東京都千代田区 皇居
第1中隊の連れてきた負傷者は、全員が重篤な状況にあった。
負傷者全員が、同量の唐辛子エキスを吸い込んでいるのだ。
唐辛子エキスの雨のなかにいたのであるから、当然のことである。
第1中隊が地面に寝かせた負傷者は、水をかけられることによって、体表についた唐辛子エキスを洗い流される。
この作業には、第2中隊が動員されて、第3中隊を支援していた。
「野戦病院からありったけの救急車を、ここに呼んできてくれ。
1個小隊だけじゃ対応できない」
国防大学校医学部出身の軍医であり、軍医中佐の階級にある大隊長は、すぐさま手が足りない状況を、現場から見てとった。
後方から応援を呼ぶか、すぐに後送しなければ、ここの能力は破綻するのだ。
「
以上だ」
中央特殊武器防護群、通称を中特防とするこの部隊は、化学防護戦司令部の直轄部隊であり、旅団の隷下部隊である特殊武器防護大隊とは、単純に規模と年季が違う。
1948年8月22日、陸海軍省復員局による再編計画が終了し、国防省と皇国陸海空軍が発足した。
それと同時に、旧陸軍の防疫給水部の要員を召集して、教育部隊として編成したのが、第101化学防護隊である。
そこを起点として、日本皇国陸軍の化学科部隊は、規模の拡大が図られてきたのだ。
1951年には、実戦部隊としての第102化学防護隊を新編し、続けて第103化学防護隊、第104化学防護隊を、新しく置いた。
さらに、イラン・イラク戦争が、1980年から1988年にかけて勃発し、その戦争の停戦間際である1988年3月16日に、化学兵器の使用が疑われるハラブジャ事件が発生すると、日本皇国陸軍は危機感を抱いた。
もし、日本にて化学兵器の使用が行われた場合、現状の勢力で対応できるかどうかである。
後に、634号研究として、シミュレーションされたこの研究は、冷戦下ということもあり、いくつかのパターンが想定された。
第1に、ソ連軍が北海道に侵攻し、日本皇国陸軍の防衛部隊の集結を妨害、または分断するために、後方地域で使用される場合。
第2に、朝鮮戦争が再燃し、韓国防衛のために、日本が米軍の出撃基地となり、それを妨害するために、日本という後方地域で使用される場合。
第3に、とある民間の団体が、テロ組織に変貌し、自らの政治的な目的の実現のために、各地で同時多発的に使用される場合。
大別して、この3パターンが上げられ、検討対象とされた。
いずれの場合においても、初動対応は現地の消防や警察が行うことになるだろう。
それでも、装備や要員の能力によって、対処しきれないと判断できる。
そうなれば、陸軍の出番であり、矢面に立たされる化学科部隊の増強は、必然であった。
参謀本部に直隷する化学防護戦司令部の創設と、第101から104化学防護隊を解隊して、2個大隊からなる化学防護群と化学防護戦研究隊、化学防護戦教育隊を置いた。
さらに、地下鉄サリン事件以降は、指揮隷下に1個大隊を新編し、3個大隊体制として、また名称を中央特殊武器防護群と改称して、24時間の出動体制の構築を行っているのに対して、旅団の特殊武器防護大隊は、1個大隊単体であり、対処能力には限界がある。
そのことを踏まえ、応援部隊の派遣の要請を命じた大隊長は、直ちに第3中隊の実施するトリアージに参加した。
「こいつは、すぐに後送しろ。
救急車はすぐに来るはずだ」
トリアージ用のタグは、日本皇国陸軍では使用していない。
代わりに、戦闘服の袖にテープを張り付ける。
死亡は黒、重傷であれば赤、軽傷であれば黄色という具合である。
今回はほとんどの連中が、赤いテープを腕に巻かれて、救急車による搬送を待っていた。
「多いな。
中特防の到着まで、ここは持つのか」
大隊長の脳裏に浮かんだ疑問は、すぐには晴れなかった。
赤坂御用地にある野戦病院から、次々と救急車が来ては、運び出されてきた負傷者を収容して、去っていく。
「第二小隊は、全員収容した。
敵兵の回収に移る」
最後の味方の兵士を連れてきた第1中隊の将兵が、大隊長に伝えた。
「こいつが最後か。
了解した」
慣れた手つきで、腕に赤テープを巻いて、救急車に乗せていく。
「次からは、敵兵だ。
気張ってかかれ」
手の空いた大隊長は、全員にそう声をかけた。
味方の負傷者と同じように、手当てをしていくものの、やはりというべきか、銃創や刺創のある重傷の敵兵、既に事切れている敵兵等が目立つようになってきた。
簡単な応急手当だけでなく、外科的な治療であっても、軍医中佐の階級にある大隊長や大隊に配属されている軍医たちによって、行えなくはないのだが、全員がトリアージに駆り出されていて、人員が足りない。
「おい、島田ァ」
戦場のなかで、トリアージを行っていた大隊長に、呼び掛ける声があった。
「これは山田少将の声?
