VOYAGE.56
「佐竹中尉は、あの時、国防大学校学生だったと思うんだが、どうして上海のことを?」
病院の地下駐車場に止まっていた車両に乗り込むと、高野少尉は開口一番そう言った。
「いえ、縁がありまして、そこに行くことになったんですよ」
「はは、縁ですか?」
「台湾総統の孫介石さん、我々が助けにいった。
その方と知り合いだったんですよ」
「知り合いですか?」
「日本としては日台相互防衛条約として、台湾軍の要請があれば、軍事行動を起こさざるを得ない訳ですがね。
特に救出作戦ともなれば、味方と識別できなければならない。
正規の行動ではないから、制服や部隊章を着けていくわけにはいかないし、そこに知り合いがいれば、違うだろうという判断で、戦地に送られた訳ですね」
「それはついてないですね」
「にしても、あの時は死ぬかと思いましたけどね。
初っぱなから空挺降下させられましたし」
「あの時は初度潜入部隊は空挺降下で進出したんでしたね。
私は二次部隊だったので、輸送艦からの上陸だったんで楽でしたけどね」
「都市全域を制圧するなんて、数百人の部隊では無理がありすぎましたね。
本来なら数時間、監禁されていたビルと港湾エリアを守ればよかったはずなんですけど」
「まあ、あれは、失敗して当然の作戦だったんですけどね」
「まあ、郊外の空き地付近に空挺降下で進出して、目標のビルを制圧して救出したまではよかったんですが、そのあとが不味かったですよね」
「ああ、数個師団の展開が速かったことですね。
敵の攻撃によって、ビルとの間が敵に制圧されてしまったこと、あれは酷かった」
「幾重にも包囲されて、救出部隊は孤立しましたしね。
ゲリラ的に襲撃してくる中国軍を、撃退する度に人数が減って、終いには私が銃剣突撃して包囲網を突破したんですよ」
「あの時の混乱は、酷かった。
我々は港湾の防備に就いていたんですが、我々も市内に投入されましてね」
「台湾軍が作戦の指揮を執ってたらしいですね」
「ああ、だからか。
港湾部から市内に出向いた部隊は、あっちこっち行かされた上に、台湾軍の盾に近いこともやらされたって言ってましたね」
「ぐちゃぐちゃにかき回されて、あれならまだ数個の師団を動員して、限定的侵攻を行うべきでしたよ」
「上海は広すぎるでしたか?」
「報告書にはそう書かれてたんですね。
懐かしいなあ」
新宿にある国防省を発って、10分、車は総理大臣官邸の敷地内に入った。
「昔話をしていたいところですが、目的地に到着しました。
続きは個人的にやりましょうか?」
「そうですね、そうしましょう」
東京都千代田区永田町
首相官邸地下にある危機管理センター、現在は東京都同時多発襲撃事件対策本部が設置され、東京の情勢を見守っていた。
未だに公安警察、憲兵隊の捜査の終わらぬ状態では、対策本部は解散できないというのが、内閣の判断だった。
「佐竹中尉、今回の事件では苦労をかけました。
陛下を守ってもらったこと、閣僚一同、深く感謝しています」
危機管理センター区画に入った佐竹中尉を出迎えたのは、総理大臣以下の全閣僚だった。
「早速で悪いが、状況説明を頼む。
ああ、心配は要らない。
公安警察と憲兵が、私も含めて、ここにいる全員の身辺調査をしているからね」
今日行われる状況ブリーフィングは、定例のものである。
本来であれば、統合参謀本部長、情報本部長の2名が報告に現れるのだが、特別措置として佐竹中尉も参加させられた。
「では、始めてくれ」
「了解しました。
竹島方面の情勢報告について、現在、第3艦隊が展開しており、韓国軍の攻勢は起こり得ないとの判断であります。
また、第2艦隊が釜山近海において警戒監視中ですが、異常な行動は報告されておりません」
「竹島はそうだろうな。
今の韓国軍には、陸軍以外には予備戦力はない」
防衛大臣は元軍人なだけあって、理解も早かった。
「米国としても、今回の件をきっかけに在韓米軍の縮小に動き出すと思われます」
