東京都新宿区市ヶ谷・日本皇国軍中央病院特別病室
そこには、今回の騒動における最大の功労者である佐竹中尉が、入院していた。
より多くの医療スタッフ、そして最新、最高の医療機器や技術を投入して、佐竹中尉は延命に成功していた。
その裏には、重傷を負ったものの、放置された負傷者の存在があった。
「退避命令を無視した馬鹿共は放っておけ」と言い、佐竹中尉の治療を優先するように命令したのは、統合参謀本部長の河野大将であった。
「状態は安定しています。
数日中にも目を覚まし、歩行可能なレベルにまで回復するものと思われます」
眼鏡をかけた女性医官が、カルテを見ながら、言う。
「だが、これは聞いてないぞ」
「私も予想していなかった事態です。
マウスでの実験の際には、このような症例は見当たりませんでした。
かなり稀に、このような女体化いえ、性転換現象が副作用として、生起するようです」
この分析は的を射ているようで、的外れであった。
なぜなら、副作用であることは間違いないが、ごく稀ではなかったからである。
人間での治験は今回ではじめてであったため、確認ができていなかったのである。
詳しい原理はわからないが、体組織の修復の段階で、人間の遺伝子の性別を決定するY遺伝子が汚染され、X遺伝子に変容するものであったためである。
「治る見込みは?」
「確実とは言えませんが、もう一度この薬を投与すればあるいは」
「ふむ、確実でなければ困るな。
無論、こちらとしては治らなくとも、困らないのだが」
言外に、確実に治るよなあという圧力を込めて、田中大将は言う。
「それに最近は
そんなに目立たないだろうが」
WAVEというのは、Woman Accepted for Volunteer Emergency Serviceを略した言葉であり、女性海軍軍人を意味する言葉である。
「速やかに治療法の完成を急ぎます」
「そうしてくれるか。
そのための人員、機材は優先的に回す。
無論、人権もない奴隷もだ」
「奴隷もですか?」
「ああ、今回の事件の捕虜、さらには凶悪事件の死刑囚、日本皇国軍及び公安警察が秘密裏に処分したい人物、それらの人物は諸々の官庁が書類を書き換えれば、十分に存在を抹消できる連中だ。
使い潰してくれて、構わない」
田中大将の言葉は、人体実験を繰り返しても構わないと言う許可だった。
「了解しました。
直ちに取りかかります」
「うむ、田所少佐、万が一、万が一にも失敗したのなら、分かっているね」
田所美沙少佐の肩に、ポンと手を置いた田中大将はそのまま病室を去っていった。
病室のベッドに寝かされた佐竹中尉は夢を見ていた。
自分達に集まってくる工作員に、滅茶苦茶に撃たれる夢であった。
「このくそ野郎共、ぶっ殺してやる」
呻き声と共に、佐竹中尉の罵声が漏れる。
そこから数分呻いた後に、佐竹中尉は目を覚ました。
「ここは?」
目が覚めたら、見知らぬ天井だった。
そんな事情以上に、驚くべきことは自らの声だった。
声変わりする前と比べても、かなり高いソプラノ声だった。
そして、自分の胸を見ると、盛り上がっていた。
「なんじゃ、こりゃあ」
佐竹中尉の絶叫が、中央病院に響き渡った。
夢の内容すらも、忘却の彼方に向かうような衝撃だった。
そんなときに病室のドアが開き、女性が入ってきた。
「目を覚まされたようですね。
私は、国防大学校医学部付属病院外科医官、田所美沙少佐です。
佐竹中尉の主治医を勤めます」
「はあ、すみませんが、この状況に対する説明を求めます」
「分かりました。
まず、怪我の説明から行います」
田所少佐の言葉に、佐竹中尉は頷いた。
「戦闘における銃創は全身に及んでいたため、早々に我々、医官は外科的治療を諦め、私が開発中だった新薬の投与という方針に切り替えました」
田所少佐の説明に、佐竹中尉は大きく頷いた。
「説明を続けます。
私の開発した新薬は、艦隊娘これくしょんに出てくる高速修復材のようなものです。
体内の修復力を前借りして、その効果を数倍に増幅して作用させるというものです。
その効果の高さは、佐竹中尉の体を見ればわかりますが、思わぬ副作用がありまして、これより副作用を研究していきます。
それで今後の治療の方針ですが、薬の半減期及び体の修復力の回復を待ち、再度、投与します。
そこまで、およそ半年から1年の予定です」
「分かりました」