でも、まさか」
「島田、そのまさかだぜ。
中特防、ただ今推参」
中央特殊武器防護群、陸軍化学科部隊の中枢、中核をなす部隊であり、大規模な作戦を遂行できるその部隊が、たった今駆けつけたのだ。
「取り敢えず、こっちには1個大隊を連れてきた。
赤坂の方にも、1個大隊を待機させてある。
気張ってかかるぞ」
中央特殊武器防護群群長である山田軍医少将は、島田軍医中佐の医学部時代の先輩だった。
「了解。
これより、医療支援車両を使った外科手術を行う。
こちらには、重傷者を優先しろ」
1個大隊の来援で、余裕が出た第1特殊武器防護大隊は、直ちに緊急の外科手術を行うこととした。
衛生大隊や野戦病院は、距離が遠すぎた。
そして、今、ここに運び込まれている者たちは、元々から怪我の程度のひどい者たちである。
今、トリアージを受けて、最優先で救急車での搬送されても、その途中に、死亡する確率の方が高い。
「手術ですか?」
「そうだ。
直ちにかかるぞ」
大隊長の台詞に疑問を呈した部下に、大隊長である島田軍医中佐は返した。
そうしている間にも、医療支援車に積載されていた手術衣を着込んだ大隊長は、手術の準備を始めていた。
緊急事態の際には、特殊武器防護大隊の要員が手術を行うことを、陸軍上層部も認めている。
だからこそ、衛生大隊や野戦病院に次いで、軍医の配属数が多いのだ。
また、銃撃による負傷であれば、手術で救える命もあるはずだ。
「野外手術システムもありませんよ。
装備的に不可能では?」
部下の指摘に、大隊長は莞爾として、笑って言う。
「そのために、中特防を呼んだんだ。
道具は全て、ここに持ってきてるはずだ」
麻酔とそれを扱う麻酔科医も含めて、全ての準備は整った。
それに、現用の医療支援車には簡易ではあるが、手術できる装備を付与されている。
手術に対しての、障害もなくなった。
「副大隊長、指揮は任せた」
救急救命士の資格を持っている副大隊長は、恙無くこの現場の指揮を執れるはずだと、大隊長は確信していた。
特殊武器防護大隊の要員は、衛生大隊の要員以上に、救急救命士の資格取得に熱心だった。
それは、少なくとも医師や看護師資格の取得に比べれば、それほど予算も時間も喰わないからだ。
また、国防大学校医学部出身の軍医や、特定技能幹部候補生として採用された一般大学出身の軍医の割り当ては、陸軍内では野戦病院や衛生大隊が優先されて、化学科部隊にはなかなか回ってこないという事情もある。
そのために、化学科部隊の求める最低の技能レベルが、救急救命士の資格なのである。
「はいはい、分かりましたよ。
トリアージは、我々のような本職に任せて、大隊長は自分にしかできないことをしてください」
そんな事情は、長く陸軍で暮らしている副大隊長も理解している。
また、大隊長が根っからの医者であることも、彼には分かっていた。
副大隊長のその言葉に、片手をあげることで、大隊長は返事を返した。
医療支援車には、東京消防庁の保有する
それを手術台に転用する。
そうできるように、車内の天井にはライトも据えられている。
車体下のスペースにある燃料電池から、車内で使用する電力の供給を受けるなど、システムの独立性にも留意されている。
「直ちに、緊急の開腹手術を行う」
青緑の手術衣を着用し、頭には同じ色の帽子を被り、マスクとゴーグルを着ける。
腹部に被弾した敵兵を連れてきて、手術台に寝かせた。
そこへ、直ちに麻酔科医による麻酔が行われ、手術の準備が進む。
「メス」
