WarLines 日本皇国海軍士官奮闘録   作:佐藤五十六

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VOYAGE.53

東京都新宿区市ヶ谷・日本皇国軍中央病院特別病室

そこには、今回の騒動における最大の功労者である佐竹中尉が、入院していた。

より多くの医療スタッフ、そして最新、最高の医療機器や技術を投入して、佐竹中尉は延命に成功していた。

その裏には、重傷を負ったものの、放置された負傷者の存在があった。

「退避命令を無視した馬鹿共は放っておけ」と言い、佐竹中尉の治療を優先するように命令したのは、統合参謀本部長の河野大将であった。

「状態は安定しています。

数日中にも目を覚まし、歩行可能なレベルにまで回復するものと思われます」

眼鏡をかけた女性医官が、カルテを見ながら、言う。

「だが、これは聞いてないぞ」

「私も予想していなかった事態です。

マウスでの実験の際には、このような症例は見当たりませんでした。

かなり稀に、このような女体化いえ、性転換現象が副作用として、生起するようです」

この分析は的を射ているようで、的外れであった。

なぜなら、副作用であることは間違いないが、ごく稀ではなかったからである。

人間での治験は今回ではじめてであったため、確認ができていなかったのである。

詳しい原理はわからないが、体組織の修復の段階で、人間の遺伝子の性別を決定するY遺伝子が汚染され、X遺伝子に変容するものであったためである。

「治る見込みは?」

「確実とは言えませんが、もう一度この薬を投与すればあるいは」

「ふむ、確実でなければ困るな。

無論、こちらとしては治らなくとも、困らないのだが」

言外に、確実に治るよなあという圧力を込めて、田中大将は言う。

「それに最近は女性海軍軍人(WAVE)も増えているからな。

そんなに目立たないだろうが」

WAVEというのは、Woman Accepted for Volunteer Emergency Serviceを略した言葉であり、女性海軍軍人を意味する言葉である。

「速やかに治療法の完成を急ぎます」

「そうしてくれるか。

そのための人員、機材は優先的に回す。

無論、人権もない奴隷もだ」

「奴隷もですか?」

「ああ、今回の事件の捕虜、さらには凶悪事件の死刑囚、日本皇国軍及び公安警察が秘密裏に処分したい人物、それらの人物は諸々の官庁が書類を書き換えれば、十分に存在を抹消できる連中だ。

使い潰してくれて、構わない」

田中大将の言葉は、人体実験を繰り返しても構わないと言う許可だった。

「了解しました。

直ちに取りかかります」

「うむ、田所少佐、万が一、万が一にも失敗したのなら、分かっているね」

田所美沙少佐の肩に、ポンと手を置いた田中大将はそのまま病室を去っていった。

 

病室のベッドに寝かされた佐竹中尉は夢を見ていた。

自分達に集まってくる工作員に、滅茶苦茶に撃たれる夢であった。

「このくそ野郎共、ぶっ殺してやる」

呻き声と共に、佐竹中尉の罵声が漏れる。

そこから数分呻いた後に、佐竹中尉は目を覚ました。

「ここは?」

目が覚めたら、見知らぬ天井だった。

そんな事情以上に、驚くべきことは自らの声だった。

声変わりする前と比べても、かなり高いソプラノ声だった。

そして、自分の胸を見ると、盛り上がっていた。

「なんじゃ、こりゃあ」

佐竹中尉の絶叫が、中央病院に響き渡った。

夢の内容すらも、忘却の彼方に向かうような衝撃だった。

そんなときに病室のドアが開き、女性が入ってきた。

「目を覚まされたようですね。

私は、国防大学校医学部付属病院外科医官、田所美沙少佐です。

佐竹中尉の主治医を勤めます」

「はあ、すみませんが、この状況に対する説明を求めます」

「分かりました。

まず、怪我の説明から行います」

田所少佐の言葉に、佐竹中尉は頷いた。

「戦闘における銃創は全身に及んでいたため、早々に我々、医官は外科的治療を諦め、私が開発中だった新薬の投与という方針に切り替えました」

田所少佐の説明に、佐竹中尉は大きく頷いた。

「説明を続けます。

私の開発した新薬は、艦隊娘これくしょんに出てくる高速修復材のようなものです。

体内の修復力を前借りして、その効果を数倍に増幅して作用させるというものです。

その効果の高さは、佐竹中尉の体を見ればわかりますが、思わぬ副作用がありまして、これより副作用を研究していきます。

それで今後の治療の方針ですが、薬の半減期及び体の修復力の回復を待ち、再度、投与します。

そこまで、およそ半年から1年の予定です」

「分かりました」

 

 


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