俺たちだ。
俺たちが何か行動を起こせば、それは歴史として記録される。
今回の件もそうだ。
歴史に名前は残らなくとも、歴史の1ページを飾る事件に関わったんだ。
それが、俺たちの誇りだ」
機長の言葉には、重みがあった。
「さあ、俺たちは、俺たちの仕事を終わらせよう」
調子の一転した声で、機長は言った。
「了解」
話をしながらも、作業を続けていたおかげで、特号機材の残りは半分を切っていた。
「残りはもう半分です」
特号機材の残り個数を、音探員は報告を入れた。
何回も装填を繰り返していただけあって、もう慣れきっていた。
「よし、やりきるぞ」
出動していたSH-60Mは、皇居上空で大きく旋回した。
次々、多数の特号機材を彼らは、阿吽の呼吸で落としていく。
「さあ、次で仕事も終わりだ。
酒盛りすんぞ」
機長の一声に、ウェーイと機内は盛り上がる。
「最後の1個、最後の1個」
酒盛りと聞いた音探員がノリノリで、装填を行う。
ソノブイ・シューターの蓋を閉め、
「装填を完了しました」
「最後の1個、投下用意。
最後の1個、ナウドロップ」
この空間にいる全員のテンションがおかしい気がするが、ヘリという密室空間ゆえに誰も気にする人がいないので、放置されている。
「よっしゃ、仕事は終わった。
館山に帰るぞ」
海に帰りたい…