「はい」
腹の被弾の痕を、丹念に見てとる。
そして、助手の看護師から受け取ったメスで開腹する。
内蔵の一部をズタズタにしながら、それでもわずかな隙間を抜けて、貫通していた。
輸血を断続的に行いながら、肝臓の出血を止めるために、傷口を塞ごうとする。
こうした場合に、最適な装備がある。
体内用絆創膏と部内では、呼称されているものである。
ある暇な軍医の1人が、体内組成の研究と同時に、主要な内蔵の壁を構成する要素の研究を行い、それを固形化することによって、体内での出血を抑制し、また、人間の持つ自己再生能力を向上させるという効果を得た。
それを切り開いた腹のなかの臓器に、貼り付ける。
拒否反応もなく、それは傷口を覆った。
開腹した傷口を縫合して、包帯を巻く。
「よし、終わった。
次」
大隊長が、今やっていることは、応急手当どころの話ではない。
当たり前の話ではあるが、軍医の仕事は、戦場で発生した負傷者の救護である。
兵科の違いはあっても、それが軍医の使命である。
その使命を完遂するために、島田軍医中佐は奔走していた。
臨時に設置した天幕の病床に、手術を終えた敵兵を収容する。
皇居内には、既にほぼ3個中隊の兵士が入って、負傷者の捜索に当たり、第2中隊以下の除染作戦に従事する部隊は、その準備に追われていた。
各自が各自の仕事を全うしている。
「手術器具、持ってきました」
中央特殊武器防護群の隷下の1個大隊に所属する第3中隊の要員が、手術の補助をしてくれる。
日本皇国陸軍の保有する
拡張パックは、中央特殊武器防護群装備運用隊、各補給処の衛生装備隊に装備されていて、必要と判断された場合に、各部隊に貸与される。
だからこそ、衛生面で安全な手術が行えるのだ。
「ありがとう」
大隊長は礼を言ってから、次の患者に取りかかった。
出動してから数時間がたち、昼も過ぎて、太陽が西に傾き始めた。
「よし、これで終わりだ」
数百名に及ぶと見られている敵兵は、広大な皇居敷地内の至るところに倒れていた。
既に死体となっているものは放置されていて、負傷者は第1特殊武器防護大隊まで、随時、運ばれていた。
トリアージや緊急手術を受けた負傷者は、赤坂御用地にある野戦病院に後送された。
「除染作戦の具合は?」
幾人もの血で染まった手術衣を脱いだ大隊長は、大隊本部の天幕に戻った。
「はっ、いつでも行けます」
敵兵も味方も、全員を救助した。
だから、吸収剤の使用に障害がなかった。
「よろしい。
直ちに準備せよ」
道路上に設置した大隊本部の一画に、停車した拠点機能形成車には、任務を終えた第1中隊が、休息をとるために集まっていた。
「第2中隊、集合」
それと入れ替わるように、中央特殊武器防護群からの増援を受けた第2中隊の面々が、皇居に入るために準備していた。
「作戦について、説明する。
我が部隊が保有するタンクローリーより、吸着剤の散布を行い、的確に処理する。
また、水中の汚染状況について、別途で調査を行い、適宜、処理する。
以上だ」
戦闘服に戻った大隊長が、集合した第2中隊の隊員に対して、作戦の説明を行った。
既にタンクローリーには、放水銃が設置され、いつでも作戦の決行が可能であった。
「放水用意」
タンクローリーの上部には、第2中隊の兵士が立って、いつでも作戦を開始できるように待機していた。
散布用のホース、それに吸収剤を送るためのポンプ、そしてそれらを扱う兵士たちが配置に着いた。
「放水始め」
大隊長の号令と共に、第2中隊の兵士たちが放水を始める。
