埼玉県狭山市稲荷山2丁目3番地にある日本皇国空軍入間基地には、情報本部情報業務・防諜業務群公安部隊東部方面隊本部と関東地区隊が所在している。
入間基地の本部庁舎の脇に建つ6階建ての建物に、入間憲兵隊、さらには日本皇国軍情報保全隊入間基地派遣隊と同居している形となっている。
同じような業務を実施している彼らではあるが、任務の内容や指揮系統は大きく異なる。
統合参謀本部長直轄組織である情報本部を上部組織に持つ公安部隊に対して、情報保全隊は国防大臣に、憲兵隊は所在基地もしくは地区の司令官に直隷するとされており、事務連絡機関として憲兵隊司令部が統合参謀本部の下にあるのみである。
また、公安部隊が軍内外において、防諜活動ならびに情報収集活動を実施しているのに比べ、情報保全隊は軍内部における情報活動、また憲兵隊は軍内部における司法警察活動、軍人の関係する事件の調査が主な仕事であり、その力は大きく差がある。
「奴らの拠点はどこだ?
隈無く探せ、必ずどこかにあるはずだ」
作戦指揮本部と化した会議室の机の上には、大きな地図が広げられていた。
そこには、多くの情報が貼り付けられ、電話が設置されていた。
そのうちの1台の電話に、着信があった。
近くにいた係員が、電話機にとりつく。
「群馬県警公安課よりの通報。
最終的に群馬県内のNシステムにNヒット……」
日本皇国陸軍歩兵部隊が都心部にて、敵工作員と激闘を繰り広げている最中にあって、公安警察や情報部隊は全力をあげて捜査に当たっていた。
「最前線にいる奴等が命懸けてんだ、俺等は命を懸けることはない分、他のことに全力を尽くすのが筋だろうぜ」と、上司は言う。
さらには、現場のレベルで報復策の検討すらも、考えられており、そのうちの現場の責任で起こせるものはすでに実施されていた。
「対象の拠点は、防犯カメラ捜索の結果、榛名山付近にあると思われます」
短い会話の後に、係員が報告をあげる。
現在、首都圏内及び近接する地区に所在する各部隊は
統合参謀本部事態対処チャットからは、入系した各部隊に対して、情勢報告が送られている。
第1旅団の激闘はまだ続いている。
海では、羽田空港沖合にて、沿岸警備部隊と不審船が戦闘を開始したとの報告も入った。
「直ちに特殊部隊を送り込め。
すぐにでも、制圧するのだ」
陸軍の特殊部隊は、既に大宮駐屯地や宇都宮駐屯地に展開して、すぐにでも出動が可能な状態だ。
海軍特殊部隊が最前線に近いところにいるのに お 対して、陸軍が通常部隊の編成のみを皇居に送り込んだのには、いくつかの理由があった。
情報本部情報業務・防諜業務群公安部隊中部方面隊中国地区隊からの報告により、密入国した工作員の存在が知らされていたことがある。
密入国を手引きした人物の供述は、記憶の曖昧なところがあり、総数までははっきりしなかったのである。
「俺たちも現場に向かうぞ」
隊長の言葉に、走り出した隊員の一人の頭のなかに、沿警隊の捕まえたあれは、今思えば僥倖だったのかもしれんなと言う考えが浮かんだ。
そうかもしれないと思いながらも、そんなことを考えている暇は、彼らにはなかった。
榛名山中にあった敵拠点には、陸軍特殊部隊が攻撃を仕掛け、制圧を完了していた。
その特殊部隊の活動の前には、情報収集に当たった情報要員達の血と汗の努力があった。
一夜のうちに、特殊部隊による攻略は完了し、現場は駆けつけてきた情報本部の要員に引き渡された。
薬莢や銃器の回収や死体の収集などといった戦場掃除のために残る特殊部隊員の他は、既に駐屯地に帰還しており、ここに残るのは血と硝煙の臭いにまみれていた。
「こりゃあ、ひどいな」
地元の大宮駐屯地から借り出した高機動車から下りた要員が、足下に転がる死体を見ながら言った。
