WarLines 日本皇国海軍士官奮闘録   作:佐藤五十六

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VOYAGE.5

4月6日午後、機関室・機械室

「出航に備え、各部の徹底した整備・点検を行う。

少しの異常も見逃さないように、各員は気張ってかかれ」

「了解」

機関長の訓示と共に機関科員は各部に散っていく。

海防艦"ひなぎく"に搭載されているのはロールスロイスもしくはGM社が三菱重工業と共同開発したガスタービンエンジンである。

既存の艦艇用製品をモデルに必要な出力を再計算して、設計し直した海防艦専用の逸品である。

大きさの割に高出力なのが特徴ではあるが、他の艦船に採用されたと言う話は聞かない。

出力と小型さを必要とするのは、海防艦だけであり、他のスペースが少しでも余る艦は整備のしやすい通常のものを選択するからだ。

「上じゃ砲雷科の連中が物資を運んでんだよな」

煤と汗にまみれた顔を手で拭いながら、機関科員の一人が言う。

「そうだな。

こっちもきついが、あっちもきついだろうな」

小さいから、点検整備もやりにくい。

ドライバーを回すのや、中を覗くのも一苦労である。

COGAG方式の機関室には手間のかかる上に異なる形式のエンジンが2組4つも積まれている。

『四分隊各員に告ぐ。

現在の作業を中止して、至急第6区画に集合せよ』

アナウンスが入る。

大抵の作業が急を要するものではない。

作業を放棄して、大半の兵士が第6区画に向かう。

所帯の小さな海防艦では機関科員は工作科員も兼務しているからだ。

第6区画は艦底後部、舵機室がある辺りである。

駆けつけてみると、そこには大きな亀裂が走り、少し水が漏れ出している。

何故か、このようなことが海防艦では多発している。

無論、強度の基準は軍艦だから、多少の無茶な航行ではこのような事態は起こり得ないはずだ。

「おそらくは無理に軽く造った皺寄せが来てるんだろうな。

ここら辺も見事に歪んでやがる。

むしろ、この程度の浸水ですんだことが幸運だぜ。

誰か艦長に報告してこい」

古参の機関科員は苦々しげだ。

取り敢えず、あるだけの応急パッチを張り付けておく。

「次の定期修理はいつだ?

2ヶ月先だと、仕方ないな」

機関長は怒鳴る。

「警備府中からあるだけの応急パッチを持ってこい。

他の艦よりも、うちの艦が優先だ」

指示を聞いた下士官が兵を連れて、外に向かう。

今出ていった面々のことだから、警備府の人間を宥めすかして、あるだけ根刮ぎ持ってくるだろう。

その間にあとの下士官兵は倉庫から応急パッチを持ち出してくる。

縦40㎝×横60㎝×厚さ9㎜の鋼板は、枚数が枚数だけに、かなりの重さである。

一苦労して運び込んだ応急パッチを溶接していく。

浸水には雑巾を使い、拭き取っていく。

バケツや排水ポンプを使うほどではない。

 

海防艦"ひなぎく"上甲板

ただでさえ狭い甲板の上には、砲雷科、船務科、さらには艦内で暇そうにしていた兵士が集められていた。

予定では物資の搬入は砲雷科だけで行う予定だったが、人手が足りなくなることを見越した艦長の手回しで乗員の7割が集結していた。

「これは第一食料庫に運んでください」

艦内食料庫の第一と第二の違いは冷蔵庫/冷凍庫か普通の暗室かの違いである。

補給員長として木箱を一瞥して、中身を確認する。

そして、どこに運ぶかを指示する。

海軍部内での評価によると、海防艦幹部を務めた者は、大抵が事務処理能力に長けているという。

それもこなさなくてはならない仕事の数を考えれば、納得できる。

「第一食料庫満杯です。

どこに置いておきますか?」

砲雷科の一曹が聞いてくる。

スペースを頭のなかで思い出す。

「食堂内に置いておいてください。

あとで整理しておきます」

「了解」

動員された兵士達の獅子奮迅の働きによって、物資の搬入は予定より早く終了した。

 

4月6日、午後3時 調理室

キューピーのテーマ<♪>

「今朝作ったカレーを暖め直して、少し辛めの味付けに変更します。

って、何でレシピを言わなきゃいけないんですか?