吸収剤を含んだ水は、皇居内に降り注いだ。
有害物質を吸着させた吸収剤は、空気中の窒素と反応して、白く固まり始める。
「うわあ、グチョグチョしてやがる。
精液かよ」
回収の担当に当たっている兵士が、固まった吸収剤を持ちながら、そう呟いた。
固まっても、未だに粘度の高いこれは、確かにそれに見えるが、それを言うことはセクハラになりかねない。
白く固まった吸収剤は、一輪車に乗せられると、後方に運ばれる。
そこに用意されていた気密容器に、流し込まれて封印されると、日野駐屯地内に設置された高温処理炉に放り込まれる。
1700度という超高温で、灰すらも残らぬように、燃やし尽くされる。
皇居脇に停車した74式特大型トラックに、その気密容器が運ばれていく。
74式特大型トラック1台で、40個もの容器を運搬可能だ。
トラックが1台、また1台と出発しては、到着してを繰り返していく。
「グリッドナンバー、A1からA16が完了。
Bエリアに入ります」
グリッド地図の大きなマスには、AからZまでの数字が、そのなかを4×4に区切るなかには、1から16の数字が割り当てられている。
適宜、第2中隊からの報告を受けて、一つ一つの小さなマスが塗りつぶされていく。
「吸収剤の補充は、在庫が到着し次第、行う。
最新の情報を、常に送らせろ」
「JR貨物の特別便が、京都と仙台を出発しました。
明朝には、品川と上野に到着します」
やはりというか、陸軍の初動は早かった。
吸収剤の在庫が足りないと見ると、東北補給処や関西補給処の在庫を、補給本部鉄道部の保有する貨車に積み込ませ、そのまま機関車を連結させると、東北本線や東海道本線に乗り入れて、一路東京を目指している。
「吸収剤の残量、7割」
「5割を切ったら、報告しろ」
大隊本部に集まる情報は、大隊長の元へと集約されている。
「首都圏にある全ての在庫が到着しました。
至急、溶剤と混合します」
「野戦病院から要請。
医師の数が足りないそうです。
うちから何人か、寄越せって言ってきてます」
「黙殺して、構わん。
第3中隊の要員に、暇な者などおらんのだ。
未だに、負傷者の後送は終わっていないと言うのに」
奴らは何も分かってないと、ボヤく大隊長の言葉の通り、病院ではないはずの天幕に、未だに山のように残る負傷者たちは、ここで必要な応急手当を受けて、後送されることを待っていた。
監視を行う要員は、第3中隊から抽出している。
戦闘を終えたばかりの歩兵部隊は、こんな状況ではあるが、戦場掃除に駆り出されており、そこからの応援は見込めない状況だ。
「了解」
救急車の到着自体が遅れてきており、負傷者がいっこうに減りそうもない状況下では、応援を派遣することすらも難しい。
捕虜等の取り扱いは、国際法や関連する国際条約の条文においても、かなり曖昧な部分が多く、細心の注意が必要である。
今回の場合、この全員が規定にある軍服等を着用していない。
このことが、事態をさらにややこしくしていた。
捕虜の取り扱いには、十分な注意が必要だと判断し、部下たちにもその旨を了解させましたとは、第1特殊武器防護大隊の大隊長が、国会で語った言葉である。
結果として、第1特殊武器防護大隊の尽力は、東京の混乱を鎮める上で、必要不可欠なものであった。
除染作業は、1週間ぐらいを目処としており、皇居の敷地面積の大きさを考えれば、吸収剤の効果はてきめんであると言えた。
話、ずれてる気がする。
目が疲れてるのか、頭が疲れてるのか。