「あの大統領にしては、遅すぎる決断だな。
まあ、米国製兵器の顧客ではあるからな。
同盟国という関係をもとに、売りまくったわけだが」
総理大臣の発言に対して、官房長官が言葉を繋ぐ。
「これまで韓国は、対北作戦を放棄した戦略を取り続けてきた訳だが、本土防衛はどうなる?」
「今回の作戦において、兵員を消耗したのは、海空軍と海兵隊のみです。
無論、陸軍も我が軍の上陸に備えて、展開していましたが、直接の戦闘は少なかったため、損害は少ないものと思われますが、空軍力の低下には、一時のリスクがあるものと思われます。
現在、即応可能な空軍力は米空軍のF-16戦闘機で編成されている2個戦闘航空団のみです」
韓国軍はただでさえ、稼働率が低いのに、この攻撃で主力機を消耗していた。
韓国空軍には、F4E戦闘機もしくはF5E戦闘機の第3世代機しかなかった。
これでは、万全とは言えないだろう。
F4Eは日本皇国空軍でも採用されていた機種だが、後継として採用されたF35A戦闘機に後を託して、既に
「機数で言えば、どのくらいになるんですか?」
「およそ160機です。
ただ、これは定数の機体数であり、在韓米軍の過去の稼働率を考慮すると、110機ほどかと思われます」
「大体、60%くらいかな。
本国や日本の部隊は、70~80%と聞いているが、1割くらい低いな」
「長期的に軍事力のプレゼンスを維持するために、わざと稼働機を減らしているのでしょう。
韓国においては、我々が生殺与奪の権利を握っておりますので、米軍は長期間の展開を目的として、わざと稼働機を減らしているのでしょう」
「仮に全機分の消耗品を補給してもらったとすると、それを100機分しか使用しない。
じゃあ、残りの60機分の消耗品は、ストックできるということか」
統合参謀本部長の言葉に、副総理が分かりやすく口に出す。
副総理の解説に、閣僚の何人かはなるほどと口に出した。
「その通りです。
仮に日韓の戦争が勃発しても、1ヶ月間の作戦行動が可能と思われます」
「結局、撤収したら同じだがね」
「いえ、軍人というものは、常に現状を維持することを求める生き物ですよ。
特に撤退しない場合はですね。
駐留軍の撤退を決断するのは、首脳の仕事ですから」
「ふむ、確かに重大な決断をするのは、我々政治家の仕事だな」
「そして、一時駐留拠点を我々に求めてくると思われます」
「駐留経費はどうなんだね?」
「そこまではわかりませんが、今の大統領は請求してくるかもしれません」
「我々としては、払う義理はないのだがね。
軍の予算的にはどうですか?」
「1年や2年なら問題ないと思いますが、それよりも土地の問題があります。
ご存じの通り、在日米軍は現在、横田、横須賀、佐世保、キャンプ座間、キャンプシュワブ、ホワイトビーチ、岩国、三沢の各基地にのみ展開しています。
また、我が軍の弾薬庫、燃料廠を共有しており、完全に後方支援機能、兵站基地としての機能のみであることが分かります。
そこに新たに、1個旅団戦闘団を受け入れる余裕はありません。
また、2個戦闘航空団を収容できる航空基地はありません」
「そこで新たな基地の要求か?」
「その通りです」
「人員だけであれば、速やかに本土に帰還できますが」
「兵士だけは輸送機に乗れますからね」
「その通りです。
ですが、重装備はそうはいきません」
十数年前、陸軍参謀本部作戦部運用課長の職にあった河野大将は、当時から重装備の展開計画に頭を悩ませていた。
長距離輸送ともなると、JR貨物との調整、海軍の輸送艦もしくは民間商船の手配、とれる手段は限られていた。
「確かに戦車や装甲車や火砲は、航空機で運べん。
皇国陸軍もそうだし、米軍もそうだったな。
戦車は船舶か専用トレーラー、装甲車でも船舶か鉄道輸送に頼っている」
総理大臣は軍事には門外漢だったはずだが、よく勉強されていた。
「船舶の手配等の問題もあります」
「陸軍の演習場を転用できないか?