紙で提出で良いじゃないですか」

「紙で理解できないから、教えてもらいに来たんじゃないか。

言っておくが、私に女子力を求めるなよ」

開き直ったようで、艦長は胸を張る。

「これ、結構恥ずかしいんですよ。

分かってます?」

「分からないな。

しかし、カレーの作り方がわからないんじゃ意味無いな」

今朝の5時に起きて、グツグツ煮込んだカレーだ。

簡単には作れまい。

問題は艦長の料理の腕だろうか。

「この後で、うどんを入れるだけです。

簡単でしょ?」

「ふむ、確かにカレーうどんは簡単だ。

しかし、カレーは無理だ。

絶対に作れない」

その告白には、さすがの佐竹中尉も驚かされる。

というか、開いた口が塞がらない。

むしろ、顎が外れそうなくらい全開だ。

確かにお店のレベルのカレーを作るのは難しい。

だが、平均的な味のカレーであれば、簡単にできる。

言ってしまえば、普通の小学生でもできる。

「殴ってもいいですか?」

「いや、駄目だろ」

「グーパンチならOKですか?」

「駄目だ」

「鉄拳ならアリですか?」

「殴ることにかわりないだろう。

と言うことで、一から教えてください」

「だが断る」

「あなた方は何、コントしてるんですか?」

たまたま通りがかった先任伍長が言う。

「「コントじゃない。

なので、今からお前を上官不敬として処分を申し渡す。

何処かその辺のトイレでも磨いてろ」」

見事にハモった。

しかも処分の内容も同じだった。

先任伍長が笑いながら、姿を消したあと、機関科員の一人が飛び込んでくる。

「艦長、大変です。

ああ、先任将校も居られましたか。

第6区画に大きな亀裂が発見されました。

機関長の指示で、各部より応急パッチを掻き集めています」

「分かった。

今すぐ我々も向かう」

 

4月6日、午後3時30分 "ひなぎく"第6区画

「機関長、詳細を報告しろ」

現れた艦長と先任将校は、現場を一瞥して報告を求めた。

「原因は確定しておりませんが、ここの強度が要求値に満たなかったようです。

現在、機関科総出で応急修理中です」

「分かった。

報告ご苦労」

「はっ」

状況を確認し、問題はないと判断したようだ。

「では戻ろう。

追加で書類を書かなくてはならなくなった」

 

4月6日、午後4時

士官室

「これが破損報告書、君のこれからの海軍生活において、かなりの回数見ることになる物だ。」

その書類は、必要なところだけが空欄となっており、そこに必要事項を書き込み、署名捺印することで書類は成立する。

特に故障や各部の破損が多い艦、それに新鋭艦には必須の書類である。

何故、新鋭艦に必要なのかと言うと、新鋭艦特有のトラブルが多いためである。

"ひなぎく"はそのリストのトップに位置している。

何故なら、小型艦に無理矢理、大型艦用の戦闘システム(FCS-2)を組み込んだ試験艦との扱いであり、就役して既に1年、港に留まることも少なくなった。

無論、あとに建造された"さかき"型海防艦にはこの"ひなぎく"のデータがフィードバックされており、このような煩わしさからは解放されている。

本当に羨ましい限りだ。

「こことここに署名と印鑑を押してほしい。

あと、こことここにも」

軍隊は官僚組織の1つと言われるように、事務仕事の無駄が多い。

例えば各種書類の枚数が数㎝に達するのは当たり前。

そのせいで、仕事が滞ることなど、ざらにあることなのだ。

「さかき型海防艦の方が楽なのかなぁ」

書類を仕上げていくうちに、愚痴が増える。

「いや、あっちの方がきついらしい。

何でも戦闘情報指揮所(CIC)を改めて設置したせいで、その分、乗員の居住スペースが減ったそうだ。

艦政本部の連中は何考えてんだか」

"ひなぎく"の就役してからの運用評価では戦闘情報艦橋(CIB)の設置で、艦長やその他の幹部が艦橋とCICを行き来する必要がなく、総合的には問題がないと判断された。