情報本部の車両は、軍の一般車両とほぼ同仕様のものを採用している。
今回、乗ってきたのは、高機動車であり、
昨夜には鮮血の撒き散らされた現場は、今では黒ずみが残るのみとなっていた。
「敵さんの服装は、至って普通……じゃありませんねえ」
転がっている敵兵の死体、下はカーゴパンツにこれは見た目には普通に見える。
だが、死体を動かしてみて、さらには服を脱がせてみると、Made in Koreaの文字がタグに印刷されていた。
「韓国産の物品は、我が国は輸入することはないのにな」
7.62㎜のライフル弾が数発、胴体に命中して、絶命したと見られるこの死体の服には、
「これはきれいな
名前が読み取れるぞ」
布製で、そこまでの強度はない
「キム・ヨンファ。
これがこの死体のの名前かな?」
ハングル文字の読み書きや韓国語の会話は、対朝鮮半島情報を取り扱う部署では必須とされているスキルである。
米国国務省の韓国を担当する外交官を講師として招き、韓国語の習得を行わせるのである。
少なくとも、韓国の情報機関よりは、日本の情報機関の方が柔軟であった。
死体から調べることは、専門部隊である公安部隊関東方面科学調査隊法医科学班の仕事である。
死体袋に詰められた死体は、冷蔵トラックに載せられると、埼玉にある国防大学校医学部附属病院に送られる。
隣の芝は知らないことの多い日本皇国軍の部署において、
別荘地は人の手が、表向きは入っていないことになっている。
どの建物を見ても、廃墟に近い状態で放置されており、雨風を凌ぐので精一杯のようだ。
「やはり奴らは、ただの一般人ではない。
過酷な訓練を何度も受けた軍人たちだ」
この空間は、一般人には耐えられない。
どこからか異臭が漂い、これが人が生活していた時の臭いであったとしたら、耐えられない臭いだ。
「ゴミ、ゴミ、ゴミ、どこを見回しても、ゴミだらけやないか。
こりゃあ、臭うに決まっとるわ。
ここに残ってるのは、後方支援要員か?」
「どうやら、そのようです。
証拠品の一部はすでに破棄されており、証拠は集められそうにありません。
破棄の仕方は、プロのやり方に近いですね」
警察の鑑識ならば、見過ごされてもおかしくない。
そんなレベルまで、破棄を進めていた。
「破棄を進めていたということは、奴らも実行部隊が帰ってくることは、はなから期待してなかったゆうことやな」
「そのようです」
部下の言葉を聞いた班長は、あるものを見つけた。
「キムチや。
大久保のコリアンタウン製やな」
朝鮮ではキムチは国民食であることは有名であるが、朝鮮で作られているものと日本で流通するものとは、味が根本的に異なる。
開けて匂いを嗅いだだけで、製造元を断定する。
本場のものに近い匂いであったからだ。
朝鮮系土台人組織の内偵を続けていた彼には、大久保のコリアンタウンに入ったこともある。
観光客のふりをした調査では、
「いくら、キムチがポピュラーなってきた言うたかて、こんなに食うんは朝鮮人くらいや」
キムチはまだまだ大量にあった。
「この箱の中身は、すべてキムチです。
大体、キロ単位で包装されてますね」
「全部押収せい。
土台人の基盤は、まだまだでかいちゅうことが、これで分かったんや、それだけでも儲け物やと思うで」
これから、この事件の捜査が終わっても、彼らには続けなければならないことができた。
大久保に所在する土台人組織の内偵である。
「お前ら、次の仕事ができたぞ」
数時間に及ぶ現場の捜索は終了した。
現場を見た限りでは、数百人が生活していた形跡を確認でき、韓国の関与が認められた。
「ふう、よろしい」
現場から集められるだけの情報は、日本皇国軍情報部員の手によって、収集できた。
残りの仕事は、科学の力を使い、すべてを明らかにすることだ。