さすがに、今さら在日米軍基地を増設はできん」
「大半の演習場は、内陸にあるために、重装備の搬入はリスクが大きすぎます。
特に、反在日米軍の動きは未だにあります。
新たな米軍の動きは、彼らを刺激する恐れがあります」
「米軍基地撤去に対する先人たちの苦労を、我々は知っている。
本土で、沖縄で、それに米軍が進駐したそれぞれの国であったことは、とてもじゃないが口には出せない」
過去、在日米軍兵士は、日米地位協定を知ってか知らずか、好きにやりたい放題やってきた。
日本皇国軍は、その状態に対し、腹に据えかねていたし、それは警察も同じだった。
だからこそ、基地警備の名目で、陸軍部隊が各基地を包囲し、人の出入りを規制した。
「米軍にも善良な人物は多いのだがね。
悪い話の方が広まりやすい、日本人の性質かもしれんが」
「他人の不幸は蜜の味と言うことですよ。
何か事件が起これば、野次馬がうじゃうじゃと出るようにね」
「韓国で波乱が起これば、我々は否応なしに巻き込まれるそこを考慮しておかないとな。
明治の元老が、朝鮮を併合した理由がわかる気がするね。
奴らは、自分本位過ぎる」
「我々の仕事の範疇ではありませんので、」
「いや何、ただの愚痴だ。
やつらの考えることは、何一つとして分からん。
我が国のいや、それ以上に強きに流れ、弱きを叩く」
「我が国は、それとは違います。
国民はそう傾向があるかもしれませんが、国としては信義を重視して参りました」
戦後、日本皇国は日米相互防衛条約に基づいた日米同盟を堅守する立場を守っていた。
また、日米地位協定の改正による日米対等の関係が出来上がってからは、在日米軍とのカウンターパートとして、地元に寄り添いつつも、米軍に協力していた。
ブリーフィングの話題が別の方向へ白熱するなか、官房長官が咳払いをして、話を戻した。
「話がそれたが、それで韓国軍が戦力を再建するのに必要な時間は?」
「おそらくは、短くて数年、長くて10年以上かかると思われます。
また、米国軍需産業筋の話によると、米国政府より韓国に対する無期限の輸出禁止措置が勧告されているそうです。
新たな武器の獲得は、現時点では不可能でしょう」
統合参謀本部長の言う通り、米国は韓国に対する武器禁輸措置を発動すると同時に、国防総省のスタッフが、日本に牙を剥かないレベルの武器のリストアップに追われていた。
「じゃあ、次に動くのは中国か北朝鮮か、どっちだと思う?」
と副総理が、説明していた統合参謀本部長に聞いた。
「そこまでは、判断できません。
ただ現時点においては、中国軍、北朝鮮軍には、特異な現象は認められておりません」
「そうかい」
なぜかつまらなさそうに、副総理は返答した。
「続きまして、陛下襲撃事件の報告に入ります」
「頼む。
我々にとっては、そちらの方が優先順位が高い」
「では、鹵獲した兵器からの分析ですが、ロシア、ドイツといった国々の兵器が混在しており、使用国の特定には至っておりません。
また、情報本部公安部隊の調査によると、拠点と目される場所より、韓国製もしくはその系統の食品多数や製品が見つかっております。
また、詳しくは本人から説明させますが、実行犯は韓国語ないしは朝鮮語を使用したことを確認しております。
少なくとも、半島の国家が関わっていることは確かです。
佐竹中尉、説明を頼む」
統合参謀本部長の言葉のあとに、佐竹中尉が説明を行う。
「はい、では確認した私から説明をさせていただきます。
私か韓国語らしき言葉を聞いたのは、陛下と面会中に、そこを襲撃してきた敵を撃退したときです。
投げ込んだ手榴弾の爆発に、驚いたようで何か叫んでいました」
「それが韓国語だと?」
「はい、間違いありません」
佐竹中尉の説明に、総理大臣は小さく唸った。
「韓国語か……」
「まだ断定はできんが、状況証拠はバッチリだな。
軍としてはどういう方針だ?」
「統合参謀本部長命により、既に韓国軍に対する行動方針は定められております。
また、民間船舶においても、通常通りの対応を行っております」
統合参謀本部長の言葉において、強調されているのは、通常通りの対応に徹すると言う一点だ。
こちらとしては人道的配慮はするが、それ以外は絶対に行わない。
「過去の特例措置は、すべて停止し、速やかに撤廃されます」
過去には、関係改善の動きが出た際には、軍事的交流も含め、いくつかの特例が認められるようになっていた。
「それはそうだな」
「まだ北朝鮮の方が、よかったんじゃないかねえ。
うちら、日本皇国の友好国いや同盟国、アメリカの同盟国が韓国だからなあ」
敵の敵は味方、味方の味方は味方何て理論は、韓国には成立しない。
成立するのなら、戦争など吹っ掛けないだろうし、そんな希望を持てるほど、韓国と言う国は素直ではない。
一年くらいお待たせして、申し訳ありません。
楽しんでいただけると幸いです。
佐藤