しかし、防御力に欠けるとも指摘されているが、海防艦の紙のような装甲であれば何処にあっても同じだと言う意見もあった。

それでも、艦政本部の頭でっかちはCICの復活を決定した。

その結果、"さかき"型海防艦は戦闘能力こそ"ひなぎく"と同等だが、居住性は劣ってしまっていた。

「ここでよかったのかなぁ?」

「身内贔屓のようだが、その通りだと思う。

まあ、国防大学校上位の君に気を使ったんじゃないか」

上位でさらに中尉任官ともなれば、実戦部隊の連合艦隊司令長官・沿岸警備部隊部隊長(ツートップ)もしくは、中央の国防省海軍部部長・海軍軍令部部長(ツートップ)に将来就任する可能性が高くなる。

だから人事も気を使う。

本人の希望と部隊の要望、どちらかを天秤にかけて判断するのだ。

「ここは、ひとは優しいし、言うことはないんですよね」

「そうだろう」

 

4月6日、午後6時 食堂

「「「いただきます」」」

食堂に集まった幹部も含めた45人の乗員は一斉に手を合わせて、食べ始める。

昼に続いてのカレーではあったが、皆には好評であった。

「味が少し違うな。

これはこれでうまい」

 

4月6日、午後6時45分

警備府内にある大浴場へと向かう。

目的は湯船である。

大坂の湯と名付けられた風呂には、天然温泉なんて贅沢なものは引かれてはいない。

脱衣場で服を脱いでいると、見覚えのある背中が見えた。

「何でここにいるんですか?」

「俺がここにいたら不味いのか?」

質問に質問を返された。

やはり"ふぶき"艦長、間宮十三中佐であった。

「"ふぶき"の風呂で十分でしょうに、折角付いてんだから」

「ああ、その事か。

たまには真水の風呂に入りたいんだよ。」

「今は接岸してるから、真水はすぐ給水されるでしょう?」

「たまには、でかい風呂にも入りたいんだよ」

言ってることが無茶苦茶な気しかしない。

「そうですか」

頭を無理矢理納得させる。

そして、関わらないように気を付けて距離をとる。

「で、どうよ?

海防艦は忙しいだろ?

ありゃあ地獄だからな。

まあ三年耐えれば、国防省海軍部・海軍軍令部(中央)への栄転もあるからな。

まあ、頑張れよ」

だが、儚い希望は粉砕された。

関わりたくないから、近寄らないようにしていたのに、相手から近付いてきた。

しかし、そんな不快感を吹き飛ばすほどに、湯船のお湯は気持ちがいい。

事務方の兵士が、日替わりでオリジナルミックスのバスクリンをCMのごとく、気合いを込めて放り込む。

湯加減は、その気合いに比例して最高だ。

「ふぅ」

息をつく。

身も心も洗われるようだ。

 

4月6日、午後7時20分

30分の入浴のあとには、嬉し恥ずかし艦内巡検だ。

これは艦内における治安および規律維持のためのものである。

「砲雷科各員は、現在入浴中です。

航海科、機関科もそのあとに入ることになっています」

「では機関科区画に向かおうか?」

「了解」

艦内を巡って、巡検を行いながら、各部からの報告を受ける。

「第6区画に起こった亀裂以外、特に問題はありません。

機関科からは以上です」

生真面目な機関科員が報告する。

「分かった。

次は航海科に行こうか?」

航海科、居住区を見回ったあと、戻ってきた砲雷科員からも報告を受ける。

「特に問題は認められませんでした。

よって、解散」

 

4月7日、午前8時 大阪警備府第1埠頭

「出航用意。

帽ふれ!」

堺港の岸壁を離れた"ひなぎく"は由良基地に向けて針路をとった